Lahat ng Kabanata ng 没落令嬢の家政婦契約 ~冷酷CEOは、初恋を逃さない~: Kabanata 371 - Kabanata 380

475 Kabanata

家族編 第83話 兄妹げんか

 結衣が二歳を過ぎる頃、リビングでは毎日のように小さな戦争が起きるようになった。今日の火種は、陽向が大切にしてきた赤い消防車だった。車輪がフローリングをがらがらと転がり、二人の手に挟まれたところでぴたりと止まる。 「ぼくの!」 「ゆいの!」  二人が両側から引っ張る。  征也が立ち上がりかけた。私も椅子から腰を浮かせる。梯子の細いところが二人の手の間で曲がっていて、折れそうだった。 「そこ、離そう。車、壊れちゃうよ」  私が膝をつくと、陽向が先に指を緩めた。結衣が引き寄せようとしても、兄は車体を放さない。 「陽向のだからな。貸してほしいなら、そう言え」  征也の声に結衣が振り向いた。唇を尖らせてから、もう一度兄へ向き直る。 「ぼくのだもん!」 「ゆい、あそぶ!」 「こわす!」 「こわさない!」  会話とは言い難い。でも、二人は互いに言い返している。  やがて陽向が消防車を抱えたまま言った。「いっしょなら、いい」  結衣が首を傾げる。 「ぼく、はしらせる。結衣ちゃん、しょうぼうしさん」  数秒考え、結衣が頷いた。 「ゆい、しょうぼう!」  喧嘩は突然終わった。  征也は立ちかけた姿勢のまま二人を見ていた。結衣が消防士の人形を持って走り出し、その後ろから陽向の消防車がついていく。  私はソファへ戻り、膝についた埃を払った。征也も隣へ座る。 「梯子、折れるかと思った」 「俺もだ」  さっきまでの声を思い出して、どっと疲れが出た。背もたれへ頭を預けると、征也が肩へ腕を回してきた。前を通る消防車を、二人で脚を引いて避ける。 「あれ、あなたにも貸してくれなかったよね」 「……よく覚えてるな」  結衣が人形を転ばせ、陽向が助けに戻った。征也はその赤い車体を目で追い、私の肩へ置いた指だけを小さく動かした。  夜、今度は征也の書斎から陽向の声がした。「パパ、そのペンかして」 「駄目だ」 「なんで?」 「大事だから」 「じゃあ、さわるだけ」  征也は少し考え、キャップを閉めて渡した。「机の上だけだ」  陽向は金色のペン先を見たがったが、キャップを外してもらえないと分かると、父へ返した。征也は机へ置く前に一度眺め、それから息子の髪をくしゃりと撫でた。  私が扉の前を離れると、リビングから結衣が兄を呼ぶ声がした。陽向の足
last updateHuling Na-update : 2026-04-25
Magbasa pa

家族編 第84話 兄妹げんか

 翌日は、乾いた紙がびりっと裂ける音から始まった。陽向が幼稚園で作ってきた紙の王冠を結衣が引っ張り、星形の飾りが一つ床へ落ちる。破れた紙の繊維を見つめながら、陽向は唇を強く噛んでいた。「結衣ちゃん、きらい!」  陽向が叫び、結衣が泣く。  征也が眉を寄せた。私は二人の間へ座り、床に落ちた星を拾った。陽向の指が、破れた端から離れない。 「ぼく、がんばってつくったのに!」  その声を聞くと、すぐに宥めることができなくなった。星の小さな角まで丁寧に切ってある。私は残った王冠を受け取り、膝の上で端を合わせた。  結衣がしゃくり上げながら、私の袖を引く。 「きらきら、ほしかった」 「そっか。でも、これはお兄ちゃんが作ったものだからね」  娘は兄の顔を見た。陽向は視線を逸らし、袖で目元を擦った。  しばらくして、陽向が紙の王冠を拾った。「なおせる?」  征也は破れ目を覗き込んだ。「テープがあっただろう。透明なやつ」  陽向が顔を上げた。私は棚を指し、息子が取りに走る間、二つの端がずれないよう押さえた。  陽向はテープを持ってきた。結衣も千切れた星の飾りを拾う。  二人で修理する。曲がった王冠になった。 「ごめん」  結衣が言う。  陽向は少し間を置き、「ぼくも、きらいって言ってごめん」と答えた。  征也はテープの端を切り、指に貼りついた切れ端を取ろうとしていた。陽向が笑いかけると、わざと不機嫌そうな顔をする。その横で、結衣がもう一つの星を拾ってきた。  その夜、継ぎ目の光る王冠が、二人のベッドの間に置かれていた。  破れた王冠は、数日後にさらに壊れた。テープで直した場所から裂けたのだ。  陽向は少し寂しそうにしたが、今度は泣かなかった。 「もう、なおらない?」 「直そうと思えば直せるよ」  私は答える。  結衣が横から、「あたらしい、つくる」と言った。  陽向は考えた末、古い王冠を箱へしまった。「これは、とっとく」 「新しいのは?」 「結衣ちゃんとつくる」  結衣は箱の蓋を閉めようとして、曲がった星に引っかけた。陽向が「そこ、ゆっくり」と手を添える。  二人で色紙を広げる。今度は最初から二人分の王冠だ。  征也は紙を押さえ、陽向が線を引くのを手伝った。結衣はその隣で、切ってほしい形を次々と指す。星を二つ切ったところで
last updateHuling Na-update : 2026-04-25
Magbasa pa

