Masuk鳴り物入りで世間の注目を集める弁護士、明石葵(あかし あおい)。桐生貴臣(きりゅう たかおみ)は、そんな彼女に帰国後の初陣を飾らせるという名目のもと、妻の深水心愛(しみず ここあ)の反対を押し切り、葵に心愛の弟の弁護を委ねた。 しかし、その期待も虚しく裁判は敗訴に終わり、深水俊輔(しみず しゅんすけ)は実刑判決を下され、投獄の身となった。 世論の非難を一身に浴び、葵は弁護士としての面目を失墜させる。 にもかかわらず、貴臣はあろうことか、心愛に葵への謝罪を強いた。 さらに追い打ちをかけるように、俊輔の投獄に衝撃を受けた心愛の祖母までもが病に倒れ、昏睡状態に陥ってしまう。 葵へのあからさまな贔屓を隠そうともしない貴臣を前にして、心愛はようやく悟る。 自分は、葵の「身代わり」に過ぎなかったのだと……
Lihat lebih banyak「やっぱりな」静香は彼を見た。「やっぱりって、何が?」「結局、頼りにならないってことだ」正国は声を抑えていたが、その不満は隠そうともしなかった。「口ではどれだけ立派なことを言っても、夜通し誰かが付き添わなきゃならない場面になれば、結局お前一人をここに残して行くじゃないか」「あの人は会社で急用が入ったのよ」静香は思わずかばうように言った。だが、言い終えた本人ですら、その言葉に説得力があるとは思えなかった。「会社に急用があることは理解できる」正国は静香を見つめた。「だが、理解できることと納得できることは別だ。帰るのは構わない。だが、その前に代わりの人間を手配して、介護士を呼び、お前を説得して帰らせるくらいはできたはずだ。それなのに実際はどうだった。あいつが帰ったあと、お前は一人でベッドのそばに座ったまま眠り込んでいたじゃないか」静香は黙り込んだ。その指摘には、反論のしようがなかった。正国は考えれば考えるほど胸の内が重くなり、冷ややかな声で言った。「これが、あいつの言う『面倒を見る』なのか」「もうやめて」静香は彼の腕を軽く引いた。「ここは病院よ」「これでも十分、あいつの顔を立ててやっている」正国は病室のドアへ視線を向けた。「昔の俺なら、こんなことで黙って引き下がったりはしない」静香は小さくため息をつき、静かな声で言った。「今はあの人のことはいいわ。それより、心愛が無事でいてくれること。それが何より大事なんだから」「分かっている」正国は静香を支えながら、エレベーターホールへ歩き出した。「だが、この件だけは絶対に忘れない」静香は横目で彼をちらりと見ただけで、それ以上は何も言わなかった。廊下の照明は変わらず灯り続けている。二人の足音だけが静かに響いた。背後には、付き添いのいる病室。前方には、深夜の静まり返ったエレベーターホールが広がっていた。この夜は、まだ終わっていない。だが、二人の胸の中では、ある決意がゆっくりと、しかし確かに形になり始めていた。夜はさらに更けていく。病院の外では街灯がまだ淡く灯り、駐車場から一台の黒いセダンが足早に走り去っていった。テールランプが一度だけ赤く瞬き、交差点を曲がると、その姿はすぐに夜の闇へと消えていった。静香は結局、正国に
静香は彼女を見つめ、明らかにまだ少し迷っている様子だった。「うちの子は夜中も注意しなきゃいけないことが多いの。あなた、全部把握しているの?」介護士は頷いた。「先ほどナースステーションの方から一通り引き継ぎを受けております。点滴の管理、体位変換、夜間の体温観察など、どれも慣れている作業です。もしご不安でしたら、中へ入ってからもう一度看護師と確認いたします」傍らにいた正国が言葉を挟んだ。「病院側が推薦してくれた人材だ。身元もしっかりしているし、経験も十分だよ」静香はまだ眉をひそめていた。「でも、もし夜中にあの子が目を覚まして、知らない人がいたら」「それでも、お前がベッドに突っ伏して夜を明かすよりはマシだ」正国は彼女の言葉を真っ向から遮った。「自分の体調まで犠牲にするような真似はよせ」「そんな――」「そんな、じゃない」正国は彼女を見据えた。「心愛が目を覚ました時、お前がひどくやつれた顔でそばにいるのを見たら、あの子がどう思うか考えてみろ」その一言は、静香の胸の急所を突いた。彼女は黙り込んだ。正国はさらに声を潜めて続ける。「あの子はただでさえ敏感なんだ。今夜これだけのことがあって、心の中は十分に乱れている。そこへお前が今にも倒れそうな姿を見せれば、あの子はさらに自分を責めることになるぞ」静香は唇を微かに動かしたが、しばらくしてようやく低い声で絞り出した。「私はただ、あの子のそばにいてあげたいの」「そばにいるにしても、やり方があるだろう」正国の口調が少し和らいだ。「まずはお前自身が体を労らなきゃならない。明日の昼間だってここへ来るんだろう。今帰って休まなければ、明日どうやってあの子の相手をするつもりだ」静香は答えなかった。表情は明らかに少し緩んだが、それでもまだ名残惜しそうだった。「それなら、もう少しだけ残るわ。この点滴が終わるまで」「もう少し残ったら、お前はまた帰らないと言い出す」正国は静香の性格を知り尽くしている。「いいから、ごちゃごちゃ言うんじゃない」「そんなことないわ」「いや、今してるじゃないか」傍らに立つ介護士は、夫婦のやり取りを見守りながら、軽々しく口を挟むこともできず、ただ静かに待っていた。静香はしばらく座っていたが、やがてため息をつき、諦めたように言った。「分かったわ、帰る」そう言
