Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 20

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第11話

江里子はスマートフォンの画面を飛鳥の目の前に突きつけた。「ほら、よく見て。あんたが敬愛してやまない義姉さんが、裏で星歌にどんな顔を見せてるのかをね」飛鳥は無表情にスマートフォンを受け取り、画面に視線を落とした。一読して、彼は江里子を冷ややかに見返した。「……これが何か?」「はあ!?何かって、あんた本気で言ってるの?ちょっと飛鳥、言葉の意味がわからないわけ?」江里子は耳を疑った。「これほど露骨な挑発を見て、何が悪いのかって……正気?」怒りが頂点に達し、江里子はひったくるように端末を取り返した。「いいわ、理解力のないあんたのために、私が音読して解説してあげる!」頭に血が上りすぎて、どうにかなりそうだった。夏蓮がこれほど星歌を煽っているというのに、この男は。江里子は苛立ちを隠さず、画面を凝視した。「聞きなさいよ……『星歌さん、すべては私の……せい……?』」言葉が詰まった。違う。さっきの文面は、こんな殊勝なものではなかったはずだ。よく見れば、夏蓮は先ほどのメッセージを削除し、すぐさま別の内容を送りつけていた。【星歌さん、すべては私のせいです。責めるなら私を責めてください。翼さんの死を受け入れられなくて……飛鳥さんと喧嘩しないで。彼は、本当にあなたのことを愛しているのだから】新しく届いたメッセージを読み、江里子はあまりの理不尽さに絶句した。もはや怒りを通り越して、言葉も出ない。彼女はスマートフォンを星歌の方へ放り投げた。「……自分で見て」星歌は端末を拾い上げ、画面に目をやった。メッセージの送信取り消しと、その後に続いた白々しい言葉。星歌の口元に、自嘲気味で鋭い皮肉の笑みが浮かんだ。さすがは夏蓮。その計算高さには恐れ入る。翼と結婚して何年もの間、彼女が表と裏を使い分ける卑怯な女だと気づいた者は、誰一人としていなかったのだから。飛鳥は峻烈な眼差しを星歌に向けると、隣に立つ江里子へ視線を移した。「悪いが、少し席を外してくれないか」江里子は不愉快そうに彼を睨みつけ、星歌に声をかけた。「……何か美味しいものでも買ってくるわね」星歌の食欲は決して悪くない。少しでも体力を戻してやりたいという親友なりの気遣いだった。病室に二人きりになると、飛鳥は椅子を引き寄せ、星歌の枕元に腰を下ろした。組んだ両手
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第12話

病室には、二人の激しい罵倒が響き渡った。飛鳥がどんな条件を提示しても、夏蓮を告訴するという星歌の決意を揺らすことはできなかった。病室の外で様子を伺っていた江里子は、飛鳥の「彼女は昨夜、床に倒れて傷口が開き、大出血したんだぞ」という言葉を聞いた瞬間、ついに我慢の限界に達して部屋へ踏み込んだ。「飛鳥、あんた正気なの!?星歌が何をしたって言うのよ。どうしてそんなに彼女を追い詰めるわけ?毎日毎日、夏蓮、夏蓮って……星歌だって昨夜、大出血したのを知らないの!?」江里子は怒り狂っていた。これほどまでに身内ではなく外の人間を優先する男など、見たことがない。昨夜、夏蓮が転倒して出血したのは自業自得だ。飛鳥が星歌のもとへ駆け寄ろうとしたのを、死に物狂いで引き止めた結果なのだから。江里子は飛鳥の険しい視線を真っ向から跳ね返し、さらに声を荒らげた。「自分の妻が、あの女のせいで子供を流……」「江里子!」言いかけた言葉を、星歌が鋭く遮った。江里子が振り返ると、星歌は静かに首を振って、それ以上は言うなと制した。江里子は悔しさに唇を噛んだが、親友の意を汲んで大きく頷いた。「いいわ。そんなに義理のお姉様が大事なら、さっさと星歌と離婚なさいよ。一生あの女に尽くしてればいいじゃない!」江里子が言葉を飲み込んだというのに、あろうことか飛鳥がその先を自ら口にした。「……星歌も流産した、とでも言いたいのか?」江里子は絶句し、星歌の身体も強張った。飛鳥の冷徹な眼差しが、真っ直ぐに星歌を射抜く。「言ってみろ。お前は本当に流産したのか?」星歌の瞳に、極限まで冷え切った光が宿る。彼女は何も答えず、ただ無言で彼を見つめ返した。飛鳥の口元に、何とも形容しがたい嘲弄の笑みが浮かぶ。彼はそのまま、一言も発さずに背を向けて病室を去った。重苦しい音を立ててドアが閉まる。江里子は閉ざされた扉と星歌を交互に見て、呆然と声を上げた。「なんなの、あの態度……!あんたが嘘をついてるとでも思ってるわけ?目の前で苦しんでいる姿を見てもわからないなんて……」江里子はあまりの理不尽さに、その場で地団駄を踏んだ。「いいのよ。あの子を身ごもっていた時から、彼は信じていなかった。流産したなんて言っても、信じるはずがないわ」星歌が静かに告げる。
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第13話

