All Chapters of 独占欲に捕らわれて2: Chapter 41 - Chapter 50

103 Chapters

紅玲の取材旅行29

「おまたせ、ちゃんと乾いたよ」「ありがとう、助かったわ」まだあたたかい服を受け取ると、脱衣場で着替える。「紅茶、きっと優奈でも飲めるくらいには冷めてると思うわ」脱衣所から出ながら言うと、優奈は恐る恐るカップに口をつけた。「本当だ、ありがとう」「どういたしまして。パンはこれでいいかしら?」千聖は昨日買ったジャムパンを、優奈の前に置く。「そうそう、これが好きなの」優奈は嬉しそうに開けて、ジャムパンにかじりつく。「朝からよくそんな甘いの食べられるわねぇ……」自分用に買ったくるみパンを開けながら、千聖は呆れ返る。「甘いのは正義だもん」「はいはい……」まともに構っても疲れるだけだと分かっている千聖は、適当に流した。「ところで紅玲くんとはどうなってんのよ?」「……人の恋バナで補おうとするのって、どうなの?」昨晩の後輩達のこともあり、千聖は渋い顔をして言葉を返す。「だって、人の幸せな話聞いたら幸せにならない?」優奈は目を輝かせながら、身を乗り出す。(そうだった……。彼氏絡みだと嫉妬が激しいけど、人の幸せを妬んだりする子じゃなかったわね……)千聖は紅茶をひと口飲んで小さく笑うと、口を開いた。「怖いくらい幸せよ。紅玲は惜しみなく愛情表現してくれるし、家事もほとんどしてくれる。……けどね、今離れ離れになってるの……」「千聖からそんな話が聞ける日が来るなんて、夢にも思わなかったなぁ。で、どうして離れ離れになってるの?」優奈は不思議そうに千聖の顔をのぞき込む。「紅玲はシナリオライターもやってるの。それで納期が短いからって理由で、京都と奈良に取材に行っちゃって……」「あぁ、そういえば自己紹介の時にそんなこと言ってた気がする。そっかぁ……、やっぱり書き物してる人って、そうやって取材に行くんだね」感心したように言う優奈に、千聖は首を横に振る。「……優奈は、私の事情を色々知ってるでしょ? 前に兄の借金のせいで、紅玲と契約してたこととか。紅玲が初めて行った県外って、私達の地元なんですって」「えぇっ!?」驚きのあまり、優奈は持っていたジャムパンを握り潰してしまった。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行30

「あああああっ!!!」今度は見るも無残なジャムパンを見て、大声を出す。「本当に忙しいわね、あんたは……」表情をころころ変える優奈を見て、千聖は失笑する。「うぅ……私のジャムパンが……」そう言いながらも、ジャムパンにかじりつく。「えっと、紅玲くん、ひとりで大丈夫なの?」「ふふっ……、一応斗真が一緒らしいんだけど、それでも心配なものは心配だし、何よりも寂しいのよね……」信頼のおける旧友に、千聖はすらすらと本音を語る。「それだけ千聖の中で、紅玲くんの存在が大きくなったんだね。よかったよかった。結婚式楽しみにしてるね」「気が早いわよ。でも、紅玲も結婚のことはちゃんと考えてくれてるみたいなの」幸せそうに話す千聖を、優奈は優しい眼差しで見つめる。「ふたりは本当にうまくいってるんだね。こっちに来てからビッチになっちゃったから心配だったけど、安心した。今まで苦労してきたぶん、千聖には幸せになってほしかったから」「優奈……」思ってもみなかった親友の言葉に、目頭が熱くなる。「私の幸せを願ってくれるのは嬉しいけど、優奈も幸せになるのよ? まずはしっかり者の彼氏を見つけなきゃ」「うっ……頑張る……」危うくなった涙腺を誤魔化すと、優奈は渋い顔をする。「さてと、少し早いけど私はそろそろ出勤するわね。えっと、宿泊代は……」「2000円でいいよ」「本当にどうしちゃったの?」いつもはちゃっかりしている優奈が、ここまで積極的にお金を出すのは珍しい。千聖は思わず、彼女の正気を疑った。「ひっどいなぁ。……私ね、最近思うの。彼氏と続かないのは、私が原因なんじゃないかって。だからちゃんとした人になろうって、できることからやっていくことにしたんだ」そう言って目を細める優奈は、千聖の目には大人びて見えた。「なるほどね、いい考えだと思うわ。優奈の成長を祝って、言い値に千円プラスしておくわ。あと、残ってるお酒もおつまみも全部あげる」千聖は3000円をテーブルに置きながら言う。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行31

