「……来たな」 社長室の大きな窓から、久世 怜司はエントランスを見下ろしていた。 白川 澪。 服装も化粧も控えめ。 古い型のスーツを、無駄なく仕立て直している。 目立とうとはしていない。 だが、線の取り方、丈の落とし方、袖の収め方―― そのすべてが、異様なほど正確だった。 (……なるほど) 今日は、二次審査の日だった。 服飾のハイブランド《ルクソリア》。 その中でも、伝説と呼ばれるライン――《AURORA(アウローラ)》。 そのデザイナーを選ぶための、最終候補を絞る選抜。 そして今、その席にふさわしいかどうかを見極める相手が、もうそこにいる。 伝説のドレス《アウローラ》を、もう一度この世に引きずり戻せるかもしれない。 たった一人の女。 「……ちょっと、確かめてくる」 背後で、秘書の佐々木が息を呑む音がした。 扉を開ける直前、怜司は振り返りもせず、小さく呟く。 「面白くなりそうだ」 *** 私、白川澪が本社ビルに着いたのは、予定より少し早かった。 南青山の《ルクソリア》本社。 ガラス張りのエントランスは、朝の光を受けて静かにきらめいている。 受付を通り、案内までの時間を確認してから、私は足を止めた。 ——《アウローラ》。 展示スペースの一角。 写真と図面、簡潔な解説。 着る人の人生を変えるドレス。 視界に入った瞬間、世界が一段、静まった。 息を吸うのを忘れる。 ただ、そこに在る、という圧だけがあった。 母の工房にあったものとは、違う。 色も素材もデザインも。 でも、纏う空気と完成度は変わらない。 布の重なり。 光の逃げ方。 影になる位置。 写真なのに、分かる。 観客席から見えない部分。 動いたときにだけ現れる線。 (……これ) 考えるより先に、身体が反応した。 バッグからスケッチブックを取り出す。 鉛筆を走らせる。 線が、止まらない。 さっきまで霧がかかっていた部分が、するすると形になる。 ここは、落とす。 ここは、逃がす。 光を集めすぎない。 ページをめくる。 もう一度、重ねる。 ——楽しい。 こんなふうに、頭と手が同時
Terakhir Diperbarui : 2026-01-25 Baca selengkapnya