妙な話だ、と茜は思った。今となっては、この秘密の関係を誰にも知られたくないのは、自分の方になっていた。「諒助さん、何かご用でしょうか?」できる限り落ち着いた声で口を開く。諒助はわずかに眉を寄せながらも、努めて穏やかに続けた。「どこから来たんだ?こんなに涼しいのに汗ばんでいるじゃないか」茜は胸がきゅっと締め付けられた。探りを入れてきている――そう直感した。「読飼市の北部からです。この時期、工場側は年度末の決起集会をやりたがりますから。業績のラストスパートに入るためです」顔色ひとつ変えずに答える。嘘ではない。ここへ来る前に、実際に北部の工場へ何度か電話を入れ、いくつかイベントを手配してあるのだ。本気で調べようとしても、諒助は予約リストを確認すれば分かる話だ。これで乗り切れると、そう思っていた。ところが、諒助は冷ややかな声で言った。「昨夜はどこに泊まった?」茜は思わず顔を上げた。そんなことを聞いてくる以上、自分がマンションへ戻っていないことをすでに知っているのだ。まさか監視されていたなんて。茜は余裕を装って微笑んだ。「諒助さん、ウォーカーヒルはいつからプライベートにまで口を出すようになったんですか?」「茜、心配しているだけだ。そうでなければ、なぜお前をわざわざここへ呼び出した?」諒助は不満げに顔をしかめた。「正直に言う。ある記憶が戻ってきたんだ。だからここへ来た――俺たち、一緒に来たことがあるよな?あの時、一緒に写真を撮っておけばよかった」なるほど。またカマをかけてきた。とはいえ、写真を嫌がったのは彼のほうだったというのに。茜はさりげなく周囲を見回し、最後に視線をテーブルの上のコーヒーへと落とした。氷の浮かぶブラックコーヒー。諒助は朝食こそ和食派だが、仕事前には必ずアイスコーヒーを一杯飲んで頭を切り替える。ただし、ここのコーヒーは彼の舌には合わないはずだ。案の定、カップには一口もつけていなかった。それでも諒助は、茜の前のカップを指差した。「飲んでみろ。お前の好みだったろ」好み?茜は思わず苦笑した。諒助は、その笑みを「まだ自分の好みを覚えていてくれた喜び」だと勘違いしたらしく、カップをさらに押し出してきた。「好きなら、毎日届けさせてやる」口元に笑みを浮かべる姿は、まるで優しくて気が利
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