飛鳥は、夜には星歌の病室へ戻るつもりだった。しかし、夏蓮の容態が不安定になるたびに呼び戻され、結局、深夜まで彼女の傍らを離れることができずにいた。午前二時。ようやく夏蓮の状態が落ち着きを見せる。彼女は申し訳なさそうに飛鳥を見上げた。「飛鳥さん、ごめんなさい……またあなたを困らせてしまって。本当に、ごめん……」言いかけた謝罪の言葉は、飛鳥の冷徹な声によって遮られた。「……翼兄さんはもう死んだんだ。遺体さえ見つかっていない」彼女を見つめる瞳には、隠しようのない暗い冷気が宿っていた。夏蓮が絶句し、横で疲れ切っていた都子が弾かれたように椅子から立ち上がった。「飛鳥、あんた何を……!今、そんなことを言ってどうするのよ!」都子は慌てて夏蓮の顔色を伺った。夏蓮の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。都子は動揺し、夏蓮を抱きしめるようにして庇った。「夏蓮、この子の言うことなんて気にしちゃダメ。翼は……」「半年前の航空機事故で、跡形もなく消えたんだ」飛鳥は冷酷なまでに事実を突きつけ、母の言葉を断ち切った。都子は激昂し、顔を真っ赤にして叫んだ。「あんた、一体どうしたの!?この子を死なせたいわけ!?」都子の腕の中で、夏蓮は死人のように青ざめ、その身体は目に見えて震え始めた。都子は恐ろしさに顔を歪め、必死に彼女を宥める。「夏蓮、夏蓮しっかりして!この子の言うことなんて、全部デタラメよ」「現実を見ろ。翼兄さんはもう、二度と戻ってこない」飛鳥の追い打ちをかけるような言葉に、都子は絶句した。この子は一体、何を考えているの?夏蓮の顔色は白さを通り越し、透き通るような不気味な色へと変わっていく。その瞳には、行き場のない恐怖と絶望が溢れていた。「……嘘よ、嘘。死ぬはずなんてないわ。彼はそこにいるの、ずっとそばに。翼さん、翼さん……!」叫び声が病室に響き渡る。飛鳥の冷酷な宣告が引き金となり、彼女の情緒は完全に崩壊した。「翼さんを捜しに行く、今すぐ会わなきゃ!」狂ったように暴れ出す夏蓮を、都子が必死で抱き止める。もし都子が押さえていなければ、彼女は今すぐベッドから飛び降りていただろう。「夏蓮、落ち着きなさい!お願いだから……」「離して、翼さんのところへ行くの!翼さん!」「動いちゃダメ!傷
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第14話

