All Chapters of 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~: Chapter 541 - Chapter 550

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第541話

裕也は階段を降り、車に乗り込む。運転席の健が口を開く。「社長、カッパー・ポートへ戻られますか」裕也は腕を上げて腕時計に目をやる。すでに夜の九時を回っている。「本邸へ向かえ」健は黙って車を走らせる。一時間も経たないうちに、裕也は本邸のリビングに姿を現す。執事に命じて使用人を全員呼び集めさせると、部下たちに一人ずつ尋問するよう指示を出す。その騒ぎは大きく、すでに床に就こうとしていた雪枝の耳にも届く。ネグリジェの上にショールを羽織った彼女は、裕也の前に立つ。大きく波打つロングヘアにすっぴんの顔は、普段よりいくらか老けて見える。「ずっと顔も見せなかったくせに、帰ってきた途端に家の中を引っ掻き回すなんて。裕也、あなた最近、母親である私をますますないがしろにしているんじゃないの」雪枝は腹立たしげに非難するが、そこにはかつてのような傲慢さはなかった。ここ数日、洋二は商談で地方へ出向いており、G市にはいない。当然、今日起きた出来事など知る由もなかった。和也も不在で、執事の話では酒を飲みに外出しているとのことだった。だだっ広いリビングには十数人の使用人が二列に並ばされ、部下たちから厳しい追及を受けている。だが、誰もが俯いたまま、固く口を閉ざしている。普段、裕也が帰宅してもこちらへは顔を出さない。雪枝との折り合いが悪いことは、誰もが知っている事実だ。それが今日に限って、田中の件でこれほど激怒している。この家にも波乱が巻き起こるに違いない。裕也は全身から冷たいオーラを放ちながら、鼻で笑う。「母さんは一体何を恐れているんだ?田中さんはただの使用人に過ぎないだろ。昔のやましい行いが明るみに出るのが怖いのか、それとも、自分の企みがすべて水の泡になるのが怖いのか?」圧倒的な威圧感。その口調は淡々としていながらも、鋭く相手を追い詰める。ビジネス界で振るう裕也の容赦ない手腕は、使用人たちの耳にも届いている。だが、裕也にせよ雪枝にせよ、彼らのような立場の者が逆らえる相手ではない。そのため、何度問いただされても「知らない」と答えるか、事情を知る者でさえ「田中さんが自分で階段から落ちた」と口を揃えるしかなかった。雪枝は怒り心頭に発して叫ぶ。「裕也、私はあなたの母親なのよ!以前も絵里のために私を蔑ろにしたというの
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第542話

丈裕の顔色は険しく、返事を待つ余裕すらない。突然、彼のスマホが鳴り響く。病院に配置していた部下からの着信で、田中が目を覚ましたという報告だった。絵里はすぐさま病院へ駆けつけるが、思いもよらない事態に直面する。田中は絵里の顔を見ても怯えるばかりで、彼女のことを全く認識できないのだ。愕然とした絵里は医師を呼んで診察を依頼する。その結果、田中は重傷を負ったショックにより、一時的な記憶喪失に陥っているという結論が下された。「先生、記憶はいつ戻るのでしょうか?それとも、少しでも早く回復させる方法はありますか」医師は首を横に振る。「何とも言えませんね。すぐに戻るかもしれませんし、一生戻らない可能性もあります。こればかりは状況次第としか……」言っている意味がない。最近の絵里は、こうした医師特有の逃げ口上を何よりも嫌悪している。周囲では、次々と不幸な出来事が起きている。最初は自身、次にじいちゃん、そして梨乃。今度は田中までこんな目に遭ってしまった。それでも、調査を諦めるつもりは毛頭ない。田中から証言を得られないのなら、自分のやり方で突き止めるまでだ。絵里が治夫の病室を訪れると、事情を知らない行本教授が、彼女の顔色の悪さを案じてか、わざわざ良い知らせを伝えてくれる。「本日の治療は非常に効果的でしたよ。お爺様の脳波に大きな反応が見られ、指先も動きました。遠からず意識を取り戻されると信じております」それは確かに朗報だった。絵里は胸の高鳴りを覚えるが、すぐにその感情を押し殺した。あまり喜びすぎると、神様に目をつけられ、また新たな試練を与えられそうな気がしたからだ。「この間は本当にありがとうございました。心から感謝申し上げます」絵里は深々と頭を下げ、誠心誠意の感謝を伝える。行本教授は謙遜の言葉をいくつか口にすると、絵里と治夫が水入らずで過ごせるよう、病室を後にする。絵里はベッドの傍らに腰を下ろし、治夫の手をぎゅっと握りしめる。「じいちゃん、父さんの死には裏があったの。誰かに殺されたんだわ。私、絶対に真犯人を突き止めてみせる。じいちゃんも、きっと応援してくれるよね」絵里は一人、治夫に語りかけ続ける。じいちゃんがふと目を覚ます瞬間を、これまで何度も思い描いてきた。だが、その願いはまたしても叶わず、
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第543話

