* * *冷え切った執務室で、ルファルはひとり、冬へと変わる凍てつく朝を迎えていた。机に左肘を突き、吐息をひとつ。白く濁った息が、窓の外へと消えていく。リリシアと約束を果たしたあの日から、どれ程の月日が流れただろうか。あの日の翌日から、世界はまるで自分達を分かつかのように、イーグルの怪異の予兆を撒き散らし始めた。増殖する怪異、時折異様に輝きを増す月──。終わりなき対応に追われる日々の中で、リリシアと過ごす穏やかな時間さえも失いつつある。邸宅に戻る時間は削られ、互いに交わす言葉は減り、ただ焦燥だけが胸を焼く。リリシアの体調は、あの予兆に時折蝕まれている。首に下げたネックレスが最悪の事態を防いでいるとはいえ、リリシアの顔色を見る度に心が痛む。膝の上で髪を撫でた、あの日。リリシアがようやく、姉であるユエリアから受け取ったという「月の花の髪飾り」について恥じらいながらも、あの穏やかな瞳で打ち明けてくれた姿。あまりの切なさに、今となってはそれすらも、夢だったのではないかとすら思えてくる。『今日は夜には帰宅する』そう約束した。……帰れるだろうか。ルファルは手に額を預け、零すようにその名を呼んだ。「リリシア……」* * *ハクヴィス邸の静寂の中、リリシアは書斎の窓を拭いていた。布を通して伝わるガラスの冷たさが、冬の訪れを告げている。吐く息は白く、心細い程に澄んでいた。(もう、冬になるのね……)――――ルファル様とは、最近ほとんど会話が出来ていない。イーグルの怪異の予兆の影響で、時折、毒に当てられたように体調が優れない夜もある。それでも、今朝は自分でも驚く程、身体が軽かった。きっと、そう。ルファルが『今日は夜には帰宅する』と、あのように優しく約束してくれたから。かつては、月が出る夜など来なければいいと、心底恐れていた。月の光が強くなる程に、世界も自分自身も蝕まれていくようで。けれど、今は違う。――――夜がこんなにも待ち遠しいなんて、わたしは、生まれて初めて知った。冷たい窓を磨きながら、心はすでに、玄関先でルファルの帰りを待っている。「……ルファル様、早く……会いたい」リリシアは窓に指先を添えて、そっと呟く。せめてこの一晩だけは、誰にも邪魔されない光の中で、愛しい人の温もりに触れていたいと。切なる願いを冷たい
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