Semua Bab 入籍しないなら…兄嫁になります!~冷徹社長に溺愛される日々~: Bab 601 - Bab 610

760 Bab

第601話

裕也は絵里の顔に次々と浮かぶ表情を見て、この上なく甘い眼差しを向けた。「こういうのを、夫婦ならではの楽しみって言うんだ。分かるか?」彼はすこぶる機嫌が良く、三人に対する口調にも、普段のような棘がなかった。三人は同時に舌打ちする。絵里は呆れたように裕也を睨みつけた。だが、この気まずく恥ずかしい状況から逃げるわけにはいかない。強がってゆっくりと裕也の身体から離れ、背筋を伸ばしてから振り返った。そして笑みを浮かべる。少し引きつった、どこか気まずそうな笑みだったが、わざと何でもないことのように振る舞った。「これは……その……人生経験を豊かにするための、いろんな経験っていうか……?」三人は同時に言葉を失った。裕也の瞳の奥にある甘やかすような色は隠しきれず、まるで「絵里の言う通りだ」とでも言いたげだった。隆は顎を撫でる。「お前ら、仲直りしたのか?」「仲が悪かった時なんてあったか?」裕也の鋭い視線が隆を射抜く。隆は咄嗟に章を引き寄せ、盾にするように身を隠した。見えなければ何も起きていない、というような態度だった。篠が絵里の肩に手を置く。「絵里、意外ね。あなたもこんなことするなんて」絵里は乾いた笑いを漏らした。「皆さんのご指導の賜物よ」三人は途端に呆気に取られ、笑顔が凍りつく。こんなところまで責任転嫁されるのか?独り身の三人が、一体何を教えたというのだ。章は表情を変えず、淡々と言った。「二人とも謙遜するな。特に絵里、お前は独学で身につけたと言っても過言ではない」隆もすぐに同調する。「これに関しては章に賛成だ。彼の言う通り、絵里、お前は悪くなったな」篠は隆を白い目で見る。「悪くなったって何よ?成熟したって言うのよ」「……」絵里は裕也に視線を向け、二人は互いに何かを察したように微笑み合った。だが、それ以上は何も言えなかった。それでも、病室には楽しげな笑い声が満ちていた。彼らが帰ると、病室は静まり返った。篠が絵里を送り届けることになり、道中はずっと他愛ない話をしていた。「どうやら、あなたと裕也は仲直りして、もう問題ないみたいね」絵里は返答に詰まった。実際のところ、すべてが順調というわけではない。「彼は何も間違ったことをしていないわ。む
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第602話

互いの利益だけで縛り合うような結婚など、章に言わせれば何の価値もなかった。隆は少し興奮した様子で、皮肉を込めて言った。「お父さん、本当に冷酷だよな。お前のことを何だと思ってるんだ?長年グループの重責を背負わせておいて、今度は結婚にまで口を出すってか?笑えない冗談だぜ。お母さんは実の子じゃないみたいに扱うし、お父さんは利益のことしか頭にない。裕也、お前ってどうしてこうも不遇なんだよ」こんなことを言えるのは、隆くらいのものだ。十数年来の付き合いで、二人の絆は深い。外から見れば、裕也は華やかな経歴を持ち、威厳に満ちた完璧な後継者に見える。だが、裕也が誰からも本当の意味で愛されずに生きてきたことを知っているのは、親友である彼らだけだった。その大人びた落ち着きも、すべては過酷な家庭環境によって身につけざるを得なかったものにすぎない。一方の和也は、常に雪枝の庇護と後押しを受け、何の苦労もなく子会社の社長の座に就いている。和也には雪枝の愛情と関心が惜しみなく注がれていた。だが、裕也にはそれがなかった。幼い頃から、雪枝は裕也に対して異常なほど厳しかった。いつしか裕也は、まるで感情を持たない機械のように、自分を律することだけを覚えさせられていた。藤原家が利益を生み出すためだけに育て上げた、都合のいい駒のように……藤原家の中で、唯一裕也に愛情を注いでくれたのは賢治だった。誕生日にプレゼントを贈り、一緒に食事をして祝ってくれたのも、賢治ただ一人だった。時折、彼らでさえ疑いたくなる。裕也は本当に、藤原家の実の子なのだろうか、と。「ご両親、血も涙もないよな。いっそのことDNA鑑定でもしてみろよ。俺、本気でお前が拾われた子なんじゃないかって思ってるからな」隆は考えれば考えるほど腹が立ってきた。章が彼を横目で睨む。「少しは口を慎め」裕也の暗い瞳は底知れないほど沈み、その場の空気まで重くなる。端正な顔には、まるで氷のような冷気が張り付いている。「そんな手間をかける必要はない。どうでもいいことだ」隆はため息をつき、章と顔を見合わせたまま黙り込んだ。二人が病室を出ると、隆はとうとう我慢できなくなり、裕也の代わりに不満をぶつけた。「雪枝は一体どうなってるんだ?あんなに優秀な息子を冷遇して、頭も空っ
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第603話

