自分の血に塗れた手が、この綺麗な場所を汚してしまうのではないかという強迫観念。「座りなさい」 私は少しだけ声を張って、彼を呼び止めた。 千隼の肩がビクッと跳ねる。「……ですが」「いいから、私の隣に座りなさい。これは命令よ」 強い言葉を使うと、千隼は逆らうことができない。 彼は戸惑いながらもゆっくりと向き直り、私の隣に、まるで針の筵にでも座るかのように、背筋をピンと伸ばして正座した。「そんなに固くならないでいい。……お前さんも、命懸けでうちの孫を守ってくれたんだろう」 泰造が、千隼の顔をじっと見つめて言った。「礼を言うのはこっちの方だ。……ありがとう」 祖父が深く頭を下げる。 千隼は目を見開き、息を呑んだ。 彼にとって、誰かから心からの感謝をされ、頭を下げられることなど、おそらく人生で初めての経験だったはずだ。 喉仏が大きく上下し、膝の上で握られた左手が微かに震えているのが見えた。「さあさあ、温かいうちに食べようね」 志乃が、お盆に乗せた朝食を運んできた。 湯気を立てる白いご飯、ワカメと豆腐の味噌汁、少し焦げ目のついた厚焼き卵、そして大根の煮物。 ごくありふれた、質素な日本の朝食。 ちゃぶ台に四人が並んで座る。 千隼は、自分の前に置かれたお椀と箸を、まるで爆発物でも見るかのような目で凝視していた。「……いただこう」 泰造の声を合図に、私と志乃が手を合わせる。 千隼も慌てたように、左手一本で不器用に手を合わせた。「千隼、右手使えないんだから、お茶碗持てないでしょ。私が手伝うわ」「……いえ、結構です。犬食いで十分……」「馬鹿なこと言わないで」 私は彼のお茶碗を手に取り、箸でご飯をすくって彼の口元に運んだ。「ほら、口開けて」「……っ
Last Updated : 2026-03-11 Read more