LOGIN杉本莉子(すぎもと りこ)は、誕生日を迎える婚約者の久保充(くぼ みつる)をサプライズで驚かせようと、仕事を大急ぎで片づけた。だが、夜通し車を走らせた疲れがたたり、つい不注意から事故を起こしてしまう。 足を引きずりながらも充の家になんとかたどり着いたが、家の中は莉子が想像していたような静けさはなかった。 テーブルはたくさんの人で埋め尽くされている。 それに、いつも自分が座っている席には、知らないおとなしそうな女が座っていた。 そこにいた人々は莉子に気づくと、笑い声をぴたりと止め、一斉にその女のほうに視線を向けた。 充の笑顔までもが強張っている。 「どうして来たんだ?仕事って言ってただろ?」
View Moreその瞬間、充は全身の血が凍りついて、体が砕け散ってしまうのではないかと思った。胸にぽっかりと大きな穴が空いて、そこから冷たい風が吹き込んでくる。覚悟していたはずだった。しかし、莉子が自分以外の男と愛し合っている姿を目にすると、激しい痛みと嫉妬で、心臓を握りつぶされるような苦しみに襲われた。充はただ、二人が手をつないでステージに上がるのを見ていることしかできなかった。そして、莉子の顔にはずっと幸せそうな笑みが浮かんでいる。かつて自分だけに向けられていたあの笑顔が、今は別の男のものになってしまった。充は目の前が真っ暗になった。心臓が痛くて息もできず、寒さで体中が震える。それでも、倒れるわけにはいかなかった。少しでも目を離したら、莉子がまた自分の世界から消えてしまいそうだったから。充はずっと外で待っていた。中のイベントが終わり、莉子がもう一度チャンスをくれるのを、ただひたすら待っていた。ようやくイベントが終わったが、充は昼から夜までずっと外で立ち尽くしていたせいで、唇は寒さで真っ白になっていた。しかし、莉子は正面からは出てこず、蓮と一緒に裏口から駐車場へ向かってしまった。充は凍えて感覚が麻痺した足を引きずりながらも、無我夢中で駐車場のほうへと走った。一台ずつ車を見て回り、ついに地下駐車場の一番奥で、車に乗っている莉子を見つけた。しかし、近づいてよく見ると、莉子があの男の首に腕を回し、激しくキスを交わしている。その瞬間、充の頭の中で理性の糸がぷつりと切れた。目を血走らせ、落ちていたレンガを拾うと、助手席の窓に思い切り叩きつけた。莉子が悲鳴を上げた。振り向くと、窓ガラスが蜘蛛の巣のようにひび割れていて、その向こうには、血走った目の充が立っている。「莉子、こいつと一緒にいるのは許さないぞ!」そう言って充は、さらに何度も窓を叩きつけた。蓮は顔を強張らせたが、莉子を落ち着かせると、ドアをロックして車から降りる。「お前は誰だ?」「俺は莉子の婚約者だ!」充はうなるように叫んだ。蓮は充を上から下まで眺めると、ふっと鼻で笑った。「お前が莉子と昔どんな関係だったかは知らない。でも、莉子の今の彼氏は俺だ。それと、車を傷つけたことはどうでもいいけど、今夜は莉子と大事な約束があるんだ。もしそれも邪魔するって
温かい液体が充の頬を伝い、莉子の肩にぽつりと落ちた。それは火傷しそうなほど熱かった。「莉子、行かないでくれ。どうしたら俺を信じてくれるんだ?ほら、お前が捨てた指輪も持ってきた。本気なんだ。これからの人生、全部かけて償うから、だから……もう一度やり直そう、な?」莉子が捨てたはずの指輪が、充の手のひらで眩い光を放っている。でも、莉子にとってはもう何の意味もない、ただのダイヤモンドの指輪でしかなかった。それに、彼女はこれより何倍も価値のある宝石をたくさん持っているのだから。「嫌よ。気でも狂ったの?早く離して」莉子は眉をひそめ、苛立ちを全面に出して言った。しかし、どんなにもがいても、充の腕から抜け出すことはできなかった。「嫌だ、離さない。お前は俺のものだ……永遠に愛してるって、約束したじゃないか……」慣れ親しんだ莉子の香りを嗅ぐだけで、充は体中の疲れや悲しみがすべて消えていくような気がした。それに柔らかな腰の感触。充は、慣れ親しんだその感覚を自分の魂に深く刻みつけようとするかのように抱きしめる。「今すぐ離さないなら、もうこれ以上何も話さない」莉子の声は、氷のように冷え切っていた。充はびくりと体を震わせ、心の中で激しく葛藤した。しばらくためらった末、彼はついにゆっくりと莉子から体を離す。そして、充はその場に片膝をつき、指輪を掲げた。その姿は、まるで地面にひれ伏すかのように惨めだった。莉子はしばらくその指輪を見つめていたが、ふと手を伸ばしてそれを受け取った。充は喜びで今にも飛び上がりそうだった。これでやっと莉子が許してくれたのだ、と。しかし次の瞬間、莉子は何の躊躇いも見せずに指輪をゴミ箱に投げ捨てたのだ。充の笑顔は瞬時に凍りつき、顔からは血の気が引いた。案の定、充は見るからに傷ついた表情を浮かべている。莉子は唇の端を吊り上げて、あざけるように笑った。「充、私が一生あなたから離れられないとでも思ってたの?あなたが今手にしているもの、全部私がそばで支えて勝ち取ったものなのよ。私が用意した資金がなかったら、本当に今の地位まで上り詰められたと思う?それに、あの女がしたことも、もう知ってるはずよね。あなたは執念深いから、彼女はろくなことにはならなかったでしょ。ねえ、あの女はもう罰を受けたのに、どうして