絵里が本当に変わってしまった。かつてのように自分の後ろをついて回り、何でも言うことを聞く彼女はもうどこにもいないのだと、和也は痛感している。「絵里、寧々はもう死んだんだ。すべては過去のことだ、もう蒸し返さないでくれないか」絵里は思わず笑った。怒りを通り越して、笑うしかなかった。父が謀殺された件に、和也も加担していたのか、それとも彼もまた知らなかったのか、自分は考えたことがあった。だが、どちらにせよ、和也がどれだけ怒ろうと、雪枝と決裂することはないだろうと推測していた。寧々が雪枝の罠に嵌められて殺されたことを彼に告げたのは、母子間の信頼に亀裂を入れるためだ。和也から調査の突破口を見出そうとしたに過ぎない。絵里は冷たい笑みを浮かべて皮肉る。「いいわ。寧々の件はもう問わない。じゃあ、父は?和也、私の父のことまで放っておけって言うの?私の実の父なのよ。五年間……あの五年間、父はあなたにもよくしてくれたじゃない。その人が殺されたのに、あなたは本当に少しも心が痛まないの?あなたが雪枝を問い詰めた時、その会話を田中さんに聞かれたんでしょう?雪枝はそれが漏れるのを恐れて、口封じのために彼女を殺そうとしたんじゃないの?」医師によれば、田中の頭部の重傷は鋭利な物で刺されたような痕があり、転落によるものとは考えにくいという。だが、藤原家の現場はとうに綺麗に片付けられていた。誰も通報しなかったため、この件は追及のしようがなかった。今のところ裕也の方でも監視カメラの映像を入手できていない。これが人為的な事件でないなど、誰が信じるというのか。和也は内心で葛藤し、奥歯をギリッと噛み締める。「絵里、お父さんが亡くなってからもう五年経つんだ。今はお爺さんが病院で寝たきりになっていて、いつ目を覚ますかもわからない。お前が今すべきなのは、会社をしっかり切り盛りし、お爺さんに寄り添うことじゃないのか」その態度は明白だった。彼にとって、当時の真相などどうでもいいのだ。だが、絵里にとってはその言葉だけで十分だった。和也が確かにこの件で雪枝と口論になったという証明だからだ。絵里は冷ややかな視線を向け、鼻で笑う。「田中さんはもう目を覚ましたわ。午前中には警察も一度来ているの。もし本当に雪枝を守りたいなら、彼女自身にすべてを自白させなさ
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第544話

