All Chapters of 偽物クズ夫に別れを告げ、スパダリと政略結婚します: Chapter 601 - Chapter 610

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第601話

柊馬の揺るぎない決心を見て、湊はもうそれ以上何も言わずに、すぐに立ち上がって出ていった。主人が妻を守ろうと決めたのだから、そんな主人を彼が守るだけだ。一花が柊馬が泊まっていたホテルに到着した時には、彼はすでにチェックアウトした後だった。そこには彼の姿はなかったが、昨日の午後ホテルの部屋で二人が会っていた温かな情景が脳裏にはまだ鮮明に浮かんでいた。その瞬間、一花は完全に慌てた。この時、ちょうど柊馬からメッセージが届いた。【一花、俺は先に南関に戻るよ。心配しないで】彼のメッセージは簡潔だった。一花が彼に電話をかけてみたが、すぐに留守番電話サービスに切り替わった。飛行機に乗っているので、電話は繋がらなかった。柊馬は必ず一花が自分を探しに来ると分かっていて、会うのを避けたのだ。それに、彼の決心をそれで示していた。一花は西園寺家と柊馬の間で板挟み状態で、自分から決定することはできない。それで、彼が彼女に代わって決断を下した形だ。何が起ころうとも、彼の一花を守り抜くという決心は揺らぎようがなかった。しかし、一花は怒りに泣きたくなった。彼は……今、本当に融通が利かない。まったく一花の気持ちを考慮してくれない。せめて……せめて彼女に柊馬は本当に大丈夫だと確信させてあげないと、不安にさせてしまうということを、彼自身もよく分かっているだろうというのに……一花はホテルのロビーで、携帯を握りしめて、声を抑えてポロポロと涙を零していた。彼女は声をあげて泣くことはできなかった。しかし、心に無数の不安が重い石のように積まれていき、息ができなくなりそうだった。ソファに座った彼が急いで部下に指示を出している情景を頭に思い浮かべた。彼の顔色はきっと悪かっただろう。窓の外を見つめるその瞳は絶対に、彼女が昨日会った時と比べると、方向性を見失ったかのような絶望を宿していたはずだ。昨日までは一花を留めていたいと、手を離したがらなかったくせに、一体どれだけの決心をして、こんなすぐに去ることを決めたのだろうか?「一花お嬢様……」亜由が傍に立ち、一花に声をかけた。二人が邸宅を離れられる時間には限りがある。これ以上ここで、もたついていたら、きっとばれてしまうだろう。亜由はこっそり、一花をここまで連れてきた。彼女は幸雄に一花の行動を
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第602話

一花がえずいているのに亜由は驚き、すぐに彼女の体を支えてティッシュを渡し、背中を軽く叩いてあげた。「一花お嬢様、どうされました?気持ち悪くなりました?}「分からない……ここ数日、よくこうやって気持ち悪くなって……」一花は何度もえずいて、話している声が相手に聞き取りづらくなった。亜由は何かを思ったようだ。「ここ数日ずっとですか?」一花は頷き、ティッシュを受け取って口を拭いた。亜由はさっきよりも確信したような顔つきになった。「他に体調の悪いところはなくて、ただ気持ち悪くなるんですね?」亜由はそれからいくつか気になることを一花に質問し、返事を聞いて少し訝しそうな顔をしていた。亜由は長期的に幸雄の傍に仕えなければならない。彼はもう結構な年だから、体調を悪くすることがあるので、緊急の状況に対応するために、幸雄の傍に仕える者たちはみんな強制的に医療に関する知識を蓄えているのだ。一花は頷き、亜由の目を見つめた。この時の亜由の表情から、一花は何かに気づき、ドキッとした。まさか……亜由は小さな声で言った。「一花お嬢様、今月は……来ましたか?」一花は動揺していた。「……」生理予定日ならとっくに過ぎている。しかし、そのことを彼女はすっかり忘れていた。ここ数日何度も気持ちが悪くなっていたが、そんなこと少しも思いつかなかった。まさか……妊娠したのだろうか?柊馬と体を重ねた回数はそんなに多くない。それなのにこんなに早く妊娠してしまったと?一花の心は、その瞬間驚きと喜びに満たされた。しかし、それはすぐに不安と苦悩に変わった。どうして今、このタイミングで……「一花お嬢様、到着したら、やはりまずは病院で検査されたほうがよろしいかと。私も確証はできませんので」亜由は車には、自分の部下ではあるが運転手もいるので、あまりはっきりとした言葉を使えなかった。幸雄は今伊集院家に対して反発するような態度だ。一花に子供ができるなど、彼の計画からは大きく外れている。一花とその子供の安全を考えると、まずは秘密にしておいたほうがいい。それを一花もよく分かっていた。一花は何も言わずに亜由の手を握り、懇願するような眼差しで見つめた。亜由も自分がどこまで一花を助けることができるかは分からないが、ただ頷いておいた。「ご安心ください」「
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第603話

