♢ 唯織ここはどこだろうか。白い壁、白い天井、白い床。天国にでも行けたのかと思ったが、違うとすぐに気づけた。白衣観音像の〈本当の〉胎内だ。「唯織、しっかりしてくれ」隣から声が聞こえる。夢人かと思ったが違った。亮だ。頭の中が霞がかっている。胎内の中は先ほど見たように、影の人間もおらず何の香りもせず、ただ無機質なだけだ。壁にかかる生クリームや果物も落ちて、床の端にゴミみたいに積もっている。生命が消えたような喪失感が、ふやけた脳みそをホロホロと崩しながら入り込んで来る。一年程前に山本さんの赤ん坊の死骸を見て、生まれたての子の気持ちを想像した時の喪失感とどこか似た苦味がする。とりあえず何か実体のあるものを感じたかった。適当に右手を動かしていると、何か温かいものを掴んだ。私の名を呼ぶ声と一緒に拍動が手のひらに伝わる。亮の体のどこか一部を掴んだみたいだ。人間の一部に触れていると徐々に感覚が研ぎ澄まされていく。清水から銃で撃たれた腹部に激痛が走る。「唯織、今警察の人が救急に連絡してくれているから、それまで頑張って耐えてくれな」どうやら警察もいるみたいだ。私が清水に銃で撃たれた後、宮田さんが清水を撃った。それから何があったのかは記憶にない。ただ一つ、今まで一生懸命働いていた仕事が幻と分かった今、私の生きる意味を失った。「夢人さんは、どこに」人生を生クリームと果物で甘く酸っぱく味付けしてくれた夢人葵は今どうしているのか。亮が助かって、警官が一緒にいる現実を考えると嫌な予感がする。「夢人は警察に捕まった。良かったよ。アイツは簡単に人を殺せるれっきとした犯罪者なんだから」亮の言葉と同時に周囲に散乱する果物の匂いが鼻を突いた。今、確かに彼は捕まったと聞いた。私が唯一愛した男は、結局宮田老人の駒も同然だった事実や、私自身の不甲斐なさ、理不尽と分かっているが亮への憤りが、明瞭になっていく意識の中で旋風のように吹き荒れる。「宮田さんは、どこにいるの」「さっきまでいたけど、今はここにいないみたい。多分何人かの警官と一緒に外にいるのかな」掴んでいる亮の一部が手首と分かったので、両手で捻じって床に伏せた。どこから力が沸いて出るのか腹部から血を流しながら立ち上がり出口に向
Última actualización : 2026-03-05 Leer más