「当然だろう。そうでなければ、命を救った恩があれほど簡単に水に流されるはずがない。絵里の家族だって、そこまで薄情な人間じゃないはずだ」隆は考えれば考えるほど納得できなかった。当時はそれほど気に留めていなかったが、今になって振り返ると、何か知られていない事情が隠されていたように思えてならない。章も彼の意見に同意し、納得したように頷いた。「機会があれば、裕也本人に聞いてみよう」「ああ」絵里は清苑に戻ってシャワーを浴び、ベッドに横になったところで、スマホを手に取り裕也へ電話をかけた。「隆と章は帰った?」「ああ、さっき帰ったところだ。もう休むのか?」「少し話してから寝ようと思って」二人は他愛のない会話を交わした。今日の出来事を経て、二人の距離は明らかに縮まっていた。絵里の裕也に対する態度から、以前のよそよそしさはすっかり消え、本人も気づかないうちに彼を受け入れ始めていた。裕也は冗談めかして言った。「俺がそばにいないと、よく眠れないんじゃないか?」「最近はぐっすり眠れてるよ。自意識過剰じゃない?」「そうか?どうやら俺は絵里にとって、それほど重要な存在じゃないらしいな。お前がいなかった間、俺はろくに眠れなかったというのに」裕也は低く笑った。だが、その口調は冗談ではなく、まるで彼女に想いを伝えているような真剣さがあった。絵里は少し呆然とした。ビジネスの世界では恐れられ、冷徹な判断力で物事を処理する男が、まさかこんな言葉を口にするとは思ってもいなかったのだ。「ちゃんと怪我を治して、仕事のことなんて考えなければ、もっとよく眠れるわ。今のあなたに必要なのは休養なんだから」「俺に必要なのはお前だ、絵里」裕也は迷いなく言い切った。そこには彼女の機嫌を取ろうとするような軽さは、一切なかった。「もう、またそんなこと言って」絵里は笑いながら返した。二人の電話は、終始穏やかな笑い声に包まれている。まるで長年連れ添った夫婦のように、些細な日常の出来事を語り合う。やがて時間が遅くなったことに気づき、絵里は裕也に早く眠るよう促した。電話を切る直前、裕也がふいに、人を惹きつける低い声で言った。「絵里、知らないだろうな。俺がどれほどお前を好きなのか」絵里の心臓が大きく跳ねた。こ
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第604話

