All Chapters of 間違い人生のトリガーを破壊して新しい人生を謳歌します!: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話

何事かと驚いた彩愛だったが、勇真のいつもの手かと気づき、話を合わせた。「勇真お兄様、あまり心配させないでくださいね。颯生お兄様に言いつけますよ。」「わかっているよ。そう言うことなので、これきりと言うことで。」と冷たく言ってこちらの一行と一緒に去って行った。その後ろを来栖夫人が澄ました顔で、「息子がこう言っておりますので、失礼しますね。」と言って同じく去って行った。千登勢と楓香を残して、元々の同行者のように一緒に移動しながら来栖夫人が澪那に話しかけた。「助かったわ。いきなり食事に同席したいって言ってきて。お花をいただいた手前断れなかったのよ。」「あなたも大変ね。」「そうよ。颯生君が留学してしまってますます大変よ。うちの勇真も行かせようかしら。」「寂しいわよ〜。」澪那の誂うような言葉に黙ってしまった来栖夫人に代わって勇真が話しかけた。「颯生君は今度いつ帰ってくるのですか?」「あと一月後くらいかしら。でも10日ほどですぐに戻ってしまうのよ。」「そうですか。やっぱり僕も行こうかな。」「ちょっと待ちなさい、勇真。勝手に決めないで。」凛華は自分の心配が全くの的外れだったと安心した。誰もがあの二人につけ入られるわけではない。あの二人も、今世は生き方を変えないとそのうち大変な事になるだろうに。と、逆の心配が浮かんだがそれ以上は考えるのをやめた。会場に着いた所で翔月と柚莉愛は皆と別れて楽屋に向かった。何故か来栖夫人と勇真も一緒に客席で午後の部を鑑賞する事になった。席に着くとすぐに東雲家と若桜家の使用人達が花束とぬいぐるみを持って来た。それらを見た勇真が、「もしかしてそれ、翔月君へのプレゼント?」と聞いてきた。彩愛が、「そうよ。今日は翔月君に聴きに来てほしいってご招待してもらって来たのだもの。」「そうです。」一応、凛華も返事をした。勇真は、「何だ?声を掛けていれば僕もプレゼントをもらえたのか。それは残念。次は連絡しよう。」「必ず来られるとは限りませんからね。」彩愛は素っ気なく言う。この二人は本当に仲が良さそうだ。他のお誘いを断る口実だけではないのかも。と、凛華は思ったが、さすがに子供同士の恋愛事情に興味はないのでこれも考えるのはやめた。今は自分の事で精一杯だ。翔月の演奏は想像以上に素晴らしかった。会場からは、勇真に負けない
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第22話

祖母の万紗子が申し訳なさそうに、「何だか賑やかな会になってしまってごめんなさいね。ちょうどみんな予定が空いたようで、せっかくの機会だからってこうなったのよ。」と、説明してくれた。芙美華は、「大丈夫ですよ。むしろ私達がご家族の団欒にお邪魔してしまって、すみません。」と更に恐縮してしまった。その緊張を解そうとしてか圭悟が、「先日はお世話になったからね。久しぶりに会って直接お礼が言いたかったんだ。」と言うと、祖父の健太朗が、「みんなが集まるって聞いて僕だけ仲間外れは寂しいからね。ついでに参加させてもらったんだ。気楽にしてくれると嬉しい。」と笑顔で言ってくれたので芙美華も「ありがとうございます。」と、笑顔で答えて、そこからは和やかな雰囲気で話も弾み、楽しい食事会となった。食事が終わると大人たちはそれぞれの予定に戻って行った。ようやく子供同士で気楽に話せるようになると、彩愛が、「お兄様の学校でのお話もっと聞かせてほしいわ。」と、颯生に話をねだった。翔月も、「僕も聞きたい。先月勇真さんが僕も行こうかな、なんて言ってたんですよ。」と言うと、「その話なら勇真から直接連絡があったよ。予定を1年早めて来年の秋から来れるように準備するそうだよ。あいつも審査は受かっているから問題はなさそうだが…。」「何か気になることが?」「お母さんが寂しがって渋っているそうだよ。」「ああ、そんな感じでしたね。」翔月が納得したような顔になった。