「ありがとう、千聖。気をつけてね」「うん、いってきます」優奈に見送られながら、千聖はホテルを後にした。出勤すると、後輩3人組が千聖に駆け寄る。「おはようございます、綾瀬先輩」「昨日はご馳走様でした」「これ、受け取ってください」千聖に差し出されたのは、少し大きめの紙袋だ。「なに? これ」受け取って中を見ると、バーボンやおつまみ、スナック菓子が入っている。「綾瀬先輩、絶対お釣り受け取ってくれないと思ったから……」「お酒とおつまみなら受け取ってくれるかなって」「というか、受け取ってください」真顔で言う3人が微笑ましく見えて、千聖は小さく笑った。「お気遣いありがとう。さっそく今夜いただくわね」千聖が微笑みながら言うと、3人は胸をなでおろした。「よかったぁ、受け取ってもらえて」「先輩が受け取ってくれなかったら、お酒どうしようって話してたんですよ」千春と美幸は口々に言う。「さすがにここまで気を使ってもらったら、受け取らないわけにはいかないわよ。大事に呑ませてもらうわ」「って言いながら、1晩で全部呑むんですよね?」瑞希はチェシャ猫のようにニヤつきながら、紙袋をつついた。「あら、バレちゃった?」千聖が茶目っ気たっぷりに言うと、誰からともなく笑った。(朝から嫉妬されたらどうしようと思ったけど、意外と律儀な子達ね……)3人の好感度を改めながら、千聖は紙袋をロッカーにしまい込む。仕事と同時に、平凡な日常が戻ってくる。千聖は休み時間を心待ちにしながら、仕事に打ち込んだ。そして10時になると、LINEを開く。紅玲のトークルームを開くと、アルバムが作成されている。アルバムを開くと、雅やかな街並みの写真がたくさん出てきた。「どれも綺麗……。これは是が非でも連れて行ってもらわなきゃ」その言葉を伝えようと電話をするが、紅玲はなかなか出ない。1分ほどかけたところで、千聖は諦めた。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行32

「遊びで行ってるんじゃないし、出なくてもおかしくないわよね……」自分に言い聞かせるように呟くと、スマホをしまってオフィスに戻った。(お昼頃なら、出てくれるはず……)千聖はこまめに時計を見ながら仕事をするが、時計は千聖の意思に関係なく、ゆったり回る。(もう、いつもはあっという間に時間が経つのに)ゆっくり進む時計にやきもきしながら、午前中の仕事が終わった。12時になると、千聖はすぐに紅玲に電話をかける。だが紅玲は、またしてもなかなか出てくれない。「どうしてよ……」不安になって、つい苛立ってしまう。電話をかけてから30秒が過ぎると、紅玲はようやく電話に出た。『もしもし、チサちゃん。もうお昼なんだねぇ……』あくび混じりの紅玲に、千聖はスマホを落としそうになる。「紅玲、あなたもしかして……さっきまでずっと寝てたの?」『あっはは、ご名答。昨日はたくさん歩いたし、トーマとも遅くまで喋ってたからねぇ』呑気な紅玲の声に、千聖は頭を抱える。「もう、取材はどうしたのよ?」『もちろんちゃんとするって。あ、ねぇ、写真見てくれた?』「えぇ、見たわ。連れて行ってもらえる日が楽しみ。それより、大丈夫なの? 色々と」千聖が心配すると、紅玲は呆れ返るようにため息をついた。『もう、心配しすぎ。オレだって子供じゃないんだから』「そう、そうよね……」いつものように笑って言葉を返してくれると思っていた千聖は、少し戸惑いながら返事をする。『おなか空いたし、そろそろ切るね』「えぇ、また」電話は千聖の言葉の途中で切られてしまった。「怒らせちゃったかしら……?」憂いを帯びた目で、スマホを見つめる。「私もご飯、食べなくちゃ」千聖は1年ぶりに食券を買うと、食堂の列に並んだ。以前よく食べていたボロネーゼの食券をおばさんに渡すと、彼女は嬉しそうに千聖の顔を見る。「あらあら、ちぃちゃん! ここ1年近くぜーんぜん食堂の食べてくれないから、すごく寂しかったのよ?」
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行33