たった一枚の絵だけで二人の距離を縮めるのは、確かにまだ難しい。ましてや、複雑な駆け引きが絡み合うビジネスの世界だ。絵里は警戒を怠るわけにはいかなかった。悟史の言葉を信じることにした。どの角度から見ても、今回の件がグループにとって利益になることは事実だったからだ。「条件は飲んであげる。でも、私を失望させないでね」「お嬢様のご期待を裏切るような真似はいたしません。役員会入りは、必ずや成し遂げてみせます」こうして、二人の間に協力関係が築かれた。悟史がこれほど自信を見せていることは、絵里にとってむしろ好都合だった。何としてでも、今回の政府主導による再開発プロジェクトの土地を手に入れなければならない。しかし翌日、水原グループ本社の前には、横断幕を掲げ、拡声器で喚き立てる者たちが現れた。さらにメディアまで駆けつけ、大騒ぎとなっていた。丈裕は車を地下駐車場へ滑り込ませた。エントランス前に群がる人々と、その異様な騒ぎを目にした瞬間、絵里の表情が険しくなる。「どういうこと?」丈裕はすぐに電話で状況を確認し、通話を終えると彼女へ報告した。「武延の身内が騒ぎを起こしているようです。武延の母親である水原千佳が多数のメディアを呼び寄せ、武延の件は絵里様が意図的に仕組んだ罠だと主張しています」絵里の瞳の奥に、冷たい光が宿った。水原千佳(みずはら ちか)のような、いわゆる身内たちの浅ましい本性など、とっくに見飽きている。「警察を呼んで。今まで甘やかしすぎたみたいね」丈裕の目が輝いた。これこそが、彼が敬愛してやまない絵里の果断さだった。彼がすぐさま警察へ通報する間、絵里は車を降り、真っ直ぐオフィスへ向かった。高層階にある室内までは、地上の喧騒は届かない。だが、スマホを開けば、その様子はライブ配信で映し出されている。特ダネを求めるメディアは、泣き叫ぶ千佳にカメラを向け、容赦なく鋭い質問を浴びせている。「水原武延がレイダーズの黒崎七海や藤原雪枝と結託し、水原拓海を死に追いやったと言われていますが、それはすべて水原絵里による意図的なでっち上げだとおっしゃるのですか?」「絵里さんがそこまでする動機は何でしょうか?いくら身内の情を顧みないとはいえ、水原家と藤原家の間にはビジネス上の繋がりもあるはずですが」
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第605話

エントランスの前では、群衆が千佳を取り囲んでいた。絵里が外へ出た瞬間、耳をつんざくような喧騒が押し寄せてくる。泣き叫ぶ声と、罵声が入り混じっていた。「絵里、自分の従兄にこんな仕打ちをして、ただで済むと思ってるの!ねえ、皆さん聞いてくださいよ。この子は本当に血も涙もない……うちの息子にもしものことがあったら、私も生きていけないわ」「……」その悲痛な叫び声は、野次馬たちの感情を煽り立てている。配信を見ているネットユーザーたちの意見も、真っ二つに分かれている。絵里を支持する者もいれば、罵倒する者もいた。「生きていけないなら、自分でどこかへ行って勝手に死ねばいいでしょう。わざわざここへ来て、あることないこと騒ぎ立てて、私まで道連れにするつもりですか?」絵里の冷ややかな声が、容赦なく千佳に突き刺さった。その声に引き寄せられるように、群衆の視線が一斉に彼女へ向く。メディアのカメラも、次々と絵里へ焦点を合わせた。「絵里、やっと出てくる気になったのね。うちの息子は本当に可哀想に……こんな風に陥れられるなんて。あなたに少しでも良心があるなら、あの子を解放してちょうだい。じゃないと、じゃないと私……」「じゃないと、どうします?」絵里は彼女の言葉を冷たく遮った。「このままデマを流し続けて、私と水原家の名誉を傷つけ、私まで道連れにして死ぬつもりですか?」絵里は千佳の前まで歩み寄り、冷たい視線を向けた。千佳は小太りで背も低く、いかにも作り物めいた整形顔のせいで、泣いているはずなのに笑っているようにも見えた。全身をブランド品で固め、着飾っていると言えば聞こえはいい。だが、その姿も振る舞いも、傍から見ればただのヒステリックなクレーマーでしかなかった。「あなたたちが強欲だったから、外部の人間と手を組んで父を殺したんでしょう」絵里は一言一言、怒りを押し殺しながら言葉を放つ。「あの日、あなたの息子は配信で何万人もの視聴者の前、自分の罪を認めましたわ。どう?ネットの人間を馬鹿だと思っています?それとも警察を無能だと思って、私がすべてを捏造したとでも言いたいんですか?まさか、世の中の人間がみんな、自分と同じくらい愚かだと思ってるんです?」千佳は怒りで息を荒らげ、耳障りな声で泣き喚いた。「あなたが何と
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第606話

