Semua Bab 光の主役、影の懺悔: Bab 11 - Bab 20

21 Bab

第11話

一葉は泣き顔をパッと笑顔に変えて景介の胸に寄り添ったが、その瞳の奥には、目論見通りに事が運んだことを確信する狡猾な光が宿っていた。新たな門出を世間に、そして自分自身に言い聞かせるかのように、景介は一葉を連れて華やかな場へ頻繁に顔を出すようになった。最高級のジュエリーを買い与え、一流のオークションに同行させ、彼女のためだけにレストランを貸し切る――一葉もそれに見事に応え、人前では愛くるしく従順な恋人を完璧に演じてみせた。しかし、その「甘い生活」の裏側で、景介の心には言いようのない疲弊が蓄積していた。一葉のわがままは、日に日にエスカレートしていったのだ。「プライベートジェットが狭い」と毒づき、シャンパンのヴィンテージが指定と違うと騒ぎ立てる。果ては、社運を賭けた重要な国際会議を放り出してオーロラを見に行こうと、物を投げつけて泣き喚く始末だ。そのたびに景介は、彼女がかつて自分を救ってくれたという「恩義」を思い出し、自分を納得させては妥協し、彼女を甘やかし続けた。だが、胸の奥で雪だるま式に膨れ上がる苛立ちと虚無感は、もう隠しようのないほどに大きくなっていた。ふとした瞬間に、意識が遠のくような感覚とともに思い出す。奈緒は、この五年間で自分に何かをねだったことなど、ただの一度もなかったのではないか。彼女はいつも、静かな凪のようだった。帰宅すればそっと温かい白湯を差し出し、夜なべをすれば、何も言わずに心のこもった夜食を整えてくれていた。そんな情景が脳裏をかすめるたび、景介は言いようのない苛立ちに襲われ、その思考を強引に振り払った。月日は瞬く間に流れ、三年の歳月が過ぎた。共に過ごす時間が、彼女が被っていた仮面を一枚ずつ剥ぎ取っていった。そこに残ったのは、虚飾にまみれ、湯水のように金を使い、激しい感情の起伏で景介を振り回す、ただの浅ましい女の正体だった。彼女は景介の家族カードを湯水のように使い、世界中で買い物に明け暮れた。クローゼットには一度袖を通したきり、あるいはタグすら付いたままの高級ブランド品が山のように積み上げられている。さらに彼女は、景介に対し「即レス」を絶対のルールとして強いた。返信がわずかでも遅れれば、数十億の資金が動く極めて重要な会議の最中であろうと、執拗に会社の代表電話を鳴らし続けた。そして、事あるごと
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第12話

景介の指先が、ぴたりと止まった。この三年間、奈緒の噂が時折耳に入ることはあった。海外の名門デザイン学校への留学、小規模な個展での台頭、そして帰国後の個人事務所の設立……その一つ一つが細い針のように彼の胸を突き、正体不明の苛立ちと、言いようのない喪失感を刻んでいった。彼は無意識のうちに、自立して静かな凪のようだった奈緒と、騒がしく依存してくるばかりの一葉を比較してしまっていた。かつて空気のように扱い、履き古した靴のように捨てたはずの元妻が、自分の預かり知らぬ場所で、まばゆいばかりの輝きを放ち始めている。そしてその光は、今ここにある自らの「新生活」がいかに泥沼のように混乱し、空虚であるかを、残酷なまでに浮き彫りにしていた。一週間後。三年に一度開催される、各界の重鎮が一堂に会する最高峰のチャリティガラ。景介は一葉を伴って出席した。一葉は主役の座を奪おうと、これ見よがしにラインストーンを散りばめた過剰な装飾のドレスを纏っていた。完璧に作り込まれたメイクもどこか俗悪な派手さが透けて見え、媚びを含んだ立ち居振る舞いは、周囲の失笑混じりの視線を浴びていた。景介はそんな彼女を横目に、ただ底知れない疲労感に苛まれていた。虚ろな視線を会場へと泳がせていた。その時だった。会場の入り口付近が、さざ波のような微かなざわめきに包まれた。居並ぶ名士たちの視線が、磁石に吸い寄せられるように一箇所に釘付けとなった。その中心へと、凛とした気品を纏った人影が、しずしずと歩みを進めてくる。奈緒だった。装飾を極限まで削ぎ落とした、薄墨色のサテンのロングドレス。そのシンプルなカッティングは、かえって彼女のしなやかな曲線を完璧なまでに際立たせていた。艶やかな黒髪は無造作にまとめられ、白磁のように美しい首筋からデコルテにかけてのラインが、惜しげもなくさらされている。ナチュラルなメイクが彼女の瑞々しい気品を引き立て、その静謐な瞳には揺るぎない自信が宿っていた。控えめでありながら、内側から溢れ出す圧倒的なオーラは、会場のすべてを飲み込むほどに眩かった。彼女は、ある国際的な環境保護基金の芸術顧問、そして提携デザイナーとしてこの場に招かれていた。現れた瞬間に会場の視線を独占した。景介の目は、釘付けになったかのように彼女から離れない。心臓を鋭く突か
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第13話

