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100 Chapters

第91話

「来希さん、これは全部萌花さんの策略よ。叔父様と結婚したのも、私たちに復讐するためなんだわ」「復讐だって?」「さっきのことがいい証拠じゃない。叔父様と結婚さえすれば、叔母という立場で私を押さえつけられる。私たち二人を皆の前で跪かせたのが何よりの証明よ」来希は呆然としていた。以前の彼なら、はなの言葉を疑いもしなかっただろう。だが、ここ数回の接触で感じた萌花の冷淡さと、まるで他人のようなよそよそしさが、彼の確信を揺るがしていた。あれが演技だとはとても思えないのだ。「来希さん、萌花さんはヤキモチを焼いているのよ。あなたのことを愛しすぎて、おかしくなっちゃったんだわ。だからこんな常軌を逸した方法を思いついたのね。絶対に萌花さんの思い通りになんてさせない。もし本当に彼女が私の叔母になったら、私たちに未来なんてないわ」はなの計画では、自分が来希と結婚することは決定事項だが、夫の元妻が自分の叔母になり、いつでも自分を辱められる立場になるなど、断じて許容できない。何としても、萌花と時雄を別れさせなければならない。はなの言葉に来希の心はまた揺れ動いた。萌花は本当に、自分を愛するあまり狂ってしまったのか?時雄を誘惑し、結婚したのも、すべては自分への復讐のため?そう考えれば辻褄が合う気もする。もし萌花が本当にそんな心境なら、彼女は時雄を利用しているだけだ。決して彼に指一本触れさせはしないだろう。もし彼女がこの偽りの結婚生活の中で時雄に身を許さずにいるのなら……過去を水に流して、復縁してやってもいい。来希はそう自分に言い聞かせ、それが真実であることを願った。だが、以前のような自信はもう持てなくなっていた。来希が黙り込んでいるのを見て、はなは彼の袖を引いた。「来希さん、何を考えているの?」来希は我に返った。「今はパーセクテックとの提携が最優先だ。軽率な行動は控えてくれ。すべては提携を成立させ、幸林テクノロジーを上場させてからだ」はなは頷いた。「ええ、来希さん。上場さえすれば、もう誰にもこんな真似はさせないわ」誕生パーティーは二部構成になっていた。ダンスや交流を楽しむレセプションが終わり、須恵が姿を見せると、招待客たちはより広い宴会場へと移動した。そこには小林家が客人のために用意した宴席が設けられている
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第92話

萌花はプレゼントを用意する暇などなかったけど、時雄が手配してあると言ってくれた。それは立派な桐の箱に入っているが、中身が何なのか、萌花は確認していない。今日会場に到着した際、手順通り執事が受け取り、保管庫に収められていたのだ。理香子が口を開いた。「志津、二条さんのプレゼントを持ってきてちょうだい。みんなで拝見しましょうよ」家政婦の志津はすぐに取りに向かった。須恵も理香子の意図を察したようで、不快そうな表情を見せたが、この場で波風を立てるわけにもいかない。彼女は萌花の手を取り、優しく言った。「贈り物というのは気持ちが大事なんだよ。萌花さんが選んでくれたものなら、何だって嬉しいわ」やがて志津が桐箱を手に戻ってきて、須恵の横に置いた。「こちらが、二条様からの贈り物でございます」一瞬にして、全員の視線がその桐箱に注がれた。噂を聞きつけた周囲の客たちも、好奇心を露わに集まってくる。メインテーブルはにわかに活気づいた。萌花は心の中では不安な気持ちでいる。理香子が突然プレゼントを見たいと言い出した裏には、何か企みがある気がしてならない。彼女は時雄を見上げた。時雄は安心させるように微笑み、口パクで「心配ない、僕がいる」と伝えた。その言葉で、萌花の心は不思議と落ち着いた。不安が消えただけでなく、理香子が一体どんな罠を仕掛けたのか、逆に見届けてやろうという好奇心さえ湧いてきた。須恵が桐箱を受け取って、蓋を開けた。中には、翡翠で作られた観音菩薩の像が入っている。透き通るような翡翠で、蓮台に座し目を伏せる菩薩の姿は、今にも動き出しそうなほど精巧だ。箱が開いた瞬間、周囲から感嘆の声が上がった。「これは見事だ。限りなく透明に近く、色艶も素晴らしい。一目で国宝級の価値があると分かる」「大奥様が信仰篤いことをよくご存じだ。二条様は本当にツボを心得てらっしゃる」「これほど美しい翡翠は見たことがない。いい目の保養をさせていただきました」「二条様の孝行心には感服いたします。菩薩様のご加護で、大奥様もますます健康で長生きされることでしょう」称賛の言葉が波のように押し寄せる。須恵も満面の笑みを浮かべた。「本当に嬉しいよ。私の好みをよく分かってくれているね、萌花さん。最高のプレゼントだわ」須恵がそう言い終え
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第93話