明らかに一花はすでに起きている。それに、床に散らばっている服は部屋着ではなく、出かける時の服だ。幸雄はそれを見た瞬間に目を光らせ、すぐに亜由を睨んだ。すると亜由は緊張し、冷や汗が背中をツーっと伝っていった。幸雄が大股で部屋に入っていくと、亜由は一瞬呆然としていたが、すぐにハッとして彼に続いた。そして数人が部屋に入っていくと、浴室から水が流れる音が止まり、浴室のドアが勢いよく開いた。その時、叫び声が響いた。体にバスタオルを巻いた一花がみんなの前に現れると、すぐにまた浴室のドアをバタンと閉めた。「みんな、出て行きなさい!」すると亜由はすぐに我に返り、直ちにみんなの前に踊り出て、幸雄の後ろについていた全員に一喝した。全員はすぐに視線を外し、迅速に部屋の外に退出した。幸雄も少し気まずそうな顔をしていて、思わず顔を背け後ろを向いてその場から離れた。一花の声がすぐさま浴室の中から聞こえたきた。「おじい様、どうして部屋に入る前に一声かけてくれないのですか。今シャワーをしているんですよ!」一花の責める声が聞こえて、幸雄は黙ってしまい、代わりに亜由がその返事をした。「一花お嬢様、幸雄様はあなたの心配をされたんです。今日、なかなか起きてこられなかったから、まだお休み中なのかと思われたのです」「とりあえず、あがってきなさい。それから話そう」幸雄は低い声でそう言うと、また床に散らばる服をちらりと見た。一花が風呂に入っていたとしても、ここに散乱しているのは外出用の服だから、さっき起きた人間が着ていたものとは思えない。亜由は口を開こうとしたが、幸雄が目でしゃべるなと伝えた。彼女はただ部屋の端のほうに立って黙るしかなかった。そしてすぐに一花がバスローブ姿で出てきた。シャンプーの香りが瞬時に広がり、幸雄は彼女のほうへ視線を向けた。一花は頭から足の先まで丁寧に洗ったようだ。「今朝どこかに出かけたのか?」幸雄は開口一番、直球でそう尋ねた。一花はその言葉に驚いた。「出かけた?私はさっき起きたばかりですよ。朝どこにも出かけていませんけど」幸雄は視界の端で床の服を見た。「どこにも行っていないなら、床に散らばっている服は……一体どういうことなんだ?」「え、それは昨日着ていた服です。さっきソファに置いていたんですが、
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第604話