「高橋会長」――他人行儀なその一言が、二人の間に取り返しのつかないほどの絶望的な境界線を引いた。奈緒はすぐさま、傍らにいた紳士たちに申し訳なさそうな笑みを向けた。「皆様、少々失礼いたします」男たちは心得たように頷いたが、景介に向けられたその眼差しには、あからさまな値踏みと、隠しきれない軽蔑が混じっていた。まるで赤の他人を扱うような奈緒の態度に、景介の腹の底で業火が燃え上がった。何かを言い募ろうと口を開きかけたその時――会場のエアコンが利きすぎているのか、奈緒が寒そうにそっと自分の腕をさすった。すかさず隣にいたIT企業の若き社長が、極めて自然な所作で、腕にかけていたジャケットを奈緒の肩にふわりと掛けた。「風邪を引きますよ」その声は、どこまでも慈愛に満ちていて温かい。奈緒は一瞬きょとんとしたが、すぐに花が咲くように微笑み、小声で応えた。「ありがとうございました」その阿吽の呼吸のようなやり取り、そして向けられた温かな眼差し。それは鋭利な刃となって、景介の心臓を容赦なく抉り取った。制御不能な怒りと凄まじい嫉妬が、一瞬にして彼の理性を飲み込んでいく。拳を血が滲むほど固く握りしめ、手の甲に青筋を浮かべるその姿は、今にも理性の糸が切れてその場で取り乱さんばかりだった。あの夜を境に、景介の心の平穏は無残にも崩れ去った。奈緒の冷徹なまでに余所余所しい横顔。二度と自分を映すことのない、冷え切った瞳。そして、見知らぬ男が彼女の肩に優しく上着を掛けた、あの忌々しい一幕。それらが呪縛のように脳裏にこびりつき、片時も離れない。彼女からの徹底的な無視と、自分が「無関係な人間」であるかのような扱いが許せなかった。煮え繰り返るような不条理な執着と、自分でも正体の掴めない独占欲に突き動かされ、彼はなりふり構わず彼女に近づくための口実を画策し始めた。彼は巨額の予算を投じたブランド提携プロジェクトを立ち上げ、それを「餌」にして奈緒の事務所を指名した。その上、彼女本人が全工程に責任者として関わることを、契約の絶対条件として突きつけたのだ。プロジェクトのキックオフ会議当日。景介は上座に陣取り、奈緒から片時も目を離さなかった。彼女は洗練されたスーツを身に纏い、一分の隙もない集中力でデザインコンセプトを論理的に展開していく。質疑応答で疑義を呈されても、決
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第14話