「大野さん、お久しぶりです。しばらくは同棲してる彼が、お弁当を作ってくれてましたから」「まぁ、素敵な彼氏さん見つけたのね! それで、今日は彼氏さん作ってくれなかったのかい?」「久しぶりにここのボロネーゼが食べたくなっちゃって」本当のことを言うのは気が引けて、とっさに嘘をつく。「もう、嬉しいこと言ってくれるじゃない! オマケしてあげちゃう!」大野はボロネーゼを多めに盛り付けると、小さなハンバーグを2つものせた。「あ、ありがとうございます」「いいってことよ。たまにはこうしてうちを利用してね」引きつった笑顔を作る千聖に、大野は満面の笑みを返す。大盛りのボロネーゼを持って後輩達が待つテーブル席に行くと、彼女達は目を丸くして千聖の手元を見る。「綾瀬先輩、久しぶりの食堂だからって気合い入れすぎじゃないですか?」「違うわよ……。久しぶりだからって、大野さんがサービスしてくれたの。でも、食べ切れる気がしないから少しもらってほしいんだけど……」「ハンバーグもらいますね」瑞希は千聖の返事も聞かずに小さなハンバーグを1つ取ると、ごはんの上にのせて食べた。ちなみに彼女が買ったのは、ハンバーグ定食である。「少しだけパスタもらっていいですか?」「私も、少しだけパスタもらいます」千春と美幸は、遠慮がちに言う。「えぇ、もちろん。食べたい分だけとってちょうだい」千聖は取りやすいようにと、ふたりに皿を寄せる。美幸はひと口分、千春は美幸より少し多めに取る。「ありがとう。これくらいなら食べられそうだわ」3人に礼を言うと、千聖は手を合わせてからボロネーゼをひと口食べる。(あれ……?)千聖の手は、フォークをくわえた状態で止まる。(ここのボロネーゼって、こんなに単純な味だったっけ? もっと美味しかったと思ったんだけど……)自分の記憶とは違う味の感じ方に戸惑っていると、目の前で手が振られる。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行34

「綾瀬先輩、ぼーっとしてどうしました?」瑞希は心配そうに、千聖の顔をのぞき込む。「ううん、なんでもないわ」千聖は笑顔を作ると、ボロネーゼを食べ進めた。この日、仕事が終わると千聖はまっすぐ帰宅する。玄関のドアを開けようとドアノブを押すが、ビクともしない。「紅玲がいないんだもの、当たり前よね……」カバンから鍵束を出して解錠すると、1日ぶりに家に入った。しばらく閉め切りだったせいか、少し空気が淀んでいる。「まずは空気の入れ換えからね……」リビングのソファにカバンを置くと、窓を開けて網戸にしていく。2階の部屋もいくつか換気すると、インスタントコーヒーを作ってリビングのソファに落ち着く。「今までは気にもとめなかったけど、広い家……」千聖はリビングを見回しながら、しみじみと呟く。リビングだけでも、以前千聖がひとり暮ししていた部屋より広々としている。そんな広い家にしばらくひとりでいなければならないと思うと、寂しさがこみ上げてくる。「ダメダメ! こんなので弱気になってどうすんの。せっかくなんだから、ひとりを満喫しなきゃ」自分に言い聞かせると、風呂を沸かしてコンビニへ足を運んだ。千聖は買い物かごを片手に酒コーナーに行くと、ビール、焼酎、チューハイ……、揃う酒は一通りかごに入れていく。半分以上が酒で埋まったところで、今度はナッツ類をメインにおつまみをかごに入れてレジに持っていく。高校生のアルバイト店員は驚いて千聖とかごを交互に見ると、いそいそとレジ打ちを始めた。(こんな反応されるのも、久しぶりだわ)ひとり暮しをしていた頃は、仕事帰りにこうして酒やつまみを大量買いしては、よく店員に驚かれたものだ。会計が終わると、帰宅して冷蔵庫を酒でいっぱいにした。冷凍庫を開けると、氷専用の引き出し以外は、全部ジップロックに入った食品で埋まっている。「紅玲の言う少しってなによ……」千聖は苦笑しながらも、愛おしげにジップロックを1つ取り出した。中身はひと口サイズのハンバーグで、解凍して自分で焼くだけのものだ。他にも餃子やピーマンの肉詰め、コロッケなど、どれも弁当に詰めて持っていけそうなものばかりだ。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行35

