All Chapters of 『復讐の転生腹黒令嬢は溺愛されたので天下を取ることにしました』: Chapter 11 - Chapter 20

43 Chapters

11  王都ベルシニアの陽光の下で

   王都ベルシニアの陽光の下で 朝靄が晴れ、王都ベルシニアの街並みが黄金の陽光に照らされる頃、イザベラはあやめを伴い、石畳の大通りを歩いていた。 王城を中心に広がる都は、歴史の風が磨き上げた宝石箱のように輝いていた。遠くそびえる城壁は、壮麗な金銀細工の縁取りを施された蓋のように、この街を優しく包み込んでいる。大小の建物が入り混じる街並みは、職人が丹精込めて嵌め込んだモザイクのように美しく、それぞれが異なる歴史を秘めていた。 靴音が単調だがどこか上機嫌なリズムを刻む。石畳を踏むたび、コツコツと乾いた音が響き、その上を市場の喧騒が塗りつぶしていく。商人たちの威勢のいい掛け声、焼きたてのパンの香ばしい匂い、甘く熟れた果実を割ったような芳香、そして遠くから響く楽器の音色――ベルシニアの市場は、まるでひとつの巨大な生命のように鼓動していた。 イザベラは、薄水色のワンピースの裾を優雅に揺らしながら歩いた。陽光を浴びて微かに透ける生地が、風にたなびく青い睡蓮のように涼しげに揺れる。柔らかな布が足元に触れるたび、心地よい感触が広がる。後ろには、白いエプロンと黒いメイド服に身を包んだあやめが、一歩引いて静かに控えていた。彼女の足取りは驚くほど軽く、まるで影が滑るように音もなくついてくる。 ふと、街の喧騒がわずかに沈んだ。 人々の視線が、一斉にイザベラへと吸い寄せられる。 刺すような視線の洪水が、肌にじりじりと絡みつくのを感じた。「なんて美しい方……どちらのご令嬢かしら?」「……良い女だな……ゴクリ」 女たちの囁きは、夜風にそよぐ花びらのように微かだったが、男たちの喉を鳴らす音は、まるで獲物を前にした獣のように露骨だった。 イザベラは、わずかに唇を噛みしめる。(……しまったわね) この世界に来てまだ日が浅い。だが、彼女の顔立ちはすでにこの世界の基準を超えた美貌であることを思い知らされた。前世では、それを武器にして男たちを手玉に取った。だが今は、むしろ枷になっている。 かつての麗子は、自分の美しさを武器にし、男たちの視線を愉しんでいた。高級レストラ
last updateLast Updated : 2025-12-26
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12 ベルシニアの繁華街にて捕縛

 ガタガタッ――! 無骨な靴音が、軋む階段を震わせた。鈍い振動が床板を伝い、イザベラの足元にまで響く。瞬く間に、鎧を纏った衛兵が五人。迷いのない足取りで駆け上がり、イザベラを取り囲んだ。腰に剣を光らせた五人の衛兵が視界を埋め尽くした。 その中心に立つ男の手には、一枚の紙。陽光を受けてわずかに反射するインク。そこには、優雅な微笑を浮かべたイザベラ・ルードイッヒの肖像が克明に描かれていた。「イザベラ・ルードイッヒだな!」  低く響く声。命令口調に宿る、疑いの余地なき確信。その声が場の空気を張り詰めさせる。 (あら……?  もう手配書が出回ってるの?  ずいぶんお仕事が早いのね) イザベラは軽く目を伏せ、口元に微かな笑みを浮かべた。心の奥に広がるのは驚きよりも、むしろ呆れに近い感情。まさか、こうも簡単に捕まることになるとは。 隣に立つあやめが、音もなく身を引き、そっと手を動かす。鋭い眼差しが衛兵を見据え、今にも跳ね上がろうとしていた。 しかし、イザベラはわずかに睫毛を震わせ、抑えるように視線を送る。(ここで騒ぎを起こすのは悪手ね。あやめが本気を出せば、この程度の相手、瞬く間に片づけてしまうでしょうけど……) けれど、それでは後々の面倒が増えるだけ。逃亡者としての罪はさらに重くなり、追っ手の数も増える。何より――今はまだ、流れに身を任せた方が得策に思えた。 イザベラは、ゆるりと小首を傾げ、涼やかな笑みを湛える。「はい。その通りでございます」 衛兵たちの間に、一瞬の沈黙が流れた。「……王城に連行する!」 王城――? イザベラの眉が、わずかに動いた。 普通ならば、罪人はそのまま近隣の牢獄に送られるはず。だが、わざわざ王城に連行されるということは、それなりの高官が取り調べを行うということだろう。(ふうん、これは……少し、面白い展開になりそうね) 甘やかな声で、そっと紅茶のカップを指差し、上目遣いで懇願する。 ――微笑み
last updateLast Updated : 2025-12-27
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13   王城への招待