その瞬間、極めて不鮮明で断片的な光景が、何の前触れもなく景介の脳裏をよぎった。突き刺さるようなヘッドライトの残光、身を切り裂く激痛。そして、涙声で必死に自分の名を呼び続ける、焦燥に満ちた女の声。温かく、けれど小刻みに震える手が、傷口を強く圧迫していた感触……あの声……普段の一葉の甘ったるい声とは、どこか決定的に違うのではないか?景介は自ら呆然とした。なぜ今、唐突にそんな疑念が浮かんだのか。一葉は、彼の一瞬の躊躇いと呆気にとられた様子を鋭く感じ取った。まるで鬼の首でも取ったかのように、さらに声を張り上げ、金切り声で泣き叫んだ。「私が何だって言うの?言いなさいよ!まさか、あの時あなたを助けたのが間違いだったとでも言うつもり?とっくに私を捨てたかったんでしょ?景介、あなたには人の心がないの?」頭が割れそうなほどの喚き声に、景介の淡い疑念は一時かき消された。彼は苛立ち紛れに手を振り、ボディガードに命じて一葉を強引に連れ出させた。だが、「疑い」という名の種子は、一度蒔かれれば、人知れず根を張り、芽吹くものだ。あの不可解な躊躇以来、景介は全てを変えてしまったあの交通事故の記憶を、抑えようもなく反芻するようになった。考えれば考えるほど、一葉の語る「過去」には、曖昧さと矛盾が満ちているように思えてならなかった。彼女はいつも、「死に物狂いで助けた」、「救急車が来るまで片時も離れず守った」と強調する。だが、肝心の細部については言葉を濁すのだ。問い質すたびに泣き落としにかかるか、「怖すぎて覚えていない」と逃げ口上を繰り返すばかり。違和感は日に日に膨れ上がり、もはや自分を欺き続けることは限界だった。深夜。彼は最も信頼を置く腹心のボディガードを呼び出し、真剣な表情で命じた。「七年前のあの事故を、極秘裏に再調査しろ。誰にも悟られるな。特に一葉には絶対だ。当時の現場記録、救急車の出動記録、搬送先での初期診療録……それから、当時の目撃者を探し出せ。金に糸目はつけない」ボディガードは一礼し、闇へと消えた。報告を待つ日々は、永遠のように長く、焦燥に満ちていた。景介は無意識のうちに、一葉へ鎌をかけるようになっていた。「一葉。俺が事故に遭ったあの日、何色のコートを着ていたか覚えているか?あの時、最初に応急処置で止血に使ったのは何だった
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第15話

身の毛もよだつような戦慄の推測が、逃れられぬ影のように一瞬にして景介の全思考を侵食していった。心臓が早鐘を打ち、血液が逆流するような感覚に襲われる。内心では荒波が逆巻いていたが、景介は表面上の冷静さを保っていた。証拠がまだ不十分だ。より確実な裏付けが必要だった。奈緒の事務所との提携プロジェクトは進行中だった。製品コンセプトを深掘りする会議で、奈緒は斬新なデザイン案を提示した。洗練されたミニマリズムをテクノロジー製品に融合させ、多忙なビジネスエリートの焦燥感を緩和するというものだ。彼女のプレゼンテーションは明晰で奥深く、論理も緻密だった。その核心にある思想とユーザー心理への洞察は、景介に強烈な共感と衝撃を与えた。それはまるで、彼自身が心の奥底で感じていながら、言葉にする機会のなかった想いを代弁してくれているかのようだった。プロジェクターの前に立ち、自信に満ちた様子でスケッチを描く彼女は、知性とインスピレーションの光を放ち、目が離せないほどに眩かった。その瞬間、称賛と強烈な嫉妬が同時にこみ上げた。彼女と対等に言葉を交わし、プロとして接してもらえる男性スタッフたちが妬ましい。彼女のあんなに輝いている一面を見られる彼らが妬ましい。それに引き換え自分は、永遠に彼女の世界から締め出されているように感じられた。この光景を、会議室のガラス越しに一葉が見ていた。一葉はこっそり会社を訪れ、景介をランチに誘おうとしていたのだ。奈緒を見つめる景介の、集中し、かつ複雑な感情を湛えた眼差しを目撃した瞬間、一葉の危機感は爆発した。極度の嫉妬と、全てを失うかもしれないという恐怖が、一葉から理性を奪った。一葉は一か八かの賭けに出ることにした。「遺書」を偽造して自殺を装い、最も極端な手段で景介に結婚を迫り、彼を完全に縛り付ける。彼女は時間を計算し、自身のマンションで現場を作り上げると、景介に別れのメッセージを送信した。そして、あらかじめ用意しておいた大量のビタミン剤を睡眠薬に見せかけて飲み込み、ベッドに横たわって彼を待った。メッセージを受け取った景介は胸がざわついた。疑念は尽きなかったが、人命に関わることだ。彼はすぐに現場へと急行した。ドアを破って入ると、一葉がベッドで昏睡しており、傍らには空の薬瓶と遺書が散乱していた。彼はす
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第16話

