陽向は、自分の心臓の音が、雨音よりも大きく鳴り響いているのではないかと不安になった。 「天道くんって……意外と優しいんだね。もっと、怖い人だと思ってた」 「……怖い? 俺が?」 「うん。いつも一人で難しそうな本読んでるし、声も低いから……ちょっと近づきにくいっていうか」 結月が小さく笑う。その無邪気な反応に、陽向は少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。 「……ただ、人付き合いが下手なだけだよ。父さんに似て、不器用なんだ」 「そうかな? 私は、その不器用な感じ、嫌いじゃないよ」 さらりと言われた言葉に、陽向の鼓動が不規則に跳ねる。 「……あ、水溜り」 結月が声を上げ、一歩横へ飛び退く。 その瞬間、彼女の細い腕が、陽向の腕にしっかりと重なった。 厚いカーディガン越しでも伝わってくる、彼女の柔らかな体温と、微かな震え。 「……っ」 陽向は、思わず息を呑んだ。 そのまま彼女の細い肩を引き寄せ、自分の方へもっと近づけてしまいたいという、衝動的な熱が指先を駆け巡る。 けれど、彼はその右手をぐっと傘の柄に押し付け、必死に理性で抑え込んだ。 今の自分と彼女は、ただ偶然、同じ傘の下に入っただけの同級生に過ぎない。このもどかしい距離を唐突に詰めれば、隣で小さく息をする彼女を怯えさせてしまうだろう。 だから今はただ、もう少しだけ、この雨音が続く時間を共有できればそれでよかった。 「……ごめん! びっくりさせちゃったよね」 結月が慌てて腕を離す。 陽向は、消えてしまった温もりに少しだけ名残惜しさを覚えながら、傘を深く構え直した。 「……大丈夫だよ。……足元、気をつけて」 二人は、雨音以外は無言のまま、駅への道を歩き続けた。 歩道に反射するネオンの光。 通り過ぎる車の水飛沫。 時折、傘の柄を持つ陽向の手に、結月のバッグがコツンとぶつかる。 それらすべてが、陽向の記憶の中に、宝物のような時間として静かに降り積もっていく。 駅の改札前で、陽向は傘を閉じた。 再び、夜の冷たい空気が二人を隔てる。 「ありがとうございました、天道くん。……これ、今日のお礼に」 結月がバッグの中から取り出したのは、小さな、可愛らしい包装のチョコレートだった。 「あ、甘いもの、嫌いじゃなかったら……。疲れた時に食べてね」
Last Updated : 2026-05-10 Read more