その言葉に、萌花と時雄は同時に息をのんだ。けれど次の瞬間、時雄の目に激しい苦しみが浮かぶ。須恵がどうして自分が妊娠していたことを知っているのか、萌花には分からない。時雄は低く言った。「子どもは……もういないので」萌花の心臓は一瞬止まったようになり、次の瞬間、激しく脈を打ち始めた。須恵は萌花に目を向けた。「いつまで隠すつもり?」萌花は指先が掌に食い込むほど、強く手を握りしめた。子どものことは時雄には隠し通せたが、須恵には見抜かれた。それでも萌花は、すぐに気持ちを立て直した。「この子は私ひとりの子です。時雄との離婚協議書にも、はっきり書いてあります。時雄は、親権をすべて放棄すると」その言葉を聞いた瞬間、時雄は弾かれたように萌花を見て、目には信じられないという色が浮かんだ。彼は何かに気づいたようで、視線が萌花の下腹へ落ちた。「まさか……子どもは、まだ……」信じられないとでも言いたげに、彼は続けた。「でも、あの日、確かに病院で……」萌花はもう落ち着きを取り戻した。「あの日、階段から落ちて緊急手術を受けたのは怜よ」時雄はようやく理解した。あの日、来希がわざと彼を誤解させたのだ。本来なら、その件はいくらでも確かめられたはずだったが、当時の彼は子どものことなどもう聞きたくなくて、確かめる気にすらなれなかった。だからこそ、こんなにも残酷なすれ違いが生まれた。時雄はしばらく、自分の胸の内をどう表せばいいのか分からない。胸の中では、突然嵐が吹き荒れたように感情が乱れている。それなのに、その奥のほうでかすかに光が差したような気もした。須恵はその機を逃さず、畳みかけた。「時雄、今でも、萌花さんと離婚するつもり?」時雄が口を開くより先に、萌花が言った。「大奥様、今はもう時雄が離婚するかどうかを決める話ではありません。私がもう彼と一緒にはいられないんです。離婚についてはすでに合意していて、あとは手続きが済めば、私たちはもう夫婦ではありません。この子は私ひとりで育てます。時雄を父親として認めるつもりはありません。小林という名を名乗らせることも、小林家の人間として扱わせることもありません。もし今さら時雄が考えを変えるというなら、この子を産みません。産むか産まないかを決める権利は、
Read more