「伊集院柊馬がここに来ていることを、お前は知っているのか?」幸雄は深呼吸して言った。探り合うような言い方をする気はなかった。亜由はその言葉に拳を握りしめて、じっと一花のベッドルームを見つめていた。「ええ」一花も何も隠すことなくストレートに答えた。すると幸雄の顔色はかなり悪くなり、沈んだ声で言った。「つまり、早くから知っていたということか?」「ネットに記事が出る前より少し」一花の声がベッドルームから聞こえてきた。「私は彼と毎日連絡を取り合っています。彼がここに到着した時に教えてくれたんです」一花の言葉に幸雄の張りつめていた気持ちが少し解けた。彼は無意識に亜由のほうへ視線を向けた。彼女の眼差しもかなり穏やかで、幸雄に対して頷いた。一花の言葉を肯定するかのようだった。確かに、一花がもし柊馬がここに来ていることをそのまま否定しても、幸雄はきっと信じないはずだ。一花が嘘でもつけば、和香の策略にはまってしまう。幸雄と一花はようやく信頼関係を築き始めたというのに、それが一瞬にして崩壊してしまう。しかし、もし堂々とそれを肯定すれば、柊馬が一花に会いに来たのは、夫婦の情からきたものであって、自然なことになる。すると幸雄の顔色は瞬く間に良くなっていった。一花もすでに着替えを済ませてベッドルームから出てきた。まだ濡れている髪をそのまま肩に流し、見た感じとてもリラックスしているようだった。「それならどう考えている?夫がお前のためにここまで来たと知り、動揺していないのか?」幸雄は探るように一花を見つめた。一花がここまで素直に話すので、彼も二人がすでに会ったのかどうかを追究する気はなかった。もし、一花が本気で柊馬と一緒に南関に帰るつもりなら、すでにここにはいないはずだ。もし、一花が感情に突き動かされて、柊馬のほうを選ぶというのであれば、幸雄はその瞬間に、この孫娘が最初からなかったことにするつもりだ。そして西園寺グループの後継者として二度と一花の名をあげることはない。これが最も彼が気にしている事なのだ。一花はすぐには彼の質問に答えなかった。亜由は彼女の意思を読み取り、すぐに一花に目配せをした。幸雄の性格なら、亜由はよく知っている。今、彼は一花と心を交わし、関係は良好に見えるが、もし一花が本当の気持ちを口に
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第605話

幸雄は暫く呆然としていた。「十日?一花さん、そりゃ、冗談だろう?」和香が匠の死因を調べるだけでも、数カ月は要したというのに?修治の後ろには伊集院家が控えている。他にも勢力が複雑に絡んでいるのだとしたら、ただ調査するだけでは難しいはずだ。それなのに十日で結果が出るなどもってのほか。「別に冗談を言ってはいません」一花は、全く理解不能といった表情をしている幸雄を見つめ、平然とそう言ってのけた。……夜深く、市内のとある私立専門病院にて。柊馬がベッドに横になり、点滴を受けていた。彼は安静にして、気を失ったかのように眠っていた。すぐそばには杏がずっと黄昏時から夜更けまでついていた。月明りがベッドの横にある窓から差し込み、柊馬の端正な顔に降り注いでいた。その白い光がさらに彼の顔色を悪くさせていたが、冷たく力強いそのオーラまで取り除くことはできなかった。「伊集院社長はきっと大丈夫だから、お前は先に休みなさい」岩崎が入ってきて、杏がまだそこにいるのを見て、彼女に休息を取るように勧めた。しかし、杏は顔を左右に振って、その場に座ったまま小声で言った。「眠くないので」柊馬は今回突然胃から出血した。きっと病状が悪化している証拠だろう。だから、二人は格別に慎重になっていた。こちらの著名な専門医に連絡し、診察してもらってから、効果の強い薬に変えた。このような強力な薬は国内にはとても少ない。確かに効果はすぐに現れ、一度の治療で患者の状態はかなり良くなるのだが、その分副作用が大きいのだ。その薬を使用している間中、激痛に襲われるというものだ。彼らは症状を和らげる薬を使用することを勧めようとしたが、柊馬がどうしてもこの薬を使う言い張った。できるだけ早く効果が出て、回復すれば、彼は一花の手助けができると思った。薬を午後ずっと打ち続け、傍にいた人は彼が痛みに苦しみながら耐えているのをずっと見守っていた。その間、伊集院家から絶え間なく電話がかかってきて、それは柊馬自らが出ていた。汗が出るほどの激痛に悩まされ、歯を食いしばってどうにか話す言葉が震えずに済んだ。しかし、彼はやはりどうにかやり過ごした。杏は、彼が電話の中でも妻のことを話題に出しているのを聞いていた。柊馬は自分はただの風邪を引いただけだから、心配するなと伝えた
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第606話

