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Lahat ng Kabanata ng 断ち切るのは我が意: Kabanata 321 - Kabanata 330

373 Kabanata

第321話

満が隼人の肩を軽く叩いた。「隼人、俺の聞き間違いじゃないよな。二条さんって、チーフのことだよな?」隼人も眉間にしわを寄せている。以前、彼は萌花に彼氏がいるのかと聞いたことがある。そのとき萌花は、自分は二度目の結婚だと言った。二度目の結婚。まさか、その相手が社長だというのか。考えれば考えるほど、現実味がない。そのとき、須恵が再び口を開いた。「あとの質問には、本人たちから答えてもらいます。聞きたいことがあれば、どうぞお尋ねください」そう言い残すと、須恵は席を立ち、会場を後にした。ちょうどそのころ、萌花と時雄も会見場の入口に姿を見せた。人々は自然と左右に分かれ、二人のために道を空けた。技術部の面々は、萌花の姿を見た瞬間、そろって目を見開いた。「うわ、マジでチーフだ。社長夫人なのかよ」「これから何て呼べばいいんだ?チーフ?それとも奥様?」「社長、しょっちゅう技術部に来てたのに、全然気づかなかった。いや、分かるわけないって」「でもさ、社長って前は技術部にほとんど来なかったよな。二条さんが来てからだろ、技術部が社長室みたいになったの」萌花と時雄は、長い会議テーブルの前に並んで腰を下ろした。記者たちは待っていたとばかりに詰め寄り、質問が一斉に飛んでくる。「小林社長、蓮さんとは同性のパートナー関係にあると報じられていますが、事実ですか」「蓮さんは以前、精神的に不安定な状態だと報じられました。一部では、資本側に囲い込まれ、あなたの都合のいい存在にされていたことが原因で、心を病んだのではないか、という声もあります。この点についてはどうお考えですか」「今になって結婚を公表されたのは、これまでの疑惑を隠すためではないのですか」質問はどれも容赦がなく、しかも、そのほとんどが蓮を絡めたものだ。映画賞を取った人気俳優である蓮の注目度は圧倒的で、彼の名前が入るだけで、ニュースは簡単に大きく拡散される。時雄は何も言わず、婚姻届受理証明書の写しをテーブルに置いた。記者たちのカメラが一斉に寄ってきた。そこには、三か月前に時雄と萌花の婚姻届が受理されたことが明記されている。さらに会場のスクリーンには、婚姻届を出した日に撮った二人の写真が映し出された。写真の中の時雄は、普段の冷たい雰囲気とはまるで違い、萌花の
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第322話

理由はいくつかある。まず、相手は芸能人ではない一般女性で、出回っていたのは横顔のぼやけた写真だけで、身元を特定するのは難しい。それから、蓮が一般女性との交際を認めた直後、一部の過激なファンから激しい反発を受けた。その後すぐに、蓮が錯乱したような状態で映っている動画が流出した。当時、世間の関心はすべてそちらへ移ってしまった。だが今になってこの話が掘り返されたことで、記者会見の場に新たな火種が投げ込まれた形になった。「二条さん、蓮さんとの交際が公になった時点で、すでに小林社長と結婚されていたということですか。つまり、二股なのでしょうか」「二条さん、小林社長と蓮さんという二人を相手に、いったいどういう関係を築いたのですか」「二条さん、あなたは小林社長と蓮さんの関係を隠すための、隠れ蓑だったのではありませんか。表向きはどちらかの恋人ということにして、実際にはお二人が恋人同士で、必要なときだけ、あなたを盾にしていたのでは?」「二条さん、結局、三人はどういう関係なんですか」そのとき、誰かが以前の写真を探し出し、萌花の目の前へ突きつけた。記者たちは、逃げ場を与えないように次々と質問を重ねてきた。ここまで話が広がってしまった以上、萌花にはもう簡単に否定することもできなかった。無理に否定すれば、記者たちはさらに深く追及し、かえって厄介なことになる。かといって、蓮とはただの友人だと言い切るにも無理だ。一緒に山あいの温泉地へ行ったことは説明がつかないし、何より蓮自身が、あの写真の女性を「一般女性の恋人である二条さん」だと認めている。もう、逃げ道はない。「その写真に写っているのは、私ではありません。双子の妹の萌絵(もえ)です」萌花はその場で話を作り始めた。そうでもしなければ、蓮との関係を追及され、時雄との結婚まで疑われることになる。もちろん、人々はすぐには信じなかった。萌花は続けた。「写真をよく見てください。萌絵の腕に桜のタトゥーのようなものがあるはずです」そう言って、萌花は自分の腕を見せた。左右どちらの腕にもタトゥーなどない。白くなめらかな肌が見えるだけだ。萌花がこの言い訳を思いついたのは、さっき目の前に突きつけられた写真を見た瞬間だった。写真の中の彼女は、ノースリーブのブラウスを着ていて
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第323話

