杉本莉子(すぎもと りこ)は、誕生日を迎える婚約者の久保充(くぼ みつる)をサプライズで驚かせようと、仕事を大急ぎで片づけた。だが、夜通し車を走らせた疲れがたたり、つい不注意から事故を起こしてしまう。足を引きずりながらも充の家になんとかたどり着いたが、家の中は莉子が想像していたような静けさはなかった。テーブルはたくさんの人で埋め尽くされている。それに、いつも自分が座っている席には、知らないおとなしそうな女が座っていた。そこにいた人々は莉子に気づくと、笑い声をぴたりと止め、一斉にその女のほうに視線を向けた。充の笑顔までもが強張っている。「どうして来たんだ?」莉子は固まってしまった。プレゼントを抱えた莉子の鼻は、寒さで真っ赤になり、おまけに足は怪我をしている。なのに充は、そんな莉子の様子を気にかけるどころか、第一声は自分になぜ来たのか、と聞いてきた。「もしかして、私が来たら都合でも悪かった?」莉子は、無理やり口角を上げて笑ってみせる。「いや、そういうわけじゃないけど。ただ、今日は来ないと思って、席を用意してなかったから」充の声に苛立ちが混じっているのが、莉子にははっきりと分かった。しかし、その苛立ちが招かれざる客である自分へのものなのか、それともこの気まずい鉢合わせへのものなのかは定かではないが……「そんな顔するなよ。席を用意するから、早く座れ。みんながお前を待ってるんだから」そう言うと充は適当に、背もたれすらない椅子を持ってきた。その椅子を無理やりテーブルの隙間に押し込んだせいで、ひどく場違いに見える。足の痛みはまだ引いていなかった。この怪我のせいで、もうモデルの仕事は続けられなくなるだろう。なぜなら、会社から半年は休むように言われたから。この業界で半年も休んだら、もう自分の居場所はなくなってしまうはずだ。しかし、仕事を失っても、自分には充がいる。そう思っていたけど、それもどうやただの思い上がりだったようだ。なんて自分は馬鹿だったんだろう。莉子は椅子に座らず、充の隣にいる女に視線を向けた。女の肩には、サイズの合わない白いメンズジャケットがかけられていて、よく見ると油のシミが点々とついている。しかもそのジャケットは、数日前に充と旅行へ行った時、莉子がプレゼントしたもの。充はそれを
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