柊馬が目をパッと開けると、朦朧とした視界に、ベッドの傍に女性の姿が確認できた。彼に見えていたのは一花の姿だ。その彼女はとても心配しているようだった。しかし、すぐに、焦点を合わせると、目の前にいたのは彼が思い描いていた期待する人ではなかった。「……」このような極度まで弱っているときは、思考が言うことをきかず、恋しい人に会いたくてならなくなる。しかし、会いたくても会えないという感覚が、体の痛みよりも苦しく感じられる。柊馬は失望した。彼はさっき夢を見ていた。夢の中で一花が彼に会いに来てくれたのだ。彼女は、何があっても、ずっと彼の傍にいると言っていた。夢の中では、彼も全く隠すことなく自分の望むまま、彼女には傍にいてもらった。しかし、夢から覚めてみると、現実が彼ら二人をまた引き裂いてしまった。柊馬は点滴の針が刺さっている手が青紫になっているのを見て、少し指を動かすと、痛みで眉間に皺を寄せた。「伊集院社長、どこが痛みますか?お湯を少し飲んでください」杏は、柊馬の状態があまり良くないと感じ、すぐに彼にお湯入れて渡した。しかし、彼は彼女のことなど構わず、ただ自分の手をじっと見つめていた。「……」岩崎は柊馬の性格をよく分かっている。杏がまだ何か言おうとした瞬間、彼がそれを阻止した。岩崎は点滴が落ちる速度を調整した。全ての痛みを緩和することはできないが、何もしないままでいられなかった。「二人は出て行ってくれ。俺は今一人になりたい」柊馬は低い声で言った。彼のその声は恐ろしいほどに静かな病室にこだまし、格別に寂しさが漂った。杏は岩崎に引っ張れ、しぶしぶ病室を出ようとした。しかし、少し歩いただけですぐに立ち止まった。「伊集院社長、痛むのならそうやって耐えるではなくて教えてください。それに……彼女のことを思っているのなら、直接本人に話してもいいと思います」杏は誰か一人を深く愛するとは、どのような気持ちなのかは分からない。しかし、柊馬が深く愛している女性なら、きっとそんなに弱い人間ではないはずだ。ホテルの部屋で、変装までして彼に会いに来た一花を見て、杏は二人はどちらも互いのことを同じくらい思っているのだと分かった。もしこの時、一花が彼の傍にいれば、もしかすると……彼はそこまで痛みに苦しまないのでは
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第607話

柊馬が言い終わる前に、すでに温かいお湯が目の前に差し出された。そのお湯が入っているコップを持つ細い指には、見慣れた指輪が光っていた。柊馬はそれを受け取った瞬間、表情をこわばらせた。「……」彼は視線をその手から上のほうへ移動させ、やっとそこに立っているのが誰なのか見た。一瞬、自分の見間違いかと思った。錯覚じゃないのか……どうして一花がここに?彼女は今、西園寺幸雄の邸宅にいるはずでは……一花は顔を真っ青にさせて、唇を噛みしめ、じっと彼を見つめている。彼女は心が激しく乱れる中、なんとか呼吸を落ち着かせようとしていた。「い……一花?どうして君が」柊馬は時間をかけて相手が一花だと確認してからやっと信じられないといった様子でそう言った。この時の彼の声はかなりぎこちなくこわばっていた。一花は彼の質問には答えなかった。血の気のない彼の顔から、彼の口の端に残った血の跡に視線を移し、一花は最後に床の上に残る赤黒い血を見つめた。そして、驚き少し目を見開いている彼へと、また視線を移した。次の瞬間、柊馬は今まで感じたことのない巨大な衝撃から我に返った。すると一花はすぐにベッドの端に膝をつき、手を伸ばして彼の襟を掴んだ。この時の彼女の動作は荒々しかった。普段、いくら怒っても雑な動作はしない彼女とは全く正反対だった。柊馬は今までこんなに怒って我を失っている様子の一花など見たことがなかった。「これがあなたの言う……ちょっと体調が優れない?自分で自分の世話ができるから、心配しないでいいって言った結果がこれ?柊馬!あなた私に嘘をつかないって約束したのに、どうしてまたこんなふうに私を騙すの!」一花の声は激しく震えていた。彼女はもう自分の感情を抑え込むことなどできなかった。怒り、つらさ、恐怖、焦り。いくつもの感情が心の中に渦巻いている。自分自身でもどんな反応をすればいいのか全く分からない。力強く襟を掴んでいた手から力が抜けて、ガタガタと体が大きく震え始めた。「……」柊馬は何も言えなくなった。一花が目を真っ赤にさせながらも、必死に涙がこぼれ落ちるのを我慢している姿を見て、柊馬は眉をひそめた。ただ心の痛みが千倍にもなって襲ってきた。彼の印象の中で、一花は冷静沈着で、理性的な人だ。それが今、そのイメー
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第608話

