Todos los capítulos de 極道若頭は、愛しき飼い主を逃さない 〜狂犬と呼ばれた彼が、私にだけ従順な理由〜: Capítulo 351 - Capítulo 360

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第352話:亡霊の神殿②

 ゴッ、という鈍い衝撃音。 男の白目が剥かれ、膝から崩れ落ちる。「次」 千隼の声は、これ以上ないほど冷え切っていた。 彼は私の前を歩きながら、次々と現れる影を排除していく。 関節を蹴り折り、掌底で顎を打ち抜き、呼吸を奪う。 だが、その一撃一歩には、以前のような「自分が壊れても構わない」という自暴自棄な狂気はなかった。 私を背後に感じ、私の視線を受け止めながら、自らも生きて隣に立つための、研ぎ澄まされた計算と抑制。「若頭、右の監視塔が動きました!」「鬼瓦、任せる」「へいよッ!」 鬼瓦たちが側面から突入し、センサーの死角を突いて制圧を進める。 私は千隼のジャケットの裾を軽く握りながら、荒い息を整えて進んだ。 腹部の痛みが波のように押し寄せ、視界がときおり白く明滅する。 けれど、握りしめた手のひらに伝わる彼の体温だけが、私をこの現実に繋ぎ止めていた。 防爆ゲートが、千隼の放った蹴り一発で歪み、重い金属音を立てて開く。 その先にあるエントランスホールに足を踏み入れた瞬間、肌に触れる空気の質が劇的に変わった。「……っ」 鼻腔を突いたのは、濃密な花の匂い。 それも、生きている花ではない。 線香の煙と、乾燥した百合、そして……どこか防虫剤のような、保存のための薬剤の匂い。 外の山道の土臭さが嘘のように、そこは完璧に無菌化され、静止した空間だった。 千隼の歩みが止まる。 彼の三白眼が、険しく細められた。「……気色が悪い」 千隼が吐き捨てるように呟くのも無理はなかった。 磨き上げられた大理石の床。高い天井から吊るされた、体温を感じさせない蒼白いLEDのシャンデリア。 そして壁一面に、整然と並べられた「額縁」の数々。 私は千隼の腕を離し、ふらつく足取りで壁に近づいた。 そこには、母の写真があった。 二十年以上前の古いものから、死ぬ直前のやつれた
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第353話:亡霊の神殿③

 彼の大きな手が、私の両肩を包み込む。 シャツ越しに伝わる千隼の震え。それは恐怖ではなく、同族――「大切なものを檻に閉じ込めたい」という歪んだ執着を持つ者への、生理的な嫌悪と怒りだった。「あいつは……このジジイは、死んだ人間をまだ鎖で繋いでやがる。……お嬢まで、こんな場所に引きずり込むつもりだったのか」 千隼の指先が、私の肩に食い込む。 その痛みが、かえって私の意識を冷徹に研ぎ澄ませた。「いいえ。……引きずり込まれるのは、あっちよ」 私は千隼の腕をそっと押し退け、さらに奥へと続く廊下を見据えた。 廊下の突き当たり、ひときわ重厚な黒い扉の前に、一つの花瓶が置かれている。 そこには、母が最も好んでいた、大輪の白い芍薬が活けられていた。 水滴ひとつ付いていない、造花のように完璧な姿。 私はその花瓶の前で立ち止まり、芍薬の白い花弁に指を伸ばした。 乾いている。 触れた瞬間、指先から伝わってきたのは、花の生命力ではなく、死後もなお形を維持させられている物質の冷たさだった。「……お母さんは、ここにはいない」 掠れた声が、無機質な廊下に反響する。 私は隣で殺気を尖らせる千隼を見上げた。「ここは神殿じゃないわ。……ただの、空っぽな執着のゴミ捨て場よ。お母さんは、お父さんと一緒に泥にまみれて、笑って死んでいった。……こんな綺麗な場所に、あんな凛とした人が収まるはずがないわ」 その瞬間。 正面の重厚な扉から、カチリ、という電子錠が解かれる音が響いた。 重い扉が、ゆっくりと内側へ開いていく。 中から流れ出してきたのは、さらに濃密なジャスミンと白檀の、どこか葬儀場を思わせる重苦しい匂い。 奥に広がる書斎。 その中央、年代物のマホガニーのデスクに座る一人の老人が、影の中からゆっくりと姿を現した。 ロマンスグレーの髪を完璧に整え、隙のないスリーピースス
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第354話:母の名を呼ぶ男①