浅い眠りの中にいた星歌は、不意に鳴り響いた着信音に意識を引き戻された。画面には翔太の名前。通話ボタンを押すと、星歌は低く掠れた声で応じた。「……こんな真夜中に、何の用?」「飛鳥が今、俺たちと一緒に飲んでるんだ」その言葉を聞いた瞬間、星歌の指先が強張った。「……それで?」「かなり酔いつぶれててさ。悪いんだけど、迎えに来てくれないか?」「夏蓮さんにでも電話すればいいでしょ」星歌は吐き捨てるように言い、翔太が言葉を返す隙も与えず、そのまま一方的に通話を切った。一方、その電話の向こう側では。飲み終えた一行が路上に立ち尽くしていた。翔太の電話はスピーカーモードになっており、冷たく突き放す星歌の声は全員の耳に届いていた。「夏蓮に電話しろ」と言われた飛鳥の顔は、一気に氷点下まで凍りつく。そこへ、漆黒のマイバッハが静かに滑り込んできた。啓介は手元の腕時計で時間を確認すると、無言のまま後部座席に乗り込んだ。半分ほど下がった車窓から、街灯に照らされた彼の端正な横顔が浮かび上がる。今夜、この場所で一度も口を開かなかった啓介が、鋭く冷徹な眼差しを飛鳥に向けた。「お前は今回、どちらの味方をするつもりだ?」その唐突な問いに、淳と翔太の視線が飛鳥に集中する。飛鳥は表情を険しく歪め、地を這うような声で聞き返した。「……どういう意味だ」啓介は目を細め、その奥に潜む冷酷な光をさらに深めた。「俺は、お前たちの離婚を支持する」淳と翔太は、思わず息を呑んだ。……おい、啓介。一体どうしちまったんだ?飛鳥の顔には、今にも嵐が吹き荒れそうなほどの暴虐的な怒りが滲んでいる。だが啓介は、飛鳥の反応を待つこともなく、その深い眼差しを前方に逸らした。ゆっくりと車窓が上がり、冷ややかな横顔が遮断される。「出せ」啓介が運転手に短く命じると、重厚なエンジン音とともに車は夜の闇へと消えていった。残された淳と翔太は、戸惑いながら飛鳥を伺い見る。口数の少ない啓介が、なぜこの件にこれほど踏み込んだ発言をしたのか。それは単なる助言だったのか、それとも――離婚を支持するも何も、彼が口を出す義理はないはずだ。飛鳥は両拳を硬く握りしめ、全身から抑えきれない殺気を放っていた。気晴らしのつもりで友人たちを呼び出したはずが、酒を飲
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第15話

……グロの仕事は早かった。というよりも、アリ・フォグレから命令を受けた時点で、彼は星歌が何を望むかをすべて察していたのだろう。離婚届とそれに付随する協議書は、とっくに用意されていた。「星歌様が何不自由ない暮らしをされていることは承知しております。ですが、アリ様のご意向としては、冴島飛鳥の資産の半分はきっちりいただくという方針です」「……半分?」星歌が問い返すと、グロは淡々とした口調で続けた。「何も持たずに身一つで離縁するなど、星歌様がこれまで積み重ねてきた時間に敬意を払わないも同然です。それは、過去の選択に対する冒涜と言えるでしょう」三年間の結婚生活。その中で彼女が捧げてきた献身には、相応の報いがあって然るべきだ。星歌も、端から拒むつもりはなかった。グロの理路整然とした物言いに、彼女は思わず小さく笑みをこぼした。「そんな風に言われると、受け取らない方が悪いことのように思えてくるわね」「ええ、非常によろしくないことです」グロは極めて真面目な顔で頷き、一礼して部屋を下がった。用意された粥を半分ほど口にしたところで、江里子の携帯から着信が入った。それまで飛鳥から執拗に電話がかかってきていたが、星歌は出るどころか、すべて着信拒否に叩き込んでいた。今度は親友からの連絡だ。星歌は迷わず通話ボタンを押した。「……江里子?」「どこにいる」受話器の向こうから聞こえてきたのは、江里子の声ではなく、低く抑え込まれた飛鳥の怒声だった。病院から星歌の姿が消え、飛鳥は星河レジデンスへと急行したがそこにもおらず、江里子の元を突き止めて無理やり電話を奪ったのだろう。彼の怒りは、すでに沸点に達していた。星歌が沈黙を守っていると、飛鳥の語気はさらに険しさを増した。「……答えろ。なぜ、こんな時期に俺たちの入籍を世間に公表した。何のつもりだ!」「なぜ、ですって?」星歌は瞳を細め、冷ややかな声を返した。「本港市中があなたたちの不貞を『美談』として称えていた。その虚飾を剥ぎ取られて、そんなに焦っているの?」このところ、世間の飛鳥と夏蓮に対する見方は二分されていた。一つは、二人は以前から通じており、兄である翼の死にも関与しているのではないかという疑念の目。そしてもう一つは、飛鳥を「亡き兄の妻と遺児を守
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第16話