   ――これは、どういうことかしら? 揺れる馬車の中、私は静かに指を組みながら状況を整理する。 グランクラネル王国が私を指名手配しているのは間違いない。  そして、ベルシオン王国がそれに応じて私を捕えた――そう考えるのが自然だろう。 だが、腑に落ちない。 二国の関係は決して良好ではなかったはず。  どちらかといえば冷戦状態にあり、互いに出方を伺いながら牽制し合っていた。 それなのに、どうしてベルシオン王国がわざわざヘインズの意向に従い、私を差し出すような真似を? ――まさか、本当に気付いていないの? グランクラネルが水面下でどれほどの謀略を巡らせているか、私ですら知っているのに。  ベルシオン王国の新王ルークとその側近たちは、まさかグランクラネルの野心を見抜けていない? そんな間抜けな話、あるかしら。 ……それとも、わかった上で動いている? ルーク・ベルシオン。 漆黒の瞳に濡羽色の髪、非の打ち所のない整った顔立ち。  学院時代から女性たちの憧れの的だったが、彼自身は誰にも靡くことはなく、常に冷静で隙がなかった。 剣の腕前は桁違い。  戦場においては”漆黒の王”と呼ばれるほどの強さを誇り、敵を圧倒するその姿は、まさに戦神の化身のようだった。 だが―― 肝心の”王としての才覚”は未知数。 ヘインズのような下衆の策略に踊らされるほど馬鹿なのか、それとも、すべて計算ずくで動いているのか。 ――王城に着けば、すべてが明らかになるはず。 馬車が大きく揺れた。鈍い振動が足元から響き、まるで運命の足音のように鼓動を打つ。 重厚な城門が軋みを上げて開かれ、私を乗せた馬車がゆっくりと進む。 ◇◇◇ 馬車の扉が開かれた瞬間、肌を刺すような視線が降り注ぐ。 城の玄関前。 鋼の如く無表情な兵士たちが長槍を構え、城門の前に整然と立ち並んでいた。  その視線は
last updateLast Updated : 2025-12-28
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14  謁見の間 1

「イザベラ・ルードイッヒ公爵令嬢、お久しぶりですね」 その名を口にする声は、かつての少年のものではなかった。低く、深く、空間そのものを支配する響き。幼き日の記憶の中にあった彼の声とは、まるで別物だった。優雅さの奥に潜む冷たさが、ひやりと背筋を撫でる。 (変わった……彼は、間違いなく王になったのね。) 胸の奥がざわつく。かつてのルークを知っているはずなのに、今ここにいるのは全く別の存在。まるで、漆黒の夜に凛然と輝く王者の星。 ——その視線の先にいるのが、自分だということを自覚する暇もないほどに。「貴方と踊ったあの時のことは、今でも鮮明に覚えていますよ」 ルーク・ベルシオンの声音は低く、どこか含みを持っていた。 長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳がイザベラを捉える。まるで獲物を見定める猛禽のように。その眼差しには懐かしさの色が浮かんでいるようにも見えたが、彼の真意を読み取るのは容易ではない。 (……この男、何を考えているのかしら?) イザベラは慎重に微笑んだ。「お久しぶりでございます、ルーク様。いいえ、今は国王陛下とお呼びすべきですね。月日の流れというものは、なんと早いことでしょう。」 上品に微笑むその唇の裏で、彼女の思考は鋭く巡る。 この男は私をどうするつもりなのか?  グランクラネル王国の言いなりになるとは思えない。  私に人質としての価値があるとも思えない。  それなのに、わざわざ探し出させたのは何故——? 内心で訝しむイザベラに、ルークはふっと微笑みを浮かべた。その笑顔は、柔らかく、どこまでも優雅。だが、その目は笑っていない。まるで試すように、誘うように、こちらの出方を見極めようとしている。単なる感傷ではない、もっと別の——計算された何かを感じた。 (……何、この笑顔? 優しげに見せかけているけれど、本音が見えない。まるで猫が爪を隠しているみたい。不気味だわ) 思わず身を引きかけた瞬間、ルークが低く囁く。「本当にお美しい。『グランクラネルの真珠』と謳われるのも納
last updateLast Updated : 2025-12-29
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15  謁見の間 2 

