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All Chapters of 月灯りの花嫁。: Chapter 31 - Chapter 40

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5話-3 月の呪いと、ざわめきと。

――神魔会議に、わたしが?リリシアは眩暈を覚えるような動揺に揺れる。その傍らで、ソフィラが使者を鋭く睨む。「何を。リリシア様はルファル様よりこの邸宅にて待機するよう、固く言いつけられております」「そのことでしたらなんら問題ありません。ルファル様からは既に許しを得ております。……それでもなお、この命に背くというのであれば、後々、厳しい処罰を負う事になりますが?」使者の冷然とした言葉の響きに、リリシアはぞくりとする。(わたしはどうなっても構わない。けれど、わたしのせいでソフィラさんまでお咎めを受けるだなんて……そんなこと、あってはならない)「……分かりました。応じます」リリシアは微かに震える手で重厚な封蝋が施された招待状を受け取る。だが傍らでソフィラは納得のいかない様子で不服な顔を浮かべていた。「――では、これより、早急に準備致します。リリシア様、部屋でお召し替えを」リリシアは促されるまま、ソフィラと共に、執事の差配で急ぎ用意された部屋へと足を向けた。その後、部屋に着くなり、休む間もなく、ソフィラの手によってコルセットのリボンが締め上げられる。思わず呻き声を上げてしまいそうになるけれど、なんとか唇を噛んで飲み込み、ぐっと堪えた。(これから神魔会議に出席するのだから……この程度の痛みなど耐えなくては)容赦ない締め上げは続き、苦しさで時折吐きそうになるも必死に抑え込む。そして最後に、これ以上ないほどきつく、ギュッと厳かにコルセットのリボンが締め上げられた。リリシアは意識が遠くなる感覚を気力だけで繋ぎ止め、ドレスへと移り、身を焦がすような不安をドレスのなかに閉じ込めて支度を進めた。* * *ルファルは宮殿の会議室の席に腰を下ろし、中心となる席につくシャイン皇帝を静かに見据えていた。『それではこれより、神魔会議を始める』宮殿入りした後、会議室へと向かい、自分を含む六名の魔術師達が各自着席すると、神魔会議がシャイン皇
last updateLast Updated : 2026-02-12
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5話-4 月の呪いと、ざわめきと。

* * *リリシアはひとり、揺れる馬車の中で、手を膝の上で揃え、反対側の空いたソファーを見つめていた。発つ前、ソフィラからかけられた言葉が、今も耳の奥で温かく響く。『正直に申し上げれば……最初は挨拶も、髪結いすら満足にできないリリシア様を見て、ルファル様の花嫁候補としての務めを果たせないのではないかと案じておりました。……ですが、今のリリシア様なら、もう案ずることはございません。どうか、必ずご無事でお戻りくださいませ』その情の籠もった真っ直ぐな励ましに、視界がじわりと潤んだ。けれど、零れ落ちそうになる涙をぐっと堪え、深く頷いてからこの馬車へと乗り込んだ。しかし、膝の上で揃えた手は、微かに震え続けている。(まさか、身分不相応なわたしが……神魔会議に出席することになるだなんて)先日、フェリカディア宮殿で、シャイン皇帝から告げられた言葉が脳裏をよぎる。――最悪の場合、怪異の呪いにかかった自分をよく思わない魔術師の誰かの手によって殺されかねない、と。(わたしのような者が神魔会議に出席しても足手まといになるだけ。ルファル様に、多大な迷惑をかけ、拭いようのない泥を塗ってしまうかもしれない)そんな卑屈な思考が、ぐるぐると幾度も頭を回る。(それでも。神魔会議に出席することになったからには、花嫁候補としての責務を全うしなければ)ふと、リリシアは窓の外に目を向けた。前回、ルファルと共に馬車に乗った時は、外の世界を拒むしかなく、窓はカーテンで締め切られ、固く閉ざされていた。けれど今は、こうして流れていく景色を見つめることができる。(だから……ええ。きっと、大丈夫)窓硝子に映るリリシアの瞳から、迷いが消えてゆく。そこには、運命を受け入れ、前を向こうとする「覚悟」の光が宿っていた。* * *やがて、フェリカディア宮殿の重厚な門をくぐり、馬車が静かに停車した。リリシアは差し出された御者の手にそっと自分の手を添え、地面へと降り立つ。
last updateLast Updated : 2026-02-13
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5話-5 月の呪いと、ざわめきと。

