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月が来なかった、あの夜のこと
月が来なかった、あの夜のこと
Autor: 小林

第1話

Autor: 小林
北条悠斗(ほうじょう ゆうと)と結婚して7年目。北条遥(ほうじょう はるか)は、彼に黙って家を出ることに決めた。

「システム。7日後に、この任務を終わらせるわ」

賑やかな街角で、ビルのモニターに流れるプロポーズ映像を見ながら、遥は決意を固めた目でシステムを呼び出した。

ピッ、と音がして、システムの機械的な声が響いた。

「宿主による任務の強制終了リクエスト、処理中です……」

すこしして、遥の頭上にカウントダウンの数字が浮かび上がった。

「任務を終了しました!宿主は7年前に攻略任務を完了しています。世界からの離脱を遅らせたため、死因は交通事故となります。残り時間は6日と23時間59分です……」

遥は、冷めた目でうなずいた。

すぐ近くのビルの大型ビジョン。映像のなかでは、北条グループの社長である悠斗がひざまずいていた。いつも冷静沈着な彼だが、結婚指輪を差し出す手はかすかに震えている。そして、遥の「はい」という返事を聞くと、感情を抑えきれずに彼女を抱き上げ、その場で何度もくるくると回った。

「遥と、結婚できたぞ!」

その声は7年の時をへだてた今も、限りない幸せに満ちあふれているように聞こえた。

隣で子供を抱いた女性が、うらやましそうに自分の夫に文句を言っている。

「ちょっと、北条社長を見てよ。奥さんのこと、すごく愛してるんだから。資産が何兆円もある社長なのに、奥さんが花粉症だからってどこへ行くにもマスクやティッシュを持ち歩いてるし、ブランドバッグや宝石もためらわずに買ってあげるし。

わざわざヘリを飛ばして、遠くの街まで有名な大福を買いに行ったこともあるらしいわよ。それに比べてあなたは?結婚して何年も経つのに、バッグのひとつも買ってくれたことないじゃない!」

制服姿の女の子が二人、興奮したように話している。

「北条社長って、ほんと恋愛にのめり込んでるよね!奥さんが18歳の成人式を終えたすぐ後に告白したらしいよ。22歳の卒業式では、何億円もするピンクダイヤのティアラを贈って、200発も花火を上げたんだって。プロポーズが成功した直後、奥さんが重い病気になっちゃって……

そしたら北条社長は自分の腎臓をひとつあげて、その上、山奥にある神社のものすごく長い石段を登って、大好きな彼女が目を覚ますようにお祈りしたらしいよ……こんなに一途な人が、この世にいるなんて信じられない!」

……

遥は、もうそれ以上聞いていられなかった。自嘲めいた笑みを浮かべると、その場を離れた。

誰もが悠斗を「恋愛一色」だと言い、自分は本当にすてきな人を見つけたと羨ましがる。

でも、誰も知らない。あれほどまでの愛妻家が、自分に隠れて女性デザイナーとのあいだに二人の子供まで作っていたなんて。

幼稚園の前で、悠斗が笑顔で二人の男の子を抱き上げる、幸せそうな姿を見たとき、遥の心は、まるで鋭いナイフでぐちゃぐちゃにえぐられるようだった。

14年前にこの小説の世界に転生した遥は、継母にひどい仕打ちを受ける、かわいそうな女の子だった。

雪のなかでひざまずき、今にも死にそうだった遥を抱き上げてくれたのは、悠斗だった。目を真っ赤にして、彼女の継母とろくでもない父親に、はっきりと言い放った。「松尾家で育てられないなら、うちの北条家にこの子を連れて帰る!」

その後も悠斗は、遥のためにチンピラと喧嘩してあばら骨を折ったり、火事のときには命がけで助け出してくれたりした。さらに、その火事が、彼女の父親たちによる放火で、遥を殺そうとしたことだと知ると、松尾家の屋敷に火を放って燃やしてしまったこともあった……

やがて遥と結婚するため、彼は後継者の座さえ投げ出した。そして、自ら会社を立ち上げる苦労をしてでも、彼女に妻という立場を与えたかったのだ。

会社を大きくするため、悠斗は接待の席で胃から出血するほどお酒を飲んだこともあった。血の気のない顔でベッドに横たわりながらも、泣きじゃくる遥を彼は必死に慰めてくれた。