 ……ええ、知っていたわよ! ルーク・ベルシオンが規格外のイケメンだってことくらい。 濡羽色に輝く髪、整った顔立ち、冷たげな瞳の奥に潜む圧倒的な王者の風格。外見だけなら完璧すぎてため息が出る。けれど、いま目の前で微笑むこの男――想像以上に攻めてくるじゃないの! あまりの攻撃力に、まるで戦場で強敵に囲まれたかのような気分。……でも、まだ負けてはいないわ。ここは冷静に状況を整理しましょう。 まず、王妃という立場について。 ……いや、でも待って。王妃って意外と大変そうじゃない?  でも……王妃っていうのはポイント高いかしら?  いやいや、待て待て。そもそも私はそこまで野心家じゃない……はず。  小国とはいえ、王の正妃という肩書きは悪くない。けれど、王というものは世継ぎを求められる存在……つまり、側妃や愛妾をたくさん抱える可能性があるってことよね? もし子どもが生まれたら、後宮の女たちとドロドロの権力争い……? それは勘弁願いたいわ! 他の女といがみ合う未来が容易に想像できる。嫉妬と陰謀が渦巻く王宮の女の戦い? ごめんだわ。ヘインズやカトリーヌに「ざまあ!」できるのは少し魅力的だけど、大国の彼女たちのほうが立場は上。微妙な勝利感だし、釣り合いが取れない気がする。 ……まあいいか。とりあえず王城に住んでやるとするわ! 何より、鎧を着た兵士が家の周りを無駄に行ったり来たりして、カチャカチャと金属音を響かせるのも物々しくて落ち着かない。まるで監視されている気分だし、気分も悪い。だったらいっそ、ルークの城で優雅に過ごしてやろうじゃないの。 ……でもなあ……。 ルークのこと、よく知らないし。いきなり結婚なんて、さすがに気が引ける。 ……ルークがじっとこちらを見つめている。まるで逃げ場を塞ぐように。 うだうだ考えながらも、周囲の視線をヒシヒシと感じ、何か返事をしなくてはと焦る。ルークの目が真っ直ぐすぎて、まるで逃げ場がない。 仕方ない、ここは一旦ルークの顔を立てておきましょう。結婚は断るけど。「分かりました、ル
last updateLast Updated : 2025-12-30
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16 謁見の間 3 

 ケインズはわずかに視線を動かし、周囲の気配を探るようにしてから、小声で告げた。「陛下……報告が……」 ケインズの低く抑えた声が、静寂の中に沈み、まるで城そのものが、次に発せられる言葉を固唾を飲んで待っているかのようだった。「うむ」 ルークは玉座にもたれ、静かにケインズを見やる。ケインズは周囲に気を配りながら一歩前へ進み、耳元に口を寄せて小声で告げた。「先ほど、グランクラネル王国との国境にある検問所で、イザベラ嬢を追う騎士風の者たちと小競り合いが発生したとの報告が入っております。どうやら、彼女がこの国へ入ったことを悟られたようです」「今更だな」 ルークは肘掛けに軽く体重を預けながら、口の端を吊り上げると、鋭い漆黒の瞳を冷ややかに細めた。「偽りの平和など、そう長くは続くまい……。周辺国の動向にはより一層注意を払え。次にどこを焚きつけてくるか、分かったものではないからな」 ルークの言葉に、重厚な鎧を纏った壮年の男が力強く頷いた。「ーーガリオン将軍、兵の鍛錬に抜かりはないな?」「安心されよ!」 ガリオンの声は威風堂々としており、まるで戦場で号令をかけるような迫力があった。「訓練は怠らず、兵の士気も極めて高い。今すぐ攻められようとも、十全の働きは約束いたします。要害を利用すれば、たとえ大軍を相手取ったとしても、容易く突破されることはありますまい」「我が国の兵は少なく、敵地の占領には向きませんがーー峻険な山々に囲まれた地形故、守りは盤石かと!」 ケインズもまた、静かに言葉を重ねた。 ルークは短く息を吐くと、肘掛けに手を置きながら天井を仰いだ。「頼もしいな。ーーだが、戦場において最も頼るべきは人ではなく、策だ。どれだけ優れた兵でも、無策ではただの駒に過ぎない。」 そう呟きつつも、漆黒の瞳には深い思慮が宿る。「だが、四方を敵に囲まれ、こう度々攻められてばかりでは、いくら精鋭を揃えていても国力は疲弊し、国民は疲れ果てる。いずれは隣国に屈し、属国と成り下がることにな
last updateLast Updated : 2025-12-31
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17  氷の王の求愛と揺れる姫 1

