合法的な手段だけでは、あの男を追い詰めることはできない。 その事実が、不来方の内側にあるタガを完全に外してしまった。 彼は、自らの地位と頭脳を利用し、政財界の暗部に深く入り込んでいった。 汚職政治家のスキャンダルを揉み消す代わりに、彼らの持つ強大な権力を手駒として操る。 警察幹部の弱みを握り、人事権に介入し、特捜部を私兵のように動かす。 黒い金を還流させ、自分に従わない者を社会的に抹殺する。 だが、彼に罪悪感は微塵もなかった。 すべては「巨大な悪」である久遠組を殲滅するため。そして、泥にまみれた桔梗を、再び清潔な世界へと引き戻すための、必要な犠牲だと信じ込んでいたからだ。 深夜の、都内にある高級ホテルのスイートルーム。 不来方は、ガウン姿で窓辺に立ち、眼下に広がる東京の夜景を見下ろしていた。 無数の光の粒が、蠢く虫のように見える。 彼の手には、氷の入ったグラスではなく、数枚の写真が握られていた。 興信所に大金を積んで撮らせた、隠し撮りの写真。 スーパーの袋を下げて歩く桔梗。 小さな公園で、幼い娘を抱き上げて微笑む姿。 そして、その横で、目尻を下げて笑う龍之介の姿。 不来方の指が、写真の中の龍之介の顔を強く押し潰す。「……なぜだ」 低く、怨念の籠もった呟きが、静かな部屋に溶ける。 なぜ、彼女はあんな男の隣で、あんなに柔らかく笑うことができるのか。 私と一緒にいた時は、いつも息を潜め、人形のような顔をしていたというのに。 写真の中の桔梗は、着飾った令嬢の面影はない。髪を無造作に束ね、安物の服を着ている。だが、その瞳には、生きているという確かな熱が宿っていた。「許さない」 写真が、ぐしゃりと音を立てて折れ曲がる。「君は、間違っている。……あの男は、君を不幸にする。私が、君の目を覚まさせてやらなければ」 彼女の笑顔が幸せの証だとは、不来方には理解できなかった。 あれは、悪魔にたぶらかされているだけだ。
Magbasa pa