夕風はもう吹かない의 모든 챕터: 챕터 1 - 챕터 10

28 챕터

第1話

午前2時。野口由理恵(のぐち ゆりえ)は、お腹の激痛で目を覚ました。ふと隣のシーツに手を伸ばすと、ひんやりと冷たい感覚を覚えた。どうやら夫の野口真司(のぐち しんじ)がまだ帰ってきていないようだ。しかし、下腹部の痛みはどんどん強くなるので、由理恵はスマホを手に取ると、震える指で真司に電話をかけた。そして、コール音が長く続いた後、ようやく電話が繋がった。由理恵が何かを言うより先に、受話器から若い女の声が聞こえた。「由理恵さん、真司さんはもうお休みになりましたから、何か用があるなら、また明日にしてください。じゃあ、切りますね」「待って、ちょっと待って……」そう言いかけたが、締め付けられるような下腹部の痛みで、由理恵は一言しゃべるのもやっとだった。だが、相手は聞く耳を持たず、一方的に電話を切ってしまった。由理恵は諦めきれず、痛みに耐えながらもう一度電話をかけた。しかし、今度はもう繋がらなくなってしまった。すると、ベッドの上で、由理恵は荒い息をついた。そしてこのまま死ぬかもしれないという恐怖で全身が震え、涙が勝手にあふれてくるのだった。死にたくない。まだ26歳なのに。両親もいるし、それに、真司だっている。その思いから、由理恵はなんとか気力を振り絞って救急車を呼んだ。そして意識が遠のく前に、リビングまで這っていって玄関のドアを開けた。すぐに、救急車のサイレンがマンションの敷地内に響き渡った。由理恵は、すぐに病院へ運ばれた。だが、病院に着くなり医師の診断では、子宮外妊娠とのことで、すぐに手術が必要だということだった。その時、由理恵は意識を取り戻していて、看護師に真司の電話番号を伝えた。でも、看護師が何度かけても、電話は繋がらなかった。「ほかにご家族か、ご友人の連絡先はありますか?」若い看護師は、ベッドで青ざめている由理恵を気の毒そうに見つめて尋ねた。由理恵は力なく笑って、首を横に振った。両親は東都にはいない。始発の飛行機で来てもらったとしても、着くのは明日の午後だ。それに、母親の松田泉(まつだ いずみ)は心臓が弱いから、こんなことで驚かせられない。一番の親友である今井凪(いまい なぎ)は市内にいる。それに、凪はもう臨月で、いつ生まれてもおかしくない状況だから、こんなことで煩わせるわけにはいか
더 보기

第2話

由理恵は1日冷静に考えてみたけど、やっぱり子宮外妊娠の手術のことは、真司に伝えるべきだと思った。8年も付き合ったんだから、そう簡単に割り切れるものではない。だが、由理恵も翠と彼女の母親・長谷川蘭(はせがわ らん)が、真司にとってどんなに大切な存在なのかをよく分かっていた。真司が子供の頃、両親は仕事が忙しくて残業も多かった。だから彼はよく、お隣の蘭の家でご飯を食べさせてもらっていた。蘭はシングルマザーで、女手一つで翠を育てていた。小さい頃から、真司と翠は周りからお似合いのカップルだと思われていた。誰もが、この幼馴染はこのまま結婚するだろうと思っていた。でも、真司が高校3年生になったばかりの頃、翠は蘭と一緒に海外へ引っ越して、それきり8年も帰ってこなかった。その詳しい事情までは、由理恵は知らなかった。だが、3ヶ月前に翠が膵臓がんを患った蘭を連れて国内に戻ってきて、真司に連絡を取ったのだ。そして、彼女たちが帰国してからというもの、真司は家に帰らないことが頻繁になった。理由を聞いても、彼はいつも「病院にいる」としか言わないのだ。真司とあの親子の関係を知っていたから、由理恵も今までは文句ひとつ言わなかった。彼の幼馴染が帰ってきたくらいで、二人の関係にひびが入るはずがないと信じていたからだ。最初の頃なんて、由理恵は自ら蘭に専門家の医師を探してあげようとさえした。でも、彼女が関わることが、真司と翠の二人を不快にさせたようだった。しまいには、由理恵が顔を見せるたびに、翠が不満そうに泣き出すようになった。そしてついに、真司から「もう病院には来ないでくれ」と言われてしまった。そんな状況で由理恵は自分がいけないのかが分からなかった。でも、幼い頃から身につけてきた教養によって彼女は感情のコントロールが上手だった。だからそんな状況においても彼女は騒いだりせず、辛抱強く持ちこたえようとしたのだった。真司がすべてを片付けたら、きっとまた自分の元へ帰ってきてくれると信じていたから。だけど、今回の子宮外妊娠の件において真司が取った態度は、彼女が心の支えにしてきた信念を揺るがしたのだった。そう感じたが、由理恵は一旦頭にあった疑念を追い払って、真司にメッセージを送った。そこには子宮外妊娠と書かれたカルテの写真も一緒に添付した
더 보기