ネット上では議論が沸騰し、関連ニュースはたちまちトレンド入りを果たした。裕也はタブレットを手に、リアルタイム配信の映像を見つめている。その鋭い眼差しには、隠しきれない不快感が滲んでいる。「誰が裏で糸を引いているのか、調べろ」見る目のある者には、これが周到に仕組まれた世論戦であることは明らかだった。彼らが千佳を利用して騒ぎを起こさせたのは、千佳と水原家との関係に目をつけたからだ。真実がどうであれ、世論の力だけで水原グループに圧力をかけ、株価にまで影響を及ぼすことは可能だった。健はためらうことなく、すぐさま調査へ向かった。一方、絵里は千佳を前にしても少しも怯まず、まるで愚か者を見るかのような冷たい視線を向けている。やがて彼女が丈裕に目配せすると、丈裕はすぐに一束の資料を取り出した。「これらの資料は、当時、私の父が水原家の分家を援助していた証拠です。本家があなたたちを冷遇したと言ったが、あの頃あなたは何度も父に金銭援助を求め、総額で十億円以上を受け取っています。これがあなたの言う『冷遇されてきた』ということ?」千佳の顔から血の気が引いた。絵里がそこまで詳しい証拠を用意しているとは思わなかったのだ。途端に言葉を失い、どう反論すればいいのか分からなくなる。その時、遠くからパトカーのサイレンが近づき、間もなく警察官たちが到着すると、迅速に現場の整理に入った。絵里は高木警部へ向き直った。「彼女はここで事実無根の発言を繰り返し、悪意ある誹謗中傷を行いました。さらに、警察が私に買収されたという侮辱までしています。配信を見ているネットユーザーや、ここにいる方々が証人です。高木警部、私は示談には応じません。司法機関によって私の潔白を証明していただくと同時に、司法の公正さも示していただきたいと思っています」冷たい視線を千佳へ向け、淡々と言い放った。「あなたが父から借りたお金は、一週間以内に返済してください。できなければ、裁判所に申し立て、あなた方の所有する財産を差し押さえ、返済に充ててもらいます」千佳は完全に頭が真っ白になった。「違う……これは全部嘘よ、嘘……」絵里の表情は淡々としていた。だが、その冷たい瞳の奥には、わずかな悲しみが浮かんでいる。「父は、あなた方に十分すぎるほど手を差し伸べて
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第607話

絵里はオフィスに戻り、悟史からその知らせを聞くと、瞳の色をわずかに沈ませた。洋二が水原家を切り捨てるだろうとは予想していたが、まさかここまで性急に動くとは思わなかった。「私の知る限り、今グループの実権を握っているのは裕也のはずよ。洋二の態度なんて、大した問題ではないわ」「裕也が入院している今、グループを仕切っているのは洋二です。彼は水原家には絶対に負けないと豪語していますよ」悟史は足を組み、一人掛けのソファに深く身を沈めながら、面白そうに続けた。「僕が掴んだ情報によりますと、洋二は契約満了と同時に、うちとの共同プロジェクトをすべて打ち切るつもりのようです」「どうやら、藤原家は本気で水原家を切り離すつもりみたいだわ」水原家と藤原家は長年協力関係を築いており、事業展開の方向性も似通っていた。提携を解消するということは、すなわち強力な競争相手になることを意味する。しかし現在、藤原家が投資している新エネルギー事業には、絵里の技術特許が使われている。ただ、その事実を洋二はまだ知らない。絵里に離婚を迫るためなら、本当に手段を選ばないようだった。「彼が提携を解消したくても、裕也が同意するとは限らないわ。今こんなことをしているのは、ただ私を追い詰めたいだけでしょう。結局、どちらが大きな痛手を負うことになるかは、まだ分からないよ」絵里は冷笑を浮かべ、それ以上この話題には触れなかった。そして悟史に念を押す。「この二つの土地は、必ず手に入れる」悟史は彼女の余裕に満ちた態度を見て、口角を上げた。「了解。お嬢様の判断に従います」絵里は彼を一瞥しただけで、それ以上何も言わなかった。病院へ向かう途中、高木警部から電話が入った。千佳が謝罪し、示談を望んでいるという……だが、絵里の心にあるのは冷え切った感情だけだった。骨の髄まで染み込むような、底冷えする感覚。父は生まれつき温厚な性格だった。ビジネスの世界でどれほどの手腕を発揮していても、決して他人を陥れるような真似はしなかった。得るべき利益だけを正当に得ていた。それなのに、あれほど善良な人が命を奪われることになった。絵里は回想から引き戻されると、取り付く島もない冷たい口調で答えた。「言ったはずです。和解するつもりはありません。法に則って厳
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第608話

