激しい雨の音だけが、すべてを塗り潰すように降り続いていた。 視界が白く煙るほどの豪雨の中、全身をずぶ濡れにして立ち尽くす。 肌に張り付くシルクのワンピースは体温を奪うほどに冷たく、背筋を伝う雨水が靴の中へと滑り落ちるたびに、不快感で指先が強張った。 絶え間ない震えは、寒さのせいか、それとも心の底から湧き上がる怯えのせいか。 目の前に立つ男の、凍てついた眼差しが、逃げ出したいはずの足をその場に縫い留めていた。「……言ったはずだ」 雨音にかき消されそうなほど低く、けれど重く響く声。 傘も差さずに古びたアパートの軒下に立ち、濡れるのも厭わずこちらを見下ろしている。かつて恋し、焦がれ、愚かにも手が届くと信じて疑わなかった人。「もう、俺の前に現れるなと」 心臓を素手で握り潰されたような、鋭い痛みが走った。 縋るように伸ばしかけた手は空を切り、雨を吸って肌に張り付いた、安物のTシャツに触れることさえ許されない。 濡れた黒髪の隙間から覗く瞳。そこには、隣の家に住んでいた頃の幼馴染としての情など欠片もなく、ただ底知れない拒絶の色だけが揺らめいている。「せい……や、ごめんなさい、私……」「名前を呼ぶな」 鋭い刃のような響きが、必死の言葉を断ち切った。 轟く雷鳴が、一瞬だけ青白く彼の貌を照らし出す。 陽だまりのように熱かったかつての眼差しは、もうどこにもない。すべてを焼き尽くし、拒絶する冷たい炎がそこにあるだけだ。「お前のような女は、見るだけで胸が濁る。……失せろ」 重たい音を立て、錆びついた鉄の扉が閉ざされた。 塗装の剥げかけた扉が鼻先で噛み合い、ガチャリと鳴った冷たい金属音が、ふたりの世界を残酷に隔てた。 十八歳の誕生日の夜。世界で一番寂しい方法で、私の初恋は終わりを告げた。◇「……莉子? 聞いてるの?」 不意に名前を呼ばれ、弾かれたように顔を上げる。 視界にあるのは、曇ったガラス窓と、古びた建材の匂いが漂う安アパートの壁。雨音など、どこからも聞こえない。耳に届くのは、朝の喧騒を急ぐ車の走行音と、遠くで響く工事の音だけ。「あ、すみません……。何でしたか」 慌てて意識を引き戻し、手にしたエプロンの紐をきつく締め直す。 鏡に映るのは、オーダーメイドのドレスを纏っていた頃の「お嬢様」ではない。洗いざらしのシャツに黒いパン
Last Updated : 2025-12-20 Read more