充は、まるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。莉子がM国で元気にやっている……それどころか、新しい彼氏まで作っただと?しばらく動けずにいると、手足が少し痺れてきた。一番辛い時期を二人で支え合って乗り越えてきたんだから、莉子の心の中にはまだ自分がいるはずだと信じていた。だからどんなにひどい喧嘩をしても、他の男を好きになるなんてありえないと思っていた。でも、莉子はいつの間にか、泥沼のような恋愛から抜け出していたのだ。まだ希望はあるという錯覚に囚われていたのは、自分だけだった。どうして莉子は、また他の誰かを愛することができるんだ?莉子の隣は、自分だけの場所だったはずなのに。充は震える手でスマホを取り出し、裕也に電話をかけた。そして、M国にいる莉子の情報をすぐに調べるように命じる。すぐに返事があった。写真に写っていた真剣な眼差しの女性は、化粧もしていないのに、誰もが見とれてしまうほど美しかった。まるで、長い間眠っていた宝石が再び輝きを取り戻したかのようだった。充はもうじっとしていられなくなり、すぐにM国行きのプライベートジェットを用意させた。飛行機の中でも、充は一睡もせずに、窓の外を流れる景色をただぼんやりと眺めていた。そして、ただ莉子に近づいていると思うだけで、長い間止まっていたかのような心臓が、また激しく鼓動を始めた。M国に到着すると、充はすぐに花屋でスズランの花束を買い、調べた住所のイベントホールへと向かった。ここではファッションショーが開催される予定で、モデルたちのマネージャーである莉子も必ず現れるはずだった。充は入り口の警備員にいくらか金を握らせ、会場に潜り込んだ。会場の隅に立ち、キョロキョロと周りを見渡していると、ついに待ち焦がれたその姿を見つけた。今日の莉子は、床に届くほど長い淡いグリーンのドレスを身にまとっていた。ゆったりとしたデザインが、かえって彼女の美しい体のラインを際立たせている。鮮やかで、生き生きとした緑色。莉子が一歩動くたび、まるでその場に緑の軌跡が残るようだった。髪はすっきりとまとめ上げられていて、ステージの照明が彼女の顔を照らし、その華やかな顔に浮かぶ自信に満ちた表情をくっきりと浮かび上がらせていた。まばゆいばかりの輝きを放っている。そう充は感じた
東都にある久保家の別荘は、たった一か所、薄暗い灯りがついているだけだった。充はゲストルームのソファのそばにもたれかかり、手にはウォッカのボトルを握っていた。足元には、吸い殻や空き瓶が散らばっている。もう丸2ヶ月も、充はこうして酒に溺れる毎日を送っていた。寝ても覚めても、脳裏に浮かぶのは莉子の姿ばかり。最初はにこやかに笑う莉子の顔。でも、その表情はすぐに憎しみと嫌悪に満ちたものへと変わってしまう。「充。あなたのそばにいたこと、本当に後悔してる」その言葉を思い出すたび、充の心臓は見えない手にぎゅっと鷲掴みにされたかのように震え、息もできないほどに痛んだ。しかし、充は莉子の行方を捜すのを諦めていなかった。しかし、それはまるで砂浜で針を探すようなもので、何の手がかりも得られなかった。充は恐怖さえ感じ始めていた。こんな広い世界で、いつになったら莉子を見つけられるのだろうか、と。もし一生莉子を見つけられなかったら、どうすればいいのだ……一生探し続けることは怖くない。ただ、二度と莉子に会えなくなることだけが怖いのだ。莉子がいなくなってから、充はまともに眠れていなかった。眠りにつくと、二人が別れた最後の時の悪夢を必ず見て、恐怖で飛び起きてしまうのだった。やがて充は、薬に頼らなければ最低限の睡眠すら取れなくなっていて、体重も十数キロ落ち、かつての覇気は見る影も無くなっていた。どれくらい時間が経ったのだろうか。酒でふらつく足になんとか力を入れ、充はゆっくりと立ち上がった。部屋を出る時には、危うく転びそうになった。バスルームでシャワーを捻り、冷水を全身に浴びる。酒の匂いが消える頃、充は震える体で寝室に戻り、布団を頭までかぶって体を丸めた。莉子のほのかな香りが彼を包み込む。充は目を閉じた。そうすれば、まだ莉子がそばにいるかのように感じられたから。充はどんなにタバコを吸いたくても、莉子の部屋では決して吸わなかった。なぜならタバコの汚れた匂いで、部屋に残る莉子の香りを汚したくなかったから。莉子が唯一残していったもの。もしこの香りさえも無くなってしまったら、充にはもう耐え抜くための心の支えがなくなってしまう。翌朝、充はまるで抜け殻のように起き上がった。今日もまた、3時間しか眠れなかった。そしてまた莉子