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記憶喪失、3人のイケメン御曹司をATM扱い
記憶喪失、3人のイケメン御曹司をATM扱い
Author: 夏ノ黙

第1話

Author: 夏ノ黙
医者によると、私は交通事故で頭を打って「解離性健忘」になったらしい。一番大好きな人のことだけが、鮮明に残っているという。

病室のドアが乱暴に蹴り開けられた。そこに立っていたのは、東都で最も厄介だと言われる、あの三人組の御曹司たちだ。

太田正人(おおた まさと)は目を真っ赤にしていた。「葵(あおい)、お前が覚えてるのは、俺だけだよな。なんたって、俺のためなら命も惜しくないって言ってたんだから」

金子渉(かねこ わたる)は数珠を指で弄び、冷たい声で、でも確信に満ちた様子で言った。「葵、俺がいなきゃダメなんだって、そう言ったのは君だろう」

工藤竜也(くどう たつや)は、わざとらしく色気を漂わせて笑った。「葵、しらばっくれるのはやめてよ。僕たち、昨日の夜もあんなに……忘れるわけないでしょ」

昔は私をパシリ扱いしてたこの男たちを前に、私はゆっくりと一冊の手帳を取り出す。それは、彼らが宝物みたいに大事にしている、赤い手帳だ。

最初のページを開くと、そこには【太田正人:1000000】とだけ書かれていた。

正人は大喜びして、残りの二人に向かってドヤ顔をした。「ほらな!やっぱりお前の中で、俺が一番なんだよ!」

渉と竜也の顔が、途端に曇った。だって、二人のページはまだゼロのままだったから。

その場がシーンと静まり返る中、正人だけが、賞状をもらった小学生みたいにはしゃいでいた。

私は微笑みながらも、優しい目つきで正人を見つめた。もちろん、心の中では思いっきり悪態をついていたけど。

このアホ。

それはあなたが先月、私に払ってないパシリ代の100万円だろう?

今日、利子付きできっちり払ってもらうまでは、誰もこの部屋から出しやしない。

正人は私の手帳を手に持って、とても得意げだ。

「見たか?100万点だぞ!」正人は数字を指さしながら言った。「葵の心の中には、俺しかいないんだよ。お前らなんて、眼中にないんだ」

渉の手の中で、数珠の動きが止まった。竜也の口元にあった笑みも、こわばっている。

この二人、普段は一人が俗世離れしたフリをしてて、もう一人は女遊びの達人みたいな顔をしてるくせに。

それが今や、たったひとつの数字のせいで、二人ともものすごく暗い顔つきになっていた。

私はベッドに寄りかかっていた。頭には包帯が巻かれていたけど、かつてないほど頭が冴えているのを感じていた。

この赤い手帳は、私の「請求手帳」なのだ。

もっと正確に言うと、この「鬼」たちに、私がどれだけ搾取されてきたかを記録した証拠帳だ。

正人の100万円は、先月頼まれたパシリ代だ。限定スニーカーの行列に並んだり、夜中に遠い店までラーメンを買いに行ったり、契約書を十枚も代筆したりした特急料金である。

じゃあ、なんで他の二人がゼロなのかって?

昨日の夜の分をまだ書き込んでないうちに、事故っちゃったからだ。

でも、彼らの目には、これが「愛情メーター」みたいに見えてるらしい。

納得がいかない竜也が、すぐそばまで寄ってきた。女の子を惑わすその顔が、私の目の前に迫る。「葵、本当に僕のこと覚えてないの?あの夜、バーで言ったじゃないか。僕だけがあなたの救いだって」

私は竜也を見ても、心はまったく動かなかった。むしろ、ちょっと笑えそうなくらいだ。

救い、だって?

あの日、バーで、竜也の代わりに3杯も一気飲みさせられて、吐きすぎて胃液まで出そうだったのに、竜也は、仲間の前でカッコつけたくて、私が彼にベタ惚れしてるって言いふらしたんだ。

私は少し考えて、とりあえずこの三人の中で一番お金持ちの男を、手なずけることにした。

だから、私は戸惑いと怯えが混じったような目つきをして、竜也の手を避けるように布団の中に少しだけ身を縮めた。

そして、まだ一人で得意になっている正人の方に、顔を向けた。

三秒ほど気持ちを整えてから、わざと目を潤ませて、震える声で呼びかけた。

「しゃ……ううん……あなた?」

空気が、凍りついた。

正人は、まるで雷に打たれたみたいにその場で固まった。そして、その整った顔がみるみるうちに真っ赤になり、首筋まで染まっていった。

「い、いま……なんて言った?」正人はどもっていて、東都の支配者なんて呼ばれた面影は、かけらもなかった。

私は心の中で白目をむいた。

「あなた」なんて呼んだのは、社長にお金を出させるのが大変だからだ。「あなた」に仕立て上げちゃえば、お金を請求するのも自然になるでしょ。

だって、妻にお金を使うのは当たり前だけど、従業員への給料は渋る人たちだから。

私は下唇を噛んで、おずおずと正人を見つめた。「ちがう……のかな?私、この数字がすごく大切で、私にとって、すごく大事な人の数字だってことしか……」

正人は深く息を吸い込むと、いきなり他の二人を振り返って、鋭い目つきで言い放った。「聞こえたか?さっさと失せろ!葵の夫は、俺だ!」

渉は冷たく笑うと、もう優しいフリはやめた。「正人、人の弱みにつけこむとはな。それがお前のやり方か?」

竜也は呆れて笑いながら、壁に寄りかかって腕を組んだ。「記憶と一緒に、頭の中身までおかしくなったんじゃない?葵、昔は正人の、そういう乱暴なところが一番嫌いだったくせに」

三人は私のことで、激しく言い争いを始めた。

私は布団の中でそっと拳を握りしめ、どうやってこの芝居を続ければ、一番うまく儲けられるかを考えていた。

もし、今すぐに打ち明けてお金を請求したら、彼らの性格からして、小切手を数枚なげつけられて終わりだろう。下手したら、私がはっきり記憶してることに逆ギレするかもしれない。

でも、今は違う。

今の私は、記憶喪失のかわいそうな人。そして彼らは、自分の魅力を証明したくてたまらない、カモでしかない。

私がそれっぽく振る舞えば振る舞うほど、彼らはあのくだらない数字のために、必死になるはずだ。

そう考えると、私は正人に向かって手を伸ばし、彼の服の裾をそっと指でつかんだ。

「頭が、痛い……お水、飲みたい」

正人は、まるでスイッチが入ったロボットみたいに、慌てて水を注ぎにいった。そして、残りの二人を振り返って、けん制するのを忘れなかった。「葵を怖がらせるな!消えろ!」

渉は、私のことをじっと見つめてきた。その目は、まるで私の心の中まで探ろうとしているみたいだ。

「葵、楽しみはこれからだよ」渉は意味深な言葉を残して、部屋を出ていった。

一方、竜也は、私に軽く眉をあげてみせると、[また夜に]と口パクで伝えてきた。

二人がいなくなると、正人は私の口元に水を運んできた。その手つきはひどくぎこちないのに、彼はまだ強がっていた。「お前が病気だからだぞ。じゃなきゃ、こんなこと絶対にしてやらないからな」

私はおとなしく水を飲みながら、心の中では計算していた。

この水一杯でサービス料1万円。さっきの「あなた」って呼びかけで、慰謝料として最低でも20万円はもらわないと。

どうやらこの手帳、まだまだページを増やせそうだ。
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