家族編 第85話 兄妹げんか

 乾いた土の匂いが上がる公園で、ブランコの鎖が軋んでいた。結衣が砂場で同じ型を何度もひっくり返すので、私はそのたび水を足していた。征也に呼ばれて顔を上げると、少し離れた列で陽向が知らない子と言い合っている。  順番を抜かされた陽向が抗議し、相手の子も言い返す。声が大きくなり、征也の肩が動いた。 「俺が」 「待って」  いつものように止めた、その直後。相手の子が陽向を強く押した。  陽向が地面へ倒れる。  私はすぐ走った。 「大丈夫?」  膝を擦っている。征也も来たが、相手の子を睨む前に陽向へしゃがんだ。 「立てるか」 「うん」  相手の母親が慌てて謝る。  陽向は泣きそうな顔で、「ぼくも、先におっきい声で『どいて』って言った」と言った。  相手の親子が離れた後も、私は陽向の膝を見ていた。砂がついた擦り傷より、倒れた瞬間の顔が頭から離れない。  帰り道、結衣が兄の手を取った。陽向はもう別の話をしている。私は二人から少し遅れ、征也へ小声で言った。 「さっき、止めなければよかった。あなたを」  征也はすぐには答えなかった。私の歩幅に合わせてから、前の二人へ目をやる。 「俺も迷った。大人が出れば、相手も怖がると思ったんだ」  陽向が振り返って、早くと呼んだ。頷いて歩き出したが、私はまだ征也の顔を見られなかった。先に肩へ触れたのは、彼の手だった。  玄関で靴を脱ぐと、細かな砂がこぼれた。陽向は洗面所へ行き、自分で傷口に水を当てる。沁みたらしく膝を引いたので、私は慌てて手を伸ばした。 「もう少し。砂、落とそうね」  頷いた息子の顔を見ていたら、今さら泣きそうになった。征也がタオルを持ってきて、私の手元へ置く。そのまま隣へしゃがみ、陽向が洗い終えるまで待っていた。  絆創膏は恐竜柄を選んだ。結衣が欲しがると、陽向は膝を引き、「ここ、痛いから」と言う。娘は伸ばした指を止め、今度は兄の袖を握った。 「次、怖かったらパパ呼ぶ」  陽向が言った。征也は絆創膏の端を押さえてから、息子の顔を見た。 「ああ。すぐ呼べ」  私は使ったタオルを畳んだ。少し土の色がついていた。陽向がリビングへ行った後も、その跡を指で押さえていると、征也が手ごと包んできた。 「……お前まで痛そうな顔をするな」  そう言う彼も、まだ笑ってはいなかった。私はその手に
last updateHuling Na-update : 2026-04-26
Magbasa pa