それからは、颯生が学校の校舎の様子や、どんな国の人がいるとか、授業の様子などいろいろ話して聞かせてくれた。3人は興味津々で楽しんで話に聞き入っていた。そろそろ凛華が帰る時間が近づいて来た頃、颯生が凛華に聞いて来た。「ねぇ凛ちゃん、僕はあと1週間後にはまた学校に戻るのだけど、それまでにあのお守り袋の新しいのを作って貰えないかな。意外と虫除けに効果があってね。」「お守り袋?」凛華より早く翔月が聞いて来た。それに彩愛が答えた。「去年お兄様が学校へ行く前に凛ちゃんがくれたの。ねぇ凛ちゃん、私は急がないけど、私も欲しいわ。少し香りが薄くなって来ちゃったの。」「お母さんに手伝ってもらって作るのですけど、大丈夫だと思います。あの、大兄様の学校ってどんな虫が出るのですか。お母さんに聞いてそれに効くような香りにします。」「んっ?…
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第23話 

翔月が興味深そうに見つめて、「触ってもいい?」と聞くので、「どうぞ」と差し出した。翔月は手に取って眺めたり、顔を近づけて香りを確かめたりした後呟いた。「何か、いいね。」「そうなのよ。触ったり香りを嗅ぐとホッとするの。これはお母さんが作ってくれたのなら、中に凛ちゃんのお母さんのお手紙も入っているの?」「「手紙?」」颯生と翔月が揃って聞き返した。「いやだ、お兄様知らなかったの?よくそれで虫除けになったわね。」ばつの悪そうな顔になった颯生を無視して、彩愛は、凛華に尋ねた。「凛ちゃん、見てみた?」「いいえ、彩愛さんは見たのですか?」「ええ、気になって我慢できなくて。でもね、見たらよけいに大事に思えたし、ホッとする力も強くなった気がするわ。」「そうなのですか。なぜだか、見ちゃいけないと思っていました。力が弱くなってしまう気がして。」「お寺や神社でいただくものはそうかもしれないけれど、身近な人が作ってくれた物はそうとも限らないんじゃない?私は凛ちゃんの気持ちを感じられて嬉しかったわ。」彩愛の話を聞いて、凛華はどんどん中身が気になってきた。「見てみようかな。」「いいと思うわ。」彩愛の言葉に励まされ、翔月から返された袋の中身をそっと取り出した。やはりお香の入った小袋と一緒に折りたたんだ紙が入っていた。凛華は迷いながらも紙片を開いて中を見てみると、母の綺麗な文字で、『凛華、私達の愛する宝物 幸せでありますように 芙美華』と書いてあった。凛華は少しの照れくささと大きな嬉しさで思わず目元が潤んできた。彩愛が横からのぞき込んで「なんて書いてあるの?」と見てみると、少し首を傾げて「むずかしい字があってわからない所があるわね。でも、やっぱり嬉しいことが書いてあったでしょ。」と笑って言った。颯生が興味を惹かれたのか、「僕が読んであげるよ。」と覗き込んで、珍しく少し顔を赤らめた。「お兄様どうしたの?」「いや、えっと…、『りんか、わたしたちのあいするたからもの、しあわせでありますように、ふみか』だって。」颯生の声で読み上げられると、四人は一斉に照れくさそうな顔になった。「凛ちゃんのお母さん、とっても素敵ね。でも、これからはお守り袋の中身は一人で見る方がいいかも。凛ちゃん、ごめんなさい。」「いいえ、お姉さま。大兄様、読んでくれてありがと
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第24話

母にはああ言ったものの、凛華は正直気が進まなかった。別に作るのが嫌なわけではない。ただ、前世の翔月の冷たい態度が思い出され、拒否されたり迷惑がられるのではないかと不安なのだ。仲良くしてくれるちい兄様は好きだけど、東雲翔月と言う男は関わり合いたくない。迷いながらも翔月に話してみた。「ちい兄様、お母さんにお守り袋の話をしたら、明日材料を買いに連れて行ってくれる事になったんです。」「そう、良かったね。」心なしか翔月の声は素っ気ない。ますます不安になりながら、凛華は思い切って言った。「ちい兄様はどんな香りが好きですか。ちい兄様にもお守り袋を作ってもいいですか?」「………。いいの?僕にも作ってくれるの?」