時雄は怒りを露わに立ち上がろうとした。だが、萌花がその手を強く握りしめた。彼女は時雄を見つめ、目で「任せて」と合図を送った。それを見て、時雄は再び席に腰を下ろした。萌花は余裕たっぷりに理香子を見据えた。「ええ、お義姉さん。持ってきたときは無傷でしたのに、どうして急に割れてしまったんでしょうね?」理香子も平然と切り返す。「さあね、私は何も知りませんわ。単なる不運な事故かもしれません。ただね、二条さんがわざと壊れた観音様を贈ったなんて言っていませんよ。ただ、観音様の首が落ちるなんて、不吉な予兆だと言っただけです」理香子の狙いは、迷信深い須恵に「萌花は不吉な存在だ」と思わせることにある。その目的さえ果たせれば、須恵と萌花の間に亀裂が入るだけで十分なのだ。しかし、萌花は慌てる様子もなく、転がり落ちた観音様の首を拾い上げた。その断面を指先で愛おしむように撫でながら、静かに口を開いた。「でも、これは事故ではなさそうですね。明らかに人の手が加わっています」理香子は顔色一つ変えずに応戦する。「二条さん、言葉は慎重に選んだ方がよろしいですよ。根拠もなく人を疑うのは感心しませんわ」その時、理香子の隣に座っている栞が突然噛み付いてきた。「ちょっと、どういう意味よ! 母さんが壊したって言いたいの?」その場にいる誰もが、萌花がそう言外に匂わせていることに気づいたが、それを口に出したのは栞だけだった。はなは心の中で栞の愚かさを罵った。今は自分たちと時雄叔父様の全面戦争だということは、皆が暗黙の了解として分かっている。それなのに栞がそんなことを叫んだせいで、かえって理香子に疑惑の目が向けられることになってしまった。案の定、理香子は栞を振り返り、鋭い視線で睨みつけた。「馬鹿なことを言うんじゃないわよ。座りなさい」理香子はすぐ須恵に向き直った。「お義母様、今回のプレゼントはすべて執事が管理しておりましたわ。受け取った後、すぐに保管庫へ運ばせたのです。今日ずっと忙しくしておりましたし、受け取りには一切関与しておりません。いわれのない疑いをかけられては迷惑ですわ」理香子は高を括っている。今日、保管庫へ行った時、誰にも見られないように注意していたからだ。保管庫には監視カメラがあるが、都合のいいことに数日前から故障しており、誕生
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第94話