家族編 第86話 兄妹げんか

 窓を細かい雨粒が叩く午後、二人はリビングで大喧嘩をした。十分後には、洗剤と子供の髪の匂いが残る同じ毛布へ潜り込み、肩をくっつけて眠っている。窓の雨音だけが、さっきまでの騒ぎを覚えているようだった。  陽向の腕に結衣がしがみつき、結衣の足は兄の腹の上。さっきまで「もう遊ばない」と叫んでいたとは思えない。  征也と並んでその寝顔を見る。 「理解できない」 「兄妹なんてそんなものよ」 「嫌いだと言った五分後に抱きついて寝るのか」 「あなたも昔、私を追い出した後に追いかけてきたでしょう」 「その話はやめろ」  私は笑った。  征也はしばらく二人を見てから、毛布を掛け直す。陽向が寝返りを打ち、無意識に結衣を抱き寄せた。  征也は毛布から出た陽向の足をしまい、結衣の頬にかかる髪を払った。片方を直すと、もう片方が身じろぎする。とうとう二人まとめて毛布を掛け直し、私の隣へ戻ってきた。 「陽向、こんなに足が出るようになったのね」  同じ毛布を、前は一人で余らせていた。思わず言うと、征也も足元を見た。 「……もうすぐ小学生だからな」  分かっていることを口にしてから、彼は黙った。窓を伝う雨粒が、二つ三つ繋がって落ちる。私もその水を目で追いながら、征也の腕へ寄りかかった。  子供たちが眠る昼間は、家が広い。ほんの十分前には、あれほど騒がしかったのに。彼の手が私の肩へ回り、二人でしばらく雨の音を聞いた。  同じ毛布で眠る兄妹の写真を、征也はまた保存した。 「またバックアップ?」 「成長記録だ」 「そのフォルダ、何千枚あるの」  征也は画面を少し自分の方へ傾けた。眠る二人の写真の下に、同じような写真が何枚も小さく並んでいる。 「数えていない」  絶対に嘘だ。  数日後、陽向が幼稚園のお泊まり保育へ行った。たった一晩なのに、家が驚くほど静かになる。  結衣は何度も兄の部屋を覗き、「ひな、いない」と言う。  征也も落ち着かない。  征也はスマートフォンを持っては置いた。夕食の席に陽向の椅子が余り、結衣がそこへぬいぐるみを座らせると、しばらくその顔を見ていた。 「今頃、飯は終わったか」  私も時計を見る。答えられないまま笑うと、彼は電話をかけず、画面を伏せた。  翌朝、帰ってきた陽向は息継ぎもせず話した。友達と布団を並べたこと、夜に泣いた
last updateHuling Na-update : 2026-04-26
Magbasa pa

家族編 第87話 黒いランドセル

 陽向が六歳になる少し前、ランドセルを選びに行った。店の扉を開けると新しい革の匂いがした。壁一面に並ぶ色を見上げ、息子はしばらく入り口で動かなかった。  征也のタブレットには比較表が入っていた。職人の名前や革の種類を読み始めたが、陽向はもう棚の前へ行っている。私は彼の袖を引き、後を追った。  赤、青、緑、黒。息子は一つずつ手を触れ、店員に背負わせてもらった。鏡の前で横を向き、背中を見ようとして首を捻る。 「これ」  選んだのは、飾りの少ない黒いランドセルだった。定番の牛革のモデルで、征也が最初に見せていたものとは違う。 「こっちの革なら――」  言いかけた彼の前で、陽向が肩紐を握った。外されると思ったのか、少し後ろへ下がる。その足を見て、征也は言葉を止めた。 「……重くないか」  陽向は首を横に振り、その場で小さく跳ねてみせた。金具が鳴った。征也はタブレットを伏せ、息子の前へしゃがむ。 「もう少し歩いてみろ。背中が痛くならないか」  店員に頷かれ、陽向は棚の間を一周した。戻ってきても、まだ外そうとしない。  征也は肩紐の端を直した。自分で直したところをもう一度撫で、ようやく手を離す。 「これをお願いします」  陽向の顔が明るくなった。鏡へ戻る背中を見ていたら、胸の奥に小さな痛みが走った。あの背中を、六年間見送るのだ。まだランドセルの方が大きく見える。 「パパ、ぼくのえらんだやつ、かっこいい?」 「似合ってる」  征也は答えた後も、息子を見ていた。 「……お前、そんなに大きくなったか」 「まいにち見てるでしょ」  陽向が笑うと、征也は少し困った顔をした。私も笑おうとして、うまく口元が動かなかった。  店員が耐久性や修理について説明を始めた。征也は今度こそタブレットをしまい、黒い革へ掌を当てて聞いている。陽向は鏡から離れず、わざと背筋を伸ばした。  会計の前、征也が一度だけ別の棚へ目をやった。最初に選んでいた、艶の強い革のモデルがある。私は何も言わなかった。彼は黒いランドセルを持ち直し、店員へ渡した。  箱に収められるのを見ていた陽向が、蓋を閉める直前にもう一度手を出した。触っておきたかったらしい。店員が待ってくれると、照れたように笑って指を引っ込めた。 「お父様も背負ってみますか」  店員の冗談に、征也は真顔で断った。
last updateHuling Na-update : 2026-04-27
Magbasa pa

