Todos os capítulos de 月が来なかった、あの夜のこと: Capítulo 1 - Capítulo 10

23 Capítulos

第1話

北条悠斗(ほうじょう ゆうと)と結婚して7年目。北条遥(ほうじょう はるか)は、彼に黙って家を出ることに決めた。「システム。7日後に、この任務を終わらせるわ」賑やかな街角で、ビルのモニターに流れるプロポーズ映像を見ながら、遥は決意を固めた目でシステムを呼び出した。ピッ、と音がして、システムの機械的な声が響いた。「宿主による任務の強制終了リクエスト、処理中です……」すこしして、遥の頭上にカウントダウンの数字が浮かび上がった。「任務を終了しました!宿主は7年前に攻略任務を完了しています。世界からの離脱を遅らせたため、死因は交通事故となります。残り時間は6日と23時間59分です……」遥は、冷めた目でうなずいた。すぐ近くのビルの大型ビジョン。映像のなかでは、北条グループの社長である悠斗がひざまずいていた。いつも冷静沈着な彼だが、結婚指輪を差し出す手はかすかに震えている。そして、遥の「はい」という返事を聞くと、感情を抑えきれずに彼女を抱き上げ、その場で何度もくるくると回った。「遥と、結婚できたぞ!」その声は7年の時をへだてた今も、限りない幸せに満ちあふれているように聞こえた。隣で子供を抱いた女性が、うらやましそうに自分の夫に文句を言っている。「ちょっと、北条社長を見てよ。奥さんのこと、すごく愛してるんだから。資産が何兆円もある社長なのに、奥さんが花粉症だからってどこへ行くにもマスクやティッシュを持ち歩いてるし、ブランドバッグや宝石もためらわずに買ってあげるし。わざわざヘリを飛ばして、遠くの街まで有名な大福を買いに行ったこともあるらしいわよ。それに比べてあなたは?結婚して何年も経つのに、バッグのひとつも買ってくれたことないじゃない!」制服姿の女の子が二人、興奮したように話している。「北条社長って、ほんと恋愛にのめり込んでるよね!奥さんが18歳の成人式を終えたすぐ後に告白したらしいよ。22歳の卒業式では、何億円もするピンクダイヤのティアラを贈って、200発も花火を上げたんだって。プロポーズが成功した直後、奥さんが重い病気になっちゃって……そしたら北条社長は自分の腎臓をひとつあげて、その上、山奥にある神社のものすごく長い石段を登って、大好きな彼女が目を覚ますようにお祈りしたらしいよ……こんなに一途な人が、この世にいるな
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第2話

遥はその日のうちに退院手続きをすませた。深夜、だだっぴろい寝室でひとりで寝ていると、枕元のスマホがひっきりなしに鳴りはじめた。彼女はSNSでファンに絵を教えていて、プロフィールページにも作品を載せていて、そこから直接注文できるようになっている。ある購入者が、キャミソールドレス姿の写真をコメント欄に投稿した。彼女は男の腕の中に横たわり、ピースサインで顔を隠している。床にはわざとモザイクがかかっていたけれど、そこには使い終わった避妊具がいくつも転がっているのが、なんとなくわかった。【夫が部屋にあった絵を見て、誰にもらったのって聞いてきたから、買ったって言ったんだけど、私がまた画家と浮気してるって疑われちゃって。ベッドに押し倒されて、ながーいことお仕置きされちゃった。体じゅう真っ赤だよ……ほんとなのに。男の人って独占欲がこわい。もうこんな遊びはしない!】このコメントはすぐに話題になり、何も知らない多くのファンたちが、やじうま気分で盛り上がった。【ひとつ、ふたつ……やっつ。自慢したいのは絵じゃないでしょ……恥ずかしいよ】【おい、隠さないねぇ。幸せそう】遥はコメント欄を閉じ、きつく下唇をかみしめた。こみあげてくる涙を、ぐっとこらえる。平気だと思っていた。でも、写真の男が誰なのかひとめでわかってしまって、おさえられない痛みが胸に突き刺さった。結局、彼女はそのコメントをスクリーンショットで保存すると、作品の販売ページを閉じた。しばらくすると、またスマホが立て続けに鳴った。匿名のダイレクトメッセージだ。自慢げな口調だった。【絵のおかげで、夫がやきもち焼いてくれるの、初めて見れた。このままだと、三人目できちゃうかも】すっかり眠気がさめてしまった遥は、そのメッセージとさっきの写真を、何十回もくり返し見つめた。目を閉じると、目じりから一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。彼女は起き上がってアトリエに向かった。ここ何年もぜんそくのせいで絵描きの夢をあきらめていたから、このアトリエも長いこと使っていなかった。久しぶりに絵筆を手に取る。アクリル絵の具のツンとする匂いのなか、苦しさをこらえながら、一筆一筆、線を描いていった。夜が明けるころ、最後の一筆をかき終えたとたん、ごほっと血を吐き出した。真っ赤な血が、キャンバスの隅に飛び散る。そのあざ
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第3話

