ハンドルを握る男は、少し意外そうに眉を上げた。「へえ。俺のこと、知ってるんだ」萌花は改めて目の前の男を見た。整った目元をしていて、うまく言葉にはできないが、どこか透き通った雰囲気のある人である。ガラスケースにしまわれた水晶の少年みたいで、あんなに明るく笑っているのに、どこか脆そうにも見える。萌花の視線は、彼の目尻にある小さな傷跡で止まった。花びらのような小さな痕が、目尻から斜め上へ流れている。不思議と醜くはない。桃の花びらのようでもあり、羽を広げた蝶の片翼のようでもある。むしろ、その端正な顔に、どこか妖しい色気を添えた。萌花は淡々と答えた。「今朝、知ったばかりです」今日は宝くじでも買ったほうがいいのかもしれない。朝、小春のところで彼の映画を見たばかりなのに、午後にはその本人の助手席に座っている。小春に話したら、嫉妬で殴られかねない。萌花はさらに尋ねた。「さっきはどうして助けてくださったのですか?」こんな有名人が、あんな無茶をしていいのだろうか。明日の一面を飾ることになるかもしれないのに。蓮は軽く肩をすくめた。「胃薬をもらいに病院へ来た。出ようとしたら、あのおばさんが君に絡んでるのが見たからさ。困ってる人を見たら、放っておけないだろ」あまりにも出来すぎた偶然だった。萌花には、少し現実味がないようにも思えた。それでも、深く追及するつもりはない。「今日は本当にありがとうございます。そこで降ろしてもらえますか、自分で帰りますから」蓮は、あからさまに白けた目を向けてきた。けれど顔が整いすぎているせいか、そんな表情でさえ、どこか甘えているように見える。「え、俺、けっこう大きな貸しを作ったと思うんだけど。せめて飯くらい奢ってくれてもよくない?」そして、前方を指す。「あの白嶺、ちょうどいいんじゃない?」白嶺は店の名前であり、オーナーシェフの名前でもある。海城ノ浦でもっとも謎めいていて、もっとも贅沢なレストラン。料金も桁違いで、夜のコースは一人十万円を超えることも珍しくない。萌花は眉を寄せた。「白嶺って、予約なしじゃ入れないんじゃありませんか?」蓮は口の端を上げた。「予約ならしてある。本当は自腹のつもりだったけど、今日は奢ってもらおうかな」萌花は言葉に詰まっ
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