記者もさすがに気まずそうな顔をした。コメント欄を埋め尽くしているのはお祝いの声ではない。【結局、蓮さんとはどういう関係なの?】【やっぱり男が好きなんじゃないの?】と、疑う声が次々に流れていた。相手が蓮という人気俳優であるうえに、社内関係者を名乗るコメントまで出ている。そう簡単に納得する空気ではない。萌花と時雄の視線も、画面いっぱいに流れるコメントへ向いた。その空気は、会場にも広がっていって、会場にいる記者たちも、見物に来ていた社員たちも、次第に面白がるように声を上げ始めた。「キスして!」「キスして!」その声が、会場のあちこちから重なっていて、時雄が立ち上がった。その表情からは、怒っているのか、何を考えているのか分からない。萌花は彼が腹を立てたのだと思った。そもそも今日の記者会見は、二人とも望んで出ているわけではない。萌花も立ち上がった。時雄がこの場を去るなら、自分も一緒に出ていくつもりだ。この二時間、夫婦を演じ続けるだけでもう十分疲れ切っている。ところが時雄は、記者たちへ向かって低く言った。「撮るなら、はっきり撮ってください」次の瞬間、彼は萌花のほうへ向き直って、両手でその頬を包み込むと、ためらいなく唇を重ねた。最初の数秒、萌花は完全に固まっていた。時雄のキスはあまりに急で、あまりに強くて、息をすることさえ忘れてしまうほどだ。けれどすぐに萌花は理解した。時雄は、最後まで夫婦を演じ切るつもりなのだ。だから萌花も拒まなかった。長いキスが終わり、ようやく時雄が唇を離した。萌花が目を開けると、時雄の目には、抑えきれない未練がにじんでいた。その一瞬、萌花は思わず現実感を失いそうになった。けれど次の瞬間、彼が記者たちへ向き直ると、その熱は跡形もなく消えていて、ただ声だけはわずかに掠れている。「これで十分ですか」会場は静まり返った。さっきのキスは、芝居でどうにかなるようなものではない。ドラマでさえ、あれほどの熱を演じ切るのは難しい。皆もが息をのんで、ただ二人を見つめている。一方で、配信のコメント欄は完全に沸き立った。【今のキス、色気やばすぎ。小林社長、どう見てもノンケじゃん。まだゲイとか言う人いるの?】【心理学やってる者だけど、今の微表情と動き見れば分かる。
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第324話