第3話

8年間、由理恵と真司は愛し合ってきた。由理恵にとって、世界で一番自分を分かってくれるのは真司だけだと思っていた。でも、結局、それは全部自分の独りよがりだった。誰かを精神的に追い詰めるのは、一瞬の出来事じゃない。二人の関係も失望が積み重なって、止めを刺された時こそ、終わりが近づくわけだ。だから、真司からのメッセージを見た由理恵は涙を拭うと、一言だけ返信した。【うん】――3日後、由理恵は退院した。その間、真司から連絡は一切なく、由理恵も彼に連絡しなかった。けれど、由理恵の心はすでに決まっていた。「野口さん、子宮外妊娠でしたけど、これも立派なお産みたいなものですからね。家に帰ったらなるべく栄養をたくさんとって、ゆっくり休んでくださいね」ヘルパーは、まるで自分の娘を見るように、優しく由理恵に言い聞かせた。それを聞いて、由理恵は微笑んで、彼女を抱きしめた。「本当にありがとうございます。自分のことは、ちゃんとできますから、安心してください」本当は、旦那とちゃんと話した方がいいと言いたかった。でも、自分の妻が子宮外妊娠で大変な時に一度も顔を見せないなんて、ろくな男じゃないのだろうとヘルパーは思ったが、これ以上は何も言えなかった。こうして、ヘルパーに別れを告げると、由理恵は一人で病院の出口へ向かった。しかし、数歩も歩かないうちに、後ろから声をかけられた。「由理恵?」由理恵が振り返ると、大きなお腹を抱えた親友の凪が立っていた。「どうして病院にいるの?すごい顔色悪いけど、どうしたの?」凪は、由理恵の顔色が悪いのにすぐ気づいた。そして、急いで数歩駆け寄り、彼女の前に立った。一方で、「私、妊娠したの」そう言って由理恵は普段と変わらない落ち着いた様子だった。凪は、由理恵がずっと妊活をしていたことを知っていた。だからお祝いを言おうとしたけど、由理恵の次の言葉に遮られた。「でも、子宮外妊娠だったの。もう手術も終わったから、今日が退院なの」「どうして教えてくれなかったのよ!」それを聞いて凪は少し怒った。でも、由理恵のことだから、きっと妊娠中の自分を気遣って言わなかったんだろうと分かっていた。そう思って、凪は由理恵の手をぎゅっと握りしめ、心配そうに辺りを見回した。「あれ?真司は?」普段友人たち
더 보기

