All Chapters of 婚約してから始まる恋~炎の魔女と氷の公爵様: Chapter 1 - Chapter 10

29 Chapters

ep1 プロローグ(1)

「ちゃんと綺麗にしてるじゃん」友人の部屋を見回しながら、火野虎白は感心した。「コハクがうるさく言うからな。ちゃんと一人でもキレイにしてんだよ」颯はドリンクの入ったグラスをテーブルに二つ置くと、自分も床に腰を下ろした。「もう半年前だっけ? ハヤテが一人暮らしを始めた時はビックリしたよ。なんだかんだハヤテはまだしないと思ってたからさ」「俺だって大学生の間は実家にいるつもりだったんだ」颯はテーブルに肘をついて頭を掻く。「姉貴と妹にブチ切れられたからなぁ〜」「でも、その原因は......」虎白は正面に座る友人に向かって、じと〜っと怪訝な視線を貼りつける。「ああーそうだよそうだよ」颯は両手を上げて降参のポーズをとる。「原因は俺のせいだよ、俺の女遊びのせい。実家にも連れ込んでたからな。わかってるって」もはや開き直ったのか、颯は明るく笑った。そんな友人に虎白はため息を漏らすが、すでに慣れっこだった。親友はそういう男だ。「昔からハヤテはよくモテるから、つい遊んじゃうのかもしれないけどさ......もっと女の子のことを大切にしないと、いつか自分自身に返ってくるかもよ?」「なんだコハク、俺のこと心配してくれてんのか?」「それは心配するよ! 実家を追い出されるくらい遊ぶって、よっぽどだよ??」「姉貴も妹もカタイからなぁ〜」「ハヤテが軽すぎるんだよ!」「わかったわかった。これでも今は控えてるほうなんだから」「でも、今度の彼女とも別れちゃったんでしょ?」「それはあれだ、どうも合わなかったんだよな。ちょっとこう、俺には重いっていうか、真面目なんだけど思い込みが激しいタイプでさ」「ちゃんとやさしくしてあげてた?」「そのつもりだけど」「ホント?」「なんだよ、疑うのか?」「気になっただけだよ」虎白は腕組みして口を尖らせる。彼は本気で友人のことを心配していた。そのうち修羅場になって刺されたりするんじゃないか? そんな想像さえ働いてしまう。「まあ、俺も反省はしてるよ」わかっているのかいないのか、颯は頬を掻きながら一応の反省の色を表した。それからグラスを手に取り一口すすると、今度は彼のほうが虎白に意味ありげな視線を向ける。「なに?」と虎白。「いや〜こうやって改めて見るとさ......」颯は虎白をしげしげと見つめて言う。「コハク
last updateLast Updated : 2026-02-03
Read more

ep2 プロローグ(2)

ガチャッ二人が談笑しているところへ、いきなり水を差すように部屋のドアが開いた。二人は驚いてそちらへ振り向く。「ど、どうしたんだ?」と颯が突然の来訪者へ向かって尋ねた。どうやら彼の知り合いのようだ。「ひょっとして......」虎白は勘づく。「ハヤテの元カノ?」虎白の言葉は颯へ囁いたものだったが、女が反応する。「私はハヤテの彼女。てゆーかコイツがアンタの浮気相手??」女は颯を睨みつけた。「ちょっと待て」颯が立ち上がる。「リコとは昨日別れたよな? いやその前になんでここに入って来ることができたんだ?」「これよ」女はキーを手に持って見せた。「スペアを作っておいたの」「い、いつの間に!?」「もちろんハヤテに気づかれないようにだけど」「お、おまえ、それ、悪質なストーカーと同じだろ......」「はあ!?」女はキーを思いきり颯に向かって投げつけた。「加害者のクセしてなに被害者ヅラしてんのよ! このクズ男!!」「お、おい、近所迷惑になるから騒ぐなって」「もう浮気はしないって約束したわよね!?」「あれからはもう女遊びはしてないって昨日も言っただろ?」「浮気がバレる前に私のことを捨てたってだけでしょ!」「違うっての!」「じゃあその女は誰よ!?」女が虎白を指さした。「ぼ、ボク??」虎白は仰天する。「待て待てコイツは男だよ」颯はうんざりしたように溜息をつく。「被害妄想もいい加減にしてくれ」「ひがいもうそう? 今アンタ、被害妄想って言った??」ただでさえ激怒していた女の怒りのボルテージが俄然急上昇する。どうやら触れるべきでないスイッチを押してしまったようだ。「だから落ち着けって」と颯がなだめようとするが、手遅れだった。「私が今までどれだけ辛くて苦しい思いをしていたかわかる!? それがすべて私の被害妄想のせいだって言うの!?」「そ、そこまでは言ってないだろ」「いいや、あなたは思ってる! 私が傷つくことなんてどうでもいいと思ってる!」「そんなこと思ってないって! そうやって勝手に思い込むのはやめろ!」「思い込み??」「思い込んでるだろ。そもそもコイツは男だし」颯は虎白の肩に手を置いた。「そ、そうです!」何か言わなきゃと虎白も声を上げた。「ボクとハヤテは同性の友達です!」「ああ、そういうことなのね......」女は妙に静かな反応を見
last updateLast Updated : 2026-02-03
Read more