「また約束を破るつもりですか」「その口のきき方は何なの。蓮がどこにいるか知りたいなら、蓮の近くにいる人間に聞けばいいでしょう」そう言うなり、須恵は怒ったように電話を切った。小林グループの社長室。電話が切られて、時雄の表情は暗くなった。萌花はすぐそばに立っている。「どうしたの。大奥様、蓮さんを返す気がないんですか」時雄は、どこか引っかかるものを感じていた。「もう一度、電話する」そう言って、今度は真紀に電話をかけた。「湯川さん、蓮は今どこにいますか」真紀は少しためらったように、言葉を濁した。「実は……蓮は今、日向村にいます。ついて来るなって言われたんですけど、紗夜さんが無理についてきました」時雄はそこで、ようやく状況を理解した。須恵は蓮をどこかへ閉じ込めていたわけではく、蓮の動きはすべて把握しているのだ。「湯川さんは、その監視役ですね。母のために蓮の様子を見張っていたんでしょう」そう問いかけたが、時雄の中ではもう答えは出ている。真紀はしばらく黙っていたが、やがて気まずそうに口を開いた。「監視役とは言えないと思います。須恵様は、蓮をどうこうしようとしていたわけではないんです。蓮が芸能界に入るときも、須恵様が道を作ってくださいました。仕事の面でも、資金の面でも、相当助けていただいています。……そうでなければ、どれだけ才能があっても、今まで来るのは難しいと思います。ただ、蓮の行き先や、あなたと会うこと、治療の経過については、定期的に須恵様へ報告することになっていました。それが、当時の唯一の条件だったんです。私が蓮と知り合ったのが先でした。その後、須恵様からお話があって、条件を提示されたんです。当時の私は、その申し出を断れる立場ではありませんでした。ただ、ここ数年、特にこの二年ほどは、須恵様の言いなりになるわけではありません。私自身、蓮を本気で支えてきたつもりです。ただ今回は、須恵様に頼まれて……芝居に協力しました。蓮に休養へ行くよう勧めて、しばらく居場所を伏せてほしいと」時雄は通話をスピーカーにしているから、萌花にもその話はすべて聞こえた。真紀まで須恵とつながっているとは、萌花には想像もできなかった。それでも、蓮が無事で、日向村で休んでいると分かったことには、胸をなで下ろした。電話
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第325話

その瞬間、萌花の心臓が止まったような気がした。「危ない!」向かってくる車は、あまりにも速い。しかし時雄はすぐにアクセルを踏み込み、ハンドルを切って、車が間一髪でワゴン車をかわした。しかし、ほっとする間もなく、一度速度を落としたはずのワゴン車がそこで向きを変え、再びこちらへ突っ込んできた。そのとき、萌花も時雄もようやく気づいた。これはただの事故ではない。あの車は、明らかに二人を狙っているのだ。それを理解した瞬間、時雄の目つきが変わった。時雄は運転に慣れているから、追ってくるワゴン車の動きを見切ると、ぎりぎりのところでハンドルを切り、相手の進路を誘導するようにかわした。次の瞬間、ワゴン車は道路脇のガードレールに激突し、大きな衝突音が響き、ようやく車は止まった。時雄も車を停めて、降りた。萌花はまだ体が震えていたが、すぐにスマートフォンを取り出し、警察へ通報した。それからワゴン車のほうへ向かった。ワゴン車の運転手はかなりの重傷だ。砕けたフロントガラスで顔を深く切ったらしく、目元まで血に染まっている。事故現場には、すぐに人だかりができた。ほどなくして、救急車とパトカーがほぼ同時に到着した。萌花と時雄は警察署へ行き、事情を聞かれることになった。警察は周辺の防犯カメラも確認した。映像には、ワゴン車が明らかに二人の車を狙って突っ込んでくる様子が写っている。しかも一度目の衝突を避けられたあと、再び向きを変えて突っ込んできている。警察も、単なる事故ではなく、二人を狙った事件として見ている。けれど萌花も時雄も心当たりがない。警察官が尋ねた。「最近、誰かと揉めたり、恨みを買ったりした覚えはありますか」萌花と時雄は顔を見合わせて、すぐに思い当たる相手はいない。少なくとも、命を狙われるほどの相手には心当たりがない。「となると、運転手の回復を待つしかありませんね」運転手はかなりの重傷で、病院に搬送されたあとすぐに処置を受けた。命に別状はないものの、意識はまだ戻っていないという。ただ、萌花と時雄が警察署を出る前に、運転手の身元は判明した。ワゴン車を運転していたのは、佐川健一(さがわ けんいち)という男だ。警察は二人に、佐川健一という名前に心当たりがあるか尋ねた。しかし萌花も時雄も、その名前にはま
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第326話