柊馬は奥歯を噛みしめ、無理やり一花を胸に引き寄せた。一花は、柊馬の体に障ることを恐れ、あまり力いっぱい抵抗できなかった。柊馬は彼女の頬に顔を寄せて、懇願するように言った。「俺が間違ってた。君に隠すべきじゃなかったんだ。怒らないでくれないか?」一花は黙っていた。彼女はもちろん、狂いそうなほどに怒っている。さっき到着して柊馬がここまでひどい状況になっているのを目の当たりにし、彼女は自分自身ですらも許せなかった。柊馬の体は一日、二日でここまで悪化したわけがない。暫くの間、二人は共に楽しい時間を過ごしていた。それでは彼はその間、一体どのような心境でいたのだろうか。もっとそんな彼に気づくべきだった。彼女は彼のすぐ傍にいたのだから、すぐに彼の変化に気づけるはずだった。しかし、一花は自分の中で幸せに浸っていて、全く気づけなかった。柊馬はこの病気を伊集院家の家族にまで隠していた。湊も一花に一体どういうわけなのか話そうとしなかったので、やっと何か大ごとなのだろうと確信したのだ。それで、彼女は幸雄にあのような約束をして、十日間の自由を手に入れた。しかし、それでも遅かった……「じゃ、あなたの病気は……一体どこまで進行しているのか教えて」「……」するとすぐに、柊馬の担当医も騒ぎに気づいて駆けつけてきた。病室に来ると、一花がそこにいたので、全員が驚きを隠せない様子だった。一花の目は赤く腫れていた。しかし、この時すでに冷静さを取り戻していて、二人の医者に柊馬の病状について尋ねた。その声はかすれ、淡々としていたが、疲れがにじみ出ていた。彼女はすでに彼の状態をだいたい把握できていたが、やはりまだ期待を持っていた。腫瘍ができてはいるが、まだその程度は軽く、薬でどうにかできる範囲だ。岩崎は柊馬の視線を受けて、すぐに口を開いた。「奥様、あまりご心配なさらないでください。今から薬を使用していけば、治療はできます。ただ、ここ最近、社長の体はかなり弱っているようで……」一花がどんどん顔色を失っていくのを見て、杏は胸が締め付けられる思いだった。しかし、柊馬に心配されないように、一花は指先に力を入れ、冷静さを保っていた。「奥様、社長は本日薬を使用した影響で痛みが強くなりました。もう点滴自体は終わっていますが、それでも一晩中
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第609話

