All Chapters of 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~: Chapter 531 - Chapter 540

748 Chapters

第531話

雪枝の瞳には怒りが透けて見えたが、その顔には焦燥の色が色濃く浮かんでいる。裕也はといえば、気にも留めない様子で雪枝を見下ろしている。背筋を真っ直ぐに伸ばしたその姿は、優雅でいて余裕に満ちていた。対照的に、雪枝の感情の激しさがより一層際立っている。「裕也、あなたに言っているのよ。聞こえているんでしょう、早くあの人を渡しなさい」裕也は相変わらず淡々とした表情を崩さず、しばらくしてようやく口角を上げ、嘲笑うように口を開いた。「母さんがわざわざここまで上がってきたのは、赤の他人のためだか。それに、俺が居場所を知っていると、どうして決めつけるんだ」雪枝は怒りで顔を真っ赤にする。当然、裏を取った上で来ている。でなければ、わざわざ乗り込んできたりはしない。ここ最近、裕也は自分に対する当てつけのような真似を繰り返している。当初は、ただ絵里の機嫌を取り、水原グループの産業を手に入れるためだと思っていた。だが今となっては、母親である自分を明確に標的にしているとしか思えない。いや、そもそも母親としてすら見ていないのだろう。この五年間、裕也の態度は冷たくなる一方だった。最初は単に彼の性格のせいで、母親である自分と親しくなれないだけなのだと解釈していた。「とぼけるのもいい加減になさい、裕也。確証がなければ、あなたを問い詰めたりしないわ。今、藤原グループでこれほど大きな問題が起きているのよ。世間の目も光っているというのに、これ以上問題を起こすつもりなの?」雪枝は怒声で問い詰める。その顔は怒気で朱に染まっていた。寧々はすでに見捨てられ、今や生死すら定かではない。界隈では、藤原が裏で手を引いて彼女を逃がし、あのような逃亡劇を仕組んだのだと噂されている。今やどこへ行っても話題の中心は藤原であり、郁江の一件すら、寧々の脱獄と死亡騒動にかき消されつつある。このタイミングで藤原に何か問題が起き、悪評が立てば、藤原家にとって致命傷になりかねない。雪枝には、裕也が本当に何も気にしていないなど到底信じられなかった。「母さんが藤原の体面を気にするというなら、藤原の利益を損なうような真似を二度も三度もするべきではなかっただろ」裕也の眼差しは鋭く冷酷だ。瞳の奥には強烈な怒りが抑え込まれており、今にも爆発しそうである。普段の
Read more

第532話

だが、社長のあの言葉はあながち間違ってはいない。この世界で、社長を脅迫できる人間など本当に存在しないのだ。前回だって、千枝様の死が奥様に関わることであり、奥様がショックに耐えきれず思い詰めるのではないかと社長が危惧したからこそだった。そうでなければ、社長が郁江に妥協し、あの夜に奥様との婚姻の事実を公表しないなどあり得なかった。結局、郁江はあんな末路を辿ることになった。過去の悪事をすべて暴露され、彼女自身にとっても星野家にとっても致命的な打撃となり、星野グループの株価は数日にわたって乱高下した。……絵里はオフィスに戻り、寛治からの手がかりを失った場合、自分に何ができるかを考え始める。そんな時、思いがけず和也の方から電話がかかってくる。会いたい、という誘いだ。父の死の真相をどう調査すべきか頭を抱えていた矢先だったため、もちろん応じることにする。約束の時間は午後六時。場所は、かつて二人がよく通っていたカフェだ。絵里がそこへ向かう途中、裕也から電話がかかってくる。「仕事は終わった?迎えに行くよ」裕也の温和な声は、昔と何も変わらない。絵里の記憶の中の彼は、いつもこうして優しく、自分に対して怒ることなど永遠にないように思える。感情の波がなく穏やかな恋人は、誰もが夢見る存在だ。そして裕也こそが、まさにそのように穏やかで、物事を理路整然とこなし、大人の余裕を持つ男だ。寛治が誰に連れ去られたのかを突き止めるまでは、修司の言葉に惑わされて裕也を疑うべきではないと絵里は思っている。「ちょうど少し用事があって、もう会社を出ちゃったの」その言葉を聞いて、裕也は微かに眉をひそめた。「どんな用事?手伝おうか」「ううん、大したことじゃないから。一人で大丈夫」絵里はそう言って電話を切った。これ以上話せば、裕也に何か勘付かれるのではないかと恐れているからだ。何しろ、彼の洞察力はビジネスの嗅覚と同様に驚異的だ。車の後部座席に座る裕也は、電話を切られて眉を寄せる。「絵里が今夜誰と会うのか調べろ」健は余計なことを聞く勇気などなく、社長の命令に大人しく従うしかない。十分も経たないうちに、健は情報を掴んだ。絵里の今夜のスケジュールは空いており、クライアントと会う予定など存在しない。裕也は目を細め、思考を巡
Read more