   自宅へと戻ったイザベラと侍女のあやめ。外では、王城から護衛のために派遣された鎧姿の兵士が二人、門の前で直立していた。 「やになっちゃう。あんなのが玄関の前にいたら、物々しくて落ち着かないわ」 イザベラは眉をひそめ、溜め息交じりに呟く。その視線は、無機質な鉄の鎧に覆われた兵士たちへと向けられていた。「此処は貴族の居住区ではありませんので、確かに少々目立ってしまいますね」 あやめも静かに同意する。しかし実際のところ、屋敷は木々に囲まれ、大通りからは離れた場所にある。だから兵士たちが門前を固めていたとしても、外からの視線はほとんど届かないはずだった。それでも、そこにいるだけで異質な存在感を放っているのは間違いない。 ――落ち着かないものは落ち着かない。 イザベラの声には、どこか甘えるような響きが混じっていた。 石黒麗子だった頃――前世の彼女は、苛立ちを感じた時には決まって湯船に浸かり、熱いお湯で心を鎮めたものだ。ささやかではあるが確実なリラックス法。けれど、この異世界に転生してからは、それがとても贅沢な行為になってしまった。「はぁ……あやめ、気分転換にお風呂に入りたいわ! 準備をお願いね」「承知しました。お嬢様」 あやめは迷いなく頷き、すぐに準備へと取りかかる。 大きな浴槽に水を張り、薪を焚べ、じっくりと湯を沸かす。この世界での入浴は手間のかかる一仕事だった。火を入れたばかりの風呂釜では、水はすぐには温まらない。付きっきりでいる必要はないが、時折薪を足し、湯の温度を調整しなければならない。 しばらくして、あやめが静かに扉をノックした。「お嬢様、お風呂の準備ができました」 ……と静かに告げる。「ありがとう、あやめ」 イザベラは微笑み、ふわりと軽やかな足取りで浴室へと向かう。 「お風呂の後は、お食事にいたしますか?」「そうね。お願い」「承知いたしました」 湯気がゆらめく浴室へ足を踏み入れると、湿った空気が肌を優しく撫でる。イザベ
last updateLast Updated : 2026-01-01
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18  氷の王の求愛と揺れる姫 2

「さっさと別の国に逃げ出すか、それとも取り敢えず王城で暮らすか……」「お嬢様、服を……」 湯気の立ち込める室内で、あやめが手際よく、湯浴みを終えたイザベラの体を拭き上げる。さらりとした布が水滴を吸い取り、滑るように肌を撫でていく。 イザベラの長い髪から滴る雫が、鎖骨を伝い、胸元へと流れ落ちた。あやめは無言のまま、慣れた手つきでそれを拭い、用意していた下着を広げる。 細やかなレースが縁取られた薄絹の布。風呂上がりの火照った肌に触れると、わずかにひんやりとした感触が広がる。「ねぇ、あやめはどう思う?」「お嬢様のお好きになされませ。ただ……あそこまでお嬢様に好意をお示しになられるのは、なかなか気分の良いものでしたね」 思いがけない言葉に、イザベラは思わず下着の裾を握りしめた。「……っ」 息を呑む。頬が熱くなるのがわかった。 彼の漆黒の瞳。真っ直ぐな視線。そして、低く響く声——。 記憶の片隅に追いやっていたはずの情景が、一気に蘇る。「……そ、そうね」  ルークのことを考えると、何故か胸がざわついた。 『一目惚れだ』 氷のような態度で他の女性たちを退けてきた男が、なぜ私にはあんなにも情熱的だったのか。 ただの気まぐれ?   それとも、本当に——? 思考を振り払うように、イザベラは髪を払った。 ――この熱は、本当に湯のせいだけ? イザベラは、鏡に映る自分の赤らんだ顔を見つめながら、静かに息を吐いた。 あやめは続ける。「次の移動先を検討している間だけでも、王城に住まわれるとよろしいのではありませんか? あの男を上手く利用するのです」「利用、ねぇ……」「それに、結婚するのも決して悪い手ではありません。婚約でも構いませんが、すぐに隣国の王と結婚するということは、お嬢様の名を高めることにもなりますし……。周囲から高い評価をされていた証にもなります。ヘインズ王太子が開き盲
last updateLast Updated : 2026-01-02
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19  影の囁き