一花が振り返って自分のほうに戻ってくるのを見て、柊馬は彼女のほうへ手を伸ばした。柊馬はすでに点滴を終えていた。しかし、手の甲の針をさしている場所はすでに濃い青紫に変わり痛々しい。そして手もとても冷たくなってしまっている。彼女は軽く彼の手を握り、横から彼の肩を抱きしめた。「痛い?」「ううん」「ほら、また嘘ついた」柊馬は考えることなく即座に痛くないと否定した。彼の指示で、もちろん誰も一花に薬の副作用のことなど言えるわけもない。それに、柊馬が痛みに耐えられるだけでなく、一花に会えた喜びから彼が意識を彼女に集中させているおかげで、痛みがかなり気にならなくなっているのだ。しかし、一花は下を向き、襟元から、肩、背中のほうへと少しずつ彼の体をマッサージしていった。「本当だよ。今はそんなに痛くはないんだ」愛情がこもった真剣な眼差しで自分を見つめる彼女に、彼はさらに心が動いた。「私が傍にいるから、あまり痛くなくなった?」とても柔らかく心地良い彼女の声が彼の耳元をかすめ、ドキドキさせた。しかし、一花は別に彼の欲情をかきたてようとそうしたわけではなく、心を締め付けられたように、つらそうな顔をしていた。彼女の動作はただマッサージして彼の体を優しくさすることだけに集中させていた。「うん」柊馬は素直に認めた。「じゃ、私のこと、ぎゅって抱きしめて」一花は柊馬の肩にそっと寄りかかり、できるだけ悲観的に聞こえないような声を出すことを心がけた。柊馬もそれに合わせて、抱きしめる力を少し強めた。この病室のベッドはそこまで大きくなく、二人が一緒に横になると寝返りを打つのもやっとなくらいだった。しかし、この小さな場所が、ここ数日の間で二人が最も安心して落ち着ける場所になった。一花は彼を抱きしめると、彼の力強い鼓動が聞こえてくる。彼は渇望していたかのように、一花の香りを思う存分に堪能していた。この時、一花の涙を感じ取り、彼はさらに強く彼女を抱きしめた。杏が言っていたのは間違っていなかった。隠していた相手に正直に話せば、痛みはそこまで感じられなくなった。薬はこの時まさに効いている時で、その分一番の激痛が走るはずなのに、一花を抱きしめていると、嬉しくなって痛みも耐えられると感じた。一花は彼の体が震えているような気
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第610話

「そんなことあなたが言わないで」一花は鼻をすすり、涙声でそう言った。柊馬がこのような話をするのが一花は一番嫌いだった。彼の愛は偉大で、相手への思いやりに溢れている。しかし、一花は彼にもっとわがままに理性を失うほどに愛してほしかった。そのほうが、受け入れられる。「柊馬、よく聞いて。私たちは夫婦よ。私はあなたと結婚したあの瞬間から、私たちは運命共同体になったの。あなたの事は私自身の事よ。あなたの命は……私の命でもあるの」一花の言葉を聞き、柊馬の瞳は微かに揺れ、涙が溢れてきそうだった。彼は誰かにこのような言葉をかけられたことはなかった。その言葉がたとえ彼を騙す言葉だとしても、この人生には価値があると思える。「一花……」「柊馬、私の許しがない限り、死んではダメよ。じゃないと、一生あなたを許さないから、分かった?」柊馬の鼓動は加速し、その言葉に衝撃を受けた。痛みでさえも、この時の彼の気持ちを乱すことはできなかった。一粒の涙が思わずこぼれ、頬をつたった。「……分かったよ」彼は小声で答えた。一花は抱きしめる手を離そうとしなかった。しかし、話が終わると、無理やり柊馬に距離を取られて顔を見られた。やはり、小さな子供のように泣きじゃくっている。彼女の涙に濡れた顔を見ると、とても可哀想で、薬による痛みよりも彼は苦しくなった。柊馬はティッシュをとって、一花の涙を拭いてあげた。その最中に、一花のほうもティッシュをつかみ、今度は彼の目尻をそっと拭いた。彼はもちろん涙を流しているわけではない。それでも、彼女には彼がウルウルしているのに気づいていた。二人は狭いベッドに座り込んでいた。次の瞬間、柊馬の大きな体が、一花に被さった。微かに明るくなった窓の前で、二人の腕が絡み合っている。薬の副作用がだんだん薄くなり、柊馬の顔色がだいぶ良くなってくると、一花はようやく安心できた。一花は全く眠気はなく、携帯を片手に、ひたすら彼の病気に関する情報を調べていた。柊馬も同じく眠気が少しもなく、一花を抱きしめて元気が溢れていた。まるで病気がほぼ治ったかのように。「悪化しなかったら、きっと二、三十年は生きられるはずだ。その時にはもう年を取っているから、俺には飽きている頃だろう。もしかすると、今ほどつらく感じはしないか
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