遥が最初に目にしたのは、菫の首にかかるレッドダイヤのネックレスだった。それは、悠斗が自分に贈ってくれたものと、そっくり同じだった。悠斗の顔から笑みが消える。彼はさっと視線をそらすと、スマホに目を落とし、友人たちからのグループメッセージを確認した。【この女、度胸あるよな。遥さんが今日来るって知ってて、よく顔を出せるもんだ】【悠斗、修羅場になってんぞ。なんとか言えって!】悠斗は冷たい目つきで、菫をけん制するように睨みつけた。すかさず、誰かがその場の空気を取り繕おうとした。「小林さんは俺たちの仕事仲間で、今日たまたま近くにいるって聞いたんで、声をかけただけなんだ。遥さん、どうか気を悪くしないで」「そうそう。悠斗が建てる例の芸術館も、小林さんが総合ディレクターなんだよ」遥はかすかに眉をひそめ、悠斗に尋ねた。「それって、あの星空芸術館のこと?」あれは、彼が自分のために建てると約束してくれた芸術館で、自分が個展を開くはずだった大切な場所。その個展のために、心血を注いできたのだ。こんなに自分にとって大事な場所を、悠斗は愛人にデザインさせたっていうの?爪が手のひらに食い込むのも、かまわずに、遥はぐっと拳を握りしめた。その時。テーブルの下で、女の足が悠斗のズボンの下から忍び込むのが、遥の視界の端に入った。その足は、彼の太ももの付け根をゆっくりと上っていく。悠斗の体が、びくっと固まる。彼はとっさにその足を抑えようとするが、こめかみには青筋が浮かんでいた。足は数秒おとなしくなったかと思うと、突然、つま先がなんどか軽くこすりつけられた。「っ――」悠斗は低くうめき声を漏らし、慌てて隣の遥の様子をうかがった。しかし遥は、とっくに視線をそらしていた。血が滲むほど、強く下唇を噛みしめながら。もう我慢の限界だった。遥が勢いよく席を立とうとした、その時。レストランにロマンチックなピアノの曲が流れ始めた。ウェイターが、999本の青いバラの巨大な花束を運んでくる。その真ん中には、まばゆいばかりに輝く「人魚の涙」のネックレスが飾られていた。周りの客たちの視線も釘付けだ。このネックレスは、かつて外国の王室の結婚式で三度も使われたもの。それは、死が二人を分かつまで変わらない、真実の愛を象徴するという。「遥、君への愛は、永遠に変わ
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第4話

