葉山グループの社員の誰一人として、想像だにしていなかっただろう。わずか三十分前まで冷ややかな表情で企画案を説いていた社長の葉山安奈(はやま あんな)が、今は夫である藤原逸人(ふじわら はやと)に組み敷かれ、骨抜きにされているなどとは。オフィスにはハイヒールとネクタイが散乱し、安奈はシャツ一枚の姿でデスクに押しつけられ、天井の監視カメラを正面から見据える形になっていた。「逸人……カメラ、止めてくれない?」安奈の瞳には涙が浮かび、その潤んだ眼差しが逸人の呼吸をさらに荒くさせた。逸人は答えず、彼女を強く抱きしめると、さらに激しい動きで問いかけに応えた。安奈の思考は一瞬でかき乱され、抗う術もなく快楽に溺れていく。二人の情事には、常に監視カメラが付きまとっていた。それは逸人の特殊な癖だった。「君を狂おしいほど愛しているから、一分一秒、すべての姿を記録しておきたいんだ」と、彼はいつも囁いていた。どれほどの時間が過ぎたのか、オフィスを包んでいた情事の余韻がようやく静まった。逸人はいつもの優しい顔に戻っていた。デスクに座る安奈の前に彼は恭しく片膝をつく。彼女の透き通るように白い足首を支えながら、レッドソールのハイヒールを丁寧に履かせていく。履かせ終えると、彼は彼女の腿を支え、その肌にそっと口づけを落とした。獲物を追い詰めるような鋭い視線で彼女を射すくめ、改めて念を押す。「安奈、カメラを勝手に消しちゃだめだよ。君の姿が見えないと、俺は狂ってしまいそうなんだ」その視線に、安奈は頬を赤らめて頷いた。デスクから降りると、床に落ちていたネクタイを拾って首に巻いた。「わかったわ。これから会社に戻って用事があるんでしょう? 早く行って」逸人が去った後、彼女は一人で呼吸を整えた。火照りが引くのを待ってから、秘書の 園田愛梨(そのだ あいり)に内線をつなぐ。「愛梨、十分後に工場の視察に行くわ。準備して」車で傘下の工場へと向かった安奈だったが、車を降りた直後、会社にいるはずの逸人の姿を目にする。不審に思った安奈が後を追うと、彼は藤原家が所有する廃工場へと入っていった。視察に来たのかと思い、錆びついた鉄扉を押し開けようとした安奈は、その隙間から逸人と瓜二つの男が中にいるのを目撃した。衝撃が走った。彼に双子の兄弟がいるなんて、一度も聞いたことがなかった。
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