そうだったのか……!一葉の献身的な看病も、命がけの救出劇も、最初から存在しなかった!あったのは奈緒の捨て身の行動と、鮮血に染まった両手だけ!そして一葉による、厚顔無恥な成り済ましと、手柄の横取りだけだったのだ!ここ数年、自分が一葉に向けてきたあらゆる甘やかし、譲歩、「恩義」に基づく罪悪感と責任感、その全てが巨大な茶番劇に成り果てた!そして自分は、真の恩人に対して何をしてきた?一葉を調べているという理由だけで、彼女を事故に遭わせ、非情な警告を与えた。警察署で一葉が彼女を侮辱するのを黙認し、あまつさえ「消えろ」と吐き捨てた。一葉の「水信玄餅が食べたい」という一言のために、手術台から引きずり下ろして冷凍倉庫に閉じ込めた。一葉が針と唐辛子水で彼女の背中に「絵」を描くのを、ただ傍観していた。ガラスの破片が散らばるプールへ、無理やり彼女を飛び込ませた。彼女の両親の会社を盾に脅迫した。一つ一つが鋭利な刃物となって、彼の脳内を狂ったように掻き回す。どの記憶も奈緒の血と涙で染まっており、彼自身の愚かさと残虐さが刻み込まれていた。なぜだ?なぜ当初、もっと詳細に裏を取らなかった?なぜ一葉の穴だらけの言葉を簡単に信じてしまったのか?なぜ、自分にとって従順で退屈な「政略結婚の妻」だと思っていた彼女に、あれほど勇敢で決然とした一面があるとは思いもしなかったのか?巨大な悔恨と自己嫌悪が津波のように押し寄せ、彼を完全に飲み込んだ。ついに、景介は猛然と顔を上げ、ベッドでまだ昏睡を装っている一葉を睨みつけた。その眼差しは一瞬にして氷点下まで冷え込み、同時に煮えくり返るような憤怒と、愚弄されたことへの凄まじい憎悪を剥き出しにしていた。「一葉!」彼は歯を食いしばり、その名を絞り出した。一葉はもともと寝たふりをしながら、彼が動画を見ている様子を一部始終盗み見ていた。殺意さえ感じるその声に震え上がり、思わず目を開けてしまう。目の前には充血した鬼のような形相の景介がおり、彼女は瞬時に魂が抜けるほど怯えた。「け、景介……聞いて、説明させて……」彼女は慌てて起き上がろうとした。「説明だ?」景介はスマホの画面を彼女の前に突きつけ、あの動画を再生した。極限の怒りで声が震える。「これが何なのか説明してみろ!他人の命の恩を掠め取り、何年もの
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第17話

俺は一体、何をしてしまったんだ?凄まじい苦痛と悔恨が、無数の蟻となって瞬く間に心臓を食い荒らす。あまりの激痛に、息さえできない。景介は弾かれたように部屋を飛び出した。今の彼を突き動かすのは、たった一つの衝動だけだ。奈緒を見つけ出すこと。彼は奈緒のスタジオの階下で、そして彼女のマンションの入り口で待ち続けた。かつてはビジネス界の頂点に立ち、一分の隙も見せなかった帝王。だが今の景介は、見る影もなくやつれ果てていた。無精髭が青々と伸び、眼窩は深く窪み、高級スーツは皺だらけだ。ただ、血走った両目だけが、執念深くあらゆる出入り口を凝視していた。ついにその凛とした姿を捉えた瞬間、心臓が口から飛び出しそうになった。彼は足をもつれさせながら駆け寄り、彼女の前に立ちはだかった。高熱と焦燥で、その声は無残に掠れ、震えている。「奈緒……!奈緒!すまない……俺が間違っていた……全部知ったんだ……」支離滅裂に言葉を重ね、縋るように彼女の手を掴もうとする。だが、その手は柳に風と受け流され、指先一つ触れさせてもらえなかった。「今さらこんなことを言っても遅いのは分かってる……滑稽だろう……俺が愚かだった!俺の目が曇っていたんだ!一葉を信じ込んで、お前を裏切った……お前は俺を助けてくれたのに、俺は……」奈緒は静かに聞いていた。その表情には何のさざ波も立たず、まるで自分とは無関係な物語を聞いているかのようだ。景介が話し終え、激しく肩を上下させながら哀願するような視線を向けてくると、彼女はようやく口を開いた。その声は、凍てつく湖のように静まり返り、感情の機微すら感じさせない。「高橋会長」彼女は付け入る隙のない、事務的な礼儀正しさを貫いた。「真実は聞きました。教えてくださってありがとう。おかげで、いくつかの疑問が解けました」彼女は一呼吸置いた。その瞳には、激しい憎しみも、ましてや彼を責め立てるような恨みがましさも、もはや欠片すら残っていない。あるのは徹底した冷ややかな諦念と……わずかな憐れみだけだった。「ですが、それで事実は何も変わりません。私たちの結末は、あなたが彼女のために何度も私を切り捨て、傷つけた時に、とっくに決まっていたんです。あなたの愛憎が荒唐無稽な誤解に基づいていたなんて、それ自体がとても哀れな話ですね。……もう恨んではいま
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第18話