遥は、もうそれ以上聞いていられなかった。必死に口を押さえて、屋上からみじめに逃げ出した。疲れ果てて階段の踊り場に座り込むと、彼女は胸を押さえ、気持ちを落ち着かせようと大きく息をした。でも、涙は止まることなく流れ続けた。昨夜、悠斗が自分を放って菫と会っていた。それだけでも胸が張り裂けそうだったのに。でも部屋でのあの光景を直接見てしまったら、もう息もできなかった。悠斗は子供のころ、家の方針で神社に預けられていた。だから社交界では、真面目で欲のないことで有名だった。自分と付き合う前なんて、女性の手にすら触れたことがなかったのだ。初めて手をつないだ時、悠斗の手のひらはすごく熱かった。初めてキスをした時、彼の心臓はドキドキと鳴っていた。耳まで真っ赤にして、それ以上、先には進もうとしなかった。新婚初夜のことも忘れられない。悠斗は宝物のように自分を抱きしめて、かすれた声で言った。「遥、本当に君が好きだ。今までずっと、どんなに我慢してきたか……でも、君がつらいならやめておこう。そばにいてくれるだけで、俺は幸せだから」彼が自分だけに見せてくれる優しさと純粋さに、自分は胸が熱くなった。これまでの人生の幸運をすべて使い果たして、運命の人に出会えたんだと本気で思っていた。でも現実は、そんな自分を容赦なく打ちのめした。息ができなくなるくらい泣いて、遥はしばらく床に座り込んでいた。一晩中冷たい風に吹かれ、ようやく家にたどりついた。でも、悠斗はまだ帰っていなかった。ポケットのスマホが震えた。数日前にレビュー写真を送ってきたアカウントからメッセージだ。写っているのは「人魚の涙」をつけた女で、背景は昨夜のあの部屋。床に落ちた男物のネクタイが、やけに目立っていた。【この部屋、すごくいいね。ベッドも、ソファも、バスルームも……ぜんぶ私の匂いがついちゃった。彼があなたにあげるはずだったネックレスも、今じゃ私のもの。あなたって、邪魔だと思わない?】心臓をぎゅっとわしづかみにされたような痛みが走り、息もできなくなりかけたその時、玄関のチャイムが鳴った。誰かがドアの前に箱を置いていったようだ。【遥へ】と書いてある。また悠斗からのプレゼントかと思い、遥は無造作に箱を開けた。突然、中から何十匹もの蜂が飛び出してきた。舞い上がった大量の花粉が遥の鼻に入り、途端に
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第5話

夜、遥は喉が渇いて水を飲みに部屋を出た。すると、ちょうど澪の声が聞こえてきた。「お兄ちゃん、遥さんの絵を菫さんにあげてコンテストに出させたでしょ。しかも国際的なデザイン賞まで取らせちゃって。遥さんに見つかって怒られても知らないからね?」自分の絵?遥はスマホを取り出して菫の名前を検索した。すると、17歳のときに悠斗へ贈ったあの『永遠』が、菫の作品として表示されていた。その瞬間、頭が真っ白になった。菫に恋人を奪われただけでも許せないのに。まさか、作品まで盗まれるなんて思ってもみなかった。でも、一番ショックだったのは、悠斗がそれを黙って許していたことだ。低い声が、はっきりと彼女の耳に届いた。「たかが絵一枚だろ。アトリエに置いといても埃をかぶるだけだ。それなら、菫の長年の夢を叶える手伝いに使ったほうがいい」妻の絵で、愛人の夢を叶えるって?遥は、初めて愛する人を間違えたと実感した。もう何も感じなかった。壁に寄りかかると、体は悪寒に震えるだけ。その時、澪の笑い声が聞こえてきた。「お兄ちゃん、菫さんから打ち上げに来てってメッセージだよ。早く行こう、遅れちゃう」二人は出かけていった。彼らが去った後、遥は暗闇の中に立ち、走り去る車の影をただ見送っていた。今度は、涙は一滴も流れなかった。泣いたり騒いだりせず、彼女は黙々と悠斗からもらったものをまとめた。ラブレター、二人で撮った写真、そして彼が遥をモデルに手彫りした木の人形。そのすべてを、一気に燃やしてしまった。宝石やアクセサリーの類いは、全部ネットで「100円ミステリーボックス」として売りに出した。翌日、ミステリーボックスから206カラットのピンクダイヤのティアラが出てきたという動画がネットで大バズりした。インフルエンサーのヤラセを疑う声も上がったが、他の購入者たちも本物の宝石が当たったと次々に証言した。遥がリビングでくつろいでコーヒーを飲んでいると、悠斗が冷たい空気をまとって駆け込んできた。彼は遥の前に崩れ落ちるようにひざまずき、震える声で尋ねた。「遥、俺が成人祝いに贈ったティアラを、たった100円で見知らぬ人に売ってしまったのか?」遥が目を上げると、悠斗は胸をわずかに上下させ、真っ青な唇で、じっと彼女を見つめていた。遥は静かに言った。「あなたがくれた
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第6話

