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第2話

作者: NJマスター
担当プロジェクトもなくなったことだし、あとは退職手続きが終わるのを待って会社を去るだけだと思っていた。

だが翌日、徹は玲奈を連れて怒鳴り込んできて、書類の束を私の顔に投げつけた。

鋭い紙の端が頬をかすめ、赤い筋が走る。

どうやらプロジェクトでトラブルが起きたらしい。

玲奈が承認した薬剤が検査基準を満たしておらず、結果として患者を死なせかけた。

「この始末、どうつけるつもりだ!

今すぐクライアントに土下座してこい!」

徹は怒号を飛ばした。

私は床に散らばった書類を拾い上げ、淡々と答えた。

「この案件はとっくに私の手から離れてます。

承認印を押したのは副社長ですよね?

彼女が頭を下げるべきでは?」

「玲奈のような育ちの良い人間に、土下座なんてさせられるか!

彼女は海外帰りのエリートだぞ!」

彼の言葉に、私は思わず失笑してしまった。

卒業した後、教授は私を高く評価し、海外の研究室へ誘ってくれた。

だが私は徹に夢中で、彼の起業を支えるために全てを捨てて国内に残ったのだ。

今や彼は、私がその海外帰りのエリートに劣ると言いたいらしい。

「彼女はダメで、私ならいいってわけですって?」

冷たく言い返しながらも、胸の奥がズキリと痛んだ。

徹は忘れているのだろうか。

私の膝は、かつて彼のために土下座して怪我をし、今でも冷え込む夜には痛んで眠れないことを。

玲奈は徹の袖を掴み、しおらしく言った。

「いいの、徹くん。会社のためだもの、私が行くわ。

でも……」

彼女はチラリと私を見上げ、諭すような口調で言った。

「茜さん、引き継ぎはもっと漏れなくやっていただかないと。

こんなミス、困りますよ」

業務内容はマニュアル化して誰が見ても分かるようにしてある。

字が読める人間なら、ミスなど起こりようがない。

責任転嫁は彼女の得意技だ。これが初めてではない。

そして徹は、いつだって彼女を盲信している。

「玲奈に罪を被せる気か?どう考えたってお前のミスだろ!

彼女がどれだけ会社のために尽くしていると思ってるんだ。

それに比べてお前は……自分の保身ばかりで。

玲奈を陥れることしか考えていない!

どんな手を使ってもいいから、クライアントの許しを得てこい。

でなければ、本社に居場所はないと思え。

一から出直してこい!」

愛されている人間は、いつだって勝ち気で傲慢だ。

徹は私が彼を愛していて、絶対に離れられないと高を括っている。

だから平気で私を踏みにじり、玲奈を持ち上げるのだ。

心という天秤は、最初から彼女の方に傾いている。

玲奈は彼の背後に隠れて私に眉をひそめてみせ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

私は退職手続きを滞りなく進めるため、反論を飲み込んで書類をまとめた。

それを見て、徹はようやく満足げに玲奈を連れて去っていった。

二日間、不眠不休で事後処理に追われ、ようやく帰宅した時のことだ。

書斎のドアを開けた瞬間、徹が慌てて玲奈の体から離れるところに出くわした。

二人の唇は赤く腫れ、不自然なほど艶めいている。

服もひどくだらしなく乱れている。

私は見なかったことにして、無表情のまま荷物を置いた。

この前に、徹は「玲奈の家は会社から遠くて通勤が大変だ」と言って、彼女を私たちの家に住まわせた。

玲奈が私の部屋の日当たりの良さを気に入ったというので、私は素直に寝室を明け渡し、書斎へ移ることにした。

ちょうど海外の研究所からオファーが届いていた。

私にとって、彼らと争う時間はもはや無駄でしかなかったからだ。

徹は玲奈を部屋に戻らせると、私がいつものように嫉妬して騒ぐと身構え、先手を打つように不機嫌そうに言った。

「玲奈は徹夜で仕事をして疲れてたんだ。

少しマッサージをしてやってただけだ。

変なことを考えるなよ」

「ああ、そうですね」とだけ短く返した。

私の反応が薄いのが気に入らないのか、徹は眉をひそめた。

「また無言の抗議か?降格させたことをまだ根に持ってるのか?」

長年、一方的に無視を決め込み、私が下手に出て機嫌を取るのを待っていたのは彼の方なのに。

「別に、ただ疲れてるから、もう寝ます」

あまりに素っ気ない態度に、逆に私が従順になったと勘違いしたのか、彼の口調が少し和らいだ。

「俺だって鬼じゃないんだ。

だが今回はお前のミスでプロジェクトが飛んだんだ。示しがつかないんだよ。

結婚するって言ったじゃないか?来週にはドレスを見に行くぞ。

これ以上ゴネるなら、ただのワガママだからな」

私は彼を見上げた。少し腫れたその唇が、視界に入る。

滑稽な話だ。

あなたのようなクズと結婚なんて冗談じゃないと心の奥でそう告げた。

「分かりましたわ」

疲れ果てた私はパジャマを手に取り、さっさとシャワーへ向かった。

徹は満足そうに頷いて部屋を出ようとしたが、ふと思いついたように立ち止まった。

「そうだ、玲奈が一晩中資料を読んで目が疲れてるらしい。

ホットアイマスクでも買ってきてやってくれ」

彼は返事も待たずに去っていった。

私が彼の命令に背くはずがないと信じ込んでいるのだ。

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