「すごい気遣い……。今までこれが、当たり前になってたのよね……」紅玲に改めて感謝をしながら冷凍庫を閉めると、千聖のスマホに着信が入った。ディスプレイを見ると、紅玲の名前が表示されている。千聖は頬を緩ませながら、電話に出た。「もしもし、紅玲。さっき冷凍庫見たんだけど、すごい量ね。お弁当によさそうなのがたくさんあって助かるわ、ありがとう」『どういたしまして。夕飯用は結構下に置いちゃったんだけど、分かった?』「夕飯用? 上のほうしか見てなかったわ。今見てみるわね」千聖は再び冷凍庫を開けて、ジップロックをいくつかどかす。すると、耐熱容器がいくつも出てきた。「この耐熱容器に入ってるものが、夕飯用かしら?」『そうだよ。鶏のさっぱり煮とか、肉じゃがとか。レンチンするだけで食べられるから、夕飯はそれ食べて』至れり尽くせりな作り置きに、紅玲の愛を感じる。「本当にありがとう、紅玲。すごく嬉しいわ」『仕事で疲れて帰ってくるんだから、夕飯くらいは楽して欲しいからね』「すごく助かる……。ねぇ、そっちの仕事はどう?」紅玲の仕事がはやく終わるのを祈りながら、仕事の状況を聞き出す。『それなりかな。もしかしてチサちゃん、オレに会いたくなっちゃった?』「えぇ、はやく会いたいわ……。あなたがいない家は、とっても広いのよ」『そんなに寂しがってくれるのは嬉しいなぁ。できるだけはやく帰れるようにはするけど、まだ何日かかかりそうだからねぇ。家に人を呼んでも構わないよ? そうすれば、少しは紛れると思うし』紅玲の気遣いは嬉しいが、千聖は首を縦に振ろうとは思わない。「気持ちは嬉しいけど、この家に誰かを呼ぼうだなんて思わないわ」『へぇ、それはどうして?』「だって、私とあなたの家ですもの」千聖がハッキリ言うと、電話口の向こうから笑い声が聞こえた。『あっはは、そうやって特別だって思ってもらえるのって、こんなに嬉しいものなんだねぇ。ますます仕事頑張らなきゃ。というわけで、そろそろ切るよ。愛してるよ、チサちゃん』「私も愛してるわ」千聖は素直に愛の言葉を返すと、電話を切った。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行36

一方紅玲は、電話が終わるとベッドに横になった。「そっかぁ、あの家はチサちゃんにとって特別なんだ。前よりも素直になってくれたし、すごく嬉しいんだけど、まだ物足りないんだよねぇ……」プロット用に使っている小さなノートを開いて、1枚の写真を手に取る。写真には、紅玲が書いた物語を楽しそうに読んでいる千聖が写っている。「ねぇチサちゃん……。オレだけを見てよ」紅玲は切ない声で言うと、写真の千聖に口付けた。千聖は冷凍庫に作り置きをしまい直すと、風呂に入った。「今までは紅玲がしてくれてたけど、今度からは全部自分でやらないといけないのよね……。それはいいけど……」そこまで言うと、大きなため息をついて水面を揺らす。「さっき電話したばかりなのに、もう紅玲が足りない……」寂しさのあまり、自分を抱きしめる。「私って、こんなに弱かったっけ……?」自嘲気味に笑うと、涙が頬に伝う。風呂を出ると、紅玲が作り置きしてくれた肉じゃがを温める。酒をたくさん呑むために、ごはんはあえて炊かない。電子レンジが肉じゃがを温め終えたことを知らせると、千聖は缶ビールとナッツを食卓に並べる。 電子レンジから肉じゃがを取り出せば、侘しい食卓の完成だ。「いただきます」手を合わせてからじゃがいもを頬張り、昼の疑問が解消した。「胃袋をつかまれるって、こういうことね……」納得して頷くと、今度はにんじんを食べた。紅玲が切るにんじんは、少し大きい。じゃがいもと同じくらいのサイズに切ってあるが、味がよく染みている。味付けは薄めで、食材の甘さを引き立てている。「美味しいわ、とっても……」消え入りそうな声で呟くと、ビールを一気に飲み干した。そして難しい顔をして缶のふちを指先でなぞると、デコピンの要領ではじき飛ばした。「ふだん呑めないぶん、今夜はとことん呑むつもりでいたのに……」紅玲が呑むなと言っているわけではないが、帰宅するとすぐに抱かれ、夕飯と風呂を済ませると、寝室で愛し合ってから眠るというのが、夜の流れだ。風呂に入る前は危ないからと言われているため、夕飯を食べながら呑めないので、呑む時間がまったくない。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行37

