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明日、私は誰かの妻になる のすべてのチャプター: チャプター 441 - チャプター 450

497 チャプター

第441話

「外の人間」が誰を指しているのかは、もはや言うまでもなかった。「では、よそ者とは誰のことだ」和久の冷ややかな声が響いた。諒助が返す言葉を探しあぐねていると、記理子がたまらずといった様子で勢いよく前に出た。「和久!あんたはもう全部手に入れたじゃないの。それでもまだ足りないというの?この家をめちゃくちゃにしたいわけ?それとも、おばあ様まで消すつもり?」自らの立場が危ういと悟った記理子は、とっさに小百合の名を盾にし、場をかき乱そうとした。唐突に名を出された小百合は、不快げに眉をひそめた。もっとも、こうなってしまった以上、記理子に話を合わせるしかない。諒助の立場さえ守り抜ければ、いつかまた和久と渡り合える日が来るはずだからだ。「和久、もういいでしょう。誰の肩を持とうと、今日のことはここで終わりにしなさい」「それを決める資格が、あなたにあるのか?」和久は冷ややかに言い放ち、ゆっくりと部屋を見渡した。「どうせ全員揃っているんだ。いっそ全部、白日のもとにさらしてしまおう」その鋭い視線が、菜穂を射抜いた。「さあ、話せ」「な、何を……?」菜穂はびくりと身をすくめた。「ここに、お前の身内がいるだろう」「いません!柏原社長、いい加減なことをおっしゃらないでください。私と柏原家は何の関係もありません」「家とは関係ない。だが、この場にいる誰かとは――ある」和久は一歩、また一歩と、逃げ道を塞ぐように菜穂へにじり寄った。「わ、私は……そんなこと、ありませんっ!」菜穂はくるりと背を向け、逃げ出そうとした。だが、鷹と悠人がすっと立ちふさがり、その行く手を阻んだ。「認めないのか?それとも、俺たちの手で暴かれたいか?」「あなたたち……」菜穂の顔に、隠しきれない狼狽が広がった。鷹が菜穂の持つバッグに目を落とした。「そのバッグは新作だ。読飼市でこれをいち早く手に入れられる人間は、たった一人しかいない」「最初に疑ったのは関根成美だった」悠人が静かに引き継ぐ。「支払い記録を辿ったら、彼女が買った痕跡が残っていたからな。ただ、そこまで迂闊なことをするとは思えなくて、もう少し深く調べることにしたんだ」「関根成美はそのバッグを受け取った後、誰かへのプレゼントだと言っていた」鷹が畳みかける。「さて、誰に渡したのか――
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第442話

その男こそが、菜穂の父親だった。男は愛娘をかばうように抱きしめたまま、ためらいなく言い放った。「俺たち親子は、あなた方と何の関係もありません。いくら問いただしたところで、何も出てきませんよ!」「そんなに慌てなくていい。神谷陽平(かみや ようへい)――いや、本当の名前は神谷承平(かみや しょうへい)か」和久は男をゆっくりと、値踏みするように上から下まで観察した。「神谷陽平」と呼ばれたときは誰も反応を示さなかったが、「神谷承平」という名が発せられた瞬間、小百合と諒助の顔がさっとこわばった。承平とは、記理子が嫁いできた当初から、彼女の専属で車を運転していた男だ。四六時中とまではいかないまでも、記理子が外出する際には必ずそばに控えていた。その名が出た途端、その場にいた者たちの疑念の眼差しが、一斉に記理子へと突き刺さった。「おかしい。彼は神谷承平じゃない」諒助が咄嗟に反論する。「子どもの頃に辞めて、故郷に帰る途中で事故死したって聞いた。あのとき父さんと母さんが、向こうの家族に見舞金を送ったはずだ」「誰にそう聞いた?」和久が静かに問う。「それは……っ」諒助は言葉に詰まり、無意識のうちに記理子へ目を向けた。そうだ――全部、記理子が自ら語ったことだった。だからこそ、家族の誰もが承平はこの世を去ったものと信じ切っていた。だが実際には、承平は「陽平」と名を変え、ささやかな商売を営みながら生き延びていたのだ。そして今この瞬間、諒助はようやく気づいた。菜穂の顔立ちが誰かに似ているとずっと引っかかっていたが、ようやくその理由に思い至った。ゆっくりと振り返り、再び記理子を見る。「母さん――これはどういうことですか!?」記理子は唇を結んだまま、一言も発さなかった。「さっさと説明しなさい!この子は一体誰なの!」小百合が苛立ちをあらわにした。「知らないと言っているでしょう」記理子は深く息を吸い込んで答えたが、その目は頑なに、寄り添う父娘から逸らされていた。陽平もすかさず口を開く。「俺たちは本当に、奥様とはご縁がありません。これほど立派なお家柄の方々が、我々のような取るに足らない者をいたぶることもないでしょう」「聞いたか?」諒助が冷たく鼻で笑った。「彼らは知らないと言っている。兄さん、無駄足だったな」そのとき、茜が静か
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第443話