奈緒の元に大きな吉報が届くたび、その夜、景介の書斎に設えられたバーキャビネットの扉は、決まって開かれた。誰の同席も求めず、ただ独り暗闇に沈み、巨大な掃き出し窓の向こうに広がる街の灯を眺めながら、喉を焼くほど強い酒をひたすら煽り続ける。画面の中で、受賞の喜びを凛とした笑みで語る彼女を見つめ、彼は低く、掠れた笑い声を漏らす。だがその笑みは、何の予兆もなく溢れ出した涙に取って代わられ、ウイスキーの焼け付くような刺激と混ざり合って、彼の喉と心臓を激しく灼き尽くしていく。そこにあるのは、筆舌に尽くしがたい複雑な感情だ。彼女への心からの誇り、骨髄にまで染みる悔恨、取り返しのつかない喪失感……それら全てが、やがて果てしない寂寥となって彼を包み込んだ。彼は、墓場まで持っていく秘密を守るかのように、裏で手を回し、彼女の行く手を阻むあらゆる障害をあらかじめ取り払っていた。目障りな競合他社が汚い手を使って彼女の事務所を潰そうとすれば、翌日にはその会社が原因不明のコンプライアンス違反で厳重な調査を受けることになった。重要な国際展示会の枠を誰かに横取りされれば、すぐに主催者側に断れない圧力がかかり、名前が訂正された。チームの核心メンバーの家族が難病にかかれば、世界的な権威が「たまたま」診察時間を空けてくれた……その全てが天衣無縫に処理され、景介の関与を示す痕跡は一切残されなかった。彼はもはや、彼女からの感謝など望んでいない。それどころか、自分が関わっていると知られることを何より恐れた。これは彼が生き続けるための理由探しであり、微々たる、そして哀れな贖罪に過ぎないのだから。季節は巡り、一年、また一年と過ぎ去った。ある日、より詳細な調査報告書が彼のデスクに置かれた。奈緒がキャリアにおいてさらなる飛躍を遂げたという知らせに加え、そこには一枚のスナップ写真が添えられていた。写真には、アート専門の書店で、品のある穏やかな男と肩を並べる奈緒の姿があった。二人は同じ本を覗き込み、自然な笑みを浮かべている。男の眼差しは彼女の横顔に注がれ、そこには隠しようのない敬意が溢れていた。報告書によれば、この男性は海外から帰国した著名な建築デザイナー、周防悠希(すおう はるき)。由緒ある家柄の出身で、彼自身の実績も目覚ましく、多くの専門分野で奈緒と理念が合致してい
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第19話

