♢ 唯織亮が出て行ってから四か月経った。職場の産院の近くにある東戸塚駅すぐのアパートに引っ越して新しい生活にも慣れた。1Kの狭い部屋でも全く問題なく過ごせている。むしろ亮がいなくなり苛立つ瞬間が消え、赤子の死体を発見した記憶も薄れて行き、以前よりも気持ちに余裕のある生活を送れていた。毎日の仕事の忙しさもあり、赤子死体放置の調査は一向に進まなかった。つい二か月前に亮が戸塚のペデストリアンデッキ上の広場のステージでライブを敢行している姿を見た。相変わらず分不相応な恋愛ソングを歌っていた。観客の中に立ちんぼ倶楽部に所属していそうな女子小中校生の姿はなかった。一人だけ若くて可愛らしい女性の姿もあったが、ライブの途中で去って行った。きっと偶々足を止めただけだろう。亮の歌手活動は続いており、特に仕事を辞めさせられてはいないようだ。彼が「生きとし生けるもの合同会社」の餌食になったという予想は思い過ごしなのか。完全に行き詰まり、毎日の仕事の疲れもあって調査ができない。今日も昼勤が終わり、二十一時前に帰宅した。引っ越してからは、また見知らぬ紙袋が置かれているのではと嫌な想像をする日はなくなった。限られた人にしか引っ越し先の住所を教えていない。自転車を停めて郵便受けを確認すると、保険会社からのハガキとカード会社からの封筒に交じって、差出人の記載のない茶封筒が一つ入っていた。自宅の中に入って誰からなのか気になって最初に差出人不明の茶封筒を開けた。B5サイズの紙に直筆で文字が書かれていた。〈本間唯織様ご無沙汰しております。お元気にしておりますか。私は相も変わらず元気です。急にお手紙が来たことにとても驚いているでしょう。本間さんはお引っ越しされてから殆どの人に新しい住所を知らせず、知っているのは親や仕事関係の人に限られていますからね。その中でも直筆の手紙を書く者と考えると、もう誰も思い浮かばないのではないでしょうか。当然でしょう。私は直接あなたから住所を聞いたわけではないのですから。心当たりがなくて当たり前です。それに関して今は一旦置いておきましょう。今回手紙を書かせてもらったのは、私のことを思い出していただきたかったという意味だけなのです。覚えていますか。半年程前、思い出しただけでも憎くて
Last Updated : 2026-01-09 Read more