 書斎の扉が開かれた瞬間、鼻腔を突いたのは、むせ返るようなジャスミンと白檀が混ざり合った、どこか葬儀場を思わせる重苦しい匂いだった。室内の空気は澱み、外の雨上がりの涼やかさとは完全に遮断された静止した空間がそこにある。 一歩踏み出すたび、腹部の縫合痕が焼けた鉄串を押し当てられたようにジンと疼く。呼吸を浅く保ち、痛みを逃がしながら、黒いジャケットの裾を強く握りしめた。隣を歩く千隼の身体からは、病的なまでの高熱が放射されている。彼の手首に指を絡めると、浮き出た血管がドクンドクンと異常な速さで打つ脈動が伝わってきた。「……よく来たね、咲良。……本当に、あの日から一歩も動いていない彼女(桔梗)に、そっくりだ」 部屋の中央、年代物のマホガニーのデスクに座る老人の声が響いた。 不来方玄。 ロマンスグレーの髪を一筋の乱れもなく整え、隙のないスリーピーススーツを着こなしている。彼は手にしていた古い万年筆をカタンとデスクに置くと、眼鏡の奥の瞳で、品定めするようにこちらを凝視した。老いの濁りを帯びていながら、不自然なほど静かな目だった。その唇は、長い時間待ち続けていた客を迎えるように、ゆっくりと微笑んでいる。「座りなさい。長旅で疲れただろう」 不来方が顎で示したのは、デスクの正面に置かれたアンティークの革張りソファだった。その態度は、敵対組織のトップを迎える者のそれではない。何十年ぶりかに帰省した孫娘を温かく迎え入れる、善良な祖父そのものだ。その「普通」の振る舞いが、かえって胃の奥に冷たい石を放り込まれたような不気味さを増幅させる。「結構です。座りに来たわけじゃないわ」 喉の奥がカラカラに乾き、声がわずかに掠れる。千隼が私の半歩前へ出て、不来方を射抜くように睨み据えた。彼のタクティカルジャケットは至る所が裂け、乾いた返り血が黒ずんだ模様を作っている。左手はいつでも腰の折れたナイフを抜けるよう、低く構えられていた。 不来方の視線が、私の腹部のあたりへとゆっくりと移動した。 黒いワンピースの上からでは包帯は見えないはずだが、私の不自然な重心の置き方からすべてを読み取ったのだろう。老人の穏やかだっ
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第355話:母の名を呼ぶ男②

 不来方の拳がデスクの上でギリッと握り込まれる。指の節々が白く浮き上がり、眼鏡の奥の瞳に、執念深く熟成された濁った熱が宿った。「その身体に刻まれた傷は、汚らわしい暴力の象徴だ。君の父親、久遠龍之介が彼女を奪い、そして今、君の隣にいるその野良犬が、君に血を流させた。……許し難いバグだ」「……あァ?」 千隼の喉の奥から、獣が牙を剥くような低い唸り声が漏れた。 彼が一歩前へ踏み出そうとするのを、私は指先に力を込めて制する。千隼の身体は極限まで張り詰め、爆発寸前のエンジンのように小刻みに震えていた。「誰が撃たせたのか、忘れたのかよ、ジジイ」 千隼の声は、絶対零度の冷たさを帯びて書斎に響いた。「お嬢を……咲良さんを射線に立たせたのは、てめぇが差し向けた猟犬どもだろうが。てめぇの歪んだ妄想のために、どれだけの血が流れたと思ってやがる」 不来方は千隼の言葉など、視界に入る埃を払うかのように無視した。彼はただ、私の顔だけを、あるいは私の後ろにある「母の幻影」だけを見つめ続けている。「久遠龍之介……。あの男も、君と同じような目をしていたよ、我妻千隼」 不来方はゆっくりと立ち上がり、ステッキを突きながらデスクを回ってこちらへ歩み寄ってきた。右足を引きずる不規則な足音が、床の絨毯に吸い込まれていく。「自分の手を汚すことを厭わず、大切な者を守っていると勘違いしている傲慢な生き物。……君がどれほど忠実を装おうとも、君が放つその生臭い血の匂いが、彼女を蝕むのだ。君が存在しているだけで、彼女の清浄な世界は汚れ、壊れていく。……君は、寄生虫だ」「千隼は、私のパートナーよ。あなたが勝手に作り上げた箱の中に、私を押し込めないで」 私は千隼の腕を離し、一歩前へ出た。腹部の痛みが脳天を貫く。冷や汗が首筋を伝い落ちるが、視線だけは逸らさない。 不来方は私の数歩手前で立ち止まった。 至近距離で見る彼の肌は、日光を長年拒絶してきたかのように蒼白で、浮き出た静脈が這
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第356話:母の名を呼ぶ男③