胸の奥が何かに塞がれたように息苦しくなり、和也はふいに顔を上げると、苛立ちに任せてハンドルを滅茶苦茶に叩きつける。クラクションの音が無秩序に鳴り響く。和也が去った後、絵里は付き添いの介護士に田中の世話を頼み、一本の電話を受けてから病室を後にする。介護士はしばらく田中に付き添っていたが、やがてポットを手に給湯室へと向かった。その直後、病室のドアが押し開けられ、白衣にマスク姿の長身の男が入ってくる。医者を装ったその影は、真っ直ぐにベッドの傍らへ近づく。突如、男はナイフを取り出して田中に突きつけ、凶悪な形相で睨みつけながら脅し上げる。「ボイスレコーダーはどこだ?今すぐ言え、さもないと命はないぞ!」田中は恐怖で顔面を蒼白にし、悲鳴を上げる。口を開くより早く、病室のトイレから二人のボディーガードが素早く飛び出してくる。男は罠だと気づいて逃げようとするが、身のこなしの軽い彼らにあっという間に取り押さえられてしまう。雪枝はいくら待っても電話が来ず、何の音沙汰もないことに苛立っていた。ようやく着信音が鳴り響き、電話に出ると、聞こえてきたのは絵里の挑発的で冷ややかな声だった。「何度も殺し屋を雇うなんてね。この証拠を警察に渡したら、一体何年の実刑になるか、よく計算してみたらどう?」事が露見したと悟った雪枝は、数秒の驚愕の後、激しい怒りを爆発させる。「私とあんたの間に何の恨みがあるって言うのよ!何度も何度も私の邪魔をして!」事ここに至っては、絵里もこれ以上隠し立てするつもりはなかった。いっそ、すべてを明らかにしてしまった方がいい。「それはこっちの台詞よ。水原家が一体何をしたって言うの。どうしてこんな酷い真似ができるの!」絵里の眼差しが鋭く冷酷なものに変わり、そこには躊躇もない。「五年前、父がどうやって死んだか、あなたが一番よく知っているはずよ。絶対にすべての罪の証拠を見つけ出して、あなたを破滅させてやるわ!」絵里が電話を切ると、雪枝は怒りのあまり顔を歪め、発狂したように金切り声を上げた。「見くびっていたわ。絶対に殺してやる!」使用人たちは恐れおののき、誰一人として近づこうとはしない。ここ最近、藤原家全体を覆う空気は異様なほどに恐ろしいものだった。まず、和也と寧々のスキャンダルが報じられ、その後逮捕されて起訴さ
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第545話

絵里は息が詰まるほど強く抱きしめられ、裕也の背中を数回叩いて、ようやく解放された。「どうしてここに?私に何かあったらって、そんなに焦らなくてもいいじゃない」裕也の瞳の奥には暗い影が落ちており、初めて口調を荒らげる。「俺の妻だぞ。心配して当然だろう」絵里は彼を怖いとは思わず、むしろその姿に人間味を感じた。以前の彼は、あまりにも本心が読めなかったからだ。だがそれに答えず、問い返す。「どうして私がここにいるってわかったの?どうやって見つけたの」裕也は隠すことなく、事の顛末を丁寧に説明する。どうやら、ここを探し当てる前に、一度病院へ向かったらしい。彼が着いた時、絵里はすでに立ち去った後で、田中と治夫までもが秘密裏に移送されていた。「まさかお前がこんなに大胆だとはね。これほど大掛かりな罠を仕掛け、田中さんを餌にして母さんを釣り上げるとは。だが、見事な手際だ。さすがは俺の妻だよ」現在、裕也でさえ二人がどこへ移されたのか把握していない。以前の絵里は、他人の目には傲慢でわがままに映っていた。だが裕也から見れば、絵里は明るく奔放で、純粋な正義感の持ち主だった。ただ、世間知らずなところがあり、和也と付き合ってからは性格が一変し、誰にでもつけ込まれるほど気弱になってしまったのだ。絵里が今回の一件を起こしたのは、雪枝を標的にしたからであり、裕也に打ち明けるつもりは毛頭なかった。裕也が怒ることを恐れてはいなかったが、まさか怒らないどころか、支持してくれるとまでは思っていなかった。「父の仇は、当然私自身の手で調べて、この手で討ちたいの」裕也は手を伸ばして絵里の頭を撫で、白衣の男を一瞥して軽く眉をひそめる。「復讐するにしても、まずは自分の安全を確保するべきだ。お前に何かあるのは嫌だから。特に今日の計画は危険すぎる。一歩間違えれば大惨事になっていた」「万全の準備はしたわ。問題ない。私はもうあの頃の馬鹿な私じゃないの」絵里はもう受け身でいるつもりはなかった。物事を解決するには、当然自ら打って出る必要がある。今手元にある証拠は、父が当時何者かに殺害されたことを証明するのに十分だ。雪枝の関与が確定した今、次は当時関わった者たちを一人残らず探し出すことだ。白衣の男がすべてを白状した後、絵里はようやく裕也の車
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第546話