時雄は瞬時に萌花の意図を理解した。彼は執事の孝浩を呼び寄せ、尋ねた。「孝浩、今日この箱を開けた者はいるか?」孝浩は恭しく答えた。「大奥様の誕生日の贈り物は、記帳後すぐに保管庫へ収めましたので、誰も勝手に開けてはおりません」時雄は満足げに頷いた。そのやり取りを聞いていた周囲の人々も、ことの次第を飲み込んだようだ。「つまり、最初にあの箱を開けた人間の体に、その仏前の金粉とやらが付着しているということか」「さっき運ばれてきた時、箱を開けたのは大奥様だったよな。なら、理屈から言えば金粉は大奥様についているはずだ」「逆に言えば、もし大奥様以外の誰かについていたら、その人が事前に箱を開け、観音像を壊したことになる」「でも、誰についたかなんて、どうやって調べるんだ?」理香子は急に心細くなった。まさか箱に仕掛けがあり、最初に開けた人間に金粉がつくだなんて、夢にも思わなかったからだ。彼女はそっと自分の服に目を落とした。目で見る限り、変わった様子はない。 金粉などどこにも見当たらない。理香子は平静を装って言い返した。「二条さん、作り話もいい加減になさいよ。仏前の金粉なんて聞いたこともないわ」萌花は相変わらず落ち着いた様子だ。「これはS市だけで行われる特別な儀式ですから、お義姉さんがご存じないのも無理はありません。この金粉は塵のように細かく、肉眼ではほとんど見えないのです」理香子がほっと胸を撫で下ろそうとしたその時、萌花が言葉を継いだ。「ですが、この金粉は本物の金ではありません。高僧が白檀、サフラン、金木犀、マリーゴールドなどを調合して作った特殊な粉末なのです。金粉と呼ばれる所以は、これらの粉末が合わさることで、薄暗い場所では金のような光を放つからです」その言葉に、理香子のまぶたがピクリと跳ねた。萌花は続ける。「観音像の首が折れたのが人為的なものかどうかを知るには、宴会場の照明を消せば分かります。もし金粉がお義母様の体に光れば、お義母様が最初に箱を開けたことになり、破損は事故だったという証明になります。ですが、もし他の誰かの体が光れば……その人が悪意を持って事前に箱を開け、贈り物を破壊したということです。今日、お義母様の贈り物を平気で壊すような人間はいずれ、お義母様の食事に毒を盛るような真似をするのかもしれません
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第95話

もし本当に電気が消され、自分の体に金粉が浮かび上がれば、すべてはおしまいだ。観音像を故意に破損し、時雄たちを陥れようとした事実が、ここにいる全ての招待客の知るところとなる。そうなれば、家事を取り仕切る権限を失うどころか、激怒した須恵に屋敷を追い出されかねない。名声は地に落ち、身の破滅だ。絶対にそれだけは阻止しなければならない。理香子は顔を巡らせ、志津を睨みつけた。志津は理香子の実家の叔母であり、最も信頼できる身内でもある。理香子の凶悪な眼差しを見て、志津は即座にその意図を悟った。自分と家族の運命は、すべて理香子に握られている。息子や娘も、理香子のコネで職を得て生活しているのだ。もし理香子が小林家を追放されれば、一家の頼みの綱も断たれてしまう。志津は意を決した。彼女はそのまま須恵の前に進み出て、どさりと膝をついた。「大奥様、私でございます。観音像を壊してしまったのは、私でございます」志津は床に頭を擦り付けた。「先ほど、奥様に言われて贈り物を取りに行った際、魔が差したと申しますか……好奇心に負けて、箱の中身を覗いてしまったのです。まさか蓋を開けた拍子に観音様が滑り落ちて、机にぶつかってしまうとは……すべて私の責任でございます。大奥様、罰ならどうか私に」志津が突然土下座をして罪を被ったことに、周囲は呆気にとられた。だが、誰の目にもそれが身代わりであることは明らかである。とはいえ、名家の内情とはこういうものだ。表沙汰になれば家の顔に泥を塗るような不祥事には、罪を被る哀れな生贄が必要になる。須恵も海千山千の古狸で、裏で何が起きているかなど、鏡を見るように明らかだ。この件に長男の嫁が関わっていることは百も承知だ。身内だけなら家法で厳しく裁くところだが、今日は大勢の客がいる。これ以上恥をさらすわけにはいかない。志津が自ら罪を被りに出てきたのなら、それに乗っかるのが得策だ。「志津、あなたは二十年以上も小林家に仕えてきた人だ。家の掟は分かっているだろう。これほどの不始末をしでかしては、もうこの家には置いておけない。明日、荷物をまとめて実家へ帰りなさい」志津は床に額を打ち付け、涙を流して懇願した。「大奥様、二十年以上、誠心誠意お仕えしてまいりました。ほんの手元が狂っただけなのです。どうかお許
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第96話