「承知いたしました」グロは恭しく頭を下げた。喧騒が去り、静寂が戻った。それから三十分ほど経った頃、再び江里子から着信が入る。今度は間違いなく親友本人だろう。星歌が電話に出ると、開口一番、江里子の弾んだ声が飛び込んできた。「星歌、あんた最高に仕事が早いわね!」やはり、後ろ盾があるというのはこれほどまでに心強いものなのか。以前、身寄りのなかった星歌は、冴島家にとって都合よく扱える格好の標的だった。夏蓮に至っては、事あるごとに彼女を陰に陽に踏みつけ、己の優越感に浸っていたのだ。だが、今の星歌は全身に鋭い棘を纏い、冴島家の面々にその切っ先を突き立てている。「今日のニュース、どこもかしこもこの話題でもちきりよ。夏蓮なんて、もうネット上でボコボコに叩かれてるわ」「……これはまだ、始まりに過ぎないわよ」星歌の声に冷徹な響きが混じる。「向こうも必死で反撃を考えてるはずよ」江里子が心配そうに続けた。「冴島家の連中からの連絡は、全部ブロックしておきなさいね」「とっくに済ませてあるわ」「いい判断よ。それから……飛鳥との離婚だけど、馬鹿正直に手ぶらで別れたりしちゃダメよ?」江里子の口調が熱を帯びる。「お兄様が世界的な大富豪だとしても、それはそれ。あんたが冴島家で耐え抜いたこの三年間分、きっちり慰謝料も財産分与も分捕らなきゃ」以前の、孤独だった星歌であれば、江里子もこんな助言は決してしなかっただろう。都子や陽子からの陰湿な報復を恐れていたからだ。だが今は違う。彼女の背後には、あの巨大なフォグレ・グループが控えているのだ。「分かってるわ」星歌は静かに応じた。当然だ。奪われるべきものは、一つ残らず取り戻す。飛鳥との共有財産はもちろんのこと、夏蓮に掠め取られたすべてのものを、一歩も引かずに。……夏蓮が目を覚ましたとき、世界は一変していた。スマートフォンの画面を埋め尽くすのは、飛鳥と星歌の婚姻届の画像。たった一枚の紙切れが導火線となり、本港市中のありとあらゆる悪意が爆発し、夏蓮へと降り注いでいた。都子もまた、怒りに震えていた。夏蓮の顔から血の気が引いていくのを見て、彼女は慌ててその手からスマートフォンをもぎ取った。「夏蓮、もう見なくていいわ。こんなもの、見る価値もない」「お義母様…
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第17話

「どういう意味よ!」星歌のあまりに落ち着き払った態度に、都子の苛立ちは頂点に達していた。「画像は二枚公開したのよ。一枚は飛鳥との婚姻届、そしてもう一枚は――離婚協議書」星歌は楽しそうに続ける。「一生、冴島家の妻?御免だわ。私たちの利害は一致してるんだから、むしろ都子さんから説得してくださらない?さっさとサインしてって」都子は一瞬、言葉を失った。「……は?頭がおかしくなったの?あなたごときが離婚を切り出すなんて、何の権利があって……」「権利なんて関係ないわ。もう突きつけたんだから」星歌は冷ややかに言い放つ。「これからの話は、すべて私の弁護士を通してちょうだい。それと――」彼女の声色に、明確な軽蔑が滲む。「もう二度と、私の前で『姑』みたいな顔をしないで。誰の許可?私を許さない?……あなたの許しなんて、誰が欲しがるのよ」「こ、この……ッ!なんて口をきくの!やっぱり親のいない子は躾がなってないわね!」その一言に、星歌の瞳が剣呑に細められた。「……親の躾、ねえ」彼女は都子の言葉を遮り、冷徹に言い返す。「夏蓮さんは、お母様に立派な教育を受けたんでしょうね?その結果があのザマよ。本港市中で『泥棒猫』って罵られてる。ああ、そうそう。その立派な教育を施した母親も、娘と一緒に笑い者になってるわよ」「……っ!」都子が何かを叫ぼうとした瞬間、通話は一方的に切断された。顔を真っ赤にしてかけ直すが、もう二度と繋がることはなかった。「……ッ!死ぬほど腹立たしいわ!あの女、一体誰に向かって口を聞いてるの?」都子は携帯電話を握りしめたまま、憤怒に肩を震わせていた。「あんな態度を取っておいて、もう二度と冴島家の敷居は跨がせないわよ!」「お義母様……」青ざめる夏蓮を見て、都子は努めて声を和らげた。「大丈夫よ、夏蓮。すぐに飛鳥に電話して、きっちりと躾け直させるわ。あの娘ごときに私が負けるわけないもの」都子は怒り心頭のまま、飛鳥に電話をかけた。その頃、冴島グループの本社ビルでも、飛鳥の苛立ちは爆発寸前だった。夏蓮を襲う世間の猛バッシングに対し、対応策を練る間もなく、星歌から離婚協議書が送りつけられてきたのだ。飛鳥の全身は、まるで氷窟に放り込まれたかのように冷え切っていた。昨日は確かにそ
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第18話