30分後、悠斗が神棚のある部屋から出てきた。遥は階段に座り、手のひらに乗せたお守りを彼に見せた。「これ、昔あなたが私のために願ってくれたお守りよ。さっき見たら、なんだか色が褪せちゃって。ねぇ悠斗、この世のすべてのものって、いつかは色褪せてしまうのかな?」「そうだね」悠斗は軽く笑い、彼女の手を取り返すと、とても大事そうに口づけをした。「でも、君への愛だけは、永遠に色褪せたりしないよ」遥は、どこか意味ありげな笑みを浮かべた。愛してるなんて言うくせに、どうしてこんな嘘をつくの?本当は、誰にも知られず静かに消えようと思っていた。でも、今は考えが変わった。悠斗に教えてあげよう。彼の演技が、どれだけ下手くそだったか。菫が、どんなふうに自分を追い詰めて挑発してきたのかも。そして、彼の裏切りと嘘が、自分の心を折った最後の一撃だったということも。遥は口元をゆるめ、悠斗をじっと見つめた。「あなたが私を愛してくれてるのは、わかってるわ。この数日間、安田神社で心を清めてこようと思うの。芸術館が完成する日に、また会おう。そのとき、あなたに渡したいプレゼントがあるの」星空芸術館が完成するその日、悠斗は大勢の人の前で、自分が交通事故で死んだという知らせを聞くことになる。それから次々と「サプライズ」が起こる。その時になって彼は気づくのだ。その浮気が、心から愛した妻を絶望させ、死に追いやったのだと。悠斗はこれから来る日も来る日も今日のことを夢に見るはず。そして、これが最後だと知らずに、ちゃんとお別れを言わなかったことを後悔し続けるのだ。「神社に行きたいなら、俺が山まで送るよ」悠斗は名残惜しそうに、優しい瞳で言った。「あと3日だね。芸術館で会おう」遥は彼の手を放した。そして一人で立ち上がると、太陽に顔を向けてにっこり笑った。「山の上までは1時間以上かかるもの。あなたはここにいて。じゃないと、誰かが待ちくたびれちゃうわ」悠斗は少し戸惑った。考えすぎだろうか?でも、どうして今日の遥は、何か含みのある言い方をするんだろう。彼の心に、ふと不安な気持ちがよぎった。その次の瞬間、スマホが鳴った。菫からのメッセージだった。【さっきの途中で終わっちゃったじゃない。早くあの女を帰らせて、続き、しよ?】悠斗の息が、一瞬すこし荒くなった。さっき
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第7話

「悠斗、赤ちゃんがパパに会いたいって言うから……」菫は大きなお腹を抱えて近づいてきた。でも、甘い言葉をかけようとした途端、悠斗の恐ろしい顔つきに気づいて、ぐっと言葉を飲みこんだ。悠斗は事故現場の写真を見た。数秒後、魂が抜けたように、彼の手から写真が滑り落ちた。体はふらつき、信じられないと激しく首を振る。そして、喉の奥からこみ上げるものを押さえきれず、口元を手で覆った。唇に、血の味が広がる。「社長!」「悠斗!」みんなの悲鳴が響く中、悠斗は胸を押さえ、菫を乱暴に突き飛ばした。そして、千鳥足で駐車場へと向かった。遥が死ぬわけない。そうだ、自分が彼女を探しに行くんだ。車に乗りこむと、助手席に遥が着ていた上着がまだ置かれているのが見えた。悠斗は、はらわたがちぎれるような痛みに襲われた。上着を手に取ると、遥だけの優しい香りがふわりと香る。涙が勝手にあふれ出し、息をするたびに、痛みが全身の神経を刺すようだった。なぜ、遥を一人で神社に行かせてしまったんだ。なぜそばにいてやらなかったんだ、なぜ今日、自分自身が迎えに行かなかったんだ。なぜだ?分身できるわけじゃない。子供二人の保護者会に急いで戻りたかったし、菫の相手もしたかった。だから遥のことは、自然と後回しになっていたんだ。悠斗は事故のあった交差点へ車を飛ばした。その時、救急車とパトカーがサイレンを鳴らしながら次々と通り過ぎていく。道端では人々が悲しそうか顔で見つめ、広場では噴水が高く吹き上がっていた。その騒がしさの中、悠斗は地面に横たわる、白い布で覆われた姿を見つけてしまった。全身の血が、一瞬で凍りついたようだった。震える手でドアを開けて駆けだそうとする。しかし、足はまるで鉛のように重かった。「北条さん」その時、現場にいた警察官が話しかけてきた。そして故人の遺品が入った透明な袋を彼に手渡す。「現場から奥様のものと思われる遺留品が見つかりました。正式な手続きについては、後ほど警察署で説明します」悠斗は呆然と袋を開ける。指先がスマホに触れた瞬間、画面が光った。そこに映っていたのは、スキー場で遥と二人、楽しそうに手でハートを作っている写真だった。写真の遥は幸せそうに目を細めていた。その瞳は、自分への愛情と未来への希望に満ちあふれていた。悠斗は、ゆっくりと地面に横たわる
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第8話