記理子はただ、ゆっくりと目を閉じた。それだけで、陽平には十分な答えだった。彼は静かにうなずいた。「そうだ、すべて俺がやったことだ。だが、奥様とは関係ない。俺はただ金に困って、富裕層への恨みを募らせていた。西園寺家があれほど多くの借金を抱えていると知って、なおさら憎悪が湧いた。だから西園寺芙美を車で轢いた。ただ、それだけのことだ」「恨み、というわけね。衝動的な恨みだけで動く人間が、これほど周到に死を偽装し、計画を立てられるものかな。あなたのような鮮やかな手口、私は初めて見たわ。このまま調査を続ければ、あなたがひた隠しにしてきた真実は必ず明るみに出る。そう思わないの?」一人の命を、まるで路傍の石を蹴り飛ばしたかのように語るその冷酷さが、茜には到底許しがたかった。陽平が誰かをかばって嘘をついていることも、痛いほどわかっていた。だが諒助の目には、茜がただ感情に任せて食ってかかっているようにしか映らなかった。彼は茜の腕を強くつかんだ。「いい加減にしろ。お前が母親の死の真相を知りたい気持ちはわかる。でも相手はもう認めたんだ。これ以上追い詰める必要はないじゃないか!」「じゃあ、私にこのまま泣き寝入りしろと言うの?柏原諒助、あなたは一体何を恐れているの?真実を知るのが、そんなに怖いの?」図星を突かれたのか、諒助は言葉に詰まった。傍らに座っていた小百合は、事態がますますおかしな方向へ進んでいると感じていた。頭の中にあるのはただ一つ、この醜聞だけは外に漏らしてはならない、という思いだった。「みんな黙りなさい!この話はここで終わりよ。くだらない問答をこれ以上続けることは許さない」そう言い放ちながら、小百合は和久を横目で睨みつけた。その瞳には隠しきれない不満がどろどろと渦巻いていた。もし記理子が本当に家名に泥を塗るような真似をしていたのなら、それが諒助の立場にまで悪影響を及ぼすことだけは避けたい、それが彼女の本音だった。しかし和久は、彼女の制止など意に介さず、ゆっくりと椅子に深く腰を下ろした。「ここまで来ておいて、幕引きがそう簡単にいくとお思いですか」和久は再び陽平に冷ややかな目を向ける。「認めたなら聞くが、精神科病院で茜の父を殺そうとしたのも、お前だな?」「違う、そんなことはしていません!」陽平は即座に首を振った。そ
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第444話