理香子の言葉は巧みだ。志津もその言葉の裏にある脅しを敏感に感じ取っていた。もしこの責任を被らなければ、息子夫婦の将来はすべて潰されてしまう。それに、ただの使用人である自分に15億もの大金など払えるはずがない。どうせ払えないのなら、刑務所に入る方がマシだ。少なくとも、息子夫婦を巻き込むわけにはいかない。志津は膝をついたまま萌花の足元へとにじり寄った。「二条様、本当に悪気はなかったんです。ただの出来心で……どうか、どうかお許しください。お願いします、お願いします」志津は額が割れるほど何度も床に頭を打ち付けた。その様子を見て、理香子の瞳の奥に冷酷な笑みが浮かんだ。時雄があのような提案をしたのは、志津に黒幕である自分を告発させるためだということは分かっている。だが彼らは知らないのだ。志津の夫や子供たち、一族全員の生活と将来が、自分の掌中にあるということを。自分を裏切ることなど、できるはずがない。今、志津は必死に萌花に慈悲を乞うている。もし萌花がこれ以上追い詰めれば、冷酷で情け容赦のない女だと陰口を叩かれるのは彼女の方だ。時雄が口を開いた。「志津、金が返せないのは仕方ないとしても、過ちを犯した以上、それ相応の代償は払ってもらわなければな」時雄はテーブルの上にある箸を一本手に取ると、無造作に志津の目の前に放り投げた。「観音像を壊した方の手を、その箸で突き刺せ。そうすれば、この件は水に流してやろう」時雄は薄く笑った。「もちろん、もしあなたがやったんじゃないなら話は別だ。いい歳をして、他人の罪を被る必要はないと忠告しておくよ」志津は呆然とした。時雄様は、箸で手のひらを貫けと言っているのだ。彼女の瞳は恐怖に染まり、震えながら理香子の方を見た。理香子の顔色も真っ白になった。まさか時雄がここまで執拗に追い詰めてくるとは思わなかったのだ。テーブルの下で握りしめた手が止まらない震えを帯びている。志津は高齢だ。賠償金なら泣きついて誤魔化せても、身体への拷問となれば耐えられる保証はない。案の定、志津は再びすがるような目を向けてきた。「奥様、お助けください……」理香子は即座に立ち上がり、罵声を浴びせた。「志津!私を見てどうするの。私とは何の関係もないでしょう。日頃いつも親切にしてあげて、子供たちの就職まで世
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第97話

その腕輪の価値は、単なる金銭的なものに留まらない。それは一族の歴史と承認の証なのだ。代々、当主の妻だけが受け継ぐことを許された、言わば「奥」を取り仕切る権力の象徴である。長年、喉から手が出るほど欲しかったその腕輪が、今まさに、小林家に足を踏み入れたばかりの新参者の手首に収まっている。これまでの自分の献身と苦労は一体何だったのか。理香子は、奥歯が砕け散るほど強く噛み締めた。だが、先ほどの騒ぎがあったばかりだ。下手に口を開くわけにはいかない。彼女は助けを求めるように、車椅子の夫へと視線を向けた。しかし弘武は相変わらず薄ら笑いを浮かべ、酒をちびちびと舐めているだけだ。まるで今夜の出来事が、自分とは何の関係もないとでも言うように。妻の窮地も恐怖も彼には見えていないし、彼女のこれまでの苦労など眼中にない。ましてや、彼女が苦境に立たされた時に、矢面に立って守ってくれることなどあり得ないのだ。理香子の胸に堪え難い虚しさと痛みが込み上げてきた。一方、萌花はまだ腕輪を押し返そうとしていた。すると時雄が口を挟んだ。「受け取りなさい。母さんの気持ちだ」須恵の決意は固い。衆人環視の中、これ以上拒むのは無粋というものだ。萌花はひとまずそれを受け取ることにした。その光景を目の当たりにしたはなは、心穏やかではなかった。彼女はふと横にいる来希を見た。来希はグラスを持つ指先が白くなるほど、強く力を込めていた。その姿から、彼がどれほど深い憎しみを抱いているかが痛いほど伝わってくる。それを見て、はなの気は少し晴れた。はなはグラスを手に取ると、自ら須恵のもとへと歩み寄った。「お祖母様、お誕生日おめでとうございます。乾杯させてください。いつまでも健康で、長生きしてくださいね」須恵ははなを見て、感慨深げに目を細めた。「はな、長いこと帰ってこなかったけれど、いつの間にか妻になり、母になったんだねぇ」はなは愛想よく答える。「お祖母様、立場が変わっても、いつだってお祖母様の一番の孫娘ですよ」須恵の顔に笑みが戻る。「よしよし、はなは孝行者だね」はなは乾杯を終えても立ち去らず、手酌でもう一杯注いだ。「叔母様、この場を借りて、叔父様と叔母様にも乾杯させてください。ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに」萌花ははなを見つめた。ある意
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第98話