ep3 目覚め

  【1】「ど、どうしよう、このまま閉じ込められたままだったら......」がっくりと膝をついた。もう何時間経ったのだろう。閉ざされた薄暗い部屋で目が覚めてから。時計もなければ窓もないので昼夜もわからない。ただただ途方もなく感じる。「やっぱりこれって、閉じ込められているとしか考えられないよね。でも......」中央に寝台があるのみの閑散としている部屋は、妙に広い。おまけに天井がやけに高い。牢獄というには些か様相が異なる。目立った汚れや埃も見当たらない。まるで掃除が行き届いているかのようだ。「ここはどこで、ボクはいったい何者なんだろう......」改めて確かめるように自らの身体を触る。長い髪の毛を撫でる。間違いない。女の肉体だ。「まさか女装していたボクが、本物の女の子に生まれ変わってしまうなんて......」それが自分にとって喜ばしいことなのかどうかはわからない。というより、そのことについてどうこう考える余裕がなかった。今はとにかくこの状況を何とかしなければならない。「い、いったん整理しよう」寝台に腰かけて深呼吸する。そして目覚めてから今に至るまでに理解したことを確認する。「まず......ボクは生まれ変わった。あの時、刺されて死んだはずだったボクが。謎の女の子に生まれ変わってしまった。にわかに信じがたいけど。しかもボクには生まれ変わる以前の記憶がしっかりと残っている。火野虎白の記憶が」荒唐無稽すぎる話だ。何度も繰り返し考えてみた。だけどそうとしか思えなかった。自分で自分の頭は大丈夫かと疑いたくなる。それなのに時間が経つにつれて現実感は増すばかりだ。直感的な確信もある。転生したという確信。理由はわからない。ただ、魂のレベルでそう感じさせる何かがあった。目覚めてから数時間は経ったであろう今では、冷静さも取り戻している。「普通、生まれ変わるんなら、赤ちゃんから始まるんじゃないのかな......」冷静になった分、ますます疑問も尽きない。それでも今は、わかることだけで何とかするしかなかった。彼女は頭を切り替える。「結局、今のボクにハッキリとわかるのは、前世の記憶を持ったままで謎の女の子に生まれ変わり、部屋から出られない、ということだけか......つまり、ほとんど何もわからないのと一緒ということ」フーッと大きく吐息をつく。それか
last updateLast Updated : 2026-02-04
Read more