第4話

こうして、彼らが縺れ合っているうちに野次馬はどんどん増え、誰もが由理恵を指さして口を揃えて責め立てた。その様子を見ていた凪は、考えるより先に真司の頬を平手で打った。「真司、あなたって頭がおかしいんじゃないの?」だが、生まれてから一度も人に殴られたことのなかった真司はその一発にさらに腹が立った。彼は、冷たく笑いながら由理恵を睨みつけて言った。「たいしたもんだな。妊婦を連れてきて騒ぎ立てるとは。由理恵、お前はいつからこんなえげつない手段を使うようになったんだ?」それを聞いて、凪はもう一度真司を殴ろうとしたが、由理恵に止められた。「もう行こう。車が来たから」そう言って由理恵は真司と、まだわざとらしく痛々しい真似をしている女には目もくれず、怒りで発狂しそうになった凪を連れてその場を去ろうとした。しかし、初めて由理恵にこれほどあからさまに無視された真司はさらにかっとなって、由理恵の腕をつかみ、鋭い声で言った。「待て、翠に謝れ」そして、由理恵が何の反応も示さないのを見て、真司はさらに強く彼女の手首を掴んだ。「翠に謝れと言っているんだ」一方で、手首の痛みよりも心の痛みのほうをずっと強く感じた由理恵は深く息を吸い込み、ようやく真司のほうを振り向いた。「なぜ私が謝らなきゃいけないの?私が彼女を傷つけるようなことを何か言った?それとも何かしたかしら?それに、この病院はあなたのテリトリーってわけでもないでしょ?あなたが来られるなら、私が来てもいいはずじゃない?そんな屁理屈を並べるあなたこそ、教養や品格がないんじゃない?」そう言う、由理恵の眼差しはあまりにも冷たく、まるで見知らぬだれかを見ているようで感情がこもっていなかった。その目を見て、真司はなぜか心がヒヤッとするのを感じ、彼女を掴んでいた手の力をすっと緩めた。一方で、真司とはもうこれ以上関わりたくないと思った由理恵は凪を連れてそのまま病院の出口へと向かった。真司の不安そうな様子を見て、翠はおずおずと彼の手を取った。「真司さん、私、​また何かいけないことをしたかしら」そう言われて、真司は我に返り、なだめるように翠の手をぽんと叩いた。「君のせいじゃない。俺が最近、彼女を構ってやれなかったからだ」そうだ、きっとそうに違いない。最近忙しくて由理恵を放っておいた
더 보기

第5話

そう言われて、真司は、自分はこれだけ下手に出ているのに、由理恵が一体何に腹を立てているのか、さっぱり分からなかった。だから、苛立たしげにため息をつくと、彼はベッドから身を起こして問い詰めた。「由理恵、一体俺にどうしろって言うんだ?お前が翠に送ったメッセージ、全部見たぞ。確かに、俺と翠は幼馴染だ。でも、俺はあの子を妹としか思っていない。どうして俺たちをそんな風に疑うんだ?蘭おばさんも、俺にとっては母親同然の人なんだ。お前が子宮外妊娠だって嘘をついた時も、俺は怒らなかった。今日、病院まで俺を監視しに来たことだって許してやろうと思ったんだ。だからもう、いい加減騒ぐのはやめてくれないか」それを聞いて、先ほどまで離婚という決断に迷いがあった由理恵だったが、今、その心に残っていたわずかな未練さえも、完全に消え去ってしまったのだった。「もう疲れたの。だから出て行ってくれない」「俺に出て行けって言うのか?」真司は信じられなかった。出て行けとはどういう意味だ?ここは二人の家なのに、彼女は自分に一体どこへ行けと言っているんだ?しかし彼がそう問い詰めた途端、そばに置いてあったスマホが鳴った。真司は湧き上がる感情を抑え、電話に出た。すると、「真司さん、母が血を吐いたの!早く来て、私は怖くて……」電話の向こうから聞こえる翠の切羽詰まった声に、真司はすぐさまベッドを飛び出した。「落ち着け、今すぐ行くからな」そう言って、真司が慌ただしく服を着て、ドアを開けて出て行った。一方でその一連のやりとりを聞きながら、由理恵は静かに目を閉じた。ほどなくして、病院に着いた真司は心配そうな顔でベッドに横たわる蘭の手を握っていた。蘭は濁った目を開け、真司に懇願するように見つめた。「真司、私がこの世で唯一心残りなのは、翠のことだけなの。無理なお願いだって分かってる……でもお願い。翠と結婚して、私のかわりに、彼女を一生面倒見てくれないかしら」その言葉に、真司は固まった。翠の面倒を一生見ることはできても、結婚なんてできるはずがない。それに、自分は由理恵と一生連れ添うと誓ったのだった。真司が困惑しているのを見て、蘭は突然激しく咳き込み始めた。すると、真司が差し出したティッシュが、またもや真っ赤な血で染まった。その傍らで、翠は泣きな
더 보기