パーセクテックの技術責任者といえば、極めて重要なポストだ。それを三年間も主婦をしていた女に任せるなど、正気の沙汰とは思えない。萌花自身も驚きを隠せなかった。自分は技術部で働きたいとは言ったが、責任者になりたいなどとは一言も言っていない。それに、現場を離れて久しい自分が、いきなりそんな大役を担えるはずがない。だが、時雄が自分の顔を立てようとしてくれているのは分かっていたので、彼女はあえて口を挟まなかった。はなは数秒間凍りついた後、引きつった笑みを浮かべて「おめでとうございます」と絞り出し、逃げるように席に戻っていった。しかし、時雄のこの発言に対し、光代が黙ってはいなかった。「時雄、パーセクテックはあなたの管轄だけれど、私の手掛けているいくつかのプロジェクトとも密接に関わっているわ。だから黙って見過ごすわけにはいかない。技術責任者がどれほど重要な戦略的ポストか分かっているの?何も知らない素人をいきなり将軍の座に据えて軍配を振るわせるなんて、長年心血を注いできた開発チームへの冒涜よ。会社は戦場なのよ。女のご機嫌取りのために、火遊びをする場所じゃないわ」光代の言葉は鋭利な刃物のようだ。小林家において、光代と時雄が拮抗し合っていることは周知の事実だ。「姉さん、萌花は素人じゃない。僕と同じく竜鱗プロジェクトの選抜メンバーだ。専門能力に関して言えば、間違いなく僕より上だよ」光代は、時雄が萌花をそこまで高く評価するとは思ってもみなかった。竜鱗プロジェクトについては彼女も知っている。そのメンバーのほとんどが、今やテクノロジー業界を牽引するエリートたちだ。中にはユニコーン企業を創設した者も少なくない。それでも、光代はこの人事が単なるおふざけにしか思えなかった。「それでも反対よ。パーセクテックの前の技術責任者は百年に一人の天才だったわ。辞めて独立した後、自ら会社を立ち上げ、今や我が社の最大のライバルになっているじゃない。長年、多くの人材を面接しても適任者が見つからなかったというのに、いきなり実績のない新人を、しかも自分の妻を任命するなんて。公私混同も甚だしいわ」「姉さんも言った通り、あのポストはずっと空席だった。空けておくくらいなら、適任だと思う人間に任せて何が悪い?それとも、姉さんにはもっと適任者がいるとで
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第99話