それまでずっと黙ったまま座っていた記理子が、ゆっくりと立ち上がった。小百合を冷ややかに見据え、口元に微かな嘲笑を浮かべた。「あなたもずいぶんと歳をとったわね。和久に少し追及されただけで、もう言葉も出なくなるなんて。そもそも、私を追い詰めたのはあなたじゃないの。柏原家に嫁ぎたければ誠意を見せなさいと、開口一番、ウォーカーヒルの所有権を寄越せと言ったのはどこの誰?私が、親友の芙美が自分の成果を他人に渡すはずがないと言ったら、あなたはなんて答えた?『西園寺の人間さえ消えればいい、私は待てる』――そう言ったじゃないの。あなたが待てるというなら、私がその間に自分の手中に収めて何が悪いの!だから私はあなたの威光を借りて、自分の足場を固めるのに利用させてもらった。一歩一歩、ここまで登り詰めたのよ。あとほんの少し――あと少しで全て手に入ったのに!」記理子は深く息を吸い込み、今度は茜へと向き直った。「最初にあなたを引き取ったのは、確かに私にも下心があってのことよ。でも、どうしておばあ様がすんなりと承知したかわかる?西園寺家の資産を清算してみたら、想像をはるかに下回っていた。きっと両親がどこかに隠したに違いない――あの人はそう踏んだからよ。この『慈愛』という名の刃が、今頃あなたの胸に深く突き刺さっているんじゃないかしら。ここにいる全員が、あなたがその隠し財産を吐き出すのを、今か今かと待っているのよ。でなければ、和久がどうしてあなたに近づいたと思うの?」茜は記理子の視線を真っ向から見据え、それからふっと笑った。「ふふ。誰もが自分と同じように強欲だとは思わないほうがいいですよ」「黙りなさい!」小百合が杖を突いて激しく制した。だが記理子は意に介さず、言葉を続けた。「苦労して柏原家に嫁いだのに、結果はどうだったと思う?あの人は私に見向きもしなかった。ネットで西園寺芙美の写真を眺めているほうがよかったみたいね。諒助を産んでも、表向きの夫婦を演じるだけ――そんな仕打ちを受けて、なんで私だけが操を守らなければならないの?そう、菜穂は私の娘よ。それがどうしたっていうの?これで勝ったとでも思っているの?違うわよ!ハハハハ!」記理子はそう言い捨てて、声を上げて笑った。その狂気をはらんだ笑い声は、まだ何か隠された企みがあることを物語っていた。
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第445話

和久は射抜くような視線で記理子を見据えた。「――あなたが親父の負い目を利用していると気づいた後、密かに親子鑑定をしたんだ。結果を知っても、親父は公にしなかった。死ぬ直前に俺に渡して言ったよ。どうしても必要なときでなければ使わなくていい、と。自分が先にあなたを傷つけたのだから、柏原家で諒助を育てるのは構わない、と」記理子の顔から、さっと血の気が引いた。「なんでそんなことを……なんであの人は、それで私が恩に着ると思ったの?」「親父の病気を悪化させたのも、あなただろう」和久は容赦なく続けた。「看病を理由に国内に残ったまま、裏でメディアに親父の病状を漏らした。そして諒助の拉致を仕組んだ」「違う!母さんが拉致を?そんなはずない。あの犯人たちは本当に俺を殴ったんだ。芝居じゃない!」諒助が悲痛な声で反論した。和久は諒助をちらりと見た。「それで怪我をしたか?殴られたといっても外傷だけだろう。それに、少しでも怪我をしていなければ、誰が拉致を信じる?そうでなければ、彼女はどうやって第一継承者である俺に罪を着せるつもりだったんだ?」諒助はぐっと言葉を飲み込み、黙り込んだ。「記理子の計算外だったのは、茜がお前を助けたことだ。その件が親父に伝わることを恐れた――親父なら必ずあなたを疑うからな。だから茜の両親に口止めを頼んだ。拉致事件を隠蔽し、親父の看病を名目に諒助を連れて逃げるように海外へ渡った。それでも親父には伝わってしまった。だから親父は親子鑑定書を俺に渡し、遺言も用意した。あなたから俺を守るためにな」後のことはメディアが報じた通りだ。前当主は病状が悪化して逝き、柏原家は表面上の平和を保ちながら、内では権力を争い続けた。記理子が手に入れた勢力が思いのほか大きいと悟り、和久は力を蓄えながら機を待つことにしたのだ。「今となっては、もう必要ないな」和久は小百合を見た。「それでもまだ諒助をかばうつもりか?この何年も深く追及しなかったのは、茜があなたたちの手の中にいたからだ」「あなたが……ずっと戻らなかったのは、茜のため?」小百合は信じられない様子で和久を見つめた。茜も、これは今初めて知ることだった。思わず和久を見上げた。和久は躊躇なくうなずいた。「俺の母親のほうにも問題が山積していた。茜を一緒に海外へ連れていけば標的にされる
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第446話