第533話

絵里は心臓が小さく跳ねるのを感じるが、表情には一切出さない。目の前のコーヒーを静かにかき混ぜながら、伏せ目がちに思考を巡らせる。「ああ、分かった」ほどなくして和也は通話を切り、目を伏せると同時に、その瞳に暗い影を落とした。「絵里」再び顔を上げた和也が声をかけ、絵里も視線を向ける。「どうしたの?」和也は無理に作ったような微笑を浮かべた。「俺に何かしてほしいことはあるか?言ってみてくれ。俺にできることなら、何だってするよ」絵里は彼の顔色を窺う。今の彼はすっかりいつもの様子を取り戻し、何事もなかったかのように振る舞っている。雪枝からの電話で、一体何を言われたのかは定かではない。だが、父の件について単刀直入に聞き出すわけにはいかなかった。「どうして黙ってるんだ?」何も答えない絵里を見て、和也の視線がその顔を彷徨う。いかにも心配しているといった風情だ。それが本心からのものか、それともただの演技かなど、絵里は考える気すら起きない。「少し、父のことを思い出してて」絵里はゆっくりと瞼を上げ、彼へ視線を送る。「もう少しで、父の命日なの。数えてみたら、もう五年も経つんだなって」和也がテーブルの上に置かれた絵里の手に触れようと手を伸ばしたが、絵里はそれに気づき、さっと手を引っ込めた。彼は気まずそうに口を開く。「ごめん、お前が今は兄さんの妻だってことを忘れてた」絵里は何も答えない。しかし「兄さんの妻」という言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが弾けたように、これまでにないほどの身軽さを感じている。かつては和也の背中を、まるで影のようについて回っていた。それはただ、父が「絵里には幸せになってほしい。お父さんとお母さんの代わりに、誰かにそばにいてほしい」と望んだからだ。父は、和也が私に優しくしてくれて、過去に命を救ってくれたこともあるからと、私の未来を彼に託したのだ。だから、和也との間には婚約だけでなく、父の遺願という重い枷もあった。父の死後、親孝行な娘であろうと、そして天国にいる両親を安心させようと必死だった。それからは一心に和也に尽くし、性格が悪いと疎まれれば、懸命に直そうとした。和也が気に入らないことは、彼が満足するまで可能な限り何でもやった。思考を放棄し、和也のことがすべて正しいと思い
Read more

