清良さんのことは忘れようと思って、布団をそっと頭からかぶった。すると空間が密閉され、理人のTシャツから漂う香りがより濃く感じられて、自分が彼の所有物になったような、不思議な高揚感と気恥ずかしさが込み上げてくる。 (……近い。近すぎる……) 理人は仰向けに寝ていて、静かな呼吸を繰り返している。夫になってくれた人はどうやらこの状況でもしっかり眠れるタイプのようだ。 かつて蒼大と暮らしていた頃の寝室は、いつ罵倒されるか、あるいはいつ無視されるかという恐怖と冷え切った孤独しかなかった。 けれど今、この贅沢な空間で感じるのは、それとは全く違う種類の別の感情。 眠れるかな――そう思っていたら、声がかかった。「まだ、眠れないか?」 突然、理人の低い声が鼓膜を震わせた。 ドキリとして、心臓が跳ね上がる。「あ、ごめん、起こしちゃった……?」 「いや。君の呼吸が少し速い気がしたから。……怖いなら、手を握ろうか」 彼はそう言うと、布団の中で私の手を探し当て、その大きな掌で包み込んだ。 指先から伝わる彼の体温。ゴツゴツとした、けれど力強い男性の手。 その温かさに触れた瞬間、昼間の裁判で負った心の傷が、少しだけ癒えていくような気がした。 「俺が傍にいる。もう小倉はいないんだ。安心して眠っていいよ」 その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも深く私に突き刺さった。 恩返しだなんて彼は言うけれど 、こんなに優しくされたのは、一体いつ以来だろう。 私は彼の手を少しだけ握り返し、ようやく重くなってきた瞼を閉じようとしたその時―― ガタッ……! 静まり返ったリビングの方から、なにかが倒れるような鈍い音が響いた。 私は反射的に理人の腕にしがみついた。「今の……」 「……ああ」 理人は瞬時にベッドから身を起こした。続いて聞こえてきたのは、高く、震えるような悲鳴
Terakhir Diperbarui : 2026-03-05 Baca selengkapnya