「よし、これで完璧」「……式が終わったら、まっすぐ帰るぞ」「え?」 莉子がネクタイから手を離そうとした瞬間、その手首を征也の大きな手がガシリと掴んだ。 強い力ではないが、絶対に逃がさないという意志が込められた拘束。「どこにも寄るな。まっすぐだ。分かっているな」「だから、今日は陽向の入学式……」「関係ない。外には虫が多い。俺の目の届かない場所でお前がウロつくのは、リスクが高すぎる」 相変わらずの極端な物言いに、莉子は呆れたように溜息をついた。 昔のように暴力的な恐怖はない。だが、彼の内側にある「莉子を失うことへの異常なまでの恐怖」に根ざした過保護は、時に息苦しさを伴う。「パパ、大げさ」 不意に、少し冷めた声が横から飛んできた。 陽向だった。彼はランドセルの肩ベルトを両手で掴みながら、ジトッとした目で父親を見上げている。「ただの小学校の入学式だよ。SPの人たちをぞろぞろ引き連れて歩くなんて、恥ずかしいからやめてよ」「安全の確保だ。お前にも万が一のことがあってはならない。……特に、お前の母親を守るためには必要な措置だ」 征也は手首を握ったまま、莉子から視線を外さずに陽向へ答えた。 その言葉の重さに、陽向は小さく肩をすくめた。六歳にしては大人びている彼は、父親の「母親に対する異常な執着」をすでに半分理解し、半分呆れているようだった。「はいはい。じゃあ、早く行こうよ。遅刻しちゃう」 陽向の言葉に促されるように、莉子はそっと手首を捻って征也の拘束から逃れた。手首には、彼の指の熱がじわっと残っている。「そうね、行きましょうか」 そう言って歩き出した莉子の背中を、征也の重い視線がどこまでも追いかけてくるのを感じながら、天道家の一日が始まった。 ◇ 小学校の体育館に響き渡る拍手の音。 真新しい制服や華やかなスーツに身を包んだ保護者たちが並ぶ中、最後列のパイプ椅子に座る征也の存在感は、異様の一言に尽きた。
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