「小太郎! いるんでしょう?」 イザベラの声が静寂を破った。室内は燭台の淡い光に包まれ、天蓋付きの豪奢なベッドのカーテンが揺れる。窓の外では風が囁き、夜の帳がベルシニアの街並みを覆っていた。 その瞬間——。 まるで闇がほどけるように、一瞬の隙間から黒い影が現れた。燕尾服を纏い、銀のメガネを整えた優雅な男——セバスチャン。その姿勢には一分の隙もなく、柔和な笑みを湛えている。だが、その瞳はどこまでも冷静で、油断の色は微塵もなかった。「お呼びでしょうか? お嬢様」  柔らかく響く声音。どこから見ても完璧な執事の佇まい。だが、イザベラは知っている。この男が、影の世界を生きる忍びであることを。「貴方はどう思う?  小太郎」 イザベラが顎を上げ、挑むように問いかけると、セバスはわずかに目を細めた。「この姿の時は、セバスとお呼びください」「セバス……セバスチャンね。分かったわ!」 イザベラは片眉を上げ、興味深げに彼を見つめる。「それで、貴方はどう思う?」 セバスは一歩前へ進み、恭しく頭を下げた。「結婚なされば、この国の王妃として、王を裏から操ることもできましょう。『嵐雲党』にとっても、それは非常に有益なことです」 冷静にして的確な言葉。しかし、その奥にはどこか妖しい響きが混じっていた。「……そういうものなのね……」 イザベラはしばらく彼の言葉を反芻する。忍びの視点では、結婚もまたひとつの戦略。権力を手にすれば、あらゆる選択肢が広がるのだろう。 ——だが、それは麗子の望むものではない。 元のイザベラは権力志向が強かったのかもしれない。しかし、麗子の価値観は現代日本のものだ。権力の座に就くよりも、自由に生きることの方がずっと魅力的だった。「分かったわ。でもね、私はそんな面倒くさいことは願い下げよ。できれば穏やかに暮らしたいの」 イザベラは優雅に微笑む。その瞳には迷いがない。「変わったな、イザベラ……権力者を目指さないのか?」
last updateLast Updated : 2026-01-03
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20 忍びの忠義 

「お嬢様、明日、王城に引っ越しなさると考えてよろしいですね?」 低く穏やかな声が、室内の静けさを切り裂くように響いた。黒と銀で統一された執事服に身を包み、完璧な礼節を体現する小太郎ーーいや、今はセバスだ。彼はイザベラの傍らに控え、まるで長年仕えてきた老練な従者のように恭しく頭を下げていた。 イザベラは、優雅な仕草で髪をかき上げながら、窓の外へ視線を移す。燃えるような夕陽が西の空に広がり、ベルシオンの王都を黄金色に染め上げていた。王城の塔が長く影を落とし、街の喧騒が遠くに霞む。「そうね。一時的に、ここに留まるのは悪くないわ。でも、いつでも逃げられる準備はしておいて」 その言葉に、セバスは薄く口の端を持ち上げた。「別の国にもアジトはあります。いざとなれば如何様にでも」 何気なく放たれたその言葉に、イザベラは内心驚きを隠せなかった。やはり、小太郎たちは単なる「使える忍び」どころではない。異世界転生者である麗子にとって、この世界はまだ未知の領域だったが、少なくとも忍びの力があれば、どんな状況でも生き抜いていけるのではないかという希望が芽生えた。「……他の国にもアジトがあるなんて。小太郎の一族って、思っていた以上に凄いのね」 呟くように言いながら、イザベラは指先で髪の先を弄ぶ。 彼女にとって、この世界の貴族社会は醜悪で、息苦しいものだった。誰もが権力を求め、影で陰謀を巡らせ、同盟を組んでは裏切る。麗子として生きてきた彼女には、到底馴染めるものではない。しかし、小太郎たちのような存在がいることで、少しだけ「戦えるかもしれない」という気がした。  ――忍びって、本当に面白いわね……。 そして、忍びを使役しているルードイッヒ公爵家もまた、侮れない存在なのだと改めて思う。 とはいえ、イザベラの記憶にある父・ジオルグ公爵は、正室以外の側妻に甘く、肝心な場面で決断力に欠ける「腑抜け」の印象が強かった。 お父様って、側妻の言いなりのボンクラかと思っていたけれど……意外と外では出来る人だったのかしら?  ――いや、そんなことはないわね。 無意識のうちに
last updateLast Updated : 2026-01-04
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