家族編 第88話 黒いランドセル

 ランドセルを買った帰り、陽向は厚い段ボール箱の持ち手を両手で握り、「自分で持つ」と言い張った。歩くたび箱の角が脚へ当たり、紙の持ち手が指へ食い込む。それでも陽向は、父へ渡そうとしない。 「重いぞ」 「ぼくのだから」  征也は数秒考え、「疲れたら言え」とだけ言った。  駅までの道で、陽向は何度も箱を持ち替えた。征也もそのたび手を動かしかける。信号待ちで息子が箱を地面へ置くと、父はすぐ横へ立った。 「もう持とうか」  陽向は息を整えながら首を振った。信号が変わっても、すぐには持ち上がらない。征也は急かさず、歩道を行く人の邪魔にならないよう箱を少し端へ寄せた。  私は次の青を待った。息子の額に細かな汗が浮いている。ハンカチを当てると、陽向は顔を逸らしたが、征也が箱の底へ添えた手は払わなかった。  帰宅して箱を開ける前に、私は陽向の手へ冷たいタオルを当てた。持ち手の跡がうっすら赤い。息子は待ちきれず、空いた方の手で箱の蓋を撫でていた。ようやく取り出したランドセルを何度も背負うと、結衣が羨ましそうに近づいた。 「ゆいも!」 「結衣はまだ早いよ」 「や!」  また喧嘩になりそうなので、陽向は少し考え、空になった箱を妹へ渡した。「これ、ランドセル」  結衣は箱を背負おうとして、身体ごと中へ入った。  征也が吹き出す。  珍しい笑い声に、私と陽向まで笑った。  夜、ランドセルは陽向の部屋の机の横に置かれた。征也は持ち手を掛け直し、少し離れて眺めている。 「六年か」  私は隣へ立った。陽向が生まれてから今までと、ほとんど同じ長さだった。それを言おうとして、やめた。征也も同じことを考えているような顔をしていたからだ。 「手、もう痛くないかな」  息子はベッドの上で、さっきまで握っていた指を開いて見せた。征也は近づき、掌を裏返す。 「次は途中で言え。あの箱、お前には大きすぎる」 「でも、持てた」 「……ああ。持って帰ったな」  陽向が満足そうに頷いた。私がベッド脇の灯りを暗くすると、もう一度ランドセルの方を見てから横になる。  リビングへ戻ると、結衣が遊んだ空箱が残っていた。側面に「じぶんでもった」と書いた紙が貼ってある。征也は片づけかけた手を止め、私へその文字を見せた。  紙の持ち手は汗で少し潰れていた。征也が指で形を戻そうとすると
last updateHuling Na-update : 2026-04-27
Magbasa pa

家族編 第89話 黒いランドセル

 ダイニングテーブルに、筆箱、上履き、体操服が少しずつ増えていった。陽向が名前を書く横で、結衣もクレヨンを握っている。征也の前には通学路の地図が広げられ、学用品を置く場所がなくなるたび、彼は端を少し折って避けていた。 「この交差点は見通しが悪い」  地図へ印をつける。 「ここは自転車が多い」  別の印。 「車で送る方が早いだろう」 「最初は集団登校だって。陽向、楽しみにしてるよ」  私が学校の案内を寄せると、征也は地図の上に重ねた。警護は当面、目立たない距離でつくことにしたが、それでも交差点の印は消さなかった。  陽向が地図を覗き込んだ。「ぼく、ここ知ってる。パンやさんある」 「寄り道はするな」 「しないよ」 「知らない人について行くな」 「分かってる」 「車道側を歩くな」 「パパ、うるさい」  陽向が笑う。  征也は真剣だ。  私は地図の端を押さえた。陽向の名前を書いた鉛筆が転がり、印のついた交差点で止まる。 「明日、一緒に歩いてみようか。私も、あそこはちょっと気になる」  征也は顔を上げた。私が案内の住所を確かめる間、彼も地図を畳まなかった。  翌日、四人で通学路を歩いた。陽向が先へ出るたび、征也の歩幅が大きくなる。私も結衣の手を握り直した。机で見ていた地図より、歩道は狭く、車の音も近い。  交差点で陽向が止まり、妹を呼んだ。 「結衣ちゃん、みぎ、ひだり」  娘は大げさに首を動かした。征也は車道側へ立ち、二人が渡り終えるまでそこを動かなかった。  帰宅すると、彼は地図の赤い印の横へ小さく何かを書いた。覗くと、陽向が自分で止まった、とある。 「消さないの?」 「場所は危ないままだろう」  私は頷き、その横へ自分も今日見たことを書き足した。彼の字とぶつかりそうになり、少し小さくする。征也は紙をこちらへ寄せてくれた。  その晩、陽向へ防犯ブザーの使い方を二人で確認した。GPSも、何のために持つのかを陽向へ説明してから渡す。 「これ、パパがずっと見るの?」  陽向が聞く。 「緊急時と、帰宅が遅い時だけだ」 「ほんと?」 「約束する」  陽向は少し考えて頷いた。  説明を終えると、陽向は端末を裏返して眺め、ランドセルの内ポケットへしまった。留め金を閉じる音が、食卓に響いた。  征也はまだ地図を見ていた
last updateHuling Na-update : 2026-04-28
Magbasa pa