第534話

「どうしたの?まさか、寧々が言っていたことは本当なの?」狼狽する和也の姿を見つめながら、絵里の心に冷たいものが走る。その様子からして、和也が怯えているのは明らかだ。「そんなわけないだろう。絵里、寧々って奴は昔から嘘ばかりつくんだ。あいつの言葉なんて信じられるか。お前に見逃してもらいたくて、わざとそんなことを言ったに決まってる」和也は顔を微かに青ざめさせながら、絵里に状況を説明しているというより、説得しようと必死になっているようだ。だが、その態度自体が、すでに絵里への答えとなっている。「そうかもしれないわね。でも、彼女が私のところへ来た時、誰かに命を狙われているって言っていたの。それが、お母さんだと。最初は気にも留めなかったけど、まさかその数日後に彼女が事件に巻き込まれるなんて……あまりにも出来すぎた偶然じゃない?それとも、お母さんには本当に何か知られたくない秘密があって、寧々にバラされるのを恐れて、だから……」現在、界隈では寧々の脱獄は藤原グループが裏で糸を引いていると噂されている。だが、藤原がそんなことをするはずがないと、和也は誰よりもよく分かっている。動機があるのはただ一人、自分の母親である雪枝だけだ。なぜなら、寧々は母親の親友が遺した娘であるだけでなく、もう一つ別の理由があるからだ。絵里はそれ以上深くは追及せず、和也との会話を切り上げる。車に戻ると、彼女の表情は一瞬、冷ややかなものに変わった。丈裕に指示を出す。「今回はしっかり見張ってて」「承知いたしました」丈裕はすぐさまどこかへ電話をかける。和也の車が走り去っていく。絵里の車は駐車場に停まったまま、動こうとしない。突然、車のドアが開けられ、すかさず一つの人影が車内に滑り込んでくる。絵里がハッとした瞬間、まず馴染みのある香りが鼻をくすぐり、続けて顔を向けると、そこには見慣れた端正な顔立ちがある。「和也に会うこと、それがお前の用事だったのか?」裕也は絵里をじっと見つめ、感情の読めない低い声で尋ねる。絵里は少しも怯むことなく彼の視線を受け止める。「当然でしょ。私が告訴を取り下げて見逃してあげたんだから。彼は直接お礼を言いたかったみたいだし、それを受ける権利がある。違う?」裕也は元々圧倒的なオーラを放つ男だ。そ
Read more

第535話

問い詰めた後、絵里は心臓が跳ね上がるのを感じ、呼吸さえも無意識に浅くなる。ただじっと、裕也の答えを待つ。「そうだ」意外にも、裕也は微塵の躊躇も見せず、あっさりと認める。まるで重いハンマーで胸を打ち砕かれたような衝撃に、絵里は我が耳を疑う。「どうして?」喉がカラカラに乾き、ようやく絞り出した声は震えている。その無表情だった顔には、明らかな冷たさが浮かび上がっている。運転席でハンドルを握る丈裕でさえ、思わず背筋を凍らせる。まさか、本当に裕也だったとは!また絵里様を悲しませ、失望させるつもりなのか!「知りたいか?」裕也は手を伸ばして彼女の頬に触れようとしたが、怒りに駆られた絵里にピシャリと払いのけられる。こちらは説明を待っているというのに……こんなふざけた態度をとるなんて、私が怒らないとでも思っているのだろうか。頬を膨らませて怒る絵里を見て、裕也は吹き出すように低く笑い、強引に彼女の手を取って握りしめる。「怒るだろうなとは思ってたよ。まあ落ち着け。ある場所へ連れて行ってやる」絵里は彼をじっと睨みつける。その言い方からして、何か特別な事情があるようだ。「いいわ、待ってあげる。これ以上私を失望させないことね。さもなければ、一生許さないから」「そんな機会、与えるつもりはないさ」裕也の甘く優しい声には、自信と余裕が満ちており、まるで全てが彼の手のひらの上にあるかのようだ。絵里はまだ腹を立てているが、なぜかその言葉を聞くと、胸のつかえがすっと取れ、先ほどの緊張と不安が和らいでいくのを感じる。やがて、裕也が彼女を連れてきたのは、郊外にある廃倉庫だ。小さな部屋の中で、絵里は全身傷だらけになり、手足を縛られた寛治の姿を目にする。室内には湿気とカビの入り混じった異臭が立ち込めており、ひどく鼻をつく。今の寛治は見る影もなく惨めだ。衣服はボロボロに引き裂かれ、顔は青紫色に腫れ上がり、片目はカエルのようにまぶたが無惨に腫れている。その痛々しい姿に、絵里は思わず息を呑む。なんて容赦のない手口だろう。「それで?この人を拉致してどうするつもり?」絵里は寛治を連れ去ったのが彼だと知っていたため、その姿を見ても驚くことはなく、むしろ眉をひそめて不可解そうに裕也を見上げる。父の死は、何者かによ
Read more

