「おまたせ」千聖が声をかけながら向かいの席に座ると、紅玲は小さく肩を揺らした。「おかえり、チサちゃん。ちょっと待っててね」紅玲をノートパソコンの電源を落とすと、アタッシェケースにしまった。「名刺と契約書のコピーよ」千聖は紅玲の前にクリアファイルを置く。紅玲は名刺と借用書のコピーを並べる。「うん、しっかりと住所が書かれてるね。にしても、本当に雑だね」「雑?」苦笑いをしながら言う紅玲を、千聖はまじまじと見つめる。「そう、雑。裁判に持ち込めば、これ払わなくて済むと思う」「どういうこと?」「ここ見て」紅玲は借用書のコピーを千聖の前に滑らせると、借用額を指さした。1,000,000という手書きの数字が書かれている。「後ろのこの2つの0と、前の0を見比べてみて。これ、筆跡鑑定したらあとから書き足したって分かるはずだよ」意識して0を見比べてみると、紅玲の言う通り筆跡が違う。正樹が書いた0は、丸っぽい上につなぎ目が跳ね上がったり×になったりしている。後ろ2つの0は縦長で、つなぎ目は下にある。「確かに……! バカ兄貴は上から書き始めてるけど、こっちのは下から書き始めてる……。これを証拠に裁判をすれば……」「おすすめはしないけどね……」紅玲は冷めた目で借用書を見ながら言う。「私をセフレにできないから。……では、なさそうね」「まぁそれもあるけどね。裁判だと時間と労力がかかるからさ。なによりチサちゃんに負担が行きそうだし。これもらってくるのにも、ケンカしてきたんじゃないの?」紅玲に言い当てられ、千聖は目を見開く。「私に盗聴器でも仕掛けてた?」「まさか。ここに来る時、顔が強ばってたからね。相談持ちかけてきた時から、きっとおにーさんとだけじゃなくて、おかーさんとも仲良くないんじゃないかって思ってたし」紅玲はそう言って煙草に火をつけた。
Last Updated : 2025-12-16 Read more