「少しはやいけど、もう寝ましょうか……」千聖は洗い物を済ませると、寝室に入った。1番長くふたりでいるこの部屋は、紅玲の残り香がする。「柄じゃないけど、せめて夢で会えたらいいわね」紅玲の枕を抱きしめながら眠りについた。千聖の要望通り、紅玲は夢に出てきてくれた。だが彼は、千聖の目の前にはいない。洋式トイレの上にある小型テレビの中だ。やかましいジャズ、閉塞感のある喉、寝袋のような拘束具で動かない躯……。小型テレビにはウェーブのかかった髪に、シフォンスカートの女性が映り込む。ふたりは熱い口づけをかわしながら、互いの服を脱がせていく。「やめて! 私の紅玲に触らないで!」いくら叫んでも声は届かず、紅玲は女性の貧相な胸を夢中で愛撫し、女性は気持ちよさそうに目を細めて、だらしなく口を開ける。ほんの一瞬、女性は勝ち誇ったような顔を千聖に見せた。急にジャズが止み、ふたりの声が鮮明に聞こえた。「大好きだよ、ミチル」「私もよ、紅玲……」ミチルと呼ばれた女性は、紅玲に触れるだけのキスをすると、彼の首に腕を回す。紅玲は千聖に妖艶な笑みを見せると、ミチルを押し倒した。午前3時、千聖は勢いよく起き上がる。パジャマは汗でびっしょりだ。「はぁ、はぁ……なんて夢なの……」契約期間最終日と似て非なる悪夢に、千聖は頭を抱える。「あの時よりもひどかった……。もう、最悪……」千聖はふらりと立ち上がると、着替えを持って浴室へ行き、汗を流した。躯はさっぱりしたものの、心は鉛のように重苦しい。「紅玲が浮気するなんて、ありえないのに……」先程の夢を思い返しながら、今にも泣きそうな声で呟く。千聖は紅玲からこれ以上ないほど愛されていると自負している。それでも浮気を疑わないのと寂しさは別問題だ。千聖はこの後ベッドに入ったが、結局まともに眠れずに朝を迎えてしまった。「うぅ、だるい……」まるで鉄の重りでも繋がれたような躯で、なんとか台所へ行くと、弁当と朝食を作った。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more

紅玲の取材旅行38

ひとり寂しい朝食をさっさと終わらせると、いつもよりはやく出勤する。紅玲がいないこの家には、あまりいたいと思えなかった。はやく出勤したのはいいがこの日はさんざんで、千聖らしからぬミスが多々あった。休み時間になると、後輩達が心配して千聖に声をかけに来る。「大丈夫ですか? 綾瀬先輩……」「顔色悪いですよ?」「クマもできてますし……」(あぁ、私そんな酷い顔してるのね……)3人に言われ、千聖は自分の目元に触れる。「実はあまりよく眠れてなくて……。迷惑かけちゃってごめんなさいね……」「迷惑とは思ってませんけど……、心配です。もし眠れない日が続くようなら、睡眠薬飲んだ方がいいんじゃないですか?」美幸はスマホで、市販の睡眠薬の写真を見せながら言う。「そうね、考えておくわ」千聖は睡眠薬の名前を頭の中で繰り返しながら、そう答えた。仕事が終わると、千聖はさっそく睡眠薬を買いに、ドラッグストアへ足を運ぶ。美幸に教えてもらった睡眠薬を買って帰ると、スマホを見る。若手女優が電撃結婚した速報が入っている程度で、紅玲からの連絡は一切ない。「なんで何も連絡してくれないのよ……」泣きそうになりながら言うと、スマホをしまって台所へ行く。夕飯用の作り置きをひとつとって温める。夕飯の時間にはまだはやいが、千聖は少しでも紅玲を感じたかった。「あぁ、そういえば……」カバンから鍵束を出すと、赤いリボンにそっと触れる。(この鍵を使えば、紅玲の書斎に入れる……)電子レンジの音にハッとして、首を横に振る。「ダメダメ、紅玲に入るなって言われてるんだから……」自分に言い聞かせると、紅玲の手料理をゆっくり味わった。食事を終えると、紅玲に“今日は電話をくれないけど、そんなに忙しいの?”とLINEを入れてから、風呂を沸かす。リビングのソファに寝転び、LINEを開く。「どうして私を放ったらかしにするの……?」既読がつかないメッセージを見ながら、静かに涙を流した。
last updateLast Updated : 2025-12-17
Read more
PREV
1
...
34567
...
11
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status