扉の先に広がっていたのは、身の引き締まるような清廉な空気に満ちた神聖な会議室だった。中央に据えられた円卓。その中心となる上座には、シャイン皇帝が凛とした佇まいで腰を下ろしている。そして、シャイン皇帝を取り囲むようにエルシーと4名の魔術師達が、高貴な背もたれの高い椅子に深く腰掛け、静かにこちらを凝視していた。「え、もう一名呼ばれていたのって……リリシアちゃんだったの!?」エルシーの驚きの声が、静寂を打ち破る。その途端、一斉に注がれた初対面である魔術師4名の視線の鋭さに、リリシアは思わず息を呑む。「もしかして、花嫁候補としてのご紹介? きゃっ、素敵!」「エルシー、うるさいです」一人はしゃぐエルシーを彼女の肩に乗っかった精霊が注意するのをよそに、リリシアはルファルの隣で歩を進めた。シャイン皇帝の正面、謁見の場として定められた位置で足を止め、深々と、しなやかな一礼を捧げる。シャイン皇帝は威厳を湛えた面持ちで、短く頷いた。「面を上げよ」リリシアはルファルと共に顔を静かに上げる。「さて、皆に紹介するとしよう。ルファルの隣に立つ彼女の名は、リリシア・ベルフォード。……ルファルの花嫁候補である」シャイン皇帝の言葉を聞いた瞬間、エルシーの隣に着席する一人の魔術師が口を開いた。「花嫁候補を自ら連れ込むとはやるな」明るい表情で認めた発言をしたのは、アルベルト・フェニクス。焔(ほむら)の魔術師であり、ルファルより幾分年上の、洗練された色香を纏う青年だ。肩まで流れる無造作な透明感のある髪が、引き締まった体躯に映える。「ルファルも隅におけませんね」隣で表情を崩さず、口元だけをわずかに緩めるのは、海の魔術師、ハノ・クレストファー。ルファルとエルシーとは同い年の、品のある穏やかな青年である。さらりと流れる肩に届く程の淡い色の髪に、耳元で揺れる左右のピアスが清廉な印象を与えるが、その瞳の奥には底知れない冷静さが潜んでいる。「……眠いんだけど
last updateLast Updated : 2026-02-14
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5話-6 月の呪いと、ざわめきと。

蔑(さげす)み、忌避(きひ)、そして鋭い警戒。先程まで優しく接してくれていたエルシーの瞳にさえも、今は薄氷のような冷徹な光が宿っている。5名の魔術師達が放つ、あからさまな拒絶の視線。その切っ先が突き刺さる度、リリシアの胸は抉られるような痛みに震えた。(――ああ、あの日と同じ……)脳裏をよぎるのは、幼き日の記憶。儀式の際に両親の眼差しから温もりが消え、自分を見向きもしない態度に変わり、冷たく突き放されたあの瞬間。――――この場に来る前から覚悟していたはずなのに。両足に感覚がなくなり、気が徐々に遠のいていく。けれど、ルファルの視線に気付き、リリシアは気を取り戻す。そんな中、静寂を切り裂いたのは、テオの荒々しい怒号(どごう)だった。「“呪い月”が神魔隊長の花嫁候補だぁ? ふざけてんじゃねぇぞ!」椅子を蹴立てる音とともに、テオの姿が陽炎(かげろう)のように掻き消える。気付くとリリシアの目の前に雷鳴とともに現れたテオの凶悪な眼光があった。「この程度の威圧で震えてやがるような、見るからにひ弱で、どんくさいお前が……、怪異の香りを微かに漂わせる“呪い月”が、神魔隊長の花嫁候補として隣に立てる訳ねぇだろうが!」テオは吐き捨てるように叫ぶと、至近距離でバチバチと爆ぜる雷の余波が吹き荒れる。互いの髪が微かに揺れるも、リリシアは一歩も引かなかった。……ここで、退く訳にはいかない。(隣に立つルファル様にまで、この刃を届かせてはならない。花嫁候補としてルファル様を守らなければ)リリシアは揺るぎない意思を宿した瞳で、テオを真っ直ぐに見据えた。その直後、テオの両目がカッと見開き、余波が剃刀のような風へと変じ、容赦なくリリシアへ襲いかかる。「――やめて」唇から零れた言葉に応えるように、彼女の首元で宝石が神々しく輝きを放った。次の瞬間、リリシアとルファルの身体を包み込むように、清浄な結界が張られふたりを外界から隔離し
last updateLast Updated : 2026-02-15
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5話-7 月の呪いと、ざわめきと。