「心配だからって、あの子がお前にこんな無理をさせると思うか」「無理なんかしてないわ」静香は小さな声で反論した。「この子のそばにいる方が、私も安心なのよ」正国は彼女を見つめた。口調は荒くなかったが、その態度は頑なだった。「お前が安心でも、俺が安心できない」静香はハッとして、顔を上げて彼を見た。正国はそれ以上何も言わず、手を伸ばして彼女を立たせた。その動きはとても優しく、ほとんど半ば抱きかかえるようにして彼女を椅子から引き上げた。「とりあえず外で話そう」静香は立ち上がったものの、視線はすぐにベッドへ向かい、明らかに離れたがっていない様子だった。彼女は視線で合図を送った。その意味は明白だ。心愛はどうするの、と。正国はそれを悟り、低い声でなだめた。「あの子はぐっすり眠っているから、大丈夫だ」静香はまだ動こうとしない。「もし夜中に目が覚めて、そばに誰もいなかったら、この子パニックになってしまうわ」「誰もいないなんてことはない」「どうしてよ」静香は眉をひそめた。「桐生はいないし、私まで帰ったら、ここには誰もいなくなるじゃない」正国は「桐生」という言葉を聞いて、胸の奥でまた怒りがこみ上げたが、どうにかそれを押さえ込んだ。「いいから、まずは俺と一緒に外へ出なさい」「嫌よ」「静香」正国は彼女を見据え、さらに声を潜めた。「ここで意地を張るな。今の自分の顔色がどうなっているか、分からないのか」静香は言葉に詰まり、ついに意地を張るのをやめ、彼に支えられながら外へ向かうしかなかった。ドアのところまで来ると、彼女はたまらず振り返った。ベッドの上の心愛は依然として眠ったままで、目を覚ますことはなかった。病室のドアが静かに閉まる。廊下は病室の中よりも少し冷房が効いており、外へ出ると静香の頭も随分とすっきりした。彼女は振り返りざまに尋ねた。「どうしてこんな時間に来たの、会社の仕事は終わったの?」「ああ、終わった」正国は彼女を一瞥した。「俺が来なかったら、お前がこんな風に付き添っていることなんて分からなかったからな」「私が付き添っていて何が悪いっていうの」静香は低い声で言った。「あの子は私の娘よ」「付き添うなとは言っていない」正国は彼女を支えながら、傍らの椅子に座らせた。「付き添うにしても、やり方が
道中の交通事情はわりと順調で、街角のネオンが次々と後方へ流れ去っていく。車内に音楽は流れておらず、ただエンジンの低い駆動音だけが響いていた。正国はハンドルを握りながら、頭の中では今日病室で起きたことばかりを反芻していた。雅子が取り乱し、貴臣がしくじり、心愛が気を失う。そして、静香がベッドの傍らで目を真っ赤にしながら必死に堪えていた姿。それら一つ一つの出来事が、すべて重くのしかかってくる。考えれば考えるほど、彼の顔色は暗く沈んでいった。桐生家の連中は、やはりもう二度と信用できない。二十分ほど後、車は病院の駐車場に停まった。正国は車を降りると、足早にエレベーターへ向かい、病室のある階まで真っ直ぐに上がった。廊下はすでに静まり返っており、夜勤の看護師たちも極力足音を立てないように動いていた。冷たい白みを帯びた照明が、誰もいない廊下を空々しく照らし出している。病室のドアの前まで来ると、彼の足取りはふいにゆっくりになった。ドアはきっちりと閉まっておらず、わずかな隙間が空いていた。彼は無意識に、その隙間から中を覗き込んだ。病室の照明はかなり落とされており、ベッドサイドのランプだけが灯っている。心愛はすでに眠りについていた。彼女は横を向き、微かな寝息を立てている。点滴スタンドからは、まだゆっくりと液が落ちていた。顔色は相変わらず青白いが、昼間よりは少し落ち着いて見え、眉間の皺も消えている。どうやら安らかに眠れているようだった。そしてベッドの傍らには、静香が突っ伏していた。おそらく最初は少し寄りかかるだけのつもりだったのだろうが、いつの間にか眠り込んでしまったらしい。片手はベッドの縁に置かれ、その指先は心愛の手に触れそうなほど近くにあった。眠りに落ちる直前まで、娘を気に掛けていたことが窺える。正国はドアの前に立ち尽くし、途端に眉をひそめた。胸の奥でくすぶっていた怒りの炎が、一気に燃え上がるのを感じた。貴臣のやり方というのは、こういうことか。口では面倒を見ると立派なことを言っておきながら、結局本人は姿を消し、静香を一人でこんな風に眠り込むまで付き添わせている。静香はこの数日間ろくに休めておらず、日中はあちこち駆け回り、夜は病室で夜明かしをしているのだ。こんな生活を続けていれば、娘が回復する前に彼女自身
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