ep4 深焔の魔女

  【2】「あ、あれは!!」人々は遠くの空を見上げた。地上から空に向かって巨大な龍神の如く立ち昇る炎注の中心には、ひとりの女が浮かんでいる。この尋常ならざる光景は、この地に住む者たちにとって共通の、まごうことなき神聖な伝説を想起させた。「深焔の魔女さま......!!」人々は跪き、両手を握り合わせた。やがて甚大な炎は収束する。人里離れた地上に女がふわりと降り立った。「ぼ、ボクって、いったい......」誰よりも彼女自身が驚愕していた。まるで強大な深紅の炎の支配者にでもなった自分自身に。とてもじゃないが信じられない。そもそも、今のは自分自身がやったことなのだろうか。常識的に考えてありえないのだが、どういうわけか自分でやった感覚はあった。「深焔の魔女さま。いえ、我が里の初代領主であり伝説のウィッチ・クイーンのご令嬢、レディ・インフェルドさま」「えっ?」彼女が振り向くと、ひとりの男が数人の者を従えて近づいて来ていた。西洋の古風な貴族風の衣装を纏った大人の男。彼は彼女の面前まで来ると、従者ともどもうやうやしく跪いた。「その麗しき銀色の長髪。透き通るように綺麗な白い肌。美しき紅い瞳は初めて拝見しますが......間違いありません。貴女はインフェルドさま」「インフェルド? ぼ、ボクのこと?」思わず彼女は自分を指さして訊き返した。当然の反応だ。自分がどこの誰かもわからないのだから。「ま、まさか......」男は目を見開く。「記憶を失われていらっしゃるのですか?」「あっ、いや、その」彼女は否定しかけたが、すぐにハッとして思い直す。今は自分が誰でここがどこなのかすらわからない状態。それならばいっそ記憶喪失ということにしておいた方が都合が良いのでは? 本当のことを説明したところで、むしろ話がややこしくなる可能性が高い。それは危険だと思われる。「ご自身が何者かも、おわかりにならないということですね......」男はそう言ってから何やら考え込み始める。「魔法を扱う者には充分にあり得る事例ではある。ましてやインフェルドさまの場合は〔魔女のほこら〕での長期間に渡る影響も......」「ボク、なにもわからなくて......」と答えながら彼女は決断した。自分は記憶喪失でいくと。「お名前すら、ですか......」「あ、名前は火野虎白ですけど」
last updateLast Updated : 2026-02-05
Read more

ep5 宴

  【3】里一番の館の、大広間の台座の上。コハクは借りてきた猫のように縮こまっていた。彼女の目の前では今、里をあげて盛大な『魔女復活祭』が繰り広げられている。宴の主役はコハク。彼女は深紅のドレスを身に纏い、玉座と言うべき豪奢な椅子に鎮座させられ、崇め奉られている。 「深焔の魔女さまの復活だぁ!」「麗しき魔女、コハク・インフェルドさまの復活に祝福を!」当のコハクは、ただ苦笑いを浮かべるだけで精一杯だった。そこへ、彼女に寄り添って立つ中年女性が様子をうかがってくる。「コハクお嬢さま。ご気分が優れませんか?」「あ、いえ、」コハクは慌てて恐縮する。「ボクは大丈夫です、領主様」頭には三角帽子を被り、ローブのような暗色のドレスを身に纏った現領主は、魔女貴族という表現がピッタリの中年女性だ。まさしく魔女の里〔マギアヘルム〕の領主に相応しい。「今は現実を受け止めきれずに大変でしょう」領主は言う。「〔魔女のほこら〕での三百年間の長き眠りからお目覚めになったばかりで、ましてや記憶を失ってしまったコハクお嬢さまに、いきなりこのような宴など酷なこと。察するに余りあることです」「いえ、そんな......」「御身体にも障りましょう。しかし、先ほどもご説明申し上げた通り、これは伝承通りの事象なのです。そして貴女の復活を、あの神々しき光景を、この地の誰もが目の当たりにしました。〔マギアヘルム〕としては何もしないわけにはいかないのです」「で、ですよね〜」コハクは力無く笑いながら、先ほど領主から小一時間ばかりかけて受けた説明を頭の中で反芻する。ここは〔テルストリア〕という国の自治領で〔マギアヘルム〕という場所。マギアヘルムとは『魔女郷』のことで、どうやらこの世界には魔女がいるらしい。つまりこの世界は、生まれ変わる以前にいた世界とはまったくの別世界。魔女がいて、魔法が存在する世界なのだ。これだけでも驚愕の事実なのだが......。何よりもコハクが驚かされたのは、自分がその魔女の血を引いている特別な人間だということ。かつてウィッチ・クイーンと謳われ崇拝された伝説の魔女『深焔の魔女』の娘だということ!しかし『深焔の魔女』とその娘については非常に謎が多い。『深焔の魔女』の娘が、どういう経緯で三百年間も眠っていたのかも判明していない。それなのに、三百年後に目覚めることは伝承通りだ
last updateLast Updated : 2026-02-06
Read more