恐ろしい。けれど、なんて美しいのだろう。リリシアは震える瞳の奥にルファルの姿を鮮明に焼きつける。「まさか、女嫌いの神魔隊長が花嫁候補ごときで本気になるとはなぁ! その結界から放たれた気配は、どう見てもネックレスの気配、シャイン皇帝の力だろうが! そんな自力で何も出来ない、ただ守られるだけの存在の“呪い月”が、神魔隊長の花嫁候補に相応しいはずがねぇだろ! 頭を冷やしやがれ!」テオの怒号が響くと同時に、立ち昇る巨大な月の気配がその密度を増す。ルファルは無言のまま、流れるような動作で鞘から剣を抜いて構える。(いけない……ルファル様は、本気で殺すつもりだわ)「ルファル様! わたしは、わたしは、本当に大丈夫ですから!」竦む足に鞭打ち、必死に声を張り上げる。けれど、その叫びは冷酷な神魔隊長の月神のような姿と化した彼の耳には届かない。ルファルの剣が月の魔術の燐光を帯び、鋭く輝いたその時――。「それまで!」重厚な、けれど有無を言わせないシャイン皇帝の静かな声が会議室に響き渡った。ルファルの視線が、射抜くようにシャイン皇帝へと向けられる。「しかし……!」「ルファル、剣を収めよ」シャイン皇帝の見開いた瞳の奥に、黄金の炎のようなものが宿る。その威圧感に、ルファルはゴクリと息を呑んだ。やがて、渋々剣を鞘へ収めると、荒ぶっていた気配が凪(な)いでいく。するとシャイン皇帝の視線は、次にテオへと移る。「そもそもリリシアをこの場に呼んだのは、そなたに殺させる為ではない。怪異を憎む気持ちは分からんでもないが、我の話を聞きもせず、今の醜態は何事だ」先程までの荒々しい勢いはどこにいったのか、テオは力なくその場に跪き、深く頭を垂れた。「シャイン皇帝……大変失礼致しました。伏してお詫び申し上げます」その従順な豹変ぶりに、リリシアはただ呆然と立ち尽くす。「……まあ良い」シャイン皇帝は許すとともに全体
last updateLast Updated : 2026-02-16
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5話-8 月の呪いと、ざわめきと。

(わたしが……月姫……?)「つまり、我らが消し去るべき敵は怪異であり、リリシアではない。そして、リリシア達姉妹を襲い、これ程の呪いをかけた怪異は相当上位のものであろう。恐らく前皇帝を亡き者にした怪異も近くにいるに違いない」シャイン皇帝は、凛とした声音で言葉を継いだ。「よって、直ちに、ドラゴンに似たイーグルの怪異を探し、居場所を突き止めよ」「はっ!」シャイン皇帝に命じられた6名の魔術師達が、一斉に応じるとともに一糸乱れぬ動きで深く頭を垂れた。会議室に冷たい緊張感が走る。リリシアもまた、祈るような想いで深く、深く頭を下げた。どうか、皆様のお力をお貸し下さい――。よろしくお願いいたします。言葉にならぬ願いを、その背中に託して。「では、解散。各々持ち場へと戻り、逐一報告せよ」シャイン皇帝の閉会の宣旨(せんじ)が下りる。それを聞き届けると、4人の魔術師達は霧が晴れるように、跡形もなくその姿を消した。そして静寂が戻った場に、エルシーが音もなく近寄ってくる。「――リリシアちゃん、疑ってごめんね。あなたを殺めてしまうだなんて……そう思ったら、ずっと胸が苦しかったわ」エルシーは申し訳なさそうに、微かに頬を染めて俯く。けれど、その声音に含まれた「本気で殺そうとしていた」という残酷な響きに、リリシアの背筋に冷たいものが走った。「い、いえ……」「でも、リリシアちゃんがまさか、怪異の呪いにかかっていたなんて……。かわいそうに……嫁入り前の顔に傷まで付けられちゃって……。でもねでもね、安心して。私が必ずイーグルの怪異を浄化して、私達の仲間にしてあげるから。……頑張らなくっちゃね!」「当然なのです!」エルシーの肩に乗る精霊が、誇らしげに胸を張る。すると不意に、エルシーが距離を詰めて、その唇をリリシアの耳元へ寄せた。
last updateLast Updated : 2026-02-17
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5話-9 月の呪いと、ざわめきと。