第536話

裕也にそこまではっきりと言い当てられ、絵里自身も確かにそう思っていたため、あえて口を閉ざす。「俺の部下がずっと寛治を尾行していてな。奴がファイルを焼却しようとしたから、奪い取ったんだ。藪蛇になるのを避けるため、いっそ本人ごと拉致してきたというわけだ」裕也は絵里の肩を掴み、自分と正面から向き合わせる。その漆黒の瞳は深く、どこか柔らかな愛情を帯びている。「調査を続けると約束した以上、二度とお前を失望させたりはしない。お前をここに連れてくる前に、お前の方から問い詰められてしまったがな。それに、俺としてはもっと決定的な証拠を集めてから、まとめてお前に渡すつもりだったんだ」絵里はハッとして息を呑む。裕也の性格からして、嘘をつくような真似は絶対にしないと、彼女はよく分かっている。事件が起きてからまだ二十四時間も経っていないことを考えれば、彼の言葉の信憑性は極めて高い。「あの連中の手際が悪かったのね。あなたがファイルを確保してくれて助かったわ」絵里の視線が丈裕へと向けられる。その意味は火を見るより明らかだ。裕也の言う通り、もし寛治にファイルを燃やされていたら、以前撮った写真など何の役にも立たなかっただろう。あの連中、いくらなんでも迂闊すぎる。床に転がされた寛治は口をガムテープで塞がれ、「うーうー」とくぐもった声を上げている。その目は焦燥に駆られ、何かを訴えかけているようだ。絵里が顎でしゃくると、丈裕はテープを剥がす。口の自由を得た寛治は、すかさず絵里に命乞いを始める。「水原さん、この件は俺も命令に従っただけなんだ!見逃してくれないか。助けてくれるなら、何でもするから!」絵里はギリッと歯を食いしばり、一歩踏み出して彼の肩を蹴り飛ばす。「安心して。あの時関わった連中、一人たりとも逃がしはしないから!」絵里の容赦ない一撃は、ただでさえ弱っていた寛治を床に這いつくばらせる。彼女は冷酷な一瞥をくれ、部屋を後にする。車に戻ってから、絵里は裕也に尋ねる。「これからどうするつもり?今はまだ証拠が足りない。雪枝が関与していること以外、裏で誰が糸を引いているのか確証がないんだね。一網打尽にするには調査を続ける必要があるし、当然、寛治という駒も使い続ける。だけど、寛治が突然姿を消したことで、奴らも疑念を抱い
Read more

第537話

雪枝は和也の様子を見て、怪訝そうに尋ねる。「誰に腹を立てているの?そんな顔しちゃって」和也は足早に彼女の前に歩み寄り、立ち止まると、単刀直入に問い詰める。「電話で絵里に近づくなって言ったのは、どういう意味だ?五年前のことが彼女にバレたって、どういうことだよ。それに、寧々の死は?母さん、一体どれだけのことを俺に隠しているんだ」和也の矢継ぎ早の質問に、雪枝は呆然とする。まさか、彼が寧々のことを知っているなんて……「誰がそんなことを言ったの?あなたは気にしなくていいわ。それは全部、外の人間が勝手に推測して、でたらめを言っているだけよ」雪枝は和也の問い詰めるような視線を避け、お腹の前で組んだ手を無意識に強く握りしめる。寛治が失踪して以来、五年前の出来事が誰かに調べられるのではないかと、常に怯えている。さらに、絵里がすでに何かを知っていて、和也の側から手を出してくるのではないかと恐れ、だからこそ電話で和也に警告したのだ。「寧々の罪は明白だ。今回は間違いなく数年は刑務所に入ることになっていた。あいつが仮病を使って病院に行き、都合よく誰かに救出されるなんて、このタイミングで誰がそんなことできるんだ?」和也は奥歯を強く噛み締め、こめかみに青筋を立てる。「これは故意の殺人だぞ、わかっているのか!」たとえ彼が寧々のあくどいやり方を嫌っていたとしても、彼女の死に対して無関心でいられるはずがない。ましてや、藤原家で長年育てられてきたのだ。いくら何でも情はある。母はどうしてこれほど残酷に、あんなことができるのか……リビングには使用人たちがいた。母と子が言い争い始めたのを見て、彼らは慌てて気を利かせ、その場から立ち去る。雪枝は隠しきれないと悟り、いっそ認めてしまおうと、声を荒らげた。「私がこれだけやったのは、全部あなたのためじゃない!絵里が告訴を取り下げなければ、あなたは刑務所に入るしかなかったのよ。たとえ半年でも、私は絶対に受け入れられないわ。あなたは藤原家の次男なのよ。子会社社長の権限も、遅かれ早かれあなたの手に戻る。あなたに泥がつくことなんて、絶対に許さない。絵里よ、彼女が私に寧々を殺すよう仕向けたの。どうせ寧々が言うことを聞かずに、何度も問題を起こしたのがいけないんだから。あ
Read more