「遥、痛かっただろ……」悠斗は、警察官に制止されながらも、遺体のそばにひざまずいた。白いシートの下に横たわる妻の輪郭を、ただ見つめることしかできない。その目は真っ赤に充血し、涙がとめどなくあふれていた。自分の遥は、あんなにきれい好きで、自分の肌や髪を大事にしていた。なのに今は、全身が傷だらけなんだ。悠斗は真っ青な顔で、突然、悲鳴のような笑い声をあげた。「すまない、遥。俺が悪かったんだ。君を守ってやれなかった……待っててくれ、遥。俺も今、そっちへ行くから」まわりの人々は、哀れみの目で彼を見つめていた。悠斗が絶望に打ちひしがれていたその時、一台のトラックが遠くに停まった。そして、数人の作業員が巨大な絵画を荷台から下ろした。「北条さん、お悔やみ申し上げます。あちらは、奥さんが生前にご用意されていた贈り物です」贈り物?悠斗の虚ろだった目に、ふっと光が戻った。彼はよろめきながら駆け寄ると、絵にかけられた赤い布の端をつかみ、勢いよく剥ぎ取った。真っ赤な花が咲く木の下で、白いワンピース姿の遥が、静かに遠くを見つめている。そのまなざしは暗く、悲しげだった。そして、彼女が見つめるその先では、四人家族が幸せそうに笑い合っている。悠斗は、その瞬間、頭の中が真っ白になった。遥は、全部知っていたんだ。ずっと前から、知っていたんだ。だからあんな妙なことを言ったり、急に冷たい態度になったりしたのか。遥は何度もチャンスをくれていたのに。もし自分が正直に話すか、もう菫と会わなければ、遥は絶望して死のうなんて思わなかったはずだ。でも、彼女はどうやって知ったんだ?悠斗がそう思っていた時、彼のスマホに予約送信のメッセージが届いた。圧縮ファイルを開くと、目を覆いたくなるようなベッド写真が、次々と目に飛び込んできた。さらに、菫が遥を挑発するチャットの履歴もあった。【ベッドも、ソファも、バスルームも……ぜんぶ私の匂いがついちゃった。彼があなたにあげるはずだったネックレスも、今じゃ私のもの。あなたって、邪魔だと思わない?】【今日、子供たちを連れておじさんとおばさんにご挨拶してきたわ。北条家のみなさん、私にすごく感謝してた。おかげで孫に囲まれる幸せを味わえるって】【悠斗と結婚したのに、妻として何もしないなんて、恥ずかしくないの?
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第9話