ルファルはシャイン皇帝の背を追うように、会議室を後にした。ふたり分の足音が遠ざかり、静寂が室内に満ちる。一人きりになったその瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたかのように、不意に足元がふらふらし、リリシアはその場にうずくまり荒い息を吐いた。疲れたせい……?いや、これはただの疲労ではない。(私……ルファル様に、恋をしている……?)自覚した瞬間、胸の奥が焦がされるような熱い感覚に陥る。あの冷酷なまでに鋭く、けれど自分を真っ直ぐに守ろうとしてくれた瞳。今まで生きてきて、「恋」などという煌びやかな言葉を、自分に引き寄せて考えたことなど一度もなかった。(わたしのような者には、一生、縁のないものだと……)だから今まで名前すら知らず、知ろうともしなかったその感情が、今、音を立てて自分の中に根を張っていく。憧れでも、感謝でもない。もっと深く、もっと切実で、自分でも制御できない程に膨れ上がる熱。――ああ、そうなのだわ。(わたしは、ルファル様に恋を――ルファル様のことが好きなのだわ)きゅっと胸が締め付けられ、熱い塊が喉元までせり上がる。リリシアはルファルが出ていった扉をじっと見つめ、その身を案じた。(ルファル様、大丈夫かしら……)「――――リリシア」いつの間にか、ルファルが戻って来ており、名を呼ばれ、顔を上げると、すぐ目の前に端正な顔立ちがあった。ルファルはリリシアと同じ高さまで腰を落とし、顔を覗き込んでくる。「っ! ル、ルファルさ……ゴホゴホッ!」ルファルの顔が触れ合わんばかりの近さにあり、リリシアは思わず驚き、咳き込む。――――あまりにも綺麗すぎて。「驚かせてすまない。大丈夫か?」「だ、大丈……ゴホゴホッ」不意を突かれたリリシアは、激しく咳き込んだ。ル
last updateLast Updated : 2026-02-18
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6話-1 月のお方と、初めての帝都。

その後、ルファルはカイスに自分の馬を託し、2頭を引いて駆ける彼を連れて、リリシアと共に馬車へと揺られながら、静かに邸宅へと帰宅し――6日の月日が流れた。ルファルが宮殿の執務室で机の上の書類に視線を落としていると、控えめなノックの音と共にカイスが姿を見せる。「ルファル様、ハノ様がお見えです」「通せ」「かしこまりました」促されて入室したハノは、音もなくルファルの前へと進み出る。「ルファル隊長、預かった仕事の書状をお持ちしました」ハノが差し出したのは、魔術語で綴られたシャイン皇帝の直筆であった。ルファルがその内容を紐解くと、そこには簡潔に、しかし拒めぬ重圧を伴って記されていた。――10日後、リリシアを伴い、ハノと共に帝都任務に赴くことを命じる。ルファルはわずかに目を細め、書状を机に置いた。「……これは、どういう意図だ?」ハノは表情を変えず、静かに、けれど通る声で告げる。「シャイン皇帝より伝令を承っております。公務多忙につき、このような形となりすまない。リリシアには本件を秘匿(ひとく)せよ、との仰せです」ルファルは眉をしかめる。「なぜ、リリシアに秘匿にしなければならないんだ?」「分かりませんか? ……任務の前に帝都で睦まじく時を過ごせ……。つまり、デートでもしてこいという、シャイン皇帝のお心遣いが」(私がリリシアと帝都でデートを楽しめというのか……?)「……では、当日は途中で合流ということで。……私はこれで失礼します」ハノはそれだけ言い残すと、穏やかな波のように貴族衣装をわずかに靡(なび)かせ、凛とした足取りで執務室を後にした。「ルファル様、良かったですね。リリシア様とデート出来るだなんて」傍らで控えていたカイスがにこやかに任務のことに口を挟むと、ルファルはギロリと鋭い眼光を向けた。「……カイス、黙れ」ル
last updateLast Updated : 2026-02-19
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6話-2 月のお方と、初めての帝都。