ただ、以前の絵里なら、それは裕也の生まれ持った優しさや育ちの良さによるもので、特別な意味などないのだと思っていたかもしれない。だが、今は違う。彼が自分を心に留めているからこそ、これほどまでに気にかけてくれているのだと、絵里には分かっていた。しかし、その想いは一体いつから始まったのだろうか。絵里も分からない。「私にそんなに優しくしてくれるのって……私のことが好きだから?」絵里は食事の手を止めず、顔も上げないまま、ぽつりと尋ねた。口にしたものの、相手から返事がない。不思議に思って顔を上げると、ちょうど彼女をじっと見つめていた裕也の漆黒の瞳と視線がぶつかった。「まだ分かりにくいかな?」裕也は手を伸ばし、絵里の頭を優しく撫でた。その口元には、甘やかすような笑みが浮かんでいる。「やっぱり絵里は馬鹿ね。俺の気持ちは、一度も隠したつもりはなかったんだけど」絵里はむっとした表情になる。「不細工って言われるのは許すけど、馬鹿って言われるのは許さないわ。馬鹿な人がシステム開発なんてできる?脚本を書ける?会社を経営できるとでも思ってるの?」裕也の深い瞳には、愛おしさが溢れていた。彼は彼女の頬にそっと触れる。「なんだ、絵里も自分がそんなに優秀だって分かっていたんじゃないか。それなら、これからはもう自分を否定しないで」絵里の胸がぎゅっと締め付けられた。何かに強く打たれたような感覚。温かくもあり、切なくもあり、言葉では言い表せない複雑な感情が込み上げてくる。以前の絵里は、裕也の毒舌が嫌いだった。彼の言葉はいつも核心を突きすぎていて、何度も傷つけられたように感じていたからだ。だが今になって、ようやく分かった。彼がそう言っていたのは、ただ自分自身の本当の姿と向き合ってほしかったからなのだ。自分で自分を認められなければ、他人からの評価など何の意味も持たない。人を追い詰めるのは、周囲からの否定の言葉だけではない。結局のところ、自分自身を信じられない心の弱さこそが、人を傷つけるのだ。絵里は胸の奥がツンと痛み、何度も息を飲み込んだ。目頭が熱くなる。「絵里は、どんなお前でも素晴らしいよ」裕也の声は優しく響いた。「脚本を書いている時のお前も、エンジニアとして仕事をしている時のお前も。
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第609話