「ちい兄様が嫌じゃなかったら…。」「嫌じゃないよ。嬉しいよ。でも、催促するのも気が退けてて。僕も欲しかったから、嬉しい。」「良かったです。ちい兄様はどんな香りが好きですか。」「僕もお香の香りは好きだよ。だけど、ミントとかのグリーン系が好きかな。」「わかりました。明日お母さんと選んできますね。少し時間がかかると思いますけど、出来たら連絡してもいいですか?」「うん。楽しみにしてるよ。凛ちゃん、ありがとう。」「はい。頑張って作ります。」電話を切った後、凛華は大きく息を吐いた。今の翔月は、自分の知っている男とは違うのかもしれない。前世の彼はウッディ系の香りを好んでいた。勿論、好みが成長と共に変わるのは珍しい事ではない。でも、少なくとも今はあの頃の彼とは別の人のように思えた。凛華は4日間かかって颯生の為のお守り袋を二つ作り上げた。紺地で和柄の落ち着いた色調の物と、爽やかなグリーンに銀糸を織り交ぜた布地に、濃緑の糸でS.Sとデザイン文字で刺繍をした。文字のデザインは母が考えたオリジナルである。凛華はその価値を知らない。ただ、「お母さん、この文字難しかったけどとってもきれい。」と、単純に喜んでいた。明日は颯生に届けに行く予定だが、最後の仕上げの手紙の文がなかなか浮かばない。前は深く考えずに思ったままを書いただけだった。しかし、この間の彩愛の言葉を聞いて少しは工夫をしてみるべきかと思った。意識してしまうと、子供らしからぬ硬い言い回しばかり浮かんできてなかなか“これ”と言う言葉が出てこない。困り果てて、母に相談すると、「凛ちゃんは颯生くんが1年間どんな
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第25話

凛華は隣の部屋のテーブルの前に着くと、肩に斜め掛けしたポシェットから小さな紙とペンを取り出した。「お姉様、良かったらここにお名前を書いてもらえますか。」「なあに?」彩愛が紙を覗き込んで見てみると、白い和紙に、『みんなの大切なさつきさんが元気で帰ってきてくれますように りんか 芙美華』と書いてあった。「あら、これってお兄様の?私も書いていいの?」「はい、お守りのパワーアップです。」「難しい言葉を覚えたのね」「お母さんが教えてくれました。」二人のやり取りを聞いて、気になって我慢できなくなった澪那が覗き込んだ。「まぁ、素敵ね。私も書いていい?」凛華は母の方をちらりと見てみた。母が微笑みながら頷くのを見て、「はい、お願いします。」と言うと、彩愛と澪那が空いているスペースにそれぞれ名前を書いた。書き終わった澪那は満足そうに見ていたが、ふと、何かに気づいて凛華の耳元で囁いた。凛華は少し驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。「はい、お願いします。」凛華の了承を得ると、澪那は紙とペンを持って「ちょっと失礼しますね。」と言って部屋から出て行った。こうなってしまえば、もう颯生にもばれてしまったので、先にもう一つのお守り袋を手渡した。「大兄様、今年は二つ作ってきました。一つは少し待ってください。もう一つの方を先にお渡ししますね。」と言って小さな木の箱を取り出した。颯生は受け取ると早速箱を開けて中を見た。「手間をかけてしまったね。」 颯生は手に取って手触りや香りを楽しんでから、「うん、好きな香りだ。気分がスッキリするよ。ありがとう。」と満足そうにお礼を言った。彩愛が、「お兄様、こっちのお手紙はなんて書いてあるの。」と聞いてきたが、「ナイショだよ。後で一人で見るよ。もう一つは僕より先にみんなが見てしまったからね。」と、さっさと箱にしまってしまった。少し雑談をしていると、澪那が万紗子と一緒に戻って来た。「凛ちゃん、ごめんなさい。お義母様に声をかけたらたまたま電話が掛かってきたお義父様が自分も書くっておっしゃって、念の為健明(たけあき)さんに聞いてみるとやっぱり自分も書くってことになってしまったの。私が責任を持って中に納めるからこのまま預かってもいいかしら。」東雲家の仲の良さに驚きながらも、凛華は「はい、いいです。お願いします。」