茜の記憶の中の和久は、子どもの頃も今も、冷淡で近寄りがたかった。まさか、この十年間――ずっと自分のことを守り続けていてくれたとは。和久は茜の手を引いて、皆の前に立った。「言うべきことは全部言った。それでもおばあ様が諒助をかばいたいというなら、俺からはこれ以上何も言わない」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、警察が部屋に入ってきた。「柏原社長、通報されたのはどなたでしょうか」「俺だ。かつての柏原家に関わる案件に未解決の部分があって、その証拠は全て用意してある。こいつらを連行してください」「嫌!嫌よ!」事態を悟った菜穂が、泣き叫びながら記理子と陽平にすがりついた。「お父さん、お母さん、何か言って!」この一言で、すべての言い訳は意味をなくした。特に菜穂が諒助へと向けた一瞥――彼が自分の兄だと知っていたことが、その目からはっきりと伝わった。諒助はよろよろと後ずさった。茜の目には、それは少しも不思議に映らなかった。諒助は、家柄に守られて育った男だ。能力はあるが、柏原家という後ろ盾がなければ、今の地位を手にするまでに、社会でもがき続ける十年が必要だったはずだ。この部屋を出れば、もう元の世界には戻ってこられない。だから彼は迷った。本能的に小百合へ助けを求める目を向けた。だが小百合は、これほど長い間騙され続けた末に、自分から泥を被るつもりはなかった。無表情のまま執事に合図をし、そのまま車椅子を押させて、振り返ることもなく部屋を出ていった。「おばあ様!おばあ様!」諒助が叫んだ。小百合は振り返らなかった。諒助は取り押さえられ、記理子たちのそばへと引き戻された。もっとも、諒助がこれから先それほど惨めな目に遭うかどうかはわからない。記理子がこれほどの年月、自分のために蓄えた裏金がないはずはなかった。ただ、最終的にいくら手元に残るかは、また別の話だ。警察が一人ひとり連行し、その場はようやく静寂を取り戻した。茜は胸の奥がつかえるような気がした。和久が静かに手を引いた。「行こう。外に出よう」「……うん」茜は和久に連れられて車に乗り込んだ。てっきり家に戻るものだと思っていたが、車が止まったのは、かつて両親と過ごした西園寺家の屋敷の前だった。茜はすっかり修繕された建物を眺め、夢でも見ているかのように立
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第447話

生きていてこそ、未来への希望がある。だから母は、あの手紙を築山に隠していたのだ。読み終えた茜の頬は、いつの間にか涙で濡れていた。あの頃の自分には、証拠を守り抜く力など到底なかった――誰よりも茜自身がそれをわかっていた。もし悪い人間に証拠を奪われていたら、自分も確実に消されていたに違いない。茜は手紙を胸に押し当て、声を殺して泣いた。和久が後ろからそっと腕を回してきた。「大丈夫だ。俺がいる」茜は残りの証拠を一枚一枚取り出した。記理子がどのようにウォーカーヒルを乗っ取り、関根家や斎藤家と組んで西園寺夫妻を陥れたか――すべてが克明に記録されていた。手が震えた。茜は振り返り、和久を見た。「お兄様、父は無実だった。父は無実だったんだッ!」和久はそっと茜の頭に手を置いた。「……ああ。知ってた」茜は和久の胸に飛び込み、声を上げて泣いた。証拠を提出すれば、雲海はすぐに出られると思っていた。だが、思わぬ展開が待っていた。陽平がすべての責任を一人で引き受けたのだ。西園寺家を陥れたのも、記理子を脅迫してやらせたことだ、と。さらには、二人の子どもも強制的に産ませたのだと言い張った。二人とも?強制的に?あり得ない。だが記理子もまた、恐ろしいほど抜け目のない女だった。最初からいつか逃げ道が必要になる日を想定して、偽の証拠を積み重ねていたのだ。陽平に脅迫された写真、動画、メッセージ――同情を買うための材料は何もかもが揃っていた。記理子はその日のうちに警察署を後にした。しかし雲海は釈放されなかった。秘書の死について、未だ説明がつかないままだったからだ。今となっては、誰もその件の責任を認めようとはしない。知らせを聞いた茜は、呆然と立ち尽くした。和久の表情は変わらなかった。最初からそうなるだろうと読んでいたかのように。その日、茜は何も食べず、一滴の水も飲まず、部屋に鍵をかけて閉じこもった。最後は和久が強引にドアを開け、布団をはぎ取った。「これだけのことを乗り越えてきて、今さら諦めるのか?君らしくない」和久が不器用なりに励まそうとしているのはわかっていた。それでも、この現実はあまりに受け入れがたかった。やがて背中のマットレスがわずかに沈んだ。温かい体温が背中に寄り添い、そのまま静かに包み込んでくれた
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第448話

