地上二百メートル、天道グループ本社ビルの最上階。 全面ガラス張りの執務室には、夕刻の柔らかな残光が、琥珀色の帯となって差し込んでいた。 空調の静かな駆動音だけが響く部屋で、征也は重厚な革張りの椅子に身を預け、目の前に置かれた一通の書類を見つめていた。それは、かつて莉子の実家が所有し、経営破綻後に他資本へ渡っていた『月島フーズ』の全株式取得に関する最終合意書だった。 征也は万年筆を手に取り、そのキャップを外した。チリリ、という繊細な金属音が静寂に溶ける。 かつて、雨の中で震えていた莉子に「俺の前に現れるな」と突き放したあの日。そして、家政婦として戻ってきた彼女が、いつか自分のルーツを、失われた誇りを『取り戻したい』と、消え入りそうな声で、けれど強い瞳で語った夜。 その約束だけが、十二年間の空白を埋めるための、征也の唯一の羅針盤だった。「……ようやく、だ。莉子」 掠れた声が、無人の部屋にこぼれる。 彼は迷うことなく、サインを記した。 流れるような筆致。インクが紙に吸い込まれていく様子を、彼はじっと見つめていた。 莉子がかつて愛した場所を、彼女が目覚めた時のために完璧な状態で保存しておく。それが、今の彼にできる精一杯の『愛』の形だった。「社長。失礼いたします」 控えめなノックと共に、秘書の三田村が入室してきた。 征也は瞬時に、感傷を瞳の奥に押し込める。サインの終わった書類を三田村へ差し出す動作は、一点の曇りもない冷徹な経営者のそれだった。「手続きを。一秒の遅れも許さん」「承知いたしました。……それと、お嬢様の学校から連絡が。また、他校の生徒との接触があったようで」「……結衣に、何か不都合はあったか」「いえ。お嬢様自身が、毅然とした態度で拒絶されたと伺っております」 征也の眉間が、わずかに揺れた。 守りたい。けれど、どう接していいか分からない。 結衣が莉子に似て美しく成長していくほど、征也は彼女の中に莉子の面影を探してしまい、同時に、あの日莉子を守
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