二人が遠ざかっていく後ろ姿を見送りながら、医師はそっと眼鏡を外した。疲れ切った様子で眉間を揉み、力なく首を振ると、小さく独り言をこぼす。「まったく……近頃の人間は、病気でもないのに病人のふりをしてまで病院に来る。つくづく、暇なものだ」……一方、心愛は会社からわざと離れた場所にあるカフェを選んでいた。人通りは多いが、何より貴臣と鉢合わせる可能性が限りなく低い場所だ。席に着いてから二分も経たないうちに、カジュアルなスーツを纏った清夏が大股で歩み寄り、向かいに腰を下ろした。「心愛!」清夏は鼻梁に掛かった金縁眼鏡を押し上げ、開口一番に言う。「随分痩せたじゃない。あの貴臣ほどの経営者が、食事も満足に与えないなんてこと、ないでしょうに」「清夏……」心愛は無理に笑みを作り、力なく答えた。「少し前に、俊輔が宇佐美紘に嵌められて投獄されたの。葵が弁護人を引き受けたんだけど、法廷でまともな弁護もしなかった。おばあちゃんはそれがショックで入院して、まだ意識が戻らないの。最近は、喉を物が通らなくて……」俊輔が投獄されたと聞き、清夏は愕然とした。葵が初めての裁判で敗訴したという噂は、彼女の耳にも入っている。その法廷での不手際は、今や法曹界で広く語り草になっていた。清夏はそれ以上踏み込まず、通勤バッグから角形の封筒を取り出し、テーブル越しに差し出した。「書類、用意できたわ」心愛は手を伸ばし、中から数枚の書類を取り出す。「協議離婚のための念書及び条件合意書」という大きな文字が、はっきりと記されていた。これを基に正式な離婚届を作成し、機を見て貴臣の署名をもらい、役所に提出すればいい。そんなかすかな希望が、胸の奥に芽生え始める。胸を押し潰していた巨大な岩が、ようやく一角だけ取り除かれ、息をつくことができた。三年間――それは、まるで悪夢のようだった。「ありがとう、清夏」心愛は深く息を吸い込み、こみ上げる切なさを押し殺して顔を上げる。そして清夏を見つめ、丁重に頭を下げた。「本当に、あなたのおかげよ。じゃなかったら、あとどれだけ囚われ続けていたか分からない」心愛の赤らんだ目元を見て、清夏は胸の内で小さく息をついた。「水臭いこと言わないで。それより……本当に決心はついたの?」「ええ」心愛は頷いた。その瞳には、これまで
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