家族編 第90話 黒いランドセル

 入学式まで一週間になった日、陽向は空のランドセルを背負ったまま庭へ出た。前夜の雨を吸った土の匂いが残り、走るたび黒い革の金具が背中で小さく鳴る。  何歩か進むたび、肩越しに背中を見ようとして身体をひねる。とうとう芝へ足を取られかけ、両腕を広げて踏ん張った。 「ほら。前、見ないと転ぶよ」  陽向は後ろ手で肩ベルトを掴み、口を尖らせる。 「だって、ぼくから見えないんだもん」 「鏡で何回も見たでしょう」 「お外だと、ちがう」  何が違うのかは本人にも説明できないらしい。また庭を一周し、二周目の途中で急に止まった。 「ママ。がっこう、たのしみ」 「うん」 「……でも、ちょっとだけ、やだ」 「何が嫌?」 「わかんない」  眉を寄せたまま芝を靴先で削る。 「せんせい、こわかったらやだ。おともだち、できなかったらやだ。……あと、給食まずかったらやだ」  最後だけ急に具体的になった。 「そっか」 「でも、行く」  言った直後、陽向は私の袖を二本の指でつまんだ。 「ママも、さいしょ、こわかった?」 「怖かったよ」 「パパも?」  テラスを見ると、征也が冷めたコーヒーを持ったままこちらを見ていた。 「俺は怖くない」  陽向は父のところまで歩き、下からじっと顔を覗き込む。 「うそ」 「何がだ」 「ママがおそいと、パパ、ずっとまど見る」  私は吹き出した。征也のカップが口元で止まる。 「それは別だ」 「じゃあ、ぼくのがっこうは?」  返事がない。征也はカップを置き、陽向の肩ベルトを直した。もう直っているのに、指でもう一度なぞる。 「……見えないところへ行く時間が増える。それは気に入らない」 「やっぱり、こわい?」 「……怖い」  陽向の口元がにやっと緩んだ。 「パパもこわいんじゃん」 「嬉しそうに言うな」 「じゃあ、いっしょ」  何が一緒なのかは説明せず、陽向はまた走り出そうとした。 「帰ったら、学校の話を――」  征也が言いかけると、陽向は両手で口を塞ぐ真似をする。 「ぜんぶは言わないよ」 「まだ何も聞いていない」 「パパ、いっぱい聞くもん。ひみつもある」 「もうあるのか」 「ある。……まだないけど」  征也が黙り、私は肩を震わせた。 「危ないことだけは言え」 「あぶないのは言う」 「約
last updateHuling Na-update : 2026-04-28
Magbasa pa

