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第7話

作者: 皆無
七日目、笙子の命日当日。

早朝、安奈は逸人の声で揺り起こされた。「安奈、起きるんだ。今日は大切なデートの日だろう?」

目を開けた安奈の瞳に、濁りはなかった。そこには寝起き特有の微睡みなどは欠片もなく、驚くほど澄み渡った意識だけが宿っている。彼女は静かに身支度を整えると、自らの「死」という幕引きを迎え入れるために車に乗り込んだ。

車は滑らかに走り出す。かつての幸せなデートの日々と何ら変わらない、穏やかな時間が流れていた。

十五分ほど経った頃、逸人のスマホが鳴った。彼は片手でハンドルを握ったまま、通話に出た。

「逸人、予定のコースを外れているぞ。さっきの交差点を曲がるべきだった」

ハンドルを握る逸人の手に、ぎりりと力がこもる。彼はすぐには答えず、ただ重苦しい沈黙だけが車内を支配した。

安奈はそのやり取りに息を詰め、膝の上のバッグを、指先が白くなるほど強く握りしめた。

やがて、電話越しの声がさらに低く、突き放すように響く。「逸人。笙子のことを忘れたのか?」

数秒の沈黙の後、逸人が答えるのが聞こえた。「……分かっている」

電話を切ると、彼は猛然とハンドルを切り、本来の目的地へと車を走らせた。安奈はそっと視線を落とした。胸の内は、すでに死の如き静寂に包まれていた。

車は一軒のレストランの前に停まった。客の姿はなく、どうやら貸し切りにされているようだった。

「安奈、ここは君が以前行きたいと言っていたレストランだ。ずっと忙しくて来られなかったけれど、今日ようやく連れてきてあげられたよ」

私が好んだレストランを、わざわざその顔を焼け爛れさせる処刑場に選んでくれたことに感謝すべきなのだろうか。安奈の瞳の奥に、鋭く冷徹な皮肉がよぎった。

給仕に導かれて個室へと向かう道すがら、他の個室はすべてドアが開け放たれていたが、隣の一室だけが固く閉ざされていた。安奈の眼光が暗く沈む。あの中に、逸斗が囚われているのだろうか。

この食事がまるで早送りの映像を見ているかのように、実感を伴わずに過ぎ去っていった。逸人もまた、明らかに心ここにあらずといった様子で、食事の途中で唐突に切り出した。「ちょっとお手洗いに行ってくるよ」

いよいよ始まると確信し、安奈は静かに頷いた。逸人は部屋を出ると、ドアを閉めた。

安奈は箸を置き、窓の外をじっと見つめながら、その時を待った。

五分後、ドアの隙間からもうもうと黒煙が漏れ出し、瞬く間に室内を埋め尽くした。

彼女は口と鼻を覆い、身を屈めてドアを開けようとしたが、外側から鍵が掛けられていることに気づいた。これほどの火勢、本当に「顔が焼け爛れる」程度で済ませるつもりなの?

彼女の瞳には、冷徹な皮肉と深い悲哀が滲んでいた。容赦なく黒煙が襲いかかり、視界は断続的に暗転していく。肺を突き刺すような苦しさに、彼女はその場に力なく膝をついた。

朦朧とする意識の中で、安奈はドアから最も遠い隅へと這い進み、入り口をじっと見つめていた。まるで、何かを待ちわびているかのように。

かつて拉致された際、死線の中からドアを蹴破って自分を救い出してくれたのは、他ならぬ逸人だった。あの時、彼は彼女を強く抱きしめ、こう誓ったのだ。「安奈、もう二度と、君をこんな危険な目に遭わせたりはしない」

燃え盛るドアが無残な音を立てて崩れ落ちた。ようやく視界が開けたその先に、かつてのように命を懸けて自分を救い出してくれるヒーローの姿はなかった。そこに広がっていたのは、ただ荒れ狂う火炎の舌。彼女の顔を焼き焦がさんばかりの、容赦ない熱風だけが吹き抜けていく。

瞳に宿っていた最後の光が、ふっと消えた。安奈は抗うのをやめ、ゆっくりと瞼を閉じた。

これでいい。

逸人、私たちはもう二度と、相まみえる必要はないのだから。

レストランの上空には、おぞましいほどの黒煙が激しく立ち昇っていた。逸人は友人たちと共に離れた場所に立ち、その光景を静かに見守っていた。

逸人は腕時計をじっと見つめていた。やがて分針が文字盤を半周したその時、彼はスマホを取り出し、火事を通報しようとした。隣にいた友人がすかさずその手を掴み、制止する。「逸人、何をするつもりだ?」

「三十分だ。これだけ時間が経てば、彼女の顔を焼け爛れさせるには十分だろう。火元に縛り付けておいた逸斗も、今頃はもう事切れているはずだ」逸人は友人の手を荒っぽく振り切ると、素早く電話をかけた。

通報を受けて消防隊がすぐに駆けつけ、消火活動は三十分ほど続いた。

廃墟の中から、消防員たちが白布を掛けられた担架を静かに運び出してきた。その布の隙間からは、無残にも炭化し、もはや人の形を留めていない遺体の輪郭が覗いていた。

逸人は、心臓を鋭く突き刺すような言い知れぬ不安に駆られ、なりふり構わず担架へと駆け寄った。「これ一人だけか?中に女がいたはずだ。もう一人の女はどこにいる!」

消防員は困惑した表情で彼を見た。「救出されたのは、このお一人だけです。あなたが仰っている女性なら、今この担架の上に横たわっている遺体のことでしょうが」

逸人は、頭上から雷撃を浴びせられたような衝撃に打ちのめされた。血の気が引き、凍りついた瞳で目の前の白布を凝視する。

「……何だと?」

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