時雄が口を開いた。「海外の口座だ。誰の口座なのかまでは、まだ特定できていない。どうやら相手は、かなり前から準備していたらしい。健一の奥さんのほうからも、これといった情報は出ていない。今日になって突然、口座に四千六百万円が振り込まれていて、健一から電話でこれはお前と子どものための金だと言われただけだそうだ。それ以上は、何も話さなかったようだ」手がかりは、そこでぷつりと途切れた。萌花はしばらく考え込んだあと、静かに言った。「となると、健一が目を覚ますのを待つしかないね」いったい誰が、自分たちを狙ったのか、萌花にはどうしても分からない。相手が本当に狙っていたのは、自分なのか、時雄なのか。それとも最初から二人まとめて消すつもりだったのか。翌日。翌朝早く、時雄がやって来て、健一が目を覚ましたと知らせるためだった。健一は意識がはっきりしており、すでに病院で警察の事情聴取を受けているらしい。警察からは、萌花たちにも病院へ来て調査に協力してほしいと連絡が入った。萌花は時雄の車で病院へ向かった。病室では、健一がベッドの上に身を起こしている。顔は包帯で覆われ、片方の目だけがかろうじて見える。体につながれていた管もほとんど外されている。医師の話では、今の容体は比較的安定しているという。骨折が数か所あり、片方の目にも傷を負っていて、脳震盪も軽くはない。それでも医師の話では、しばらく安静にしていれば命に別状はなく、回復も見込めるということだ。健一の元妻も病室にいる。警察は健一に事情を聞いているが、健一はただ天井を見つめるばかりで、どれだけ問い詰められても口を開かなかった。「佐川さん、なぜ車でこの二人に突っ込んだんですか。ご自身の判断ですか、それとも誰かに指示されたんですか。あなたの口座に入った四千六百万円は、誰からの金なんですか」健一は黙っていて、ただ天井を見つめている。元妻は、見るからに素朴な女性で、かつて苦楽をともにして、それでも最後には失望させられた相手を前にして、怒りとやるせなさが入り混じった顔をしている。「もう隠さないで、全部話して。あんなお金、私はいらないわ。受け取っても一生苦しむだけよ。あんた、いったい何をしたの。どうして人を殺そうとするような真似をしたの。何をしたのか、全部警察に話して。罪
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第327話

萌花にとっても、こんなことは初めてで、怖くないはずがない。足がすくむほどの恐怖が、胸の奥からこみ上げてくる。それでも、萌花は前へ進んだ。時雄は何かに気づいたらしく、声をかけた。「萌花、どうした?」萌花は顔を背けるようにして言った。「腕時計……何か、おかしい気がする」警察は証拠品として腕時計を外し、萌花の前に差し出した。「二条さん、この時計がどうかしましたか」萌花は吐き気をこらえながら、腕時計を確かめた。そして、胸の奥がすっと冷えた。「これは普通の腕時計じゃありません。小型のピンホールカメラです。彼はずっと監視されてたんです。彼は自分の意思で飛び降りたんじゃなく、脅されたか、追い詰められたかしたんだと思います」警察官は驚いた顔をした。「なぜ、そんなことが分かったんですか」見た目は、どこにでもある古い腕時計にしか見えない。時計の内部に普通ではありえない部品が組み込まれている。そこに萌花が違和感を覚えた。しかも、彼女のスマートフォンはそこから発せられる微弱な信号を捉えた。萌花は以前、日向村で服に小型カメラを仕掛けられたことがある。それ以来、自分で専用の検知プログラムを作った。半径二メートル以内にある小型のピンホール型監視装置に反応し、スマートフォンに警告が出る仕組みだ。さっき萌花は病室に入っていなかったため、その時点では反応しなかった。だが健一が目の前に落ちてきた瞬間、彼女のスマートフォンがはっきりと警告が出てきた。しかも萌花のスマートフォンには、検知した装置に強制アクセスするための機能まで仕込まれた。健一の腕時計の奥で小さな緑の光が規則的に点滅していて、それを見た瞬間、萌花はスマートフォンとの接続が成立したのだと分かった。萌花の胸に、ひどく嫌な予感が広がっていく。彼女はその場で腕時計を分解し、米粒ほどの小さな監視チップを見つけた瞬間、萌花の顔から血の気が引いた。萌花はふいに口を開いた。「……あの人だ」時雄がすぐに尋ねた。「誰だ?」「相沢愛莉」時雄も、その名前には聞き覚えがある。蓮に異常な執着を抱く過激なファンである。萌花は続けた。「この前、日向村にいたとき、あの人は私の服に小型の監視カメラを貼りつけた。そのせいで、玉城さんが発作を起こしたときの
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第328話