「私は母ではありません。不来方さん」 はっきりと言い放った。 書斎の空気が、重力に押し潰されるようにさらに重くなる。 不来方の表情が、一瞬だけ、何十年も保たれてきた仮面が剥がれるように激しく歪んだ。「……咲良」 彼の唇が、微かに震える。「君は……君はあの子の……、桔梗の、形見なんだ。あの日、あの男に連れ去られ、泥にまみれて消えてしまったあの子の……唯一の、やり直しのための器なんだよ」 不来方の声が、ひどく湿り気を帯び始める。 彼は私の瞳を、鼻梁を、唇の形を、まるで壊れた記憶のパズルを繋ぎ合わせるように舐め回した。「君がその男を捨て、この場所で私と共に生きるなら、すべてを塗り替えられる。君を傷つけた特捜部の失態も、久遠という忌まわしい過去も、すべて私がこの世から消し去ってあげよう。……君は、あの日救えなかった彼女として、この清潔な神殿で永遠に微笑んでいればいい……」「そんなの……死んでるのと同じよ」 私は吐き捨てるように言った。 不来方の瞳が、激しく揺れ動く。理性の光が急速に失われ、奥底に沈んでいたドロドロとした狂気が、表面へと浮かび上がってくる。「お母さんは、お父さんを選んだ。自分の意志で、泥を被る道を選んだの。……それを『汚れ』だと断じたのは、あなた自身でしょう? 自分の思い通りにならない心を、救うという名目で抹殺しようとしているだけだわ」「黙りなさいッ!!」 不来方がステッキを床に叩きつけた。 鈍い音が書斎に響き渡る。 老人の顔は、怒りというよりも、深い悲鳴を上げているかのように赤黒く変色していた。「あの子が、あんな獣を自ら選ぶはずがない! 龍之介が、暴力で彼女を縛り、逃げられないように洗脳したんだ! ……そうだ、そうでなければ、私が彼女に捨てられた理由が……私という『
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第357話:母の名を呼ぶ男④

 彼の視線は、私の後ろにある空間、あるいは彼自身の脳内に投影された「二十年前の記憶」へと固定される。「……あぁ。桔梗(ききょう)……」 老人の口から漏れたのは、ひどく甘く、そして悍ましいほどに愛おしげな囁きだった。「ごめんね、桔梗。遅くなってしまった……。……でも、もう大丈夫だ。君を傷つけるものは、すべて私が焼き払ってあげた。……さあ、こちらへおいで」 不来方は、私を咲良として見ていない。 彼の目に映っているのは、もはや現実の私ではなく、彼が勝手に補完し、捏造した「理想の母」の姿だった。「……不来方さん!」 私が呼びかけても、彼の耳には届かない。 不来方はうっとりと目を細め、まるで見えない誰かの手を取るように、虚空へと手を差し出した。「お嬢、離れてください。こいつ、完全にイッてやがる」 千隼が私の腰を抱き寄せ、後退させようとする。 彼の筋肉は鋼鉄のように硬くなり、不来方の一挙手一投足に神経を尖らせていた。いつでも私を抱えてこの場を離脱できる、あるいは敵を粉砕できる戦闘態勢。 不来方の指先が、デスクの端に置かれた一つの、小さな黒いケースへと触れた。 彼の微笑が、絶頂を迎えた芸術家のような恍惚へと変わる。「……では、終わらせよう」 不来方は、私を見つめた。 いや、私を突き抜け、この世界そのものを憎悪するように、瞳の濁った熱をさらに高めた。「彼女を奪った世界ごと、すべてを灰に還してあげよう。……そうすれば、私たちの時間は、あの日から二度と動き出すことはない……」 不来方の指が、ケースの蓋を跳ね上げる。 中から現れたのは、無機質な金属の光沢を放つ、一つの「スイッチ」だった。 腹部の傷が、ドクリと大きく拍動した。 千隼の指が、私の肩に食い込むほど強く握られる。 窓
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第358話:復讐の玉座①

