千隼の顔が、ゆっくりと沈み込んでくる。 至近距離でぶつかる彼の吐息は、雨の匂いを消し去るほど熱く、濃密な雄の香りを孕んでいた。「どこへ行こうと、地獄の底だろうと、追いかける。俺の飼い主が地獄の火に焼かれるなら、俺はその火をすべて飲み込んで、アンタを涼しい場所へ連れ帰る」 彼の瞳が、狂気的なまでの独占欲を剥き出しにして私を射抜く。 私は、彼の腫れ上がった頬の傷に指先を滑らせ、不敵に微笑んでみせた。「知っているわ。……でも、もう逃げない。私も、あなたを逃がさない」 かつては、千隼の執着は、私を逃がさないためだけにあった。 けれど今、この瞬間にその意味は反転した。 私が彼を、この不条理な世界へ繋ぎ止める。 彼が自らを「盾」として使い捨て、孤独な死へ逃げ込もうとするのを、私が力ずくで引き戻したのだ。 死地へ逃げることも、誰かの身代わりに壊れることも、もう許さない。 一生かけて私の隣で、私のために血を流し、私のために生の喜びを謳歌し続ける。それが、私が彼に科した、最も甘くて過酷な刑罰だった。「……愛しています、俺の飼い主(ごしゅじんさま)」 千隼の唇が、私の唇を塞いだ。 地下の金庫室での人工呼吸のような焦燥ではない。 互いの傷の痛みを確かめ合い、その奥にある魂の境界線を溶かし合わせるような、深く、重い口付け。 彼の舌が口腔を蹂躙するたびに、鉄錆の味と、ベルガモットの香りが混ざり合い、脳の髄を痺れさせる。 呼吸が詰まり、頭の中が白く明滅し始める。 手すりの向こう側、東京の街並みは依然として冷ややかに瞬いているが、その無数の光も、今はこの腕の中にある熱に比べれば背景のノイズに過ぎなかった。「……ん……ふ……っ」 唇が離れた瞬間、千隼は私の首筋に顔を埋め、深く、深く息を吸い込んだ。 犬が飼い主の匂いを記憶の底に刻み込むような、熱心で深い吸気音。「アンタの体温が&hell
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