萌花と時雄たちが蓮の家ついた時、家の中には、明かりがついていた。もう夜になって、萌花と時雄はそのまま家の中へ駆け込んだ。蓮と紗夜はちょうど夕食を取っているところで、外で騒がしい音がして、二人も何事かと窓を開けようとした。そこへ、萌花と時雄、さらに警察たちが一斉にやって来た。「どうしてここに?」紗夜は訳が分からないという顔をした。二人が無事でいるのを見て、萌花と時雄はようやく息をついた。時雄が口を開いた。「無事でよかった。間に合ったみたいだな」紗夜が眉をひそめた。「いったいどういうこと?」蓮が退院してから、萌花は一度も彼に会っていない。けれど今見るかぎり、彼は思ったより落ち着いているようだ。蓮は萌花を見ると、かすかに笑った。「萌ちゃん、会いに来てくれたの?」萌花は、この二日間に起きたことをすべて話した。萌花と時雄が危うく車に突っ込まれそうになったと聞いた瞬間、紗夜と蓮の顔色が変わった。蓮は強い罪悪感をにじませた。「全部、俺のせいだ」「今は自分を責める場合じゃありません。愛莉がこれで終わりにするとは思えません。あの人は、普通では手に入らないような監視装置を使って、健一を死に追い込みました。次に何をしてくるか分かりません」萌花は蓮に尋ねた。「玉城さん、この人に直接会ったことはありますか。彼女には、何か後ろ盾があるんでしょうか」あんな装置を手に入れられる時点で、ただのストーカーではない。前に警察に捕まったときも、すぐに外に出てきた。しかも、こちらが調べようとしても、身元につながる手がかりはほとんどない。けれど蓮は、静かに首を振った。「顔を見たことはない。だけど、幽霊みたいにずっと周りにつきまとっている。もう十年になる」紗夜も、その「愛莉」という女のことは知っている。その名が出た途端、紗夜の表情には軽蔑と憎しみが浮かんだ。「蓮がデビューしたころから、あるファンから一方的な好意を伝える手紙やメッセージが何度も届くようになったんです。手紙だけじゃなく、街頭ビジョンまで使って。最初、蓮は気にも留めていなかったんです。でも、その人はだんだんエスカレートしました。自分の名前まで変えて、あちこちで自分は蓮の恋人だと言いふらしたのです。蓮の個人アカウントに不正ログインして、二人が付き
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第329話