第6話

一方で弁護士の動きも早かった。その翌日には、由理恵が依頼していた離婚協議書は出来上がったのだ。由理恵はざっと目を通したが、なんの不満もなかった。そもそも彼女と真司は財産上での縺れ合いはなく、ただ二人が住んでいる家だけは、真司が結婚前に買ったものだが、家の内装にかかったお金は彼女が担っていたのだった。そして、当初彼女は内装のお金を出しただけでなく、インテリアデザイナーとして、デザインから施工、家具選び、隅々まですべてを自ら手がけてきたのだった。この家には由理恵の二人の愛の巣への思いが込められていて、彼女はこのインテリアデザインで、初めて国際的な賞まで受賞したのだ。そんな思い入れがあったのだろう。この家の至る所に、由理恵が夢見た二人の未来が映し出されていた。特に、早くから子供のために用意したあの部屋は、由理恵の人生で最も満足のいく傑作でもあるのだ。でも今となっては、この家中の全てを見渡してみると、由理恵はただひどく滑稽に感じてやまないのだった。もうこれ以上思い出に浸りたくなくて、そして仕事の引き継ぎも済ませようと思った彼女は休みを切り上げて会社へ向かった。そう、由理恵は会社を辞めるつもりだ。地元から遠く離れたここでの結婚生活を終わらせて、彼女は両親の元へ帰ろうとしているのだ。だが、会社のビルの下で、由理恵が車を停めると、一番会いたくない二人の姿が目に入った。そこにいた真司は心底がっかりしたという顔をしていて、その後ろには翠が、目に涙を浮かべていたのだった。「由理恵、翠にちゃんと謝ってほしい。お前が送ったあんな言葉は、本心じゃないと俺は信じてるから」真司は由理恵を見るなりそう言ったが、もちろん彼女に謝罪させるためだけに会いに来たわけではないのだ。彼は、蘭の最後の願いを叶える彼女の手助けが必要だったから、それについても相談しようとしたのだった。真司からしてみれば、由理恵は学歴も高く、性格も穏やかだから、何があっても無条件で自分を支えてくれるものだとずっと思っていた。だから彼女が最近、少しわがままを言っているのも、ただのやきもちからだと思っていた。ただ、あの悪意に満ちた呪いのメッセージは、さすがにやりすぎだから、見逃すわけにはいかなかった。外は明るい日差しが降り注いでいたが、それでも由理恵の病的なまでに青白い顔色
더 보기

第7話

その頃会社では、「本当に決めたの?」そう言って社長の奥山茜(おくやま あかね)は由理恵の退職届を手に取り、やはり少し残念に思った。由理恵は微笑んで頷いた。「ええ、私には兄妹がいませんので。それに、両親とも最近あまり体調が良くなくて、だから、やっぱり実家に帰って落ち着こうと決めました」「じゃあ、ご主人は?彼のお仕事はどうするの?」由理恵の恋愛事情は、茜も知っていた。大学の4年間は遠距離恋愛で、卒業後に由理恵ははるばる東都に嫁いできた。だから、二人の絆はとても強いものだと思われていた。なにより真司は聖東大学で最も若い教授で、将来は約束されているのだから、彼が仕事を辞めるなんてあり得ないだろう。「離婚するんです」「離婚?」それを聞いて驚いた顔をする茜を見て、由理恵はかすかに笑った。「ええ、もう手続きを進めています」由理恵は落ち着いていて朗らかな性格だ。だが、普段は穏やかに見えても、彼女の芯は強くて、一度決めたらそう簡単に信念を曲げることはないのだ。そう感じたから、「わかった。それなら、あなたが今後ますますご活躍されることを心より期待しておくわ」茜はそれ以上多く言わずに、退職届にサインした。それから、由理恵は一日かけて仕事の引き継ぎをした。そして、夕方近くになると、離婚協議書が会社に届いた。由理恵はそれを受け取ると、すべての条項を注意深く読んだ後、ためらうことなく署名した。その晩、茜がみんなを食事に誘い、由理恵の送別会を開いてあげたのだった。食事の後、誰かがカラオケに行こうと言い出したので、由理恵も断らずに一緒に行った。以前は真司が嫌がるから、彼女は同僚との集まりにほとんど参加しなかった。これまで、彼の好みをすべて尊重してきたのに、結局こんなみじめな結末を迎えるなんて、由理恵がなんだか空しい気分になっていると、ちょうどその場の雰囲気に合うかのように、今回の集まりは同僚の離婚をテーマにした歌で幕を閉じた。それから由理恵が家に帰ったときには、もう夜中の12時を過ぎていた。ドアを開けて中に入ると、真司がソファに座ってタバコを吸っていた。由理恵が帰ってきたのに気づくと、彼は慌ててタバコを消して立ち上がり、申し訳なさそうな顔をした。「ごめん、つい家の中で吸ってしまった」「別にいいわ」
더 보기