ep6 男たち

彼らのコハクに向ける眼差しは、妙な熱を帯びていた。それは魔女への崇敬だけではないように思われた。「いかがなさいますか?」と領主。「あ、あの、その前に!」何かを察知したコハクは焦って確認を求める。「この人たちは、その...どういう人たちなんですか?」「彼らは皆、優秀な若者たちです」領主が即答した。コハクの胸に不信感が広がる。何かを誤魔化されたと思った。「領主様」コハクの声のトーンが下がる。「ここにいるのは全員男の人です。若くて優秀な女の人はいないんですか?」自分でも気づかぬうちに、コハクは領主を睨みつけていたようだ。領主はやや一驚して黙ってしまうが、数秒の間を置いてから観念した。「本当のことをお話いたしましょう」「やっぱり、何かあるんですね?」「はい。コハクお嬢さまのおっしゃるとおり男しかおりません。それには意味があります」「どんな意味ですか?」「彼らは皆、コハクお嬢さまの婚約者候補です」「そうですか......えっ、こここ婚約者!?」びっくり仰天する。自分が伝説の魔女の令嬢ということでまさかとは思ったが......いきなり結婚相手を見繕うなんて!「絶世の美少女であらせられる貴女には及びませんが、彼らは皆、容姿も能力も粒揃いの男たちです。さあ、コハクお嬢さまのお眼鏡にかなうのはどの殿方ですか?」「えええ!?」「さあ、コハクお嬢さま!」「おい!」と、ここで突然こちらに向かって誰かの怒声が飛んできた。コハクも含めて皆が一斉にそちらへ視線を運ぶと、ひとりの男が肩をそびやかして歩いてきていた。彼の目は領主を見据えている。「なんだ、ナイジェルか」と領主。「なんだじゃないよ、バーさん」ナイジェルは領主の側まで来るなり大きく溜息をついた。「な、ナイジェルさん」とコハクは気づく。彼はコハクを領主のもとまで案内してくれた男だった。「申し訳ありません、コハクお嬢さま。バーさんが不快な思いをさせてしまったでしょう?」「バーさんと呼ぶのはおよしなさい! このバカ息子!」領主が割って入る。怒っている。それに反比例してナイジェルの態度は半ば呆れた冷めたものになる。「バカはアンタだろうが。目覚めたばかりで記憶喪失のところにつけ込みやがって。いくら伝承通りの魔女さま復活だからといって、準備が良すぎるだろうよ。まったくとんだバーさんだよ」「だからバ
last updateLast Updated : 2026-02-07
Read more

ep7 恋人

「さ、さっきはありがとうございます」コハクは椅子に着くなり腰を浮かせてナイジェルへ謝意を示した。「こちらこそ母が失礼なことをして申し訳ありませんでした」ナイジェルはコハクがしっかりと腰かけるまで待ってから、自らも向かいの席に座った。ここはナイジェルの屋敷の私用室。ここなら余計な連中が入って来ることもないと、ナイジェルがコハクをここまで案内したのだ。実際、今部屋の中には二人しかいない。「静かなんですね、ここ......」「俺が認めた人しか入れないようにしているので。安心しておくつろぎください」ナイジェルは微笑んだ。良い人だな、とコハクは思う。ナイジェルは善良な紳士に見えた。だが、先ほどの事もあるので警戒心は残る――ボクは今、女の子なんだ。そして相手は男の人。何か目的があるのかも......。「あの、ナイジェルさんは、なぜボクのことを......」「お話の途中で申し訳ありません」唐突にナイジェルが扉の方へ顔を向けた。「ちょうど来たようです」コハクもつられて視線を運ぶと、扉が開いてひとりの大人の女性が入ってきた。女はコハクの姿を確認するなり抑えきれない感動を露わにし、跪いて挨拶する。「お目にかかれて光栄でございます。私はアンと申します」「コハクお嬢さま」ナイジェルがすかさず説明を加える。「彼女は俺の、将来を約束した恋人です」「えっ、そうなんですか?」コハクが目を丸くして女を見つめると、女はほんのり頬を赤く染めた。彼の恋人アンは、二日に一度、コハクが眠っていた〔魔女のほこら〕に訪れては、魔法陣のチェックや室内の清掃といった仕事に従事していたという。「私はその能力を買われ、抜擢されたのだと思います」そう言ってナイジェルの隣に座ったアンは、優しく微笑んだ。「今日のアンは非番だったのですが」ナイジェルが言う。「魔女のほこら付近で魔力の揺れを感知したって言うんです。それで俺が魔女のほこらへ向かったところで、あのような神秘的な光景に出くわしたということです」「魔力......」コハクは神妙に自分の掌を見つめる。未だにピンと来ていなかった。すでに魔法としか表現しようのない非科学的な現象は体験しているが、いかんせん実感が伴わない。魔女のほこらとやらを跡形もなく吹き飛ばしておいて今さらだが......。「あの、コハクお嬢さま」アンがコハクを慮るように
last updateLast Updated : 2026-02-08
Read more