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第26話

「私、お父さんに会いたいんです。出来たら一緒にいたいです。でも、お父さんは事故で動けないから会ってくれないって聞きました。だから、お医者さんになります。出来たらお父さんを治せるくらいのすごい人になりたいです。それがダメでも、側でお世話出来るくらいにはなりたいです。」「そうだったの。そんなにお父さんが恋しいの。」「そうだけど、違います。」「どういう事?」「お母さんが寂しそうだから……。おばあさまにはおじいさまがいるし、叔父さんには叔母さんがいるし、みんな一緒にいるのにお母さんだけ一人で私をお世話してくれているから……。私はお母さんが大好きだからお母さんがいてくれればいいけど、お母さんは大変だろうなって……。」凛華は、ずっと自分の心の中だけにため込んでいた事を一旦口に出してしまうと、あれもこれも浮かんできて止まらなくなってきた。もう自分でも本当は何が言いたいのかわからない。だんだん涙が浮かんできた。そんな凛華を華織がそっと抱きしめた。「凛ちゃんはいっぱい考えていたのね。あなたは優しい子ね。」と言って優しく頭を撫でてくれた。そうなったらもう凛華の涙は止まらない。とうとう華織にしがみついて声を上げて泣き出した。凛華はひとしきり泣いて、泣き過ぎて少し頭が痛くなってきたが、心はすっきりした。「おばあさま、ありがとう。」ようやく少し落ち着いて見上げると、穏やかに微笑む華織の顔が見えた。華織は、「約束通り、凛ちゃんを応援するわ。だけどね、これだけは覚えておいてね。無理はしちゃだめよ。あなたがお医者さまになるのは義務じゃない。したい事を頑張るのはいいことよ。でも、あなたが無理をして病気になったりしたらみんなが悲しむのよ。」「はい、ちゃんと元気に帰ってきます。」爽やかな初夏の日差しが、度々雨雲に覆われる日々となった頃、無事に凛華の合格の知らせが届いた。暑い夏の盛りが終わる頃、凛華はいよいよ留学する事になった。学校までは芙美華が同行して寮での生活を整える事になっている。そして、暫くは学校の近くに滞在して見守るつもりだ。いよいよ明後日出発と言う日の夕食は、若桜家が全員揃って母屋で摂った。朝一番の便に乗るため、出発の前日は空港近くのホテルに宿泊するからだ。食事の後祖母の華織が凛華へ、可愛い縮緬の生地でくるまれた木の箱を手渡した。「凛ちゃん、寂しくなるわ。で
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第27話

そこで一つの問題が出来てしまった。ほぼ最速で単位を取得し終えた為、高等部に進級する為に必要な職業実習の年齢制限に引っかかってしまったのだ。希望職種に因るのだが、凛華が希望する医療実習は12歳にならないと受けられない。この実習を受けなければ、高等部の医療専門課程を受けられないので、医者になる為の勉強が大学部課程からになってしまう。凛華は悩んだ末に、この1年間は医療以外の職業実習を複数受けることにした。職業実習は通常3ヶ月間で1単位。この単位を取得する事で希望職業に就くための基本的な資格を得たり、今後自分が何を学ぶべきなのかを見極めることが出来る。まず最初に選んだのは美術品鑑定士。凛華は、学園が提携する美術館と画商の元で助手として働いたり、可能な限り多くの作品を見学する事になった。実習初日、凛華は学園のある街の隣の街にある美術館へ鉄道を利用して向かった。初日なので、開館時間になってから通常の受付に行き、「おはようございます。今日から学園の実習でお世話になる若桜凛華です。」と申し出た。受け付けにいた女性の一人が、「おはよう。話は聞いているわ。事務所に案内するからついていらっしゃい。」と言って先導してくれた。スタッフ専用エリアに入ってエレベーターで三階に上がり、エレベーターを降りて更に廊下を奥に向かって行くと、館長室の表示があるドアの前で止まった。女性は軽くノックをして、「失礼します。実習生が来ました。」と告げると、中から落ち着いた女性の声が返ってきた。「ご苦労様。中へどうぞ。」