上場企業の社長である彼氏・神崎徹(かんざき とおる)は、初恋の相手・白石玲奈(しらいし れいな)の機嫌を取るために、億単位の契約を放り出して彼女との旅行を優先した。その責任を全て私・江藤茜(えとう あかね)に押し付け、私を降格させ、あろうことかその元カノを私のポジションに据えたのだ。以前の私なら泣きわめいて抗議しただろうが、今回は静かに彼の指示に従った。苦労して取ってきたプロジェクトをすべて彼女に譲れと言われれば、気前よく譲った。ボーナスを全額カットされ、彼女の車の購入費に充てられても、「素晴らしい車を買ってね」と相槌を打ってあげた。挙げ句の果てに、彼女をウチに住まわせると言い出した時でさえ、私は黙って寝室を譲り、書斎へ移った。彼は「やっと可愛げが出てきたな」と満足げに笑い、五年間待たせた挙句、恩着せがましく「結婚してやる」と言い放った。でも彼は忘れていた。彼が元カノと甘い旅行を楽しんでいる間に、私の退職届は、とっくに受理されていることを。そして私の手元には、海外の有名研究所からのオファーが届いている。一週間後、私はこの国を去る。これで、彼とは赤の他人だ。……「江藤先輩、さすがに神崎社長はやりすぎですよ。先輩のミスじゃないのに降格だなんて、あんまりです」「あのプロジェクトのためにあんなに尽くしたのに……高熱をおして点滴打ちながら企画書を作ってた先輩の姿、私たち見てましたよ。社長には人の心がないんですかね?」「そうですよ。先輩は創業メンバーなのに、あの白石玲奈は入社してたった数ヶ月でしょ?副社長に抜擢なんて、いくらなんでも不公平ですよ!」デスクの私物を片付けていると、同僚たちが周りに集まってきて口々に不満を漏らした。表向きは同情しているように見えるが、腹の底では他人の不幸を面白がっているのが透けて見える。あのプロジェクトのために一ヶ月も徹夜を続け、接待で吐血するほど酒を飲んだ。ようやく契約に漕ぎ着けたというのに、徹は玲奈との旅行を優先し、土壇場でクライアントをすっぽかしたのだ。帰国後、彼はその失敗を私の能力不足のせいにし、私を降格させ、適当な理由をこじつけて、玲奈を副社長に特例で昇進させた。私はもう抗議もしないし、理由も問わない。ただ静かに荷物をまとめ、彼らの望み通
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