ep8 はじめての...

「しかし」とナイジェルは改めてコハクに頭を下げた。「本当に申し訳ございませんでした」「いや、そんな、ナイジェルさんのせいでもないのに」コハクはぶんぶんと手を横に振って恐縮するが、ナイジェルは頭を上げて小さく顔を振る。「元はと言えば俺のせいなんです」「息子のナイジェルさんが、領主さまからの縁談を断ったからですか?」「先ほどの、母が用意したコハクお嬢さまの婚約者候補の男たちなんですが」「?」「彼らは全員、ひとり残らず〔テルストリア〕の貴族なんです」「貴族?」「要するに政略結婚なんですよ」ナイジェルはきっぱりと言い切った。「俺の縁談話も同じです。息子の俺ならまだいいですが、よりにもよって伝説の魔女さまのご令嬢に政略結婚させるなんて......いや、だからこそその価値が最大限になると考えたのでしょう。コハクお嬢さまは初代領主のご令嬢でもありますから」「領主さまは焦っているのでしょう」アンがナイジェルを諌めるように補足する。「近年、〔マギアヘルム〕の人口は減少し、衰退の一途を辿っていると言っても過言ではありません。この地を何とかしたいという領主さまの思いゆえなのだと思います」「まさかアンがバーさんの肩を持つとはね」意外な顔をするナイジェルに、アンはやさしく咎めるような微笑を向ける。「バーバラさまでしょ」「バーさんでいいんだよ、あの人は」「でも......」アンはコハクに視線を戻す。「私は、コハクお嬢さまにはご自身の幸せを掴んでいただきたいと思っています。魔女がどうとかは関係なく、です。だってコハクお嬢さまも、ひとりの女の子なんですもの」「おそれ多くも、アンはすっかりコハクお嬢さまへ情が移ってしまっているようです」「た、大変失礼いたしました」アンはコハクへ頭を下げる。「い、いえ、そんな」コハクは慌てて、頭を上げてくださいとジェスチャーする。アンが顔を起こすと、三人は同時にクスッと吹き出し、笑い合った。「幸せか......」コハクは虚空を見つめる。まだ転生したばかりで地に足も着いていない。でも、自分はこの世界で、女の子として新たな人生を歩んでいくことになるんだ。そのうち誰かと出会って恋をして、付き合って結婚するなんてこともあるのだろうか......。「ところで」とアンが水を向けてくる。「このあと、湯浴みをなさいますか?」「ゆ、湯浴み?
last updateLast Updated : 2026-02-09
Read more