360度見渡せる透明なガラスが水域を隔てており、照明の演出も相まって、まるで青い海の中にいるかのようだ。レストランで食事をしていると、頭上や周囲を魚の群れが泳ぎ回る。客は食事をしながら、その光景を眺めることができる。このレストランは高級で値段も張り、事前予約が必須だ。そのため、彼らのようにふらりと訪れても、普通なら絶対に入店できない。だが、裕也は外では強引なやり手であり、G市では彼の名前一つで、自ら進んで恩を売ろうとする者が後を絶たない。レストランのオーナーは彼の来店を知ると自ら出迎え、景色がより鮮明に見える最高の個室を特別に用意した。「藤原さんにわざわざお越しいただけるとは光栄の至りです。水原さんとのお食事の邪魔にならないよう、私はこれで失礼いたします。ごゆっくりお楽しみください。何か至らない点がございましたら、何なりとお申し付けください」レストランのオーナーである進士吉行(しんし よしゆき)は、終始へりくだった態度で満面の笑みを浮かべていた。G市において、進士家は名門と呼べるほどの家柄ではない。数年前、藤原グループと飲食業で提携したことで、ようやくこの上流階級の末端にしがみついているに過ぎない。「進士さん、ご丁寧にどうも。ただ、妻が気に入るかどうかだな」裕也は気怠げな口調で言いながら、終始甘やかすような眼差しを絵里に向けている。その溺愛ぶりを目の当たりにして、吉行は驚きのあまり目を丸くした。妻?この二人は結婚していたのか?G市の四大家族のうち、この二人がそれぞれの席を占めているのだ。それが手を組んだとなれば、とんでもないことになる。特に絵里は最近、水原グループを引き継ぎ、開発発表会で一躍脚光を浴びた。これまで界隈で囁かれていた彼女への嘲笑や軽蔑を、完全に打ち砕いたのだ。出来損ないの令嬢などではない。紛れもない天才だ。趣味でやっている脚本家業でさえ、あっさりといくつか大ヒット作を生み出している。絵里は吉行に礼儀正しく微笑んだ。「進士さんはとてもアイデアに溢れていますね。このレストラン、すごく面白いです」吉行は恐縮して顔をほころばせる。「お気に召したなら何よりです。それでは、私はこれで」部屋を出るなり、すぐにスマホを取り出してLINEのグループトークを開き、爆弾発言を投下した。
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第547話

烈はぐうの音も出ず、何の得にもならないばかりか、家族からも「藤原家を敵に回すな」と何度か釘を刺されていたため、腹立たしげに電話を切る。和也がグループチャットを眺めていると、最初にこの話題を振ったのが吉行であることに気づく。公私どちらにおいても、二人の関係が明るみに出ることは望んでいなかったし、あわよくば絵里と復縁したいとすら考えていたのだ。そこで吉行に電話をかけ、きつく警告する。「これ以上でたらめを抜かすなら、レストランなんか畳んで、田舎に帰って豚の世話でもしてろ」吉行の父親は以前養豚場を営んでおり、紆余曲折を経てようやく藤原グループとのコネを作り、血の滲むような思いで今の地位を築き上げたのだ。和也にそこまで言われ、藤原家を怒らせることを恐れた吉行は、慌ててグループチャットで謝罪し、自分の発言はでたらめだったと認める。しかし、グループのメンバーの多くはすでにその話を真に受けている。ちょうど友人と酒を飲んでいた隆は、そのメッセージを見て二人が復縁したのだと勘違いし、待ちきれずに裕也へ電話をかける。「今二人で食事中か?よりを戻したのか?関係も公にするのか?」隆の矢継ぎ早の質問からは、スマホ越しでもわかるほどの野次馬根性が滲み出ている。個室の中は静かで景色も美しく、その眺めに見入っていた絵里の耳にも、隆の声ははっきりと届いていた。彼女が無意識に裕也に視線を向けると、次の瞬間、彼がうんざりしたような声で口を開くのが聞こえる。「暇なのか?絵里がお前の会社を辞めてから、まともな脚本すら手に入らなくなったんじゃないか。良いドラマも撮れず、会社も立ち行かなくなって、転職でも考えてるのか?」その言葉は容赦なく、毒舌で核心を突いている。隆は激怒した。「おい、あんまりだろ。お前と絵里の仲をちょっと探っただけじゃないか。お前が言わないなら、直接彼女に聞くからな」「絵里に近づくな。馬鹿がうつるだろうが」「どういう意味だ?」「お前が馬鹿だってことだ」「……」隆は地団駄を踏む。「絶交だ」絵里は呆れた。「……」くだらない二人だ。とはいえ、隆と裕也、それに章は長年の付き合いになる友人同士だ。その絆は深く、先ほどの「絶交」という言葉も、彼らにとっては「飯食ったか?」と尋ねるのと同じくらい日常
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第548話