家族編 第91話 入学式前夜

 入学式の前日、アイロンから上がる蒸気の向こうを、陽向が何度も行き来していた。制服はまだハンガーに掛かったままなのに、靴下だけはもう履いている。結衣も真似をして、片方ずつ違う靴下を引っ張り出してきた。  私は陽向の制服へ名札をつけ、ハンカチとティッシュを確認する。結衣は横で自分の服にも名札をつけろと騒いでいる。 「結衣は入学しないでしょ」 「ゆいも!」  征也が娘を抱き上げる。「お前は応援係だ」 「おうえん?」 「陽向が緊張していたら、格好いいと言え」  結衣は真剣に頷いた。  陽向はランドセルの中身を三度確認している。「鉛筆、五本。消しゴム。筆箱」 「明日は式だけだから、ほとんどいらないわよ」 「でも、いるかもしれない」  誰かに似ている。  征也も同じことを思ったらしく、私と目が合った。  夕食には陽向の好きなハンバーグを焼いた。コーンスープをよそう間に、征也がポテトサラダを取り分けている。息子の皿には、いつもより少し多く盛っていた。 「ぼく、明日、泣いちゃうかな」  陽向がぽつりと言う。 「泣いてもいいよ」  言うと、陽向はフォークを止めた。征也が自分のハンバーグを切りながら、隣へ目を向ける。 「パパも?」 「俺は泣かん」  陽向が私を見た。どちらも何も言わないでいると、征也が不満そうに顔を上げる。結衣だけが大きな声で「パパ、かっこいい」と言った。教えられた応援を、今使うことにしたらしい。  私は笑い、征也もとうとう口元を緩めた。  夕食の後、陽向は結衣へランドセルを背負わせようとした。もちろん大きすぎる。肩からずり落ち、結衣は笑いながら床へ座り込んだ。 「ゆいも、がっこう!」  征也はずり落ちた肩紐を持ち上げ、結衣が腕を抜くのを手伝った。陽向がすぐ脇で、自分のランドセルを受け取ろうと待っている。 「結衣はまだ三歳」 「いく!」  征也が「あと三年だ」と説明する。 「さんねん?」 「長い」 「ながい!」  結衣は意味を分かっていない。  陽向はランドセルを取り戻し、「明日、ぼくが学校で、結衣ちゃんはおうち」と言う。  結衣の顔が曇った。 「ひな兄ちゃん、いない?」  一瞬、陽向も困った顔をする。 「帰ってくるよ」 「ほんと?」 「うん。おやつまでには」  結衣はまだ少し考えていたが、
last updateHuling Na-update : 2026-04-29
Magbasa pa

家族編 第92話 入学式前夜

 子供たちを寝かせてリビングへ戻ると、家が急に広くなったように感じた。時計と空調の音が聞こえる。椅子に掛けた黒いランドセルは、灯りの下で留め金だけを小さく光らせていた。  征也はその前で立ち止まった。私は先にソファへ座り、靴下の中で足の指を伸ばす。彼は一度留め金に触れ、私が見ているのに気づくと手を引いた。 「見るだけじゃなかったの?」 「閉まっているか確かめた」  昼間も確かめていた、と言いかけてやめた。私もさっき、名札がついているか二度見たところだった。  隣へ座った彼に寄りかかる。シャツの肩には、結衣がつけたらしい赤いクレヨンの跡が薄く残っていた。指で擦っても落ちない。 「六年前は、抱っこするだけであんなに固まってたのに」 「忘れろ」 「夜泣きにも説明してたよね。寝る時間だって」  征也が私を見た。その顔が当時と少しも変わらなかったので、笑ってしまった。彼は諦めたようにソファへ深く座り、私の肩を引き寄せた。 「……明日から、小学生か」  私が言うと、彼は頷いた。しばらく、どちらも話さなかった。  ランドセルを買った日の箱が、部屋の隅に残っている。結衣の落書きが増え、角はもう柔らかく潰れていた。使う前からこんなに時間が経ったのかと思うと、急に胸が詰まった。 「早いね」 「ああ」  今度は、その一言を聞くだけでよかった。征也の胸へ頬を寄せると、腕に少し力がこもった。  寝る前に制服を見に行った。名札の角が浮いているように見え、指で押さえる。征也が後ろから覗き込んだ。 「もう三回見たぞ」 「あなたに言われたくない」  彼は笑いを堪えるように息を吐いた。私は制服をハンガーへ掛け直し、今度こそ手を離す。まだ小さい袖の先が、揺れて止まった。さっき陽向が通した腕の長さを思い出し、私は手を伸ばしかけた。今度は触らず、窓の反射に映る自分と制服を見ていた。  支度が済むと、急に何もすることがなくなった。ランドセルも制服もここにあるのに、陽向だけが一足先に遠くへ行ってしまったようで、私は椅子の背を握った。  征也の手が重なる。 「写真、撮ろうね。明日は」 「当然、撮る」 「怖い顔しないでよ」  彼は文句を言いかけたが、私の顔を見ると口を閉じた。目の縁が熱くなっているのを、見られたのだと思う。私は先に笑ってみせた。  征也は何も言わず
last updateHuling Na-update : 2026-04-29
Magbasa pa
PREV
1
...
3637383940
...
48
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status