ep9 お風呂

「コハクお嬢さま、大丈夫ですか?」アンが顔を覗き込んでくる。「だ、大丈夫です」と返答しつつも、コハクは体を背けていた。湯に浸かっているとはいえ、見るのも見られるのも恥ずかしかった。「申し訳ありません。まるで私が無理にお誘いしてしまったみたいで......」「えっ、いや、そんな、全然、ただ、ちょっと恥ずかしいというだけで......」コハクはあわあわとなる。アンに気を遣わせてしまい申し訳なくなる。それでも恥ずかしさはどうしようもない。「コハクお嬢さまは、その......」アンが目を細める。「とっても女の子らしい女の子なんですね」「へ??」コハクは顔を赤くする。ボクが女の子らしい女の子だって?「あ、お気を悪くされたならば申し訳ございません」アンがまた頭を下げる。コハクはまたまた慌てる。「そそそそんな、全然そんなことないです」コハクはアンの方に体を向けた。まだまだ恥ずかしいけれど、アンへの申し訳なさがそれを勝った。「それならば、安心です」アンが顔を上げ、にっこりと笑った。作り笑顔には見えない。コハクはホッと安堵する。「アンさんとナイジェルさんは、すごく良い人だなって思っています」何だか取って付けたようなセリフだと思いながらも、それはコハクの本音だった。「ありがとうございます。私などにはもったいないお言葉です」「そんな、もったいないなんてことないです」「実際もったいないんです、私には」アンの言葉には何やら含みがあった。「ええと、それはどういう......?」コハクが素直に尋ねると、アンは哀しい笑顔を浮かべた。「実は数年前、妹を亡くしておりまして......」「!」「本当に仲の良い姉妹で、幼い頃からナイジェルも含めてよく一緒に遊んでおりました」「そうだったんですか」 「彼も妹と親しくしておりました。妹は幼い頃から魔法が得意な娘で、あだ名が『魔女』だったんです」「魔女......」「そんな妹も、病気で亡くなってしまいました。まだ十代の半ばという歳で。もともと体が弱くて、いくら魔法は得意でも病気には勝てませんでした」「十代、早いですね......」「そして妹を亡くした少し後でした。私が〔魔女のほこら〕でお勤めするようになったのは......」アンはコハクに申し訳なさそうな微笑みを向ける。「つまり私は、畏れ多くもコハクお嬢
last updateLast Updated : 2026-02-11
Read more

ep10 もう戻ることのできない(1)

湯浴みから戻ると、宴ではマトモな食事もできなかっただろうとコハクは食事を振る舞われた。ナイジェルが使用人に用意させていたのだ。「すごく美味しいです」コハクは異世界の食事に舌鼓を打った。ナイジェルとアンと三人で囲む食卓は、中々落ち着くことのできなかったコハクの心を和ませた。右も左もわからないこの世界に降り立ち、どこの誰ともわからない女の子に生まれ変わり、戸惑うばかりの一日。しかしナイジェルとアンの心遣いによって、コハクは心の平穏さを取り戻してきていた。(ふたりがいてくれて、本当に助かったなぁ......)夕食を済ませ、用意された部屋に入るなりコハクはばふんとベッドに倒れ込んだ。大変な一日だった。「でも、これからどうなるんだろう......」ナイジェルたちのおかげで心が落ち着いた分、冷静な不安が胸に広がり始めた。それと同時に、もう戻ることのできない前世のことが今さら思い起こされる。「ボクが死んだ後、どうなったんだろう。ハヤテのやつ、大丈夫だったかな。みんな、元気かな。おじさんとおばさんは 杏奈お姉ちゃんは......」前世での人生は、決して楽しいことばかりでもなかった。むしろ辛いことのほうが多かったかもしれない。中学一年生の時に両親を亡くしたコハクは、それからしばらくの間は親戚の家を転々とした。両親を亡くしたショックと慣れない家を転々としたせいもあり、その頃のコハクは極端に無口で内向的な暗い少年だった。ただでさえ転校続きという難儀な状況。マトモな友達を作ることなどできるわけもない。つまり、コハクはひとりぼっちだった。ただ、孤独になるだけならまだ良かっただろう。次第にコハクは、虐めのターゲットにされるようになった。行く先々の学校で、程度の差こそあれ何らかのイジメを受けた。コハクには女の子のような趣味嗜好があり、それはイジメの材料として格好の的となっていた。ボクが生きていたって誰かの迷惑になるだけだよね。もう死にたい......。いつしかそう思うようにもなっていた。
last updateLast Updated : 2026-02-12
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status