触れるだけの口づけなど、和久には物足りないはずだった。けれど彼はとても自制していて、慎重だった。まるで彼女を怖がらせるのを恐れているかのように。昔と同じだった。最初に刃物を見せて彼女を脅したとき以外、その後の彼はまるで別人のようだった。茜の体がじわじわと温かくなり、気づかないうちに和久の首に腕を回していた。恋人同士のような口づけに、茜はやはり少し気恥ずかしかった。でも以前とは違う――胸の奥がどきどきと高鳴っていた。口づけはゆっくりと深くなった。最初は抑えていた和久の息が、いつの間にか少し乱れていた。それでも決して無理強いはしてこない。茜は自分が大切に扱われていると感じた。だから今度は自分から、そっと身を寄せた。和久は両腕で体を支え、わずかに距離を作った。「……っ、無理しなくていい」茜は息を整えながら言った。「無理……してない」「それでもだめだ。もう丸一日、何も食べていないだろう」その言葉に、茜はふと笑い出してしまった。「ふふ、もしかして自分のキスがすごいって言いたいわけ?」「ほう、ずいぶんと口が達者になったな。落ち着いたなら、起きて食べてこい」「……はーい」茜は素直に起き上がったが、立ち上がった瞬間、くらりと視界が揺れた。和久がさっと腕を支え、二人でダイニングへと向かった。テーブルに並んだ出来たての料理を見て、茜の胸が温かくなった。腰を下ろして、黙々と食べ始める。そのとき、スマホが鳴った。星羅からだった。すぐに出る。「茜ちゃん、どうだった?あの人たちは全員捕まったの?」茜は和久をちらりと見てから、ため息をついておおまかな事情を説明した。「ちょっと、そんな……ひどすぎる!ねえ、聞いた?さっき諒助さんがウォーカーヒルに来てたよ。あなたを探してた」星羅はここ数日、ウォーカーヒルに戻って仕事をしていた。諒助の名前を聞いても、茜の胸にはもはや何の波も立たなかった。「会いたくない」「柏原社長がいるから、諒助さんもあなたには会えないと思うけど。聞いた話では、もう役職も解任されたって。柏原家がこれからどう扱うかは私も知らないけど」星羅はそっと探るように言った。茜は和久をもう一度見た。「私もわからない。明日ウォーカーヒルに戻るから、そのときに考えるわ」「わかった。じゃあ柏原社長
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第449話