 カチリ。 硬質なプラスチックが押し込まれる微かな音が、マホガニーのデスクの上で鳴った。 アンティークの時計の秒針が時を刻む音すら呑み込むような、重く粘り気のある静寂。 不来方玄の枯れ枝のような指先が、赤いボタンからゆっくりと離れる。その蒼白な皮膚には、迷いや後悔の震えは一切見当たらなかった。 唇の端が、三日月のように歪に吊り上がる。濁った黄褐色の瞳に、長年の妄執が結実した安堵と、狂気的なまでの陶酔がどろりと広がっていくのが見えた。 ドズン、と。 足元の奥深く、地殻の底から突き上げてくるような鈍い重低音が響いた。 床に敷き詰められたペルシャ絨毯が微かに波打ち、分厚い革靴の底から、細かい振動が骨を伝って這い上がってくる。「……何をした」 千隼の喉の奥から、獣の唸り声が漏れる。 前に出た広い背中の筋肉が、岩のように強張っていた。引き裂かれたジャケットの隙間から覗く肌は、汗と熱気で濡れそぼり、むせ返るような血の匂いとシトラスの香りが混ざり合って鼻腔を殴りつける。「清算だよ」 不来方は、デスクの上に両手を置き、ゆっくりと立ち上がった。 足元から響く地鳴りは、徐々にその間隔を狭め、壁の向こう側で複数の重い金属扉が次々と封鎖されていくような、機械的な作動音が連鎖していく。「この館の地下には、数トンの爆薬と、燃焼性の高い化学物質が仕掛けられている。先ほどのスイッチは、その起爆シーケンスを起動させるものだ」 老人の声は、喉の渇きを感じさせないほど滑らかで、恍惚としていた。「あと数分で、ここは完全に灰燼に帰す。地下金庫に保管された裏帳簿も、私が特捜部と交わした取引の記録も、すべてが燃え尽きる。……そして、君たち久遠の幹部と、私自身もね」 腹部の縫合痕が、ドクンと激しく脈打った。 傷口から熱い痛みが放射状に広がり、額にじわりと冷や汗が浮かぶ。 自分の命ごと、すべての証拠と敵を焼き払う。 不来方は最初から、生きてここを出るつもりなどなかったのだ。久遠も黒鉄も、特捜部の闇も、すべてを道連れにし
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第359話:復讐の玉座②

 熱気が、足元からじわじわと這い上がってくる。「……正義だァ?」 千隼の右足が、絨毯を削り取るように一歩前へ踏み出した。「てめえの勝手な妄想で、お嬢を……咲良さんを巻き込んでおいて、何が正義だ。死にたきゃ一人で勝手に死ね」 ギリッ、と。 千隼のブーツが床を踏み締める音が、空気を極限まで張り詰めさせる。「……お嬢を道連れにさせるかよ。てめえの首を引き抜いて、ここの壁にぶち撒けてやる」 殺意が、物理的な重さを持って室内に充満した。 千隼の重心が深く沈み込む。 その瞳孔は真っ黒に拡大し、理性のタガが完全に弾け飛ぶ寸前の、獲物の喉笛だけを狙う捕食者の目。 彼が飛び出そうとする直前の、筋肉が収縮するチリチリという音が、すぐ横に立つ耳にまではっきりと届いた。 このままでは、彼は不来方を殺す。 怒りと防衛本能のままに、目の前の老人を文字通り肉塊に変えてしまう。「殺さないで!」 声を張り上げた。 喉の奥がヒリヒリと擦れ、腹部の傷が引きつって鋭い痛みが脳天を貫く。 痛みに顔が歪み、一瞬息が詰まったが、構わず右手を伸ばして千隼のジャケットの袖を力任せに掴んだ。「……ッ!」 千隼の身体が、弾かれたように跳ねた。 床を蹴り出そうとしていた太ももの筋肉が、信じられないほどの急ブレーキをかける。 ズザァッ! ブーツの底が絨毯を激しく擦り、焦げたナイロンの匂いが鼻を突く。 千隼の左手は、不来方の顔のわずか数十センチ手前で、空気を掴むようにピタリと停止していた。 握り込まれた拳が、カタカタと激しく震えている。 行き場を失った凄まじい運動エネルギーが、千隼の身体の内部で暴れ狂い、骨を軋ませているのがわかった。「……お、嬢……」 千隼の喉から、血を吐くような低い唸りが漏れる。 振り向いたその顔は、怒りと焦燥で赤黒
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第360話:復讐の玉座③

