恒一は顔をしかめ、即座に拒絶した。「行かない。俺はここの生活に慣れているし、今更見知らぬ土地へ行く気はない。それに、この体じゃあ、どのみち長くは生きられないだろう。これ以上、無駄な苦労はご免だ」その言葉に、楓は顔色を変えた。「お父さん、そんな縁起でもないこと言わないで。百歳まで長生きしてくれないと困るわ」恒一は苦笑した。「この歳で、しかもこんな体だ。一日一日をなんとか生き延びているだけだよ。俺が唯一心残りだったのはお前のことだ。お前さえ無事なら、俺がいつどうなろうと構わない」「お願いだから、自分の体を大切にしてね」「分かっている。お前も、沙弓が長年経営してきた会社を譲ってくれるというのなら、しっかり彼女の元で学んでこい。母さんを失望させるんじゃないぞ」恒一の心の中では、沙弓は今でもかつて自分と共にいた優しくて賢い妻のままだった。だからこそ、楓が語ったM国へ呼び寄せる理由に何の疑念も抱いていなかった。「……ええ、分かっているわ」その後もしばらく話し込み、父にいくつかの健康上の注意を伝えてから、楓はマンションを後にした。階段を降りる時、彼女の目頭はどうしても熱くなってしまった。今回M国へ発てば、再び父と生きて会える日が来るかどうかすら分からないのだ。車に乗り込んだ後も、楓はこみ上げる悲しみを抑えきれず、瞳に涙を浮かべていた。雅也はそっと彼女を抱き寄せ、低く優しい声で慰めた。「楓、心配するな。後で俺が手配して、お義父さんを俺たちの家に引き取るよ。もし向こうが嫌がるなら、優秀なヘルパーを何人か雇って万全の世話をさせる」「……ええ、あなたに苦労をかけるわね」「君は俺の妻だ。君の父親は俺の父親でもある。当然のことだ」「……帰りましょう」邸宅に戻ると、湊はすでに起きており、ダイニングで朝食をとっていた。楓は彼のそばに寄り、笑顔を作った。「湊。お父さんとお母さんね、湊のために幼稚園を数日お休みさせておいたのよ。この数日間、三人で一緒に遊びに行きましょう。どうかしら?」湊は信じられないというように目を見開き、手に持っていたおにぎりをかじるのも忘れて硬直した。「お母さん、本当!?」「ええ、本当よ。湊が書いた『欲しいご褒美』の中に、お父さんとお母さんと一緒に遊びに行きたいって書いてあったでしょ
Ler mais