「今となっては、父たちが資産を隠していたわけじゃないことも証明できる。じゃあ、父の無実をどうやって証明すればいい?」「世間や警察が信じているのは、秘書がおじさんの犯罪を知ったから口封じに殺された、という筋書きだ。でも今や横領という犯罪そのものが成り立たなくなった以上、殺す動機がなくなる。つまり、まったく別の角度から見直す必要がある」和久は落ち着いて分析した。「本当は、秘書のおじさんはすごくいい人なの。しばらく私、自分でもわからなくなってた。父と秘書のおじさんの間に、一体何があったんだろうって」「西園寺のおじさんはまだ療養中で、まともに話が聞ける状態じゃない。やはり秘書の遺族を探すしかないな」和久は言った。「あの須藤という探偵さん、手がかりが何もないはずはない。でも、これまで彼が伝えてきた情報が本物かどうか、もう自信がないわ」茜は立ち上がり、部屋から自分でまとめた証拠ノートを取ってきた。和久はぱらぱらとめくった。「見方を変えるなら、証拠の意味も問い直す必要がある。探偵がこんなものを君に渡してきた目的は何だと思う?」「決まってるわ。私の考えを誘導して、お金を巻き上げるため」茜は答えた。「ならば、もしかすると遺族と君を接触させないためだったとも考えられる」「つまり……その一家は最初から国外になんかいなくて、大金を手にしたわけでもない。探偵が示した情報と逆を辿れば、見つかるかもしれないってこと?」茜の目に希望の光が宿った。和久は静かにうなずいた。実は和久はすでに鷹を通じて探偵を問い詰めていた。探偵は白状したのだ――茜に渡した情報はすべて、記理子から指示された偽物だと。秘書の遺族の本当の行方については、自分も何も知らない、と。今最も急ぐべきは、雲海の無実を証明することだ。茜の中に俄然、闘志が湧いてきた。感傷に浸っている暇などない。しっかり食べて体力をつけ、次に備えるだけだ。……一方、ウォーカーヒル。諒助は以前の客室スイートに移っていた。柏原家の内部からは名前を消されたが、一族の体面もあり、その存在自体は黙認されていた。彼は今でも、かつて柏原家が与えてくれた特権の一部を享受できていた。たとえば、この柏原家の人間のために用意されたスイートルームだ。ただし、あくまで使わせてもらえるだけで、かつてのような
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第450話

その日、茜はいつもより早めにウォーカーヒルに出勤した。明日には父に会いに行けると思うと、自然と足取りが軽くなった。食堂で星羅と落ち合い、軽く朝食を済ませる。だが、向かいに座る星羅はどこか心ここにあらずという様子だった。「どうしたの?朝からぼんやりしてて」「……一番恐れていた事態になっちゃった。うちの兄、結婚するんだって。それでね、母に『車を買ってあげなさい』って言われたの。ローンでもいいからって」星羅が力なく呟いた。「正気じゃないわね。普段からあなたの食費まで計算して搾り取っておいて、今度はローンまで組ませるつもり?星羅ちゃんの給料で、どうやって返していくのよ」「だから、きっぱり断ったよ。偉いでしょ?」口ではそう言っても、星羅の顔は少しも晴れなかった。「とりあえず、何かあったら、必ず言ってね」と茜は真剣に伝えた。「うん、ありがとう……そうだ、客室部の子から聞いたんだけど、諒助さん、まだここに泊まってるみたい。でも上からの通達で、ツケ払いの権限が剥奪されたって」つまり、ツケや会社持ちの経費としては一切使えないということだ。何を飲み食いしようと、諒助が自腹を切るしかない。茜はわずかに口元を引き締めたが、深く気にとめる様子もなかった。「ふうん、そう」朝食を終えて二人で別れ、茜がオフィスへ向かうと、オフィスのガラス扉の前に諒助が立っていた。周りのスタッフは誰も内情を知らないから、かつての副社長である諒助への態度はまだそれなりに丁寧だ。諒助は茜に気づくと、歩み寄って言った。「コーヒーでも一緒に飲まないか」「今は勤務中です」茜はきっぱりと断った。「じゃあ休憩中でも、退勤後でもいい。いつかきっと、一緒に飲める日が来るはずだ」諒助の言わんとすることは明確だった。茜は仕方なく言った。「先に行ってて。仕事を片付けてから行きますから」栞がまだ療養中で、決裁待ちの仕事が山積みだった。「わかってるはずだ」諒助は真剣な顔で言った。「俺は、ずっと待つから」茜は短くうなずいて、オフィスに入った。席に着き、和久にメッセージを送る。【諒助がコーヒーに誘ってきた】【俺が妬くと思った?】【……気にしないなら忘れて】【いや、嬉しいよ。今夜、迎えに行く】【大丈夫よ、往復の時間が無駄だから】【待ってろ
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