 不来方は、目を見開いたまま、その光景を呆然と見つめていた。 自分がスイッチを押せば、目の前の狂犬は理性を失い、自分を殺しに来る。そうすれば、極道の暴力性を証明したまま、すべてを終わらせることができる。 その完璧なはずの計算が、たった一言の制止によって崩れ去ったのだ。「……なぜだ」 不来方の口から、空気が漏れるような音が鳴る。「なぜ、殺さない。……私が君たちを灰にしようとしているのに、なぜその獣の鎖を引く。……君もまた、あの暴力の快楽に飲まれているはずだろう」「……思い上がりも甚だしいわね」 私は、腹部の痛みを逃がすようにゆっくりと息を吐き出しながら、不来方の正面に立った。 床の振動はさらに激しさを増し、書斎の本棚から古い革張りの書物がドサドサと崩れ落ちている。「あなたの復讐は、お母さんを救わない」 はっきりと、一語一語を噛み含めるように言い放つ。「あなたが勝手に作り上げた『穢れなき桔梗』の幻影を守るために、どれだけの人間を巻き込んだの。久遠の人間も、特捜部も、黒鉄の連中も……みんな、あなたの八つ当たりの犠牲になっただけ」 不来方の顔面が、怒りと屈辱で赤黒く歪んだ。 ステッキを握る手がワナワナと震えている。「八つ当たりだと……? 違う! 私は、極道という社会の病巣を……」「お母さんの名前を言い訳にしないで」 鋭く言葉を遮る。「過去に囚われて、自分の思い通りにならなかった時間を燃やし尽くそうとしているだけじゃない。……あなたがここで私たちを巻き込んで死んでも、次の誰かを同じ地獄に落とすだけです」 シャンデリアのガラス飾りが激しくぶつかり合い、耳障りな高音を立てている。 煙の匂いが、足元から急速に濃度を増して立ち昇ってきた。 不来方は、ステッキを床に叩きつけた。「ならば、この地獄を残せと言うのか!
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第361話:復讐の玉座④

 母の身代わりとして、自分の保護下に置くべき弱き存在。 そう思い込んでいた目の前の女が、今、自分自身の意志で血の国の王として立ち、未来を宣言している。 不来方の老いの濁りを帯びた瞳が、小刻みに揺れ動く。「……桔梗、では……ない……」 老人の乾いた唇から、掠れた呟きが落ちた。 私に母の面影を重ねることを、ついに脳が拒絶したのだ。 目の前にいるのは、泥にまみれながらも自らの足で立ち、隣の狂犬の手綱を握って未来を睨みつける、一個の独立した人間。 その事実を認識した瞬間、不来方の顔から憑き物が落ちたように、狂気的な熱がスッと引いていくのが見えた。 ゴゴゴゴォォォッ!! だが、老人の心の変化などお構いなしに、地下の爆薬は容赦なく連鎖的な起爆を始めていた。 足元の床が、トランポリンのように大きく跳ね上がる。「お嬢ッ!」 千隼の太い左腕が、私の腰を強引に抱き寄せた。 ドンッ、という衝撃とともに、千隼の分厚い胸板に顔が押し付けられる。 視界の端で、分厚い漆喰の天井に、巨大な蜘蛛の巣のような亀裂が走るのが見えた。 バラバラと、白い破片が雪のように降り注いでくる。「崩れる! 逃げますよ!」 千隼が叫び、私を抱えたまま入り口の扉の方へ振り返ろうとした。 その時。 メメリ、という不吉な音が、足元から響いた。 床の大理石が、縦に真っ二つに割れる。「……っ!」 千隼のブーツが乗っていた部分の床が、爆発の衝撃と建物の歪みによって、スローモーションのように下へ向かって崩落を始めた。「千隼!」 足場を失い、千隼の巨大な身体が大きく傾く。 彼に抱き寄せられていた私の身体も、一緒に重力に引っ張られる。 千隼は咄嗟に私を突き飛ばすようにして、崩れない側の床へと押しやった。 ドンッ、と背中から硬い床に投げ出される。「お嬢、離れろッ!」 千隼の左手が、
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