第8話

その後の3日間、真司が家に帰ってくることはなかった。由理恵も自分の荷物をまとめると、すべて実家へと配送した。そして、しばらくためらった後、由理恵はやはり母親の泉に電話をかけることにした。「お母さん、何日かしたら、そっちに帰るね」「あら、お休みがとれたの?真司さんも一緒に帰ってくるの?」電話の向こうで、泉はとても嬉しそうだった。「由理恵、妊活は順調?ちゃんと栄養のあるものを食べるのよ。体が元気じゃないと、赤ちゃんも健康に育たないわ。それと、真司さんにも言っておいて。タバコもお酒もダメだし、夜更かしもいけないって。あなたは知らないでしょうけど、下の階の山下さんが毎日孫の自慢ばかりするのよ。孫は本当に可愛いって。まったくもう!うちの娘は美人で、婿はハンサムなんだから.あなた達二人の赤ちゃんが生まれたら、絶対に彼女の孫なんかより可愛いはずなのに」こうして、電話をするたび、泉はいつも由理恵にたくさんのことを話したがるのだ。でも今回ばかりは、母親のおしゃべりや小言を聞いているうちに、由理恵は思わず涙が浮かんできたのだった。娘がすすり泣く声に気づいたのか、泉の口調が急に変わった。「由理恵、どうしたの?泣いてるの?何があったのよ」そう聞かれて、由理恵は涙をぬぐい、正直に話すことにした。「お母さん、私、真司と離婚しようと思ってる」その一言で、電話の向こうは長い沈黙に包まれた。しばらくして、泉の優しい声が再び聞こえてきた。「それなら、帰ってくればいいさ。ちょうど新しい寝具を買ったところなの。きっとあなたが好きな柄よ」「うん」そこまで聞いて、由理恵はもう感情を抑えきれなくなり、「まだ用事があるから」と言って、急いで電話を切った。そして、ソファに身を預け、彼女は壁にかかってある真司との結婚式の写真を見つめながら、その目には、涙と共に冷たい光を宿った。ほら見て。真司。あなたがいなくても、この世界には無条件で自分を愛してくれる人がいるんだから。そう想いに耽っていると、ピロン、というラインの通知音が、由理恵を現実に引き戻した。彼女が開いてみると、それは翠から送られてきた写真だった。写真は、翠と真司の和装の結婚写真だった。翠は金色の着物を着て、真司の隣に可愛らしく寄り添っていて、真司もまた紋付袴に身を包
더 보기