「遥、泣かないで。君を一生幸せにするって約束しただろ。絶対に、守るから」

任務が終わったとき、遥は元の世界に帰ることもできた。でも、悠斗を一人残していくのがつらくて、そのチャンスを捨てて彼のそばにいることを選んだのだ。

それなのに、今になって気づいてしまった。悠斗の愛は自分だけのものじゃなく、もう一人の女性にも向けられていたなんて。

胸がえぐられるような痛みに、遥は目の前が真っ暗になり、道ばたに倒れてしまった。

彼女が目を覚ますと、ベッドのそばで付き添っていた悠斗が、ほっと息を吐いた。

「遥、よかった。やっと目が覚めたんだね」

彼は遥の手を強く握った。スーツは土で汚れている。そばにいた秘書が、遥が倒れたと聞いて、慌てて駆けつける途中で転んでしまったのだと教えてくれた。

「余計なことを言うな」

悠斗が低い声で制すると、秘書は黙りこみ、空気を読んで病室から出ていった。

「これからはどこかへ行くときは、家政婦を連れていって。俺を心配させないでくれ、いいね?」

悠斗の声は、かすかに震えていた。

遥が暗い瞳を見上げると、彼の目には心配と愛情がありありと浮かんでいて、嘘には見えなかった。でも、シャツの襟元からのぞくキスマークも、たしかに本物だった。

胸にちくりと痛みが走る。次の瞬間、悠斗は彼女を抱きしめ、首すじに顔をうずめた。その様子を、ちょうど病室に入ってきた北条澪(ほうじょう みお)が見て、わざとらしく舌打ちをして二人をからかった。

「お兄ちゃん、いくらなんでも恋愛体質がすぎない?遥さんに見せる優しさの十分の一でも他の人に見せれば、『生きる閻魔様』なんて呼ばれないのに。遥さんは、あなたに二つの顔があるって知ってるのかな?」

悠斗が冷たくにらみつけると、澪はぺろっと舌を出し、黒いビロードの宝石箱を彼に手渡した。

「これ、お兄ちゃんが遥さんのために注文したネックレス。ついでに受け取ってきたから」

宝石箱の中では、レッドダイヤのネックレスが気高くきらめいていた。悠斗は遥の手をとり、甘く柔らかい声でささやく。「遥、結婚記念日のプレゼントだよ。君のためだけに俺がデザインした、世界にたったひとつのものだ」

悠斗がネックレスをつけてあげようとした、その時。突然スマホが鳴った。メッセージを見た彼の表情が少し硬くなり、遥の手を離して急いで立ち上がった。

「遥、ごめん。急用ができたから、行かないと。代わりに澪にここにいてもらうから、いいかな?」

ふと見えたスマホの画面。視力の良い遥は、【子供たちのママ】という登録名がはっきりと見えた。胸が苦しくなるのを感じながらも、彼女は平静を装ってうなずいた。

「行ってきて」

この男がどこへ行って、誰と会うかなんて、もう気にしたくもなかった。

どうせ7日後には死ぬのだから。そうすれば彼も、もう必死で嘘をついて自分をだます必要がなくなるだろう。
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  • 月が来なかった、あの夜のこと   第23話

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  • 月が来なかった、あの夜のこと   第21話

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  • 月が来なかった、あの夜のこと   第18話

    数ヶ月後、弘樹は新特許の発表会で浩に会い、その後の話を聞いた。菫は悠斗の心をつなぎとめるため、なんと整形して遥の顔になったらしい。でも悠斗に見抜かれると、似てないからだと思い込み、何度も手術を繰り返したそうだ。今ではもう顔がめちゃくちゃで、見る影もないそうだ。彼女が何度も養育費をせびりに来たらしい。でも杏は、子供たちが成長するにつれて、どんどん悠斗に似ていないと感じ、こっそりDNA鑑定をしたそうだ。そしたら、本当は二人とも彼の子じゃなかったことがわかった。驚いたことにその子たちは、菫が体外受精でつくった子で、父親は精子提供のボランティアだったそうだ。杏は怒りのあまり、出入り禁止を言い渡した。今後、菫が再び家に上がることも、これ以上1円もやることも許さない、と。追い詰められて逆上した菫は、カッとなって刃物で杏に襲いかかり、十数カ所も刺した。杏は、今も集中治療室で治療を受けているそうだ。家がこんな大騒ぎになったせいで、澪の婚約者にも愛想を尽かされてね。名家の恥だと言って、その日のうちに婚約を破棄されたそうだ。彼女はショックが大きすぎて、失語症になってしまった。今では、文字を打たないと人と会話ができないらしい。悠斗は街中で菫の行方を捜したそうだ。そしてボロボロの安宿で菫を見つけだしたとき、彼女は恐怖のあまり4階から飛び降りた。足の骨は粉砕骨折で、これからの人生、車椅子が手放せないらしい。この事件は大きなスキャンダルになってしまった。浩が大金を使って、ようやくマスコミを黙らせたんだ。浩は疲れたように眉間をもみ、ため息をついた。「もうすぐ悠斗を療養施設に送るんだ。何もなければ、あいつは残りの人生をずっとそこで過ごすことになるだろう」時間がたてば、悠斗の存在なんて誰も覚えちゃいないだろう。浩のやり方は手際がいい。だがその手口は、相手が異変に気づいたときには、すでに身動きが取れなくなっているような、冷酷なものだった。ただ、叔父である弘樹とは仲が良く、何でも包み隠さず話してくれた。弘樹は、この話を瑠夏にはしなかった。週末、二人は児童養護施設へ行って、子供たちに文房具や絵本をプレゼントした。庭の子どもたちが集まってきて、にこにこしながら二人を見つめている。「瑠夏さん、この人は彼氏なの?」瑠夏はきょとんとして、頬を

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