一方、病院もまた異様な喧騒に包まれていた。夏蓮が入院する病棟には、噂を嗅ぎつけた記者たちが大挙して押し寄せ、中には病室を盗撮しようと試みる者まで現れた。都子がすぐに警備員を手配し、病室前を屈強な男たちで固めたものの、ネット上の炎上は止まる気配がない。半年前、夫の翼が亡くなった時も同じような騒ぎがあったが、あの時は誰もが同情と励ましの言葉を投げかけてくれた。それが今ではどうだ。画面を埋め尽くすのは、目を覆いたくなるような罵詈雑言の嵐だ。「……お義母様、翼さんに会いたい……翼さんなら私を守ってくれる……」夏蓮は涙に濡れた目で錯乱し、うわ言のように夫の名を呼び続けた。「翼さん……どこ……会いたいよぉ……」「夏蓮、落ち着いて!傷口が開いてしまうわ!」都子は必死になだめようとするが、夏蓮のパニックは収まらず、結局は医師を呼んで鎮静剤を投与することになった。薬が効いてもなお、薄れゆく意識の中で「翼……」と呟き続ける彼女の姿に、都子の胸は締め付けられるようだった。そこへ、さらに追い打ちをかけるように電話が鳴った。夏蓮の母、陽子からだ。受話器を取るなり、鋭い声が飛んでくる。「都子さん、一体どうなってるのよ!」「あの小娘、私の娘を踏み台にするつもり?」陽子の剣幕に、都子の顔色がさらに曇る。「……落ち着いてちょうだい。これは予想外の事態だったのよ。今、全力で対処しているところだから」「対処って、本当にできてるの?だいたい、どうして飛鳥君にあんな身元の知れない女なんかを宛がったのよ!」陽子の声には、星歌に対する露骨な軽蔑が含まれていた。都子は頭痛に顔を歪めた。あの時、自分が反対したところで、どうにかなる相手ではなかったのだ。飛鳥という息子は、昔から誰の指図も受けない男だったから――陽子の不満げな声は、電話越しに止まる気配がなかった。「夏蓮はね、冴島家のために双子の跡取りを産んであげたのよ。それに比べてあの小娘、この家のために何一つ貢献してこなかったじゃない」孤児院育ちの娘風情が、自分の娘と同じ『冴島家の奥様』の座に居座っていること自体、陽子には我慢ならなかった。長男の翼が亡くなった今、彼女は密かに次男の飛鳥と夏蓮を添わせるつもりでいた。それなのに、あの星歌という女は一向に身を引こうとしない。どうや
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第19話