第9話

真司はカルテを一枚一枚めくっていった。【救急搬送時、ショック状態】【家族と連絡がつかず、患者本人が手術同意書に署名】【手術時間、3時間】……そこに書かれている文字はすべて慣れ親しんでいるはずなのに、真司にとっては今までに感じたことがないほど読み進めるのが困難だった。それでも彼は何度も読み返した。そして最後には、現実逃避をするかのように、その分厚いカルテを元の場所に戻した。「これは嘘だ。嘘だ、嘘に決まってる。由理恵は俺に嘘をついているんだ。あいつが子宮外妊娠で手術なんて、そんな大事なことを俺が知らないわけがない。これは彼女がただ悪ふざけをしているだけだ。あいつはあんなに俺を愛してたんだ。離婚なんてするはずがない」真司は信じられなかった。目の前で起きていることはすべてが悪い夢で、幻のように思えた。このまま、眠って目が覚めればすべて元通りになっているはずだ。そう思って彼は家中を歩き回ったが、ベッドどころか椅子一つさえそこには残されていなかった。「どうしてこんなことに?なんでだよ?翠、教えてくれ。これは全部、嘘なんだろ?」真司は目を真っ赤にして、傍らにいた翠の肩を強く掴みながら、かすれた声で問いただした。翠も由理恵がここまでやるとは思っていなかった。でも、こうなれば、自分にとってむしろ好都合で、おかげでずいぶんと手間が省けたと思った。そして彼女は言った。「真司さん、まずは落ち着いて。由理恵さんに連絡してみよう。こんな過激なことをするなんて、きっと何かあったはずよ」「そうか、そうだな」それを聞いて、真司は行き先を見出したかのように、スマホを取り出して由理恵に電話をかけ始めた。しかし、「おかけになった電話は、現在お繋ぎできません」真司が何度かけても、由理恵のスマホは繋がらなかった。途方に暮れた真司は次に、由理恵にラインでメッセージを送った。しかし、ラインの画面にはブロックされていることを示す表示が出るだけだった。一方で、その頃、由理恵が乗った飛行機は、故郷の空港に着陸したばかりだった。彼女がスーツケースを押しながらゲートから出てくると、出迎えに来ていた両親の姿がすぐに見えた。そして父親の松田剛(まつだ つよし)の手には、ピンクのチューリップの大きな花束が抱えられていたのだった。「由理
더 보기

第10話

しかし、言いたいことを堰が切ったように言い放った後、真司は後悔した。でも、彼も由理恵のやることなすこと、何もかも理解できずに、鬱憤が溜まっていたのだ。だから、彼はさらに発狂したかのように叫んだ。「何か言えよ!反論でも何でもしてみろ!」「言いたいことは何もないわ。あなたの好きに考えればいい。何度も言うけど、早くあの書類にサインして。それから都合のいい日を決めてくれたら、離婚の手続きをしに行くから」そう言うと、由理恵は電話を切った。それから真司がかけ直しても、もう繋がることはなかった。こうして内装を取り壊された、がらんとしている家の中に立ち尽くす真司の心も、同じように空っぽになっていったようだった。自分はあれほど由理恵を愛してきたのに、彼女が自分に残したのは、サインされた離婚協議書だけだったなんて。そう考えれば考えるほど真司は居た堪れなくなり、彼は離婚協議書を粉々に引き裂くと、翠に目を向けることなく、一人でかつての我が家を出て行ったのだった。一方で取り残された翠は、その場に立って周りを見回した。この家の前の内装は、実は結構好きだった。壊してしまうなんて、もったいない。でもまあ、古いものを捨てないと新しいものは手に入らないし。真司と入籍したら、もっと素敵にリフォームしてやろうとそう彼女は密かに思ったのだった。――片や、由理恵は両親と外で食事を済ませた後、一緒に実家へ帰ったのだった。何年も家を離れていたのに、彼女の部屋は少しも変わっていなかった。柔軟剤が香るピンク色の真っ新な寝具は、一目で母親の趣味だと分かった。そして両親も、娘が真司との離婚を切り出したからには、きっと辛い目に遭ったに違いないと気が付いていたから、何があったのか聞きたかったが、由理恵が自分から話さないので、二人とも黙って堪えていた。由理恵の顔を撫でながら、泉は目に不憫な色を浮かべて言った。「どうしてこんなに痩せちゃったの。顔色も悪いわ。明日、お父さんに栄養がある食事でも作ってもらわないとね」「うん。お父さんが作ってくれたものなら、なんでも食べる」由理恵は甘えるように父親の腕に絡みついた。一方で、剛も娘に心のこもった満面の笑みを浮かべて言った。「よーし、じゃあ父さんが明日の朝市にでも行って新鮮な食材を買ってきて、腕によりをかけてやるぞ」
더 보기
이전
123
앱에서 읽으려면 QR 코드를 스캔하세요.
DMCA.com Protection Status