事故の後、恋人の柏原諒助(かしわら りょうすけ)が記憶喪失になった。朗報:それは嘘。 凶報:諒助の仕組んだドッキリだった。「茜、俺たちのことは全部忘れた。忘れられるってことは、それだけどうでもいいってことだろ?分かった?」諒助はベッドにもたれかかり、端正な顔立ちには苛立ちが滲んでいた。まるで、西園寺茜(さいおんじ あかね)がまだしつこく縋りついてくるのではないかと、心配しているかのようだ。部屋に吹き込む風が、茜の青白い頬を刺し、神経の全てを逆撫でする。「分かったわ」茜の返事は驚くほど平静だった。なぜなら、諒助が芝居をしていることを、彼女は知っていたからだ。十五分前。茜が目を覚ますと、医者から諒助が重傷で記憶喪失だと告げられた。彼女は虚弱な体を引きずり、彼の病室へ駆けつけた。しかし、病室のドアの外で、重傷のはずの諒助が、窓辺にだらんと寄りかかり、タバコをふかしながら電話しているのを目撃したのだ。声色は、これまでにないほど甘ったるい。「まだ合コン行く気か?俺が茜との関係を公表すると脅したらどうなる?」「ごめんって。もう行かないから」女の甘えた声が、妙に色っぽい。諒助は喉仏を鳴らし、低く問い返した。「それで終わり?」「今夜は......何してもいいから......」女の声は低くなり、際どい雰囲気に変わった。残りの言葉は、茜には届かなかった。だが、諒助の熱っぽい眼差しを見れば、何を話していたかは推して知るべしだった。女が急に声を張り上げた。「諒助さん、茜さんはどうするの?私、浮気相手なんて嫌よ。もし噂になったら、私、どうやって生きていけばいいの?」諒助は無造作にタバコの灰を払い、自信に満ちた笑みを浮かべた。「心配するな。医者には記憶喪失の診断書を偽造させた。俺が認めなきゃ、誰も茜の言うことを信じないさ」女は一瞬黙り込んだが、まだ不満そうだ。「もし彼女がしつこく縋りついてきたら?私があの立場なら、絶対に手放さないけど」「茜に縋る隙なんて与えないさ」諒助は笑った。まるでこのゲームの支配者のように。茜は壁に張り付き、両手を強く握りしめた。指の肉に食い込む痛みすら感じない。頭の中で、いくつかのシーンがフラッシュバックした。諒助とは幼馴染だった。でも、柏原家に気に入れられないかった
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