湊は優しげな微笑みを浮かべると、綾の手を取り、親指でその手の甲をそっと撫でた。これで綾がそばにいてくれるのなら、自分は折れてもいいと思った。普段は冷淡な湊が、今だけは珍しく温もりを見せていた。「あの、明里を迎えに空港へ行かなきゃいけないので、先に行くね」綾は湊の手を振りほどいた。飴と鞭。これは愛じゃなく、コントロールだ。この5年、湊はずっと自分を調教してきた。冷たく突き放したかと思えば、時折見せる優しさで、心を翻弄する。ようやく合点がいった。かつては、湊が車の事故のせいで感情がうまく表現できないだけだと信じていた。だけど、凪へのひいきや、海斗への寵愛ぶりを見れば、湊は愛し方を知っているはずなのだ。明里が海外のブリーダーの施設へ見学に行き、今夜戻ってくるのは確かだった。綾は湊を避けるため、早めに空港へ着き、車を停めて公共のロビーで待ち合わせることにした。ロビーに足を踏み入れると、背筋がすっと伸びた健吾の姿が目に入った。仕立ての良い黒のスーツを着て、金茶色の髪は前回会った時より少し伸び、おでこにふわりとかかっている。深く澄んだブルーの瞳、通った鼻筋、そしてきゅっと結ばれた薄い唇。その佇まいはどこか冷ややかで、気高い雰囲気を纏っていた。綾はしばらく健吾を見つめていたが、すぐに目を逸らした。相手は気配を察したのかこちらを振り向き、見慣れた綾の姿を瞬時に捉えた。逃げるように振り返った後姿でも、前回より痩せたことには気づいていた。「健吾様、何かありましたか?」マルスが視線の先を追った。健吾は彼を止めようとしたが、もう手遅れだった。「綾さんじゃないですか!」訛りのある発音で大声を出されたら、聞こえないフリをするわけにはいかなかった。綾は振り返り、引きつったような笑みで手を小さく振った。挨拶だけで済ませたかったが、マルスは既に大股でこちらへ向かってきていた。「綾さんもお迎えですか?どの便ですか?」綾が便名を答えると、マルスの目が輝いた。「ビアンカ様も同じ便です。一緒に待ちましょう」断れないような勢いに押され、綾は平然を装って健吾の方へ向かうしかなかった。「健吾、奇遇ね」健吾は軽く顎を引いた。「迎えか?」「ええ、明里を」二人の間には、社交辞令の後で重苦しい沈黙が
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