裕也はふと視線を上げ、絵里の口元に油の染みが少し残っているのに気づいた。愛おしそうに微笑むと、ティッシュを抜き取り、手を伸ばして彼女の唇を優しく拭った。「いい大人なのに、たまに子供みたいになるな」元々魅力的な低い声が、今はさらに優しさを帯びており、耳元で甘く響く。絵里は胸を震わせ、呆然と彼を見つめた。ただでさえ目を引くほど整った顔立ちの彼は、絵里に対しては常に優しく、甘やかし、何でも許してくれる。今こうして口元を拭ってくれる仕草も、呆れるほど優しく、彼女への深い愛情に溢れている。絵里は慌てて視線を外し、長い睫毛を伏せて彼から目を逸らした。帰りの車中、窓際の端に座り、彼との間に一人分のスペースを空けている。どこか上の空で、口を開こうともしない。裕也は片手で彼女を引き寄せ、ぴったりと身を寄せ合わせて座ると、その手を握り、親指で手の甲を優しく撫でる。優しく、慈しむように、絵里の心は目に見えない糸に絡め取られ、じわじわと締め付けられるようだった。彼がそれ以上何もしてこないのを見て、絵里は諦めたように手を握らせたままにする。車内は静まり返り、互いの息遣いさえ聞こえてきそうだ。艶めかしいほどの親密さを感じながらも、同時に一枚のガラスで隔てられているような気もする。絵里はこの感覚が好きではない。ひどく息苦しい。わずか四十分足らずの道のりが、まるで一世紀にも感じられる。ようやく清苑に到着すると、絵里は逃げるように車を降り、裕也が見送るのを拒んだ。「もう帰って。一人で戻れるから」「部屋まで送るよ。じゃないと心配だ」裕也の態度は固く、どこか強引さが滲んでいる。絵里は苛立ちを隠せずに言った。「いいって言ってるでしょ、帰って」裕也が何か言いかけたが、絵里は冷たく遮った。「じいちゃんが目を覚ますまで、私たちの関係を決めるつもりはないって言ったわよね。今はこれでいいと思ってる。私の気持ちを尊重してほしいの」裕也の暗い瞳が微かに揺れ、気づかないほどわずかに眉を寄せると、自嘲するように唇を歪めて低く呟いた。「怒るなよ。お前の言う通りにするから、早く戻りな」その態度も口調もひどく優しく、彼女に対しては永遠に怒ることなどないかのようだ。絵里の心臓に鋭い痛みが走り、苦しさと苛立ちが同時に込み上
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第549話