その冴島家の威光をもってしても、事態をコントロールすることはできないだろう。「拡散元の移行は済んだ?」星歌が短く問うと、グロは即座に答える。「はい。現在は多くの海外個人アカウントから発信されています。彼らの手では削除要請も届きません」「そう。少なくとも一週間は、この炎上騒ぎを維持させるのよ」星歌は満足げに頷いた。今頃、夏蓮は高を括っているに違いない。冴島家と、実業家である実母・陽子が動けば、世間の批判などすぐに消せるとでも思っているのだろう。だからこそ、今の彼女には余裕があるはずだ。――だったら、思い知らせてあげる。母親の財力でもどうにもならない現実というものを。飛鳥にも、そして夏目陽子にも見せつけてやるのだ。この世には、彼らの権力では決して捻じ曲げられないことがあるのだと。「承知いたしました」星歌の指令に、グロは恭しく頷いた。「明日、もう一つ情報を流して。――三年前に彼女が私に意図的に追突して、流産に追いやった件を」星歌の声は氷のように冷ややかだった。今日の『爆弾』は、飛鳥との婚姻届の公開だった。そして明日の『爆弾』は……『夫が存命中に義弟に色目を使った挙句、邪魔になった義弟の妻を車で轢き殺そうとした』というスキャンダルだ。世間はこれをどう受け止めるだろうか。清純派を気取っていた未亡人の、あまりにおぞましい所業。夏蓮は思っているはずだ。冴島家全体が味方についているし、金持ちの母親もバックにいる、と。その驕りを盾に、これまで彼女はやりたい放題やってきた。だが、今回は違う。彼女が積み上げてきたすべてを、一つ残らずひっくり返してやる。冴島家も、夏目陽子も、これだけの騒ぎを前にして一体どうやってあの大嘘つきの女を守るつもりなのか。高みの見物といこうじゃないか。「承知いたしました」グロが一礼して下がると、入れ替わるように星歌のスマートフォンが鳴った。経営しているギャラリーからだ。電話の向こうで何事か告げられると、星歌の眉がわずかに動いた。「ええ、わかったわ。午後にはそちらへ行く」通話を切ると、星歌は残っていたランチの大部分を平らげた。その様子を見て、グロは安堵の息をつく。食欲はあるようだ。彼はすぐさま、Y国にいるボス――星歌の兄・アリへ報告のメッセージを送った。食後の短い休憩を終えると、
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第20話

星歌の眉間に、さらに険しいしわが刻まれた。翔太は慌てて両手を挙げるポーズをとり、愛想笑いを浮かべた。「そう怒るなよ。お前がどこに雲隠れしたのかと思ってさ。お前の旦那、大捜索中だぜ。本港市中ひっくり返す勢いだからな」「それに、俺の番号まで着信拒否しただろ?飛鳥に『かけてくれ』って泣きつかれたのに、繋がらねえんだもん」確かに、星歌は飛鳥に関わる人間すべての連絡先をブロックしていた。翔太も例外ではない。「ひっくり返す?どうせマンションとか江里子の家くらいしか思いつかないくせに」星歌が鼻で笑うと、翔太は声を立てて笑った。「その通り。でお前が見つからないもんだから、あいつマジでキレてる」「……だから、飛鳥に頼まれて私を探しに来たわけ?」星歌の声色が鋭くなる。翔太は肩をすくめた。「まあな。でも、お前が今どこにいるか、俺に教える必要はないぞ」「……」そう言われて、星歌はふとギャラリーの中を見回した。彼女の視線の意味を悟ったのか、翔太はすぐに言葉を継ぐ。「安心しろよ。お前が実はアトリエやギャラリーのオーナーだってこと、飛鳥には一言も漏らしてないからな」特に今のような状況で、飛鳥が夏蓮を庇い続けている以上、翔太としても下手な手助けをするつもりはないらしい。「ふうん。バレたら飛鳥にあんたが半殺しにされるかもよ?」星歌が皮肉っぽく笑う。今、飛鳥の周辺で星歌と連絡が取れる可能性のある人間は皆無だ。翔太だけが、例外的に彼女のビジネスを知っている。「自分の嫁さんを怒らせたのはあいつだろ?八つ当たりされてたまるかよ。むしろ、これくらいお灸を据えてやらなきゃ、あいつら本気でお前を舐め続けるからな」翔太はニヤリと笑った後、ふと真顔になった。「にしても、今回は派手にやったな。夏蓮と全面戦争か?あの毒親・夏目陽子がお前を食い殺しに来ても知らねえぞ」夏目陽子の娘に対する溺愛ぶりは有名だ。今回これだけ夏蓮を追い詰めれば、陽子があらゆる手段を使って報復に出ることは想像に難くない。「食い殺される?どうぞ。今のあの方に、そんな余裕があればの話だけど」星歌は優雅な足取りでソファに歩み寄り、腰を下ろした。「ん?どういうことだ?」含みのある星歌の口ぶりに、翔太は身を乗り出して食いついた。「もう少しすれば、嫌でもわかるわ」
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