緊張しながら中へ入ると、40代くらいのスーツ姿の女性が事務机に向かいながら顔だけを上げて言った。「おはよう、若桜さんね。私は館長のアディナよ。よろしく。今日は朝から来客の予定が入ってしまって慌ただしくしているの。ごめんなさい。早速だけど担当者を紹介するから詳しいことは彼から聞いてちょうだい。」彼女はそれだけ言うと、また書類に目を向けて作業の続きに戻った。凛華は邪魔にならないように、「はい、よろしくお願いします。」とだけ答えて待っていると、間もなく20代半ばくらいの長身の男性が入って来た。「失礼します。お呼びですか。」「ええ。先日お願いした実習生が来たの。私は今日、例の画家との面会が入ってしまって対応出来なくてなってしまったの。早速だけどお願いするわ。」
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第28話

知っているも何も、マキは芙美華でカリンは凛華だ。先月実家に帰った時に、芙美華に実習の話はした。しかし、その時は何も言っていなかった。半月前に承諾したということは、凛華がこちらに戻った後に決めたのだろう。なぜこんな事を……。と思いを巡らせていると、ローヴェが心配して声をかけた。「別に詳しくなくても気にしなくていいよ。2人ともごく最近作品を発表し始めた画家だし。特にカリンは2年前からで作品数も少ない。今のところ1枚も売りに出していないしね。だけど、ネットで注目されていてぜひ実物を見たいと言う声が多いんだ。」「そうなんですね。」その後は実習内容の説明やスケジュールの確認をして、その日は寮に帰った。夕食を終えて部屋に戻ると、芙美華からの電話が鳴った。「凛華、もう寮の部屋に帰った?」「うん。お母さん、今どこにいるの?」「……。あら、もうバレちゃった?」「やっぱり。今日美術館に来たのはお母さんだったの?」「そうよ。今回は佐藤さんも一緒に来てもらったの。」佐藤さんは画廊の副社長で、実務の大半を担ってくれている人だ。「どうしてこんな遠い所で作品展をする事にしたの?」「だって、依頼が来てたから。お仕事だったら長期滞在出来るし。凛ちゃんと落ち着いて話したい事もあるし。それにね、今回は数点売りに出そうと思っているの。その都合もあってね。」「そうだったの。早く教えてくれれば良かったのに。「サプラーイズ!ってしてみたかったの。」「もう!お母さんたら…。それで、どのくらいこっちにいられるの?」「2ヶ月半くらいかしら。作品展が終われば後片付けはお願いして帰国するつもりよ。ああ、あと凛華の新作はある?もしあったら一緒に発表してみない?」「忙しかったから、あまり描けていないの。完成しているのは2枚だけかな。」「2枚も?ぜひ見たいわ。今度のお休みに持ってきなさい。」「わかった。」3日後、凛華は芙美華がこちらの滞在用に契約したマンションへ、大きな荷物を抱えて訪ねた。芙美華は、凛華が中に入るなり待ちかねたように荷物の包みを解いた。「凛ちゃんの新作、楽しみだわ。」凛華の作品はP25号サイズの風景画とF6号サイズの人物画だった。風景画は森の中の湖の夜景。湖面に映る月や微かに光を放つ花が淡く周囲を照らし出している。静謐さの漂う森の中の仄かな輝きが印象的な作
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第29話

「そう。理由も教えてくれる?」「………。」凛華は迷った。祖母はとっくに母に話したのでは無かったのか。それとも、聞いたけれど自分から直接聞きたくて問いかけてきたのか。いずれにしても母に嘘はつきたくない。そのうち分かることだし。凛華は正直に答えた。「お父さんに会いたいの。お父さんをお世話出来る人になって一緒に過ごしたいの。」芙美華は驚かなかった。やっぱり祖母から聞いていたのだろう。「そう。気持ちは変わっていないのね。だったら、少し詳しいお話をしましょうか。」「教えてくれるの?」「ええ。あなたも知っておく必要が出てきたから。」芙美華は落ち着いた声で話し始めた。凛華の父は、凛華の通う学園で颯生の父である東雲健朗と親友になった。