絵里の瞳がぱっと輝く。「送ってみて」丈裕は慌ててスマホを取り出し、防犯カメラの映像を絵里のLINEに送信し、その出所を説明する。実のところ、この映像は藤原家の監視システムから抽出したものではなかった。田中が事故に遭った当日、藤原家は屋敷中の監視カメラのデータをすべて消去していた。使用人たちでさえ、田中が自ら階段から転げ落ちたのだと口を揃えて証言していた。丈裕が今回入手した動画は、藤原家の周辺の道路で、ちょうど藤原家が映り込むカメラを探していた際、偶然ドローンを飛ばしていた男に出くわして得たものだった。その男は普段から近くの山でドローンを飛ばし、周囲の風景を撮影していたという。田中が事故に遭ったあの日も、彼は近くで撮影を行っており、カメラの向きがちょうど田中がいた部屋に合っていたのだ。距離が近かったため、雪枝が花瓶で田中の頭を殴りつける瞬間が、見事に捉えられていた。その凶行の様子は、恐ろしいほど鮮明に映っている。映像を確認した丈裕は、即座に相手に500万を支払い、この短い動画を買い取ったのである。「よくやったわ。後で必ずボーナスを倍にしてあげるわ」絵里の表情は、見るからに高揚している。丈裕は褒められて照れくさそうに、後頭部を掻く。「絵里様のために動けただけで十分です。ボーナスなんてとんでもない。それに、私は二度もしくじりそうになりましたから、これで名誉挽回ってことで」「信賞必罰よ。前に失敗した時は叱ったけれど、今回はこんなに重要な映像を見つけてくれたんだから、ボーナスを受け取る権利があるわ」丈裕は嬉しそうに顔を綻ばせる。「ありがとうございます」映像を手に入れた絵里は、この上なく上機嫌だった。病院で治夫を見舞った後、まだ時間が早かったため、食べ物を買って梨乃の様子を見に行くことにした。梨乃は彼女の隠しきれない喜びの表情を見て、目を細めて尋ねる。「何がそんなに嬉しいの?わざわざ刺身とお酒まで買ってきて、なんだか怪しいわね」絵里は唇を噛み締め、笑って答える。「やっぱり梨乃には隠し事ができないわね。確かにいいことがあったの。でも、まだ決着がついたわけじゃないから、今は内緒。成功したら、ごちそうしてあげる」その言葉に、梨乃は万感の思いが込み上げる。絵里が以前よりもずっと落ち着き、
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第550話

「真面目に仕事してるだけなのに、どうして目の敵にされなきゃいけないの?あいつら、頭おかしいんじゃないの……」絵里は彼女が自分と同じように感情を爆発させてしまうのではないかと危惧し、時間をかけてなだめすかし、ようやく落ち着かせた。「これ、寿樹が画像解析で割り出した人物像よ。あなたのハイヒールに細工したのは、90パーセントの確率で女ね。写真を送っておくわ。私の用事が済んだら、また一緒に調べて、犯人を引きずり出してやるから」「うん、忙しいのは分かってる。安心して、無茶はしないから。まずは自分のことを優先してね」絵里は梨乃と一緒に夕食を済ませてから、彼女の元を後にした。車を走らせて帰路につく頃、ちょうど昼と夜が交差する逢魔が時だった。夕陽の名残がまだ空に残る頃、西の空に広がる雲は茜色に染まり、淡い月が静かに浮かんでいた。思わず息を呑むほど、美しい夕暮れだった。フロントガラス越しに差し込む一筋の夕光が絵里の顔を赤く照らす。彼女はふと見上げ、信号待ちのわずかな隙にスマホを手に取り、その空をパシャリと写真に収める。撮り終えた直後、見知らぬ番号から着信があった。武延からだった。その声には、かつてのような軽蔑や傲慢さは微塵も感じられない。彼は絵里に会いたいと持ちかけてきた。ちょうど彼を問い詰めようと考えていた絵里は、二つ返事で承諾した。待ち合わせ場所は、彼女が行きつけのカフェに指定した。いつになく身なりを整えた武延は、彼女の前では妙に腰が低く、以前とは別人のように大人しかった。「何を飲む?」席に着くや否や、武延のその言葉を聞いた瞬間、絵里の全身に嫌悪感が走る。彼を冷ややかに一瞥し、無視を決め込むと、ウェイターに向かってレモンジュースを一杯注文する。ウェイターが立ち去るのを見計らい、絵里は冷淡でよそよそしい視線を彼に突き刺す。「うちの家系とあなたたちは、とうの昔に縁が切れてるはずよ。これまでの長い間、じいちゃんが情けをかけて、あなたたちが路頭に迷わないように手を差し伸べてくれなかったら、自分の会社すら持てなかったでしょうね。でもどうやら、この世には恩を仇で返す人間がごまんといるみたいね。じいちゃんが倒れた途端、水原家の財産に目をつけ始めるなんて。あなたのその親しげな態度、吐き気がするわ。猫を被るのは
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