医者によると、私は交通事故で頭を打って「解離性健忘」になったらしい。一番大好きな人のことだけが、鮮明に残っているという。病室のドアが乱暴に蹴り開けられた。そこに立っていたのは、東都で最も厄介だと言われる、あの三人組の御曹司たちだ。太田正人(おおた まさと)は目を真っ赤にしていた。「葵(あおい)、お前が覚えてるのは、俺だけだよな。なんたって、俺のためなら命も惜しくないって言ってたんだから」金子渉(かねこ わたる)は数珠を指で弄び、冷たい声で、でも確信に満ちた様子で言った。「葵、俺がいなきゃダメなんだって、そう言ったのは君だろう」工藤竜也(くどう たつや)は、わざとらしく色気を漂わせて笑った。「葵、しらばっくれるのはやめてよ。僕たち、昨日の夜もあんなに……忘れるわけないでしょ」昔は私をパシリ扱いしてたこの男たちを前に、私はゆっくりと一冊の手帳を取り出す。それは、彼らが宝物みたいに大事にしている、赤い手帳だ。最初のページを開くと、そこには【太田正人:1000000】とだけ書かれていた。正人は大喜びして、残りの二人に向かってドヤ顔をした。「ほらな!やっぱりお前の中で、俺が一番なんだよ!」渉と竜也の顔が、途端に曇った。だって、二人のページはまだゼロのままだったから。その場がシーンと静まり返る中、正人だけが、賞状をもらった小学生みたいにはしゃいでいた。私は微笑みながらも、優しい目つきで正人を見つめた。もちろん、心の中では思いっきり悪態をついていたけど。このアホ。それはあなたが先月、私に払ってないパシリ代の100万円だろう?今日、利子付きできっちり払ってもらうまでは、誰もこの部屋から出しやしない。正人は私の手帳を手に持って、とても得意げだ。「見たか?100万点だぞ!」正人は数字を指さしながら言った。「葵の心の中には、俺しかいないんだよ。お前らなんて、眼中にないんだ」渉の手の中で、数珠の動きが止まった。竜也の口元にあった笑みも、こわばっている。この二人、普段は一人が俗世離れしたフリをしてて、もう一人は女遊びの達人みたいな顔をしてるくせに。それが今や、たったひとつの数字のせいで、二人ともものすごく暗い顔つきになっていた。私はベッドに寄りかかっていた。頭には包帯が巻かれていたけど、かつてないほど頭が冴えているの
Read more