――当日の朝。リリシアは休憩室の扉を前にして、深く、重い吐息を零した。小暑を迎え、本格的な夏へと移ろったことを予感させる柔らかな熱気が、廊下の窓から静かに吹き込んでくる。帝都で恥をかかないようにとソフィラに願い出た結果、私室の鏡に映ったのは、神魔会議の時よりもいっそう華やかで、まるでお姫様のような己の姿だった。かつて、呪い月となるほんの少し前の儀式で装束を纏った時。幼い心に「一夜のお姫様になれたようだ」と心を弾ませた記憶が疼く。けれど今の自分には、その輝きはあまりに眩しく、分不相応なものに思えてならない。付き添う身としては派手で過ぎた装いではないかという不安が、どうしようもない程の緊張となって胸を締め付ける。(……慣れなければ、いけないのに)花嫁候補として普通であり、相応しい格好なのだと、ソフィラは静かに告げていた。その言葉を飲み込み、リリシアは震える手で扉を叩く。「リリシアです。ルファル様、お待たせして申し訳ございません……」「……いや、構わない。入れ」低い、けれど冷徹さの抜けた声が響く。「はい……」リリシアは短く応じ、ゆっくりと扉を押し開けた。そこには、月紐でうるわしき髪を一本に結った、宮殿入りする際のいつもの華美な正装とも、神魔会議の時の軍服のような正装とも異なる姿のルファルがいた。その涼やかで気品溢れる格好と佇まいはまるで、皇子(おうじ)様を体現したかのようで。「……皇子(おうじ)様みたい……」無意識に零れた呟き。はっとしたリリシアは、慌てて口を噤んだ。一瞬、ルファルの眉間に微かな翳(かげ)が差したように見えた。ルファルは皇子ではない。不用意な言葉で、気分を害してしまったかもしれない。「あ、今のは……、ええと……。とても、お美しくて、かっこ良くて、その&hell
last updateLast Updated : 2026-03-01
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6話-3 月のお方と、初めての帝都。

* * *やがて、リリシアとルファルを乗せた馬車が静かな揺れと共に緩やかに動き出した。隣に座るルファルの肩が、触れそうで触れない、ほんのわずかな数寸の距離にある。それが、今のリリシアにはひどくもどかしく、ただそれだけで、心臓の音が耳元までうるさく響き、とても緊張してしまう。以前、宮殿を往復した際にも、こうしてふたりきりで馬車に揺られたことはあった。だから決して、初めてではないはずだ。(……それなのに)ルファルへの恋心を自覚してしまったせいか、どうしても意識してしまう。恋心というものは、これ程までに己を臆病に、そして過敏にさせるものなのか……。やり場のない視線を逃がすように、リリシアは窓の外へと目を向けた。抜けるような夏空に、透き通る程白い月が浮かんでいる。「……じっと外を眺めてどうした?」不意に振ってきた低い声。「あ、いえ……。白い月が、あまりに綺麗でしたので……」消え入りそうな声で答えたリリシアの肩に、ふわりと温かな重みが加わった。ルファルがリリシアの視線を追うようにして、背後から覗き込んできたのだ。「……美しいな」至近距離で紡がれたその言葉に、リリシアは弾かれたように顔を上げた。重なる視線。吐息が届きそうな距離で、ルファルの深い瞳がじっと自分を見つめている。(……顔が、近い)月ではなく、まるで自分を美しいと言われたのではないか。そんな自惚(うぬぼ)れに近い錯覚に、リリシアの心臓は更に跳ね上がる。すると、ルファルの大きな手が、そっとリリシアの頬に触れた。「顔が赤いようだが、案ずる必要はなさそうだ。ようやく月を『綺麗だ』と言えるようになれたのだな」触れられていた熱が離れ、リリシアは再び窓の外を見つめる。自分の潤む瞳が、まるで白い月の淡い光を反射したかのように煌めいていた。
last updateLast Updated : 2026-03-05
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