佐藤祐介(さとう ゆうすけ)との結婚を2週間後にひかえ、夏川若葉(なつかわ わかば)は結婚をやめると言い出した。「お姉ちゃん、婚約を解消したいの」若葉は薄暗いアトリエに座っていた。モニターの光だけが、血の気のない顔をぼんやりと照らしている。「どうして?9年間も祐介のことが好きだったんじゃないの?結婚式まであと2週間なのに、なんで今さらやめたいなんて言うの?」若葉は息を深く吸い込んで、壊れそうな心をなんとか落ち着かせようとした。「なんでもないの。ただ、急に好きじゃなくなっただけ」夏川莉子(なつかわ りこ)は一瞬黙り込んだが、最終的には妹の決断を尊重することにした。「わかったわ。私が話をつけてあげる」電話を切ると、若葉は再び動画を再生した。そこには、祐介と平野愛奈(ひらの まな)がキスを交わす姿が映し出されていた。祐介が、そこそこ有名な自然ドキュメンタリーの監督であることは前から知っていた。仕事と動物への愛情が、なによりも強い人だってことも。「俺のレンズには、動物以外のものは映らない。君と俺の仕事を一緒にしないでくれ」でも、そんな仕事一筋の祐介が、愛奈のために10話にもわたるドキュメンタリーを制作していたのだ。祐介のレンズを通した愛奈は、甘えたり、はにかんだり、ときには怒ったりと、様々な表情を見せていた。祐介は愛奈のすべてを記録していた。ベッドの中での姿さえも。動画のなかで二人が裸で絡み合う姿を目の当たりにして、若葉は全身が凍りつくような感覚に襲われた。そんなプライベートな動画を、祐介は自分にも撮らせようとしたことがあった。なぜなら、それが祐介が唯一、愛してると言ってくれた時だったから。胸の奥に、焼けた鉄の刃で貫かれたような痛みが走る。心は粉々に砕け、その破片が、深く食い込んで抜けない。涙が止めどなくこぼれ落ちる。なのに若葉は、涙を拭うことさえ忘れ、吐き気をこらえながらそのドキュメンタリーを最後まで見続けた。そのドキュメンタリーを見て、お見合いの日に、なぜ祐介が、自分の用意していた告白の言葉を遮ったのか、その理由をはっきりと理解した。あの日、愛奈も実家のお見合いに参加していたからだ。「結婚しよう」祐介はたったその一言だけを投げ捨てて、背を向けて去っていった。まるで、冷たい
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