日向村を離れようとしたそのとき、近所の人が慌てて駆け寄ってきた。それは、健太と芽衣の母、美代である。ひどく取り乱した様子で、顔色も悪い。「校長先生、健太と芽衣、こちらに来てませんか?」蓮は首を振った。「今日は二人とも来ていないよ」美代の顔色がさらに悪くなった。「放課後から、二人とも家に帰ってこないんです」蓮の表情もたちまち険しくなった。二人の祖母も気が気ではない様子で言った。「村中探したんだよ。それなのに、どこにもいないんだ。いったいどこへ行ったんだろう。何の前触れもなく、急にいなくなるなんて……」蓮はそのときになって、村中の人が二人を探していることに気づいた。山奥へ入って探している者までいるそうだ。蓮の顔から温度が消えた。健太と芽衣は素直で聞き分けのいい子どもで、何も言わずに遊びに出かけるようなことは絶対にしない。きっと何かが起きた。しかも、このタイミングで蓮の頭に浮かぶのは、愛莉のことしかない。彼女はつい先日、萌花と時雄を狙って失敗したばかりだ。ならば次は、自分の身近な人間を狙ってくるかもしれない。そして健太と芽衣は、最も手を出しやすい相手だ。そう考えるのは、蓮だけではない。その場にいる全員も同じ可能性に思い至った。結局、その夜、誰も日向村を離れなく、警察も捜索に加わった。それでも、一晩中探しても、二人は見つからなかった。夜が明けても、健太と芽衣は見つからなかった。蓮の家のリビングには、徹夜で捜索にあたった人たちが重い空気のまま集まっている。美代たちは泣きはらした目をしていて、蓮もまた、強い自責の念に押しつぶされそうになった。自分さえいなければ、周りの人間がこんな理不尽な目に遭うことはない。まして、何の罪もない子どもたちだ。「いったい何が目的なのよ」紗夜は怒りを隠しきれない顔で言った。時雄が口を開いた。「向こうから必ず連絡してくるはずだ」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、蓮のスマートフォンが鳴った。受話口から流れてきたのは、ジジジという雑音をまとった、機械的に歪められた声だ。「蓮。こちらの指示どおりにしとけ。逆らえば、人質を殺す。一人で町まで来い。着いたら次の指示を出す。誰かを連れてきたり、警察をつけたりしたら、先に女の子を殺す」
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第330話

愛莉なら、本当にやりかねない。金で人を雇い、平気で萌花たちを殺そうとするような女だ。後先など考えないくせに、狡猾で、手口だけは行き届いた。だからこそ、萌花には引っかかっている。愛莉はここまでして、いったい何を手に入れようとしているのか。蓮が本当に一人で向かえば、それはみすみす罠に飛び込むようなものだ。芽衣の祖母は蓮の手をつかみ、泣きながらすがった。「先生、先生はいい人だから。芽衣と健太を助けておくれ。お願いだよ、お願いだから……」蓮は祖母を支えるようにして立たせて、その顔にはもう迷いがなかった。「大丈夫です。芽衣も健太も、必ず無事に連れて帰ります」「行っちゃだめ」紗夜の目も赤くなっている。「ほかに手はあるはずでしょ。一人で行ったら、本当に帰ってこられなくなるかもよ」蓮は紗夜に向かって、少しだけ笑った。「俺は行かないわけにはいかない。たとえ戻れなくても、地獄へ落ちることになっても、行くよ」そう言われてしまうと、誰もそれ以上は口を挟めなかった。紗夜は迷わず言った。「それなら、私も一緒に行く」「紗夜が来ても意味はない。それに、相手は俺一人で来いと言っている」その場にいる全員の胸が焼けつくように苦しかった。しかしもう時間はない。誰も、これ以上の手立てを思いつけなかった。蓮が一人で車に乗り込もうとしたとき、萌花は一つの箱を持ってきた。今日ここへ来るとき、わざわざ持ってきたものだ。萌花が箱を開けると、中にはスーツのジャケットがきれいに収められている。蓮が授賞式で着ていたあのジャケットだ。萌花は静かに言った。「この前、車に置いたままになっていました。きれいにしておきましたから、今お返しします。もう返す機会がなくなるかもしれないので」それを聞いた紗夜は、胸をえぐられたような顔をして、怒ったように声を上げた。「あなた、どういうつもりでそんなことを言うのですか。蓮はもう戻ってこないって決めつけてるのです?」けれど蓮は少しも怒らず、箱からジャケットを取り出した。そのジャケットはきれいにアイロンがかけられていて、皺ひとつない。まるで新品のようだ。ジャケットの胸元には、赤い薔薇のブローチがあり、それも、元の位置にきちんと留められている。蓮は笑って言った。「ちょうど夜風が
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