熱い涙がぽたぽたと、血と埃に汚れた地面に落ちる。悠斗は雨空をあおぎ、声を上げて泣きじゃくった。あの星空芸術館は、もともと遥との結婚記念日に贈るはずだった。でも彼女はもういない。だから、事故の後、芸術館は永久に閉鎖した。奥には広い土地があって、遥が生前いちばん好きだった花でいっぱいだった。その花の海のなかに、彼女の墓石が立っている。葬儀には、弔問客が長い列を作っていた。そのなかには、生前の遥に助けられた人たちも少なくなかった。悠斗は胸に白い花をつけ、列の先頭に立っていた。その表情は硬く、悲しみに沈んでいる。墓石には【愛する妻北条遥がここに眠る】と刻まれている。弔問客は一人ひとり墓前に進み、真っ白な花束をそっと供えていく。「北条社長、この度はご愁傷様です」「北条社長、この度はご愁傷様です」棺のなかで眠る遥の顔は、生前のまま優しく美しかった。着せられた純白のドレスも、結婚式のときとまったく同じだ。悠斗は、彼女は死んだのではなく、ただ眠っているだけだと何度も錯覚してしまった。悠斗は、遥の墓石の隣に、自分のための場所も用意した。もう会社を顧みる気力もなく、菫を別荘に閉じ込め、二人の子を寄宿学校に預けると、あとは昼も夜も墓地で過ごした。墓石の前にひざまずき、足元に空の酒瓶を転がしながら、遥の遺影を何度も何度も撫でては、目を赤くして謝った。「遥、ごめん……」酔っては覚め、覚めてはまた酔うことを繰り返す。ついには大金を払って、来世で遥とまた結ばれるようにと、特別な祈祷までしてもらった。2週間以上も、悠斗はずっと墓地で毎晩を過ごしていた。夕方、どしゃ降りの雨になった。墓地の管理人が何度も帰るように言いに来たけど、彼はどうしても動こうとしなかった。心配した母親の杏が、人に温かい食事や着替えを届けさせた。しかし、悠斗はいっさい受け取らず、全部ゴミ箱に捨ててしまった。「とっとと失せろ!」ボディーガードはどうすることもできず、彼が倒れたりしないよう、傘を差して遠くから見守るしかなかった。悠斗はもう何もかもどうでもよかった。遥の写真を撫で、手首の赤いミサンガを掴み。彫りの深い顔を雨に打たせながら、彼は遺影に向かって微笑んだ。「遥、これは俺たちの運命の赤い糸だ。来世でもまた、夫婦になろう?ひどいじゃないか。こんな
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第10話

「遥、やっと会いにきてくれたんだね。死んでないって、信じてたよ。もう二度と、離れないでくれるかい?」悠斗は腕の中の女性を強く抱きしめた。少しでも力をゆるめたら、彼女が消えてしまいそうだったからだ。菫は、息もできないほど強く抱きしめられた。悠斗もようやく吹っ切れたかと一瞬喜んだが、彼が呼んだのは遥の名前だった。菫の瞳に、かすかな憎しみが宿る。いつまで、あの女を想い続けるつもりなの。遥が死んでから、もう2週間以上。会社はぐちゃぐちゃだし、この男は経営権を争うどころか、ただ死んだ女を偲んでるだけ?このままじゃ、自分と子供たちはどうなるの?自分のため、そして子供たちのため。菫は感情をぐっとこらえ、やさしい声で口を開いた。「悠斗、私よ。もうずっと家に帰ってきてないじゃない。本当に、私たち親子を捨てるつもりなの?」その言葉で何かの糸がぷつんと切れたように、悠斗ははっと我に返った。彼は菫を強く突き放す。その目にあった喜びは、一瞬で嫌悪と憎しみに変わっていた。菫は地面に倒れ込み、お腹をおさえて苦しそうにうめいた。「悠斗、あなたは――」菫が言い終わる前に、悠斗は胸ぐらをつかんで彼女を引きずり起こした。顔を上げると、嵐のような怒りを宿した彼の目とぶつかる。「お前は遥の墓に何の用だ?死にたいのか!」悠斗は勢いよく菫の首をしめた。あまりの力に彼女の顔はみるみる赤くなり、恐怖で目を見開く。次の瞬間、悠斗は手を離すと、今度は服のえりをつかんで菫を墓地の外へ放り投げた。地面に尻もちをついた菫の下腹部に、引き裂かれるような激痛が走った。彼女は真っ青な顔でお腹をおさえ、目の前で無表情に立つ男を信じられないという目で見つめた。「悠斗、あなたはいったいどうしたの?お腹には……あなたの子供がいるのよ。この子が生まれるの、すごく楽しみにしてたじゃない?」以前の悠斗なら、菫の言葉に心を動かされて、子供が増えるのもいいと思ったかもしれない。でも今は、そのお腹の子すら、遥を死に追いやった共犯者に思えた。「子供?俺からすれば、お前の腹の中にいるのは、ただの肉の塊だ」悠斗はゆっくりとしゃがみこみ、菫のあごをわしづかみにした。その目は血走り、氷のように冷たい。「警告したはずだ。俺たちの関係は、遥には絶対に知らせるなと。なぜ何度も彼女を挑
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