三年の月日は、多くの物事をあるべき場所へと落ち着かせるのに十分な時間だった。奈緒の名は、今やデザイン界において、確固たる地位と尊敬を集める響きとなっていた。彼女の事務所はかつての倍以上に拡大し、独特な美学と現代の思潮を融合させた作品は、世界の頂点に立つ展示会で次々と脚光を浴び、賞を総なめにするほどの快進撃を続けていた。彼女はもはや誰の付随物でもない。ただ一人の人間――デザイナー、浅見奈緒だった。彼女の生活は充実し、穏やかだった。急いで新しい婚姻を望むこともなく、自らコントロールする人生の調べを心ゆくまで享受していた。悠希との関係は安定し、心地よい。互いに仕事では阿吽の呼吸を見せるパートナーであり、私生活では何でも語り合える知己でもある。悠希の尊重と理解、そして焦らせることのない柔らかな寄り添いは、彼女に、かつて味わったことのない平穏と安らぎをもたらしていた。関係を一歩進めるかどうかは、彼女にとって急ぎの課題ではない。自立しながらも緩やかに響き合っている、今のこの絶妙な距離感を、彼女は何よりも慈しんでいた。その瞳は今や澄み渡り、揺るぎない輝きを宿していた。かつての傷痕は時の流れによって丹念に修復され、内面的な強さと余裕へと変わっていた。今の彼女からは、柔らかくも目を射るような光が放たれている。世界が注目するある夜、A国。「デザイン界のアカデミー賞」と称される世界年間デザイン大賞の授賞式が、華々しく幕を開けようとしていた。奈緒は、年間最優秀デザイナーの最有力候補として、自らデザインした、静謐な自然の情景を繊細なグラデーションで表現したスモーキーグレーのロングドレスに身を包み、泰然自若として会場へ足を踏み入れた。一瞬にして全てのレンズが彼女に向けられ、その一挙手一投足には自信と魅力が満ち溢れていた。同じ頃、地球の裏側にある、荒涼とした僻地の村。そこには乾ききった痩せた大地が果てしなく広がり、唯一の色彩といえば、新設されたばかりの小さな学校に翻る旗だけだった。日は暮れてなお、辺りには肌を刺すような熱気が澱んでいた。簡素ながらも清潔な事務所で、景介は財団のエンジニアと新水源探査プロジェクトに関するビデオ会議を終えたばかりだった。白いリネンシャツの袖を肘まで捲り上げ、陽に焼けた腕は小麦色に染まっている。その
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第20話

彼は心に描く。眩いスポットライトを浴び、トロフィーを受け取る彼女の、自信に満ちた晴れやかな笑顔を。それは本来、もっと早く彼女が手にするはずの栄光だった。だが、他でもない自分のせいで、あまりに長い遠回りをさせてしまったのだ。目を閉じれば、脳裏にありし日の彼女の姿が去来する。嫁いできたばかりの、不安と期待に揺れていたうぶな瞳。静まり返った邸宅で、帰るはずのない夫のために黙々と夕餉を整えていた背中。警察署で流した、あの絶望の涙。そして、最後に彼に向けられた、何一つ感情を映さないほど冷たく澄み切った眼差し……熱い一筋の涙が、何の予兆もなく目尻を伝った。それは音もなく襟元に吸い込まれ、跡形もなく消えていく。再びまぶたを持ち上げた彼の瞳からは、もはや一切の執着が消え失せていた。ただ遠い空の下にいる彼女の幸せを願う――そんな憑き物が落ちたような清々しいまでの慈しみが、今の彼に残された唯一の感情だった。彼はようやく、自らを苛み続けた自責の念から自分を解き放った。「彼女はこれからも幸せに生きていく。だが、その幸せの中に、自分が存在することは二度とない」その残酷な事実を、彼は初めて真の意味で受け入れたのだ。彼はラジオのスイッチを切った。耳障りなノイズは止み、部屋には夜特有の、どこか物悲しい虫の音だけが満ちた。彼は手元にあった医療支援施設の建設に関する書類を手に取り、デスクライトを点灯させて没頭し始めた。粗末な土壁に、彼の影が長く伸びる。その背中は孤独だったが、もはや迷いも葛藤も微塵も感じさせなかった。それからさらに、三年の月日が流れた。B国、柔らかな陽射しが降り注ぐ午後。歴史ある建築と最先端の文化が交差する街の一角に、奈緒のアトリエはある。巨大な掃き出し窓から差し込む光が、最終調整中の大型デザイン模型を鮮やかに照らし出していた。静寂を重んじる引き算の美学と、近未来的なテクノロジーを融合させたその流麗なフォルムは、間もなく公開される彼女の新たな代表作だ。今日の彼女は、洗練された純白のセットアップに身を包んでいる。タイトにまとめ上げた髪からは、凛とした額と優美なうなじが覗いていた。模型の細部に指先を滑らせながら、現地のエンジニアと流暢な公用語で議論を交わす。研ぎ澄まされた集中力と自信に満ちたその佇まいからは、静謐ながらも周囲を呑み
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