彼の父はこの国の名家の出身だったが、日本人である母と結婚して、実家から独立していた。その為、凛華の父も家柄に囚われる事なく自由に生きていた。颯生の父と親友になった彼は、卒業と同時に母の母国を見てみたいと言って一緒に日本に行き、暫く東雲家の系列会社で働きながら日本で暮らすことにした。彼には4つ上の兄がいた。いずれは兄と共に父の会社を手伝うつもりだったので見聞を広めるのにちょうどいいと言う軽い動機だったようだ。そこで芙美華と出会い愛し合うようになった。いずれは結婚して家庭を築くつもりではあったが、思っていたより早く凛華を授かったので予定を早めて結婚する事に決めた。結婚後は芙美華と子供と共に母国に帰る事にした。彼は一足先に帰って準備をすると言って帰国した時、事故に遭ってしまった。この事故は偶発的なものではなく、実家の継承権争いに因るものだった。順当にいけば本家の後継者となるべき従兄弟が、残念ながらその任を担えない俗物だった。一族の者たちの失望感を感じ取った彼が、自分の座を脅かしそうな人物を消すために仕組んだ事故だったのだ。彼は確かに重傷だった。が、それ以上に芙美華と凛華に危険が及ぶのを恐れて別れを決意し、連絡を絶った。芙美華はそれでも諦めきれずに自分が自立して彼を日本に呼び寄せるつもりだった。しかし、現実は厳しく彼の実家の騒動が収まるまでは連絡を絶つしか無かった。彼の実家は若桜家では到底敵わない強大な力を有していて、とても守りきれないとわかったからだ。凛華は、この話を聞いて納得したことがあった。それは自分の容姿
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第30話

芙美華は話を続けた。「会えないのは家の事情が落ち着かないからなのよ。あなたは、あなたの本当にやりたい事を選べばいいの。それから、もう一つ。実習で学園の外に出るようになると、いろいろな人と接する機会が出てくるでしょ。大丈夫だとは思うけれど、お父さんの実家の関係者が近づいてくるかもしれない。そんな時、何も知らなければ危険に巻き込まれてしまう。それを防ぐ為に本当の事を知って身を守って欲しいからよ。」「そうなんだ。」「凛華、お医者様にこだわらなければ実習を一つにして高等部の課程に進んでもいいんじゃない?あなたには画家の才能もあると思うわ。お母さんを手伝って画廊のお仕事をするのもいいと思う。よく考えてみて。」「………、わかった。」「それからね、凛華。あなたのお父さんはもっと肩幅が広くて姿勢も良くてスマートよ。ただ、髪の色や質とか頭の感じは…似ているわね。」やはり母は気づいていた。「それはそうでしょうよ。頭の感じのモデルは私よ。鏡に映った自分を写真に撮って男性っぽくしながら描いたのよ。」「そうだったの。この作品は発表するか慎重に判断しないとね。」と言いながら、母は絵の中の人物を愛おしげに見つめていた。絵を母に預けて寮に戻ると、久しぶりに颯生さんから連絡が入った。「凛ちゃん、今から勇真と学園の食堂でお昼を食べるんだ。久しぶりに一緒にどう?実習が始まったらしいし、いろいろ話を聞かせて。」「ありがとうございます。お邪魔でなければご一緒させてください。」「歓迎するよ。じゃ、食堂でね。」「はい。」凛華が食堂に行くと、四人用のテーブルに颯生と勇真とこの国の人らしい女生徒が座って楽しそうに話をしているようだった。凛華は少し躊躇ったが、気にするのはやめて声をかけた。「こんにちは、大兄様、来栖さん。」「ああ、凛ちゃん。待っていたよ。おいで。君は、そろそろ用があるんじゃない?」勇真がニコリと微笑みながら、向かいの席に座る女生徒に退席するよう促した。それまで楽しそうに話をしていた彼女は凛華を軽く睨みつけたが、颯生たちにはとびきりの笑顔で、「そうだったわ。この後約束があったの。お先に失礼するわ。次は一緒に食事しましょう。」と言って去って行った。勇真は、「凛ちゃん、ごめんね。彼女、幾つかの講義で一緒なんだけど、颯生のお父さんの友人の姪御さんなんだって。叔父さ
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