二人の賭けを見て、はなは胸を撫で下ろした。もし萌花がパーセクテックの技術責任者になろうものなら、殺されるよりも苦痛だ。光代叔母様が口を出してくれて本当によかった。シャドウといえば、業界公認の天才であり、そのコードが博物館に展示されるほどの唯一無二の神だと言える。萌花ごときがその名を口にするだけでも、神への冒涜というものだ。さて、どんな無様な結果になるか、高みの見物といこう。晩餐会はようやくお開きとなり、招待客たちが三々五々、帰路についていく。本来なら、理香子が客の見送りを担当するはずだが、宴席が終わった直後、理香子は須恵の部屋に呼ばれ、それきり姿を見せていない。客が全員帰り去るまで、誰も彼女の姿を見ていなかった。萌花と時雄が帰ろうとした時だ。時雄がふいに言った。「ちょっと理香子義姉さんに挨拶してくるよ」萌花は尋ねた。「お義姉さんなら、とっくに自分の部屋に戻ったんじゃないの?」時雄は首を横に振った。「いや、仏間で罰を受けている」萌花は驚いた顔を見せたが、すぐに納得した表情に戻った。考えてみれば当然だ。今日の首の折れた観音像の一件、志津が理香子の身代わりになったことなど、見る人が見れば一目瞭然だ。海千山千の須恵が気づかないはずがない。あの翡翠の腕輪は自分に対するなだめであり、補償だったのだろう。だが、事が済んだ後に、きっちりと罰を与えるあたりはさすがだ。「今さら会いに行ってどうするの?」時雄は意味ありげに笑った。「ちょっと頼み事があってね」「頼み事?」「秘密だ」時雄の悪戯っぽい笑顔を見て、萌花はろくでもないことだろうと直感した。ほどなくして、時雄は仏間へと足を踏み入れた。堂内の中央で、理香子が座布団の上に跪いていて、その顔は涙で濡れ、悔しさに歪んでいた。その時だった。仏間の灯りが突然、すべて消えた。あたり一面が闇に包まれる。理香子はぎょっとして立ち上がろうとした。その拍子に、ふと自分の服に目を落とした。こめかみの血管が、ドクンと激しく脈打った。金粉なんて……どこにもない。自分の体には、光るものなど何一つ付着していなかった。理香子の体は石のように固まった。一つの可能性が脳裏に稲妻のように走った。すべてを悟った瞬間、彼女の胸の奥から業火のような怒りが噴き出した
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第100話

その声には、隠しきれない皮肉が込められていた。「よくもまあ、ぬけぬけと……散々、人前で恥をかかせた挙句、お義母様の信頼まで奪っておいて。おまけに、あの家宝の翡翠の腕輪まで手に入れたんでしょう?今さら猫なで声で近づいてきて、何のつもりですか?偽善者ぶるのもいい加減にしてちょうだい」「義姉さん、誤解しないでください。僕はずっと義姉さんのことを尊敬していたんですよ。この家のために義姉さんがどれほど尽くしてきたか……ちゃんと見ていましたし、感謝もしています」その言葉に、理香子は押し黙った。時雄は続ける。「今日の義姉さんの行動も、元はといえば、理不尽な状況への憤りからきたものでしょう。長年、この家を完璧に取り仕切り、身を粉にして尽くしてきたのに、誰もそれを当たり前だと思って感謝もしません。そこへ僕が結婚し、心ない連中が新しい嫁が実権を奪うなどと噂を立てました。義姉さんが不安に駆られ、あのような強硬手段に出たのも無理はありません。誰だって、そんな仕打ちを受ければ我慢できませんよ」理香子の鼻の奥がツンとした。彼女はずっと、この家のために尽くしてきた。特に須恵への孝行には心を砕き、毎日の食事だって、調理場に張り付いて栄養バランスを考えた薬膳料理を作らせてきたのだ。だというのに、家族の誰もがそれを嫁の務めとして当然のように受け入れ、労いの言葉ひとつかけてくれたことがない。それを今、よりによって時雄の口から聞かされるとは。理香子の胸に、何とも言えない複雑な感情が広がっていく。「……一体、何が言いたいのです?」「義姉さん、約束しますよ。妻が義姉さんから家を取り仕切る権限を奪うことは決してありません。それどころか、新たにファミリー基金を設立しようと考えているんです。各家の人数に応じて、一人につき月四千万円の手当を支給する制度です」「弘武兄さん一家は人数が多い。これは、長年苦労をかけてきた義姉さんへの、小林家からの感謝と還元のしるしだと思ってください」その提案に、理香子は耳を疑った。人数に応じて、一人につき月四千万円?彼女は信じられないといった様子で問い返した。「はなも入るのですか?」「もちろんです。はなだけでなく、夫の幸田さんも、あの子供も対象ですよ。この家の一員である限り、金は支給されます。それに、この金はすべて義姉さんの口
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