第538話

「どういう意味だ?」和也は息を呑み、絵里の言葉を思い出しながら、真っ直ぐに雪枝を見つめる。長年策を巡らし、これほどまでに尽くしてきたというのに、息子から恨み言をぶつけられた雪枝は、怒りに任せてあの婚約の真相を暴露する。事の始まりは、賢治と治夫が両家を結びつけようと、絵里を裕也に嫁がせようとしたことだった。それを知った雪枝は、二人の年齢が離れすぎていることを口実に裏で手を回し、見事、絵里と和也の婚約を取り付けたのだ。本来なら、これほどうまくいくとは限らなかった。だが十年前、千枝が交通事故で亡くなり、まだ幼かった絵里が母親を失った悲しみのあまり、一人で湖辺に座り込んでいた。そこで雪枝は一計を案じ、寧々に絵里がしゃがみ込んでいる石へ油を撒かせ、和也をそこへ向かわせて、彼が絵里を救い出すよう仕向けたのだ。案の定、絵里は立ち去ろうとした瞬間に足を滑らせ、湖に落ちる。だが想定外だったのは、突如として裕也が現れ、絵里を助け出してしまったことだ。計画を完遂するため、雪枝は隆を使って裕也をその場から引き離し、和也を絵里のそばに付き添わせて、命の恩人という手柄を横取りさせた。その後、真相が発覚するのを恐れ、わざと裕也を地方に行かせてしばらく遠ざけた。彼が戻ってきてからも、二人があまり接触しないよう徹底的に立ち回る。時が経つにつれ、絵里が湖に落ちて助けられた一件は、次第に誰の口にも上らなくなった。結果は雪枝の目論見通り。母親を亡くしたばかりの絵里は、それ以来和也にべったりと懐き、ついには和也のお嫁さんになるとまで言い出したのだ。そして二人の婚約は無事に結ばれた……「これで分かったでしょう。私がこれほどまでに手を尽くしたのは、一体誰のためなのか。あなたが不甲斐ないばかりに。しっかりしていれば、今頃絵里と結婚していたのはあなただったし、子会社の経営権を失うこともなかったのよ」雪枝は和也を睨みつけ、歯痒くてたまらないといった様子を見せる。和也の心臓がドクンと大きく跳ねる。まさかすべては、母が裏で糸を引いていたことだったなんて。世界が崩れ去るような感覚に陥り、和也は虚ろな目でしばらく呆然としていたが、やがてハッと我に返り、あることに思い至る。「本当のことを言ってくれ。五年前、拓海おじさんに何をしたんだ?」
Read more