絵里は心を打たれ、さらに輝くような笑顔を見せた。「分かったわ。じゃあ、もう一度だけ裕也を信じてみる」裕也は再び彼女の首に腕を回して引き寄せ、その唇を強く奪った。口づけを交わしながら、甘い声で囁く。「それが一番賢明な選択だよ」絵里の唇は腫れてしまうほど激しく求められ、家に帰って鏡を見ると、まだその痕跡がはっきりと残っていた。今、裕也のことを思い出すだけで、先ほどまで抱いていた自責の念や落ち込みはすっかり消え去り、胸の奥に温かなものが満ちていくのを感じる。翌朝早く、絵里は悟史と共に準備を整え、入札会場へ向かった。道中、裕也からLINEが届く。【緊張しないで。自分を信じればいい】裕也はいつも絶妙なタイミングで、彼女に勇気と自信を与えてくれる。自然と口元がほころんだ。【いい知らせ、待ってて。薬もちゃんと飲んでね】【待ってる】短いやり取りだった。だが、そこには確かな力が宿っていた。今の絵里は自信に満ちている。裕也のためだけではない。水原グループのためにも、絶対に負けるわけにはいかなかった。会場へ向かう間、彼女と悟史は会社の広々とした高級ワンボックスカーに乗っていた。悟史は足を組み、絵里がスマホを置くのを待ってから、意味ありげな笑みを浮かべた。「お嬢様、今日は随分とご機嫌ですね。どうやら、僕の戦略に自信を持っていただけたようです」絵里は淡々とした表情で顔を上げ、彼へ視線を向ける。「紫垣さんが口だけではなく、有言実行してくれることを願っているわ」今回、洋二は業界内で大きく宣言していた。土地開発権を必ず手に入れると豪語しただけでなく、水原家との提携を打ち切るとまで公言したのだ。それはつまり、水原家と藤原家の間に今後一切の関係がないことを周囲へ知らしめる行為であり、水原が他の貪欲な競合相手から狙われる危険性も意味していた。洋二のやり方は明らかに意図的で、情け容赦のない冷酷な手段だった。ビジネスの世界とは、まさに弱肉強食の場だ。悟史は相変わらず笑みを崩さず、座席に深く身を沈めた。「それも、お嬢様のご協力があってこそですよ」二人は入札開始の十五分前に会場へ到着した。会場内に並べられた椅子には、それぞれ参加企業の名前が記されている。絵里が到着した時、すでに洋二
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第610話

「頭でもおかしくなったの?」絵里は、彼が伸ばしてきた手を払いのけ、冷ややかな表情と態度で明確な拒絶を示した。「私たち、もう何の関係もないはずよ。これからは会っても他人のふりをして」絵里は和也に対して、社交辞令の挨拶を交わす余地すら与えたくなかった。藤原家全体を見渡しても、裕也と賢治以外は、利益しか眼中にないハイエナのような人間ばかりだ。雪枝も和也もそうだ。洋二に至っては言うまでもない。絵里に言わせれば、堂々と悪党でいる人間のほうが、偽善者よりもよほどましだった。和也の視線がふと下へ落ちる。彼女の手首には、拘束具によってついた赤い痕が、まだかすかに残っていた。だが、絵里のあまりにも冷淡な態度に耐えきれず、彼は眉を寄せた。「絵里、俺はただお前のことが心配なだけだ。実のところ、今日の競売でお前が時間を無駄にする必要はない。藤原は絶対に落札するつもりだし、いくつか使い道のある区画以外、お前が他の土地を買っても無駄になるだけだ」「余計なお世話よ」絵里は顎を上げ、ナイフのように鋭く冷たい視線を彼へ向けた。会場に人が増え始める中、絵里の態度が頑なであることを悟った和也は、気まずそうにネクタイを直し、片手をポケットに入れたまま洋二のもとへ戻っていった。他の参加者たちも次々と席に着き始める。和也が戻ると、すぐさま洋二の厳しい忠告が飛んできた。「今日は土地の競売に来たのであって、昔話をするためではない。他の連中はまだあいつと裕也の関係を知らんが、お前自身はよく分かっているはずだ。あいつとは距離を置け」和也は拳を強く握りしめた。「裕也が横槍を入れなければ、絵里は俺のものだったんだ。こんな状況にはならなかった。結局、あいつが横取りしたから……」洋二は彼の未練がましい表情を見ると、さらに語気を強めた。「今更そんなことを言っても始まらん。雪枝の言う通りだ。あの女など取るに足らん。それより、くだらん感情のために兄弟の絆や、お前自身の未来を棒に振るような真似はするな!」和也は怒りのあまり奥歯を噛み締めた。だが、今の自分を支援できるのは父親だけだ。だからこそ、逆らうことはできなかった。悟史はその親子の様子を観察した後、再び絵里へ視線を向ける。その瞳の奥には、底知れない色が浮かんでいた。「どうやら、
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