心愛は黙って箸を取り、うつむいたまま食事を始めようとした。「貴臣はどうしてまだ来ないのかしら」向かいに座る千恵が空いた座布団に目をやり、気まずい空気を和らげようと優しく尋ねた。心愛は顔を上げ、そつのない微笑みを浮かべた。嘘をつくことにはもう慣れきっている。「会社で急用が入ったのでしょう。片付き次第、こちらへ向かうと申しておりました」その言葉が終わるか終わらないかのうちに、上座の雅子が「トン」と、激しい音を立てて箸を座卓に叩きつけた。それほど大きな音ではなかったが、その場にいた全員の動きを止めるには十分だった。「この役立たずが!」雅子の刃のような視線が、心愛の顔を剃ぎ落とす。「結婚して数年も経つというのに、夫の心一つ繋ぎ止めておけぬとは。外で女遊びなどさせて、桐生の名に泥を塗るような真似を……今日の食事はお預けよ。そこで正座しなさい。ご自身の不甲斐なさを、きちんと反省しなさい!」茶の間に控えるお手伝いたちの視線が、一斉に心愛へと集まった。心愛は箸を握る手に力を込めたが、やがてゆっくりとそれを置き、立ち上がった。そして茶の間の隅へ歩み寄ると、正座をして背筋を伸ばし、うつむいた。食事は、張り詰めた沈黙の中で続けられた。桐生家の人々が席を立ち、次第に茶の間を去っていく中、広々とした空間に残されたのは、一人で正座する心愛と、音を立てぬように食器を片付けるお手伝いだけだった。千恵が羊羹の小皿を手に、こっそりと近づいてきた。その表情には、気の毒さと不安が滲んでいる。「心愛、こんなに長く正座して……顔が真っ白だわ。これても食べて、少しでもお腹に入れないと」心愛が顔を上げ、口を開こうとしたその時、背後から鋭い声が飛んできた。「何をしてるの、千恵!」いつの間にか雅子が戻ってきていた。冷徹な面持ちで歩み寄ると、千恵の手から小皿を取り上げ、傍らの茶箪笥に置いた。「先日の病院での無礼、私からの電話を叩き切るなどという身の程知らずな慢心……今日という今日は、その鼻っ柱を徹底的に叩き折ってやらねばならん!さもなくば、今後どんな不始末をしでかすか分かったものではないわ!」雅子は高圧的に心愛を見下ろし、その瞳には執拗なまでの悪意と嫌悪が宿っていた。近くに控えていたお手伝いから雑巾を受け取ると、心愛の目の前の畳に放り投げた。「
Read more