第539話

裕也が絵里に付き添って清苑のエントランスに到着した直後、丈裕から電話が入る。田中の身に何か起きたというのだ。もともと別の知らせを待っていた絵里だったが、まさかこんな凶報が飛び込んでくるとは思ってもみない。有無を言わさず、裕也と共に急いで病院へと向かう。「一体どういうことなの?」絵里は病室の前に立つ丈裕を見つめて問い詰める。その声を発する間も、両手は小刻みに震えるのを止められない。ここへ向かう道中、必死に平静を保とうとしていたが、それでも湧き上がる恐怖を抑え込むことはできなかったのだ。丈裕は眉をひそめて答える。「私たちが配置した人間から連絡があって、雪枝と和也が口論になったらしいんです。その後、田中さんの身に異変が起きて……頭を強く打って重傷を負い、今はかなり危険な状態のようです」絵里の顔からさっと血の気が引く。喉がカラカラに乾き、しばらくしてようやく声を絞り出す。「誰がやったの?」「事が起きたのは藤原家です。あそこの執事の話では、階段から転落したとのことですが」田中と絵里が親しい間柄であることを知っている丈裕は、押し黙る彼女を前に、それ以上何も言えない。本来なら部下を潜伏させ、藤原家でひと悶着起きるのを待っているはずだった。それがまさか、目当ての騒ぎどころか、田中が藤原家でこんな目に遭うとは誰が予想できただろうか。部下からの報告がなければ、これほどの大事になっていることすら気づかなかっただろう。絵里は眉を寄せる。なぜ田中が藤原家にいたのか見当もつかず、彼女は裕也の方へ振り向く。「どうして田中さんが、急にあっちへ戻ったりしたの?」裕也の冷ややかで端正な顔立ちがそこにある。彼はちょうど電話を切り終え、状況を把握したところだ。「健が戻って調べたところによると、家から急な呼び出しがあったらしい。料理を作るためにな」裕也は絵里が田中を大切に思っていることを知っている。その深く暗い瞳に柔らかな光を宿し、彼女を慰めるように口を開く。「あまり心配するな。きっと無事だ」最近、絵里が最も耳にしているのがこの言葉だ。だが、もう二度とこんな言葉は聞きたくなかった。眼差しは冷ややかに変わり、丈裕を振り返って命じる。「具体的に何があったのか、徹底的に調べなさい。それから、あなたが配置した人間は一体何のた
Read more

第540話

「見舞いもう終わっただろう。帰ってくれ」裕也はもう一瞥もくれず背を向けると、絵里の肩を抱いて廊下のベンチへと歩き、腰を下ろす。絵里は考えを巡らせながら、丈裕からの調査結果を待っている。和也の方を見ようとはしない。裕也が彼女のそばに寄り添い、圧倒的な威圧感を放っている。和也は到底近づくことなどできず、眉を深く潜めてしばらく二人を睨みつけていたが、やがて仕方なく病院を後にする。十分も経たないうちに、健と丈裕が同時に調査結果を持ち帰ってくる。二人の調べた情報はほぼ同じで、証言の内容まで一致している。藤原家の使用人たちの証言は一貫しており、全員が「田中さんが誤って階段から転落し、頭を打った」と口を揃えている。一方、丈裕が藤原家に潜り込ませていた部下は、ちょうどその時執事に別の用事を押し付けられており、現場の様子を見ていなかった。その後、藤原家は異様な雰囲気に包まれており、雪枝がひどく焦った様子で何かを探していたという。だが、健が監視カメラを調べたところ、データはすでに何者かによって破壊されている。いくら絵里が技術に長けていようと、元のメモリーカードが手に入らなければ、破壊されたデータを復元することは不可能だ。ここに至って、すべての糸口が絶たれてしまったかのようだった。「どうやら一筋縄ではいかないようだな。田中さんは、何か聞いてはならないことを聞いてしまったのだろう」裕也は冷ややかな顔つきで、凛々しい眉をずっとひそめている。絵里も心の中でそう思っている。今日、わざと和也と雪枝の母子関係に亀裂を入れ、二人が口論になるのを待っていた。その上、丈裕に手下を潜り込ませ、会話をいつでも録音できるように手配していたのだ。それなのに、使った者たちが誰一人として役に立たないとは。二度も立て続けに失態を演じられ、絵里はもはや容認できない。「全員クビにして、もう二度と使わないわ」「承知いたしました」丈裕は頭を垂れ、それ以上何も言えない。絵里は冷ややかな視線で彼を射抜く。「あなたもよ。次があったら、どうなるか分かってるわね」「肝に銘じます」丈裕は密かに安堵の息をつく。幸いにも、絵里様がこれ以上追及しなかったからだ。絵里は丈裕に田中の病室を警護するよう命じ、清苑に戻